しょうもなおじさん、異世界に行く   作:埴輪庭

7 / 7
第6話 ヘンダーソンという男

 ◆

 

 まったくとんだ拾い物をしちまったもんだ。

 

 俺はヘンダーソン。見ての通りの行商人で、まあ、そこそこ長くこの世界を渡り歩いちゃいる。酸いも甘いも嚙み分けてきたつもりだが、今日ほど自分の眼力ってやつを試された日はねえな。

 

 隣にいるこの男、サイゾウ。

 

 こいつを見ているとどうにも可笑しくてならねえ。

 

 さっきの冒険者ギルドでの登録の時なんか傑作だったぜ。たかが出身地の欄一つで、まるで世界の終わりみてえな顔をしやがって。眉間に深い皺を寄せて、何やらブツブツと唸り声を上げていた。羊皮紙一枚を前にして、あれは一体何と戦っていたんだろうな?

 

 見た目はどこからどう見てもうだつの上がらない中年親父だ。くたびれたツラに覇気のない目。全身を覆うあの妙ちくりんな黒い服も滑稽だ。そしてどうやら中身もうだつの上がらない中年親父らしい。

 

 普通、自分の生まれ故郷を書くのにあそこまで思い悩むか? 何か暗い過去があるのは間違いねえ。そりゃあ、冒険者になろうなんて奴は、大なり小なり脛に傷を持ってるもんだが、あいつのはちょっと質が違う。なんつうか、根深い。社会のレールから外れたってだけじゃねえ。そもそもレールに乗ることすら許されなかったような、そんな澱んだ空気を纏ってやがる。

 

 だが、それだけなら俺だってわざわざ関わったりはしねえ。

 

 あの男には何かがある。得体の知れねえオーラってやつだ。

 

 オドオドしていつも何かに怯えてるくせに、時折見せる目つきの鋭さ。あれはただの一般人が持てるもんじゃねえ。幾度となく死線を潜り抜けてきた、年季の入った戦士の目だ。俺は商売柄、人の目を見る。目だけは、着てるもんや口の利き方と違って、金で誂えるわけにいかねえからな。

 

 だからこそ俺は疑ってる。

 

 あの冴えねえ態度はもしかすると擬態なんじゃねえかってな。世の中を欺くための巧妙な演技。猛獣が自身の存在を隠すために、無害な小動物のフリをしているような。そんな違和感が拭えねえんだよ。

 

 まあ実際のところは本当にただのちょっと足りないおっさんかもしれねえが、その時はその時だ。流石にいきなり放り出すのは悪いから、適当な荷仕事でも紹介してやるとするか。

 

 だがそうはならないとも俺は感じている。

 

 なぜって、あいつからは妙に薄暗い気配を感じるんだ。世間様に申し訳なさそうなあの雰囲気、裏の人間に通じるところがあるぜ! 城門の前で、妙な恰好で、態度もオドオドとして見てらんねえサイゾウを見かけた時──俺はピンときたね。こいつは何かやらかして、誰かから追われている、と。

 

 このご時世そういう奴は珍しくねえ。だが問題は何をやらかしたかだ。

 

 もしタチの悪い、例えば女子供を手にかけるような私利私欲に塗れた外道だったら、絶対に関わり合いになるべきじゃない。そういう奴は遅かれ早かれ俺たち全員の毒になる。巡り巡って俺の商売の邪魔になるってわけだ。場合によっては消すって選択肢も出てくるかもしれねえな。でもよ、根っからの悪党ではないって俺の勘が囁いてるんだよなあ。

 

 俺の勘は当たるんだ。伊達に何十年もこのクソみてえな世界で生き延びちゃいねえ。そしてその勘が正しかったことは、店の一件で確信に変わった。

 

 フリーダの奴も見物だったぜ。

 

 あいつは典型的なエルフェだ。美形で、長命で、そして何よりプライドが高い。エルフェってえのは多かれ少なかれ人間を見下すもんだ。自分たちこそがこの世界の理を理解した高貴な種族だって信じて疑わねえ。サイゾウに対しても最初は、まるで道端に転がってる虫けらを見るような目を向けていやがった。いや、虫けら以下か。

 

 だが途中からびびり散らしてたからな。

 

 あの澄ました顔が蒼白になって、汗をダラダラ流してる様は実に愉快だったぜ。

 

 サイゾウがあの狭い店の中で拳を構えた瞬間。俺も肝が冷えたが、それ以上にあいつの力の本質を垣間見た気がしたね。あれを目の前で見せられちゃあ、フリーダだって認めざるを得ねえわな。自分たちの常識が通用しねえ化け物が目の前にいるってことをよ。

 

 フリーダには良い薬だ。

 

 あいつも悪い奴じゃないが、エルフェらしいエルフェというか……そういう鼻持ちならねえ部分がある。たまにはああやって鼻っ柱をへし折られるのも悪くねえ。

 

 そしてもう一つ重要な点がある。

 

 サイゾウはフリーダを見ても嫌な目を向けなかった。

 

 これがこのご時世じゃあ珍しいことなんだぜ。

 

 最近は人間社会もぴりぴりしてる。特に亜人に対しての見方が厳しくなっている。先だって、魔王様復活の報が流れたからな。魔王様ってのは亜人や魔物たちの頂点に立つ存在だ。だから人間たちは、亜人も魔王様の手先なんじゃないかって疑心暗鬼になっているのさ。

 

 このベルグリットはまだマシだが、王都あたりじゃもうすっかり亜人の姿を見かけなくなった。人間ってのは余裕がなくなると、すぐに自分たちと違うものを排除しようとする。まったくしょうもねえ生き物さ。俺だって人間だから偉そうには言えねえが、少なくとも自分がしょうもねえってことは知ってるつもりだ。それすら知らねえ連中が、今の王都には掃いて捨てるほどいる。

 

 そんな中でサイゾウは違った。あいつの目には種族の違いなんてものは映っちゃいねえ。

 

 まあ、怯えてはいたかな。でもそれはなんというか……う~ん、女が怖いとかそういう理由な気がする。いやでもまてよ、いい年したおっさんが女が怖いなんてことはないか……。

 

 まあいい。ともかく俺は思ったのさ。

 

 サイゾウも多分、“こっち側”の人間だ、ってね。

 

 社会の主流から外れた者。体制に与しない者。あるいはこの窮屈な世の中に息苦しさを感じている者。そしてそれをぶち壊したいと思っている者──つまり、粋な野郎ってことだ!

 

 今はそういう連中が必要なんだ。

 

 だからこそ慎重に扱わなきゃならねえ。少しずつ、少しずつ関係を深めてこちらの事情を理解させ、そして引き込む。焦りは禁物だ。あいつは人に怯える。怯える相手を急かせば、逃げるか、噛みつくかのどっちかだ。そして噛みつかれたら、たぶん俺の首は胴から離れる。

 

 懐柔はそう簡単にいくとは思っちゃいねえが、やる価値は十分にあるはずだ。

 

 まずは護衛という形で雇い、衣食住を提供してやる。そしてゆっくりと手懐けていく。

 

 この出会いが吉と出るか、凶と出るか。

 

 それはまだ分からねえが、退屈な旅が少しばかり面白くなりそうな予感がするぜ。

 

 俺はニヤリと笑い、隣で未だに落ち着かない様子で周囲を見回しているサイゾウの背中を軽く叩いた。

 

「おい、サイゾウ。いつまでキョロキョロしてるんだ。まずは宿を探すぞ。それから今後の予定を立てようじゃねえか」

 

 せいぜい俺を楽しませてくれよ、サイゾウ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

(完結)ダンジョン仕草(作者:埴輪庭)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

ライカード王国魔導部隊所属の魔導散兵である君は迷宮の調査探索中、怪しげなポータルを起動させてしまう。▼気付いた時には一切見覚えのない風景が広がっていた。▼迷宮であることは間違いないが、壁の質感、床の質感、空気の味なにもかもが違う。▼未知の迷宮に飛ばされてしまったということなのだろうか。▼君はいぶかしみながらも探索をすすめていく。▼やがて出口が見えた。▼踏み固…


総合評価:421/評価:8.64/完結:84話/更新日時:2026年10月03日(土) 06:00 小説情報

鈴木よしお地獄道(作者:埴輪庭)(オリジナル:現代/ホラー)

鈴木よしおは日本の霊能力者界隈でも屈指の祓いの業を持つと賞賛されている。▼確かにそうだ。▼よしおはこれまで多くの除霊を成功させてきた。▼これからも成功させるだろう。▼よしおが怒りを忘れない限りは。▼怒りこそが彼の除霊の根源である。▼そして彼が怒りを忘れる事は決してない。▼なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。▼しかも浮気相手は彼が信頼して…


総合評価:2468/評価:8.9/連載:42話/更新日時:2026年09月17日(木) 17:32 小説情報

【朗報】転生したら世界帝国の伯爵令息でした(作者:昼夜健康)(オリジナル:ファンタジー/日常)

【悲報】貴族の仕事は二十四時間、365日休みなしでした▼定時退社を愛する現代人が転生したのは、世界帝国ヴァルティアの伯爵家長男。▼広い屋敷、使用人、貴族の食卓。かわいい妹に婚約者、これは勝ち組転生では?▼……と思ったら、長男なので家督も領地も家名も全部背負うらしい。▼しかも貴族に退勤時間はない。▼ならば現代知識でチートを決めて、効率化してスローライフだ!▼そ…


総合評価:2045/評価:8.34/連載:29話/更新日時:2026年06月29日(月) 11:05 小説情報

崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~(作者:Schuld)(オリジナル:SF/冒険・バトル)

 世界がネットで覆われ、メガコーポが全てを支配し、ナショナリズムという言葉が退化するほど未来……の更なる未来。▼ 高度に発達した人工知能や、それらによって管制されるロボット、無私の挺身を厭わぬ自動人形によって成り立っていた、高度な文明は崩壊した。今となっては、その理由は誰も知らない。▼ 新たな国体は成立したが、その支配は限定的で、発展は途絶えた。▼ 今となっ…


総合評価:12119/評価:9.13/連載:41話/更新日時:2026年08月07日(金) 07:30 小説情報

起きたら仁義なき転生、それから。(作者:函南)(原作:仁義なき戦い)

起きたら仁義なき戦いの世界にいた。そんな話。▼からの▼BLACK LAGOONに繋がり、二代目。


総合評価:4818/評価:8.52/連載:83話/更新日時:2026年10月17日(土) 13:47 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>