あたしが少年を拾ったのは、特に運命とかそう言った事ではなく、ただ単に押し切られただけのお話。
ちょっと厄介な魔物が現れて、このままでは領地が大変なことになるから討伐してくれと泣きつかれたのがこの間の出来事で、それをやっつけた報酬で懐がほくほくになった帰り道。
久々の依頼、魔物の正体がまさか異界から流れ着いた邪神の欠片だったのには驚いたけれど、運良く勝てて本当によかった。
領地どころか国の危機だった事件の手柄は馴染みの騎士達に押し付けて、その代わりに暫く呼び出ししないようにお願いしてきた。
いつまでも前時代の骨董品を頼りにしていては次代の英雄が育たないと建前を主張すれば、大抵の領主は受け入れてくれる。
そうやって気儘に歩みを進め、折角だからお土産のひとつでも買っていこうと街の市場をぶらついていたら、やつれた様子で路地の入り口に座り込む男の子の姿が目に入った。
立ち止まった事に特に深い意図はない。いつもより少しだけ他人に興味を持っただけ。
「見てんじゃねえ」
視線に気づいて悪態をつく少年を、小腹を満たそうと露店で買った肉串を頬張りながら観察する。
この子は多分、駆け出しの冒険者。
依頼に失敗したのだろうか、この世の全てに絶望したと言わんばかりの眼差しで睨むその姿に、哀れみを感じて歩み寄る。
「な、なんだよ。俺のこと舐めてんのか」
ふと思い至って、威嚇してくる少年の口に肉串を捩じ込んでみた。
美味しい? たんとお食べよ。
勢い余って串で口内を貫きかけたのが悪かったのか、少年は強気な態度を一変させて目を白黒させている。
・・・・・・そんなに怯えなくてもいいじゃない。
「お腹が空いているから気が立つんだよ。それあげるから食べて元気出して」
少し気まずくなって残りを全部押し付けて、足早にその場を離れる。背後から聞こえる声に気付かないふりをして、失敗したかなと反省した。
「うーん、あの子のようにはいかないか」
人たらしの少女の笑顔を思い浮かべる。
彼女のように困っている人に手を差し伸べようとしたまでは良かったのだろうけど、やり方がよくわからないまま行動を起こしたのは拙かった。
慣れないことはするものじゃないなって結論付けて、そろそろ無視できなくなってきた声に振り返る。
「なあ、さっきは悪かったよ。あんた、エルフだろ? 飯のついでに頼みがあるんだ!」
威嚇も怯えもどこかへ吹き飛んだ様な笑みを浮かべて少年は続ける。
「俺を、世界樹の迷宮に連れてってくれないか」
勿論礼はする。そう言って頭を下げる少年にどうしたものかと首を傾げた。
▶︎
うおおお! エルフ、エルフじゃないか!
あっちの世界でもこっちの世界でも滅多にお目にかかれないファンタジーの代名詞!
特徴的な笹耳と、妖精みたいに整った顔立ち! 華奢な身体!
豊満なエルフもそれはそれで素晴らしいが、やっぱりすらっとしたプロポーションの方が解釈一致だ。
弓じゃなくて剣を持ってるのは意外っちゃ意外だけど、そんなに珍しいことじゃない。
タイミングも完璧だ。
まさか本当にアイツ等から追放されるなんてと落ち込んでいたが、そうか、あれはこのイベントのフラグだったって訳か。
追放もののシナリオなんてなかった気もするが、俺がこっちにきた後に新規でDLCでも出たんだろう。このルートもその一環に違いない。
未プレイの未練が生まれちまうが、そんな事はどうでもいい。なんせ、今まさにリアルで体験することになるのだから!
つまりこの子が俺のヒロインってこと!
突然の出会いにちょっと面食らったが、このチャンスを逃すわけにいかないぞ。なんせここが夢の第一歩だ。
思えば、こっちに生まれ直してから苦労の連続だった。
孤児院では除け者にされ、挙げ句には悪魔の子だなんだと難癖をつけられて命を狙われる。
逃げ出した先で生きるために冒険者になったはいいが、組んだ仲間は腫れ物に触れる様な扱いをしやがる。
理由は分かってる。
俺のチートが強すぎるんだ。
アイツ等は一番若い俺がパーティーの誰よりも成果を上げてる事が受け入れられなかったんだろうさ。
折角の休日に呼び出されたかと思ったら、パーティーの輪を乱すお前は追放だと。
これには参った。正直どの口が言ってんだって思ったね。
だが、それはもういい。何ならありがとう間抜けどもって礼を言ってやりたいくらいだ。
お前等の嫉妬のお陰で、こんなに可愛い女の子が目の前に現れた。
子供の頃から求め続けた物語への案内人が、わざわざ向こうからやってきたんだ。
あんだけやり込んだゲームの世界に紛れ込んで、それなのに一向に始まらない物語にやっぱり俺の勘違いだったんじゃないかって自分を疑う日々こそ間違いだった!
俺こそが主人公だ!
考えてみれば、あんな雑魚いパーティーで幾ら頑張ったって始まらない訳だ。
目の前で首を傾げるこの美少女に出会う事こそ、ストーリー開始の合図に違いない。
さあ、俺を連れて行ってくれ!
「うん。別にいいけど、あんなところに何の用?」
何って、俺のハーレムライフの礎さ!
▶︎
世界樹の迷宮へ連れて行けと言う少年は、あの場所に何か凄いものがあると思っているらしい。
世界樹はあたしの生まれた故郷で、同胞が守護する聖域という名の辺鄙な場所だ。
あんなところに迷宮があるなんて聞いた事もないし、何なら世界樹の周りは深い森に囲まれただけのド田舎で、別に誰かの案内がなければ辿り着けないって事もない。世界樹はすごく目立つし。
箔付けの為に秘境だなんて吹聴していた同胞達には悪いけど、凄く大きいだけのただの樹にそんな大それた価値があるのだろうか。
精々、他の場所より精霊達に出会いやすいくらいだと思う。
案内するのは別にいい。
故郷を出てかれこれ千五百年近くになるけど、流石にもう家出の件でとやかく言われることはないと思うし、当時の大人達も流石に森に還っている頃合いだ。
本当は一度家に帰ってあの子に顔を見せておきたかったけれど、まあ、特別急ぐ話でもないか。
「そうこなくちゃ!」
何より、さっきまでとは違う年相応の笑顔を浮かべる目の前の少年が心配になってしまった。
言葉を交わせば分かる。
この子は多分《渡り》だ。
彼ら自身は転生者と自称するのだったか、どちらでもいいけど、仮に名乗らなくてもあたしならちょっと魂を見れば分かる。そして、分かる事はもう一つ。
多分、この子はもうそんなに長くない。
「やったぜ!ツキが回って来たってやつだ」
嬉しそうにはしゃぐ少年は、恐らくまだ気づいていない。
可哀想だけど、あたしにどうにかしてあげる事は出来ないから。せめて、ささやかな望みを叶える為の協力くらいはしてあげよう。
・・・・・・教えてあげるべきだろうか?
こう言う時、あの子ならどうするのかな。永く生きてもこういうところで自分の至らなさが顔を出す。
全く、儘ならないなあ。
「いざ!冒険の始まりだ!」
▶︎
「え、俺もうすぐ死ぬんですか?」
「うん」
【Tips】
《エルフの剣士》
・可愛らしい見た目をしていても、永い時を生き抜いた伝説の剣士。あまりにも長生きなのでエルフではあるが半分くらいは別の何かになっている。
尾鰭のついた武勇伝が広まりすぎて、伝説の英雄本人なのにそれが認められる事は実に少ない。
《少年》
・特に理由もなく転生した少年。
前世ではちょっと夢見がちで純朴な青年だったが今世での下積み時代があまりにもアレなので口調が少し荒くなった。
自分が主人公であると思い込み、思い出の中の物語を現実に見立てて振る舞う子供は、周りの大人達からどんな視線を向けられていたのだろうか。