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まったくとんだ拾い物をしちまったもんだ。
俺はヘンダーソン。見ての通りの行商人で、まあ、そこそこ長くこの世界を渡り歩いちゃいる。酸いも甘いも嚙み分けてきたつもりだが、今日ほど自分の眼力ってやつを試された日はねえな。
隣にいるこの男、サイゾウ。
こいつを見ているとどうにも可笑しくてならねえ。
さっきの冒険者ギルドでの登録の時なんか傑作だったぜ。たかが出身地の欄一つで、まるで世界の終わりみてえな顔をしやがって。眉間に深い皺を寄せて、何やらブツブツと唸り声を上げていた。羊皮紙一枚を前にして、あれは一体何と戦っていたんだろうな?
見た目はどこからどう見てもうだつの上がらない中年親父だ。くたびれたツラに覇気のない目。全身を覆うあの妙ちくりんな黒い服も滑稽だ。そしてどうやら中身もうだつの上がらない中年親父らしい。
普通、自分の生まれ故郷を書くのにあそこまで思い悩むか? 何か暗い過去があるのは間違いねえ。そりゃあ、冒険者になろうなんて奴は、大なり小なり脛に傷を持ってるもんだが、あいつのはちょっと質が違う。なんつうか、根深い。社会のレールから外れたってだけじゃねえ。そもそもレールに乗ることすら許されなかったような、そんな澱んだ空気を纏ってやがる。
だが、それだけなら俺だってわざわざ関わったりはしねえ。
あの男には何かがある。得体の知れねえオーラってやつだ。
オドオドしていつも何かに怯えてるくせに、時折見せる目つきの鋭さ。あれはただの一般人が持てるもんじゃねえ。幾度となく死線を潜り抜けてきた、年季の入った戦士の目だ。俺は商売柄、人の目を見る。目だけは、着てるもんや口の利き方と違って、金で誂えるわけにいかねえからな。
だからこそ俺は疑ってる。
あの冴えねえ態度はもしかすると擬態なんじゃねえかってな。世の中を欺くための巧妙な演技。猛獣が自身の存在を隠すために、無害な小動物のフリをしているような。そんな違和感が拭えねえんだよ。
まあ実際のところは本当にただのちょっと足りないおっさんかもしれねえが、その時はその時だ。流石にいきなり放り出すのは悪いから、適当な荷仕事でも紹介してやるとするか。
だがそうはならないとも俺は感じている。
なぜって、あいつからは妙に薄暗い気配を感じるんだ。世間様に申し訳なさそうなあの雰囲気、裏の人間に通じるところがあるぜ! 城門の前で、妙な恰好で、態度もオドオドとして見てらんねえサイゾウを見かけた時──俺はピンときたね。こいつは何かやらかして、誰かから追われている、と。
このご時世そういう奴は珍しくねえ。だが問題は何をやらかしたかだ。
もしタチの悪い、例えば女子供を手にかけるような私利私欲に塗れた外道だったら、絶対に関わり合いになるべきじゃない。そういう奴は遅かれ早かれ俺たち全員の毒になる。巡り巡って俺の商売の邪魔になるってわけだ。場合によっては消すって選択肢も出てくるかもしれねえな。でもよ、根っからの悪党ではないって俺の勘が囁いてるんだよなあ。
俺の勘は当たるんだ。伊達に何十年もこのクソみてえな世界で生き延びちゃいねえ。そしてその勘が正しかったことは、店の一件で確信に変わった。
フリーダの奴も見物だったぜ。
あいつは典型的なエルフェだ。美形で、長命で、そして何よりプライドが高い。エルフェってえのは多かれ少なかれ人間を見下すもんだ。自分たちこそがこの世界の理を理解した高貴な種族だって信じて疑わねえ。サイゾウに対しても最初は、まるで道端に転がってる虫けらを見るような目を向けていやがった。いや、虫けら以下か。
だが途中からびびり散らしてたからな。
あの澄ました顔が蒼白になって、汗をダラダラ流してる様は実に愉快だったぜ。
サイゾウがあの狭い店の中で拳を構えた瞬間。俺も肝が冷えたが、それ以上にあいつの力の本質を垣間見た気がしたね。あれを目の前で見せられちゃあ、フリーダだって認めざるを得ねえわな。自分たちの常識が通用しねえ化け物が目の前にいるってことをよ。
フリーダには良い薬だ。
あいつも悪い奴じゃないが、エルフェらしいエルフェというか……そういう鼻持ちならねえ部分がある。たまにはああやって鼻っ柱をへし折られるのも悪くねえ。
そしてもう一つ重要な点がある。
サイゾウはフリーダを見ても嫌な目を向けなかった。
これがこのご時世じゃあ珍しいことなんだぜ。
最近は人間社会もぴりぴりしてる。特に亜人に対しての見方が厳しくなっている。先だって、魔王様復活の報が流れたからな。魔王様ってのは亜人や魔物たちの頂点に立つ存在だ。だから人間たちは、亜人も魔王様の手先なんじゃないかって疑心暗鬼になっているのさ。
このベルグリットはまだマシだが、王都あたりじゃもうすっかり亜人の姿を見かけなくなった。人間ってのは余裕がなくなると、すぐに自分たちと違うものを排除しようとする。まったくしょうもねえ生き物さ。俺だって人間だから偉そうには言えねえが、少なくとも自分がしょうもねえってことは知ってるつもりだ。それすら知らねえ連中が、今の王都には掃いて捨てるほどいる。
そんな中でサイゾウは違った。あいつの目には種族の違いなんてものは映っちゃいねえ。
まあ、怯えてはいたかな。でもそれはなんというか……う~ん、女が怖いとかそういう理由な気がする。いやでもまてよ、いい年したおっさんが女が怖いなんてことはないか……。
まあいい。ともかく俺は思ったのさ。
サイゾウも多分、“こっち側”の人間だ、ってね。
社会の主流から外れた者。体制に与しない者。あるいはこの窮屈な世の中に息苦しさを感じている者。そしてそれをぶち壊したいと思っている者──つまり、粋な野郎ってことだ!
今はそういう連中が必要なんだ。
だからこそ慎重に扱わなきゃならねえ。少しずつ、少しずつ関係を深めてこちらの事情を理解させ、そして引き込む。焦りは禁物だ。あいつは人に怯える。怯える相手を急かせば、逃げるか、噛みつくかのどっちかだ。そして噛みつかれたら、たぶん俺の首は胴から離れる。
懐柔はそう簡単にいくとは思っちゃいねえが、やる価値は十分にあるはずだ。
まずは護衛という形で雇い、衣食住を提供してやる。そしてゆっくりと手懐けていく。
この出会いが吉と出るか、凶と出るか。
それはまだ分からねえが、退屈な旅が少しばかり面白くなりそうな予感がするぜ。
俺はニヤリと笑い、隣で未だに落ち着かない様子で周囲を見回しているサイゾウの背中を軽く叩いた。
「おい、サイゾウ。いつまでキョロキョロしてるんだ。まずは宿を探すぞ。それから今後の予定を立てようじゃねえか」
せいぜい俺を楽しませてくれよ、サイゾウ。