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少し前の話になるが、青木ヶ原ダンジョンという極めて高難度のダンジョンの攻略作戦が実施された事は記憶にあたらしい。日本有数の大企業や高野グループ、自衛隊、探索者協会、さらには英国魔術省も協力しての極めて大規模なものとなり、結果は成功裏に終わった。
ただ、これは異例中の異例だ。
本来、ダンジョンの攻略はもう
例えば、常温超伝導どころか電気抵抗を『マイナス』にしてしまい、送電ロスをゼロにするどころか送電線を通すだけで電力が増える謎の蒼色鉱石。
あるいは、熱力学第二法則を鼻で笑いながら周囲の熱を一方的に吸い尽くして冷却と発電を同時にこなす、次世代エアコン兼自家発電機として家電業界の覇権を握ったスライムの乾燥核。
はたまた、質量保存の法則をどこかに置き忘れてきたとしか思えない『重力を遮断・軽減する軽石』などは、航空宇宙産業から物流、果てはメガフロートや超高層ビルの建築基準法までを根底から書き換えてしまった。
ダンジョンからはそんなチート素材が無限に湧いて出るのだ。
現代文明にとって、ダンジョンとは危険な魔境である以上に、絶対に手放せない『黄金の卵を産むガチョウ』に他ならない。だからこそ、各国政府も企業も、ダンジョンを完全に殲滅・封鎖するような真似は避けたがる。生態系が崩壊しない程度にモンスターを間引き、資源だけを末永く搾り取る──それがダンジョン行政における暗黙の了解であり、絶対の基本方針だったのだ。
その了解を覆してまで日本の諸勢力が一致団結して青木ヶ原樹海を殲滅せんとしたのは、放っておけばダンジョンが日本どころか世界を呑み込みかねない勢いで拡大したからである。それどころか、明確な悪意を以てダンジョン領域外の人間たちに魔手を伸ばし、その精神に寄生し──とまあやりたい放題やらかしたわけで、さすがにこりゃあまずいだろうということで殲滅作戦の実施に至った。
結果として、その凶悪なダンジョンは無事消滅させられた──のだが。
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「僕はね、金城さん。なんだか腑に落ちない事があるんですよ」
そんな事をボヤく様に言いながら、前ダンジョン探索者協会会長望月柳丞はジョッキを煽った。ここは池袋某所の会員制クラブだ。
「四百ページもある最終報告書を、昼間に桐野会長の部屋で通して読んできたんだよ」
少女の肉体へ換装した老爺、桐野光風の歪んだ笑みが望月の記憶に蘇る。あの老怪物は革張りの回転椅子に足を投げ出し、長かったなと満足げに呟いて天井を仰いでいた。
「最奥到達者が誰もいないのは金城さんも知っているでしょう?」
「……まあ……確かにそれは……」
権太は顎の脂汗を指で拭い、記憶の引き出しを乱暴にひっくり返す。
「自衛隊の特殊部隊はもちろん、大企業の私兵団も大半が未帰還ですな。桜花機動殲隊は“星影”なんて持ち出しておきながら敢え無く全滅です」
"SKBL-002 starlight" 通称、『星影』は総重量25tの超大容量バッテリーとケーブルを繋げなければいけないという致命的な欠陥はあるものの、その最大出力は0.18メガワットにも及び、最大射程85m、20階建てのビルディングを一刀両断する破壊力を有する頭の悪い近接兵装である。
ダンジョン内で使用される兵器としては最大規模の戦術兵器──これを桜花征機が擁する特殊部隊、桜花機動殲隊は持ち込んでいた。
結果は何も成し遂げることなく壊滅だ。
二人は紙ナプキンの裏側に、攻略に関わった勢力の動向を次々に書き出していった。犠牲者は全員の身元が割れており、遺骨の引き渡しも完了している。素材の分配比率は協定書の通りに分配され、手柄の査定にも書類上の遺漏は一つも見当たらない。
望月は手元のグラスの縁を指先でなぞった。
「誰も最奥へ行っていないのに、ダンジョンは消滅した。そして誰もそれを不審に思っていない。でも一番奇妙なのは、それをおかしいと思っていない自分なんだ」
苦笑しながら言う望月に、権太は「キツネやタヌキにでも化かされたような風情ですなあ」と呟いて小首──いや、猪首をちょっと可愛くひねった。