木の根が入り組む洞窟を行く。
足場の悪さに苦戦はするが、道筋ははっきりと覚えている。
画面越しに何度も通った道だ。
この迷宮内のどんな場所でも俺は迷うことなく辿り着ける。
師匠が何処にいるのか分からないから虱潰しに行くしかない上に徘徊するボスモンスターに注意を払わなければならないが、それでもこの命が尽きる前には師匠と共にこの場を脱する事は出来る。
いや、してみせる。
事実、既にこの階層の四割ほどは踏破した。
道中に問題はなかった。
少なくとも記憶通りの構造については。
だけど、気にかかることもある。
ゴブリン、木人、キラービー、ラット、スライム。
本来いるべきモンスターが一匹もいない。
見かけた敵は人形みたいな奴ばかりで、そのどれもがこちらに興味を示さない。
襲われることはないと慢心は出来ないが、明らかに異常だ。
「何が起きてるんだ」
正直、ありがたくはある。
戦闘ともなればそれだけで時間が削られるし、自分の実力が通じる相手かどうかも分からない。
下手に刺激して囲まれでもしたら厄介だ。
今は冒険だなんて言ってられる場合じゃない。
このまま何事もなく師匠と合流することが何よりも優先されるのだ。
息を潜めて屯する人形たちをやり過ごす。
虚ろな瞳でギチギチと不気味な挙動を取る人形達の顔は、あのハーフエルフとはまた違った造形で。
「・・・・・・師匠?」
探し求める女性と瓜二つだった。
▶︎
アラクネは人間の下半身を蜘蛛の身体に挿げ替えた歪な姿をした怪物だ。
他の者達のように特別な部屋をあてがわれなかった故に、誰よりも侵入者を屠ってきた。
彼女は恐れていた。
主が新たな贄を取り込んで、迷宮は姿を変えつつある。
弱い者どもは新たに生み出された人形に取って代わられて、自分もそのうちそうなるだろう。
アラクネはそれが恐ろしいと感じる。
元を辿れば力ある精霊であった自分が、悍ましい迷宮に縛り付けられていること自体が魂に刻まれた恐怖によるものだ。
力では主に敵わないと諦めて、命じられるままに仄暗い洞窟を徘徊する。
記憶が摩耗するほどの年月を迷宮に捧げたにもかかわらず、最後には人形にその立場を奪われる。
そうなれば、自分はもう生きていないだろう。
生き残る方法はひとつだけ。
自身の有用性を迷宮に示す以外にない。
つまりは、いつもと同じように侵入者を屠り続けるのだ。
新参者に手柄を取られては堪らないと密かに呪いを施して、侵入者を追う。
殺さぬよう主の思念が命令を下した理由を、彼の姿を目にした瞬間に理解した。
なるほど。この魂は主が欲しがるわけだ。
──あわよくば、先に喰らってやろう。
《渡り》を喰らえば主に逆らえるだけの力を得ることができる。
上手くすれば迷宮を出し抜いて、自分が世界樹の支配者になれるかもしれない。
主が贄を取り込んだ直後というのも好機である。
強い魂ほど力に変えるのに時間がかかる。
動けぬ主を屠る程度ならば、奴より力を持つ必要はない。
降って湧いた幸運に、美しい顔を醜悪に歪ませて動きだす。
哀れな侵入者に危機が迫る。
▶︎
気がついた時にはもう遅かった。
師匠によく似た敵に動揺を覚えつつ、それでも身を隠してやり過ごしたまではよかった。
冷静を装って進み続けて、やたらと蜘蛛の巣に引っかかるのを気にも留められていなかった。
それがボスモンスターの出現サインだと知っていたのに。
「最悪だ!」
思わず吐き捨てて、剣を抜く。
あれはただの蜘蛛の巣なんかじゃない。
アラクネが侵入者の元へ転移するためのトラップだ。
こうならないために気を張っていたっていうのに!
悪いことは重ねて起こる。
異常個体。
姿を現したアラクネは通常の個体よりもかなり小柄で、美しい女性の上半身を持っている。
人の部分の背丈なら俺とそう変わらないくらいか。
化け物然とした通常個体と違ってその容姿は人にかなり近い。
これで容姿の違いだけなら良かったんだが。
お約束に違わず、異常個体の力は通常個体を遥かに凌ぐ。
『怖気もなく私の領域に踏み込むなんて』
ゲームなら嬉しい台詞だが、今は聞きたくなかった。
『踵を返せるだなんて思わないで頂戴』
糸が撒き散らされる。
複雑に張り巡らされたそれは奴の狩場となる。
相対してしまったら、もう逃げられない。
『絶望して』
糸が槍となって射出される。
かろうじて避けるが、先手を取られた。
槍は岩壁に突き刺さり、そこからほぐれて粘着質の高いトラップに形を変えた。
アラクネとの戦いで厄介なのがこれだ。
長引くほどに、そこらじゅうに撒かれたトラップが行動を阻害してくる。
万が一でも体が触れてしまったら、鼠取りのように絡め取られてゲームオーバーまっしぐらだ。
武器で叩き落とすなんて真似は当然ご法度で、対処法は本体を早々に叩くしかない。
『私に触れないで』
そして、異常個体が通常の個体より強い理由。
それは操る糸の特殊性と運用にある。
鋼鉄並みの強度を持った糸は細く張り巡らされて視認するのも難しい。
迂闊に飛び込むのはピアノ線に突っ込むのと同じだ。
太く粘性の高い糸は、さっきの槍のような遠距離攻撃とトラップのばら撒きでこちらの動きを制限してくる。
本体は糸を張り巡らしながら高速で移動して、そのうち複雑な巣を作り出す。
三次元的な動きで翻弄し、巣に獲物が絡まるのを待つのだ。
一度でも捕まったら最後、碌な抵抗手段はない。
力任せの通常個体では決して見ることのできない戦い方。
未熟な冒険者が一人で挑む相手じゃない。
「搦手ばっか使いやがって」
正直、かなり分が悪い。
こいつが異常個体でなければチートで底上げしたステータスでゴリ押しできるっていうのに。
現に近づくことさえ儘ならずに回避を強制されている。
「せめて魔法でも使えたら」
──勿論、使えるとも。
知らない声が戦場に響いた。
【TIPS】
《アラクネ》
・その昔、精霊達は森に現れた迷宮を取り除くために戦いを挑んだ。
精霊達は戦いに敗れ、力ある精霊は迷宮の贄となった。
彼女は一際美しく強かったため、迷宮は彼女を陥れて子飼いにする事にした。