ガートルード・ロックハートの慨嘆 作:スマイル
ハーマイオニーは、ロックハートのサインの書かれた許可証を受け取ったが、それは呪いの紙のように感じられた。
ロックハートは微笑みを浮かべる。
「やる気をなくしましたか? では『最も強力な魔法薬』よりもおもしろい私の蔵書もお見せしましょうか。あなたが私よりもっとおもしろい計画を立てる役に立つかもしれません」
ロックハートは、部屋の隅まで歩き、かがみこむと、三枚の写真を外した。
ディアンドルを着たロックハート、サリーをまとったロックハート、ハカマを身につけたロックハートの写真だった。それらを入れ替える。続いて、隅に置かれた机の花瓶を、三回時計回りに回す。カチリと音がして、床の隅から黒い大きな箱が現れた。ロックハートが杖で叩くと、箱が開き、ひとつの本のケースが浮かび上がり机に載った。
「――グレンジャーさんならこれらも読めるでしょう。私の力と知のさらにひとかけら。各地で蒐集した貴重な古書も、お蔵入りになった私の書き散らしも。興味あります?」
ロックハートはハーマイオニーに囁いた。
不思議な記号が書かれた表紙、鮮やかな色の表紙。さっと見えるタイトルは、『取るに足らない魔法薬』『河童とカツカツの川流れ』『マンティコアとまったり散歩』『心と脳――魔法が解き明かす精神の神秘』『闇はいかに人を誘うか』『毛刈りの心臓』『薬草物語』『ヒュパティアの数秘術』『魔女列伝――英雄と闇』『不協和音の呪術』『高慢と変幻』『反純血主義の勃興』『そして吾輩はᚘになった』『トロール語入門』『核・螺旋・計算機』『ロウェナとゴドリックとサラザール』『キルケ、モルガナ、クリオドナ』『疫豹災禍』『魔女が与える鉄槌』――。
ただ、タイトルが何の文字で書かれているかわからないもの、表紙に何も書いていないのもある。
ハーマイオニーは唾をのむ。躊躇いつつも、本能にしたがって手を伸ばそうとする。ロンが袖を引っ張って囁く。
「ハーマイオニー、魔法界にはヤバい本がいっぱいあるんだ。馬鹿馬鹿しい詩の口調でしかしゃべれなくなった人、性格がごっそり変わった人、本に喰われた魔法使いの話とか、どっさり」
ロックハートは面白そうにロンを見る。
「おやウィーズリーさん、私はそんな危険な本を生徒に貸したりしませんよ。私は校長先生にお見せできる本しか学校に持ち込んでません」
「いや、そういうわけでは――」
「ですが的確な指摘ですウィーズリーさん。ポッターさんとグレンジャーさんは勇気と知恵を備えるが、魔法界の常識に疎い。あなたの助言と勘はこのチームに欠かせないはずです」
ロンの耳がピンクに染まる。
「くわえてあなたはたくさんのお兄様から様々な物を吸収して育つことができた。これは他の人が望んでも手に入れられない力と財です。私自身も姉に囲まれて育ちまして――まああなたの兄と違いとても尊敬できる姉ではなかったですが――反面教師であれ学ぶところは多かったですよ。兄姉の背中を見て越えていけるのが弟妹に与えられた特権ですね」
ロンの耳が赤く染まる。ハーマイオニーはおずおず口を開く。
「あの、先生――。全部読みたいのですが、まだその、読み切れないので、またの機会で――」
ハーマイオニーは自分でも何でそう言ったのかは分からなかった。「闇の魔術に対する防衛術」の抜き打ちテストではないとは感じていたが、だからこそ迷いが生まれた。採点をされるのではなく、大事な授業のコースを提示されているのではないか、というような。
「それも良い選択でしょう。積読もストレスです。気が変わればいつでもどうぞ。もっとおもしろい本も見たければ」
ロックハートはあっさりとした口調で杖を振り、本のケースは消え失せた。
ハリーは一連の出来事をぼうっと眺めながら、なぜか全く関係ないことを考えていた。ロックハート先生は、ハリーにだけ秘密を打ち明けてくれたと思っていた。でも、ロックハート先生は、ハーマイオニーやスリザリンの監督生にさえ、色んな秘密を見せている?
「ただその前にグレンジャーさん、もう一つだけプライベートなお話を。――お二人はちょっとだけお待ちください」
ロックハートは杖を振り、ハリーとロンの耳に音楽を流し、会話を聞こえないようにした。
「あなたが最初に言っていた前歯について本当に変えたいなら、あなたがうっかり自分に『歯呪い』をかけたときにあなたの申告するサイズまで修正できます。他の部位について変身術や魔法薬を何とかしようとするのは、永続せず基本的に危険なので自力で手を出さないほうが良いです。『最も強力な魔法薬』は何も参考になりません。そして今のあなたも十二分にチャーミングですが――もしおしゃれに興味を持ちはじめたならば――レイブンクローの上級生達の圧力に根負けして私が開くことになった『美容概論A(講義・演習)』を覗きに来てみてください。寮や性別問わず誰でも歓迎。西塔七階の講堂、木曜夜八時。第一回 『肌・髪・鏡』はメイクなし魔法なしの下級生向けです」
ロックハートはウィンクをすると、再度杖を振った。目を瞬かせるハーマイオニーにかまわず、ハリーに顔を向ける。
「ハリー、君はスリザリンとのクィディッチ戦ですね。私はあいにく仕事で観戦できませんが、応援してますよ。――レイブンクロー戦では君よりチョウを応援するつもりですが、そこはあしからず」
ロックハートの声を聞いてハリーは緊張やらなにやらで胸の鼓動が速くなった。
ただでさえスリザリンチームは、マルフォイの金の力で最高級の箒ニンバス二〇〇一を揃えている。もしロックハートが観戦していたなら、もっと緊張してしまっただろう。
ロックハートの部屋から解放されて、三人は今後の方針を話し合った。
結局、ハーマイオニーは、「ポリジュース薬」を調合することをいったん保留にした。
「ハリーの『透明マント』でスリザリン寮に忍び込むほうが早い気もするわ。でも、誰が怪しいかを見つけ出すには時間がかかるし、計画を練らないと――」
ハリーとしてはほっとした。当初の計画では、スネイプの授業中に誰かの大鍋に花火を入れて爆発させて騒ぎを引き起こし、その間にハーマイオニーがスネイプの材料庫から「ポリジュース薬」に必要な材料を盗み出す手はずになっていたからだ。何かひとつでもうまくいかなければ、間違いなく退学だった。
そして迎えた、グリフィンドールとスリザリンのクィディッチの試合。
この試合は、まともな試合にならなかった。
暴れ玉「ブラッジャー」がまともではなかったからだ。
クィディッチは箒に乗った七人のチームで行うスポーツで、赤い球クァッフルを三人のチェイサーが投げ合って、キーパーの守るゴールを突破すると得点が加算され、その選手たちを叩き落とそうと飛び回る鉄球のブラッジャー二個をビーター二人が棍棒で叩き返し、そして飛び回る金のスニッチをシーカーが掴むとクァッフル十五回分の得点が加算されゲームが終了する。
ブラッジャーが存在するということ自体がマグルの視点ではまともではないが、ともかく、このルールのもとではブラッジャーはあくまでまともに、きわめて公平に近くの選手にぶつかって叩き落とそうとする。
しかしこの試合のブラッジャーは、ハリーだけを執拗に狙いつづけた。そのおかげでビーターのフレッドとジョージはハリーに張り付かざるをえず、結果スリザリンチームが次々に得点していった。
「フレッド、ジョージ、かまうな! 僕が引き受ける! 君たちが守っていたらスニッチもつかめない!」
「ハリー、正気か!?」
「フレッドとジョージ、ハリーの言う通りにするんだ!」
「オリバー、ハリーを殺す気か!」
「いいから、ジョージ!」
一瞬の気も抜けない攻防がつづいた。何度もブラッジャーが耳をかすめる。ハリーの箒のほうが、小回りが利くのが幸いした。ぎりぎりまで引き付けてから、急転換する。ブラッジャーはいちどハリーをとらえ損ねると、軌道を戻して再び襲い掛かるまでの間で息継ぎをする。
「見苦しいなポッター」
せせら笑うマルフォイの横に、ハリーは金色のきらめきを見つけた。
マルフォイのほうに迷わず突っ込む。ブラッジャーも後を追う。
「ポッター!?」
ブラッジャーとハリーを見たマルフォイが動転する声が、ハリーの右耳から左耳に抜ける。
ガギン。
豪速のブラッジャーを右腕に食らってしまった。痛みで頭が真っ白になりながらも、スニッチをなんとかキャッチした。
「……勝った」
歓声が爆発する中、ピッチに横たわるハリーの意識が遠のいた。そして、
「ハリー!」
ロックハートだ。駆け寄ってハリーを見下ろす。
「大丈夫ですか? 観戦できなかったのですがブラッジャーが異常と聞き――見せてください」
ロックハートは杖を出し、ハリーの腕に向ける。
「接触による呪いはかかっていない――単に骨折ですか――」
ロックハートは振り返る。フレッドとジョージが、暴れるブラッジャーを箱に押しとどめようともがいていた。
「
ロックハートは呪文を唱え、フレッドとジョージを援護した。双子はブラッジャーを箱に押し込め、蓋をした。
それを見届けるとロックハートは、激痛で呻くハリーのほうを振り返り、かがみこんで囁いた。
「
ロックハートの杖が青く光った。ハリーの右腕の痛みが、瞬く間に引く。ハリーは目をぱちくりさせる。
「内緒の魔法の呪文です。痛覚を麻痺させるのは危険なので多用は厳禁ですが――頑張ったご褒美ということで」
ロックハートはウインクをした。ハリーの心にあたたかい感謝の念が広がる。
「では、
ロックハートは言いかけて言葉を切った。おとなしくなっていたはずのブラッジャーが箱を突き破り、ハリーめがけて駆けた。
「……っ――!
ロックハートが張った透明のドームに、ブラッジャーは阻まれた。しかし、ブラッジャーは猛烈に回転しながら、ドームにガンガン当たり続けた。ブラッジャーは赤く光りはじめた。
そして甲高い破裂音とともに、ブラッジャーがドームを突き破った。
「
ロックハートが叫ぶと、ブラッジャーはハリーの頭から五メートル離れた地面に突き刺さった。ブラッジャーは
「
ロックハートはしばらくブラッジャーに向けて色とりどりの呪文をかけていたが、やがて呟く。
「すまないハリー、君に大怪我をさせます」
ロックハートがハリーの腕に杖を向けると、奇妙な気持ちの悪い感覚が広がった。ハリーのローブから突き出している腕だったものが、肌色の分厚いゴムの手袋のように変わった。ハリーの右腕の骨がまるごと抜き取られていた。ロックハートが