興奮する少年を宥めて目についた食堂に入る。
お茶と軽食を注文して、待つ間に詳しく話を聞く事にした。
そわそわと落ち着かない様子の少年は、しきりに周りを気にしている。
「世界樹の迷宮には願いを叶える秘宝があるんだ」
声を抑えて少年が教えてくれたのは、どうも聞き覚えのない与太話。
御伽噺でも聞かない迷宮とお宝なんて、悪い大人が子供を揶揄う為の常套句だ。
誰に聞いたか知らないけれど、騙されているのではと伝えてみる。
「あー、正確にはまだ迷宮は目覚めてないんだ」
我が意を得たり。そんな言葉がよく似合う表情で少年が続ける。
「選ばれた者が訪れることで、初めて世界樹の迷宮は目を覚ます」
ドヤァって擬音が聞こえてきそう。
それはさておき。成る程、そういうことならあり得ない話じゃないのかな?
遠い昔に、似たような迷宮を冒険した事がある。
あの時はこちらから訪れるのではなく迷宮から招かれるという形だったけど、人を選ぶと言う点で前例があるのだから、あの世界樹がそういった形の迷宮を擁していても不思議はない。
仮に存在を隠す魔法が働いているのなら、あたしが知らなくて当然だ。
誰からその存在を聞いたのか少年が言わないから、怪しいのに変わりはないけれど。
「これは俺だけが知ってる事さ。君が知らなくても無理はないね」
どこか誇らしげに鼻を鳴らす少年は続けて言う。
「その迷宮を攻略して秘宝を手に入れる。それが俺の目的。勿論報酬はたんまり払うさ。なんせ迷宮の中にはお宝だってたくさん眠ってるんだ」
手元に届いたお茶を格好つけて一口含んで、あっちいと騒ぐ。
なんだろう、この子、かなり心配だ。
まるで悪い大人の口車に乗せられて悪さをする世間知らずの子供を見ているような気持ちになる。
・・・・・・あたしも人の事は言えないけれど。
「少年の目的は分かった。でも、迷宮は危険がいっぱい」
冒険に付き合うのは別に構わないのだけれど、彼が身につける装備はお世辞にも質が良いとは言えないし、所作を見る感じは戦う事は出来るにしても明らかに強者の類いじゃない。
夢見がちな駆け出しが無理を通して命を落とすのは、年長者としては認められない。
何回か依頼をこなして増長しちゃっているのかな。
ただの魔物なら対処は出来ても、迷宮に棲む魔物の力は在野の魔物より強大だ。
何より迷宮探索に挑むのであれば、脅威は魔物だけじゃない。理不尽な罠は当然にあって、自分が立ってる階層そのものが牙を剥いて襲いかかることもよくある。
少年は自分の力を疑っていないようだけど、このままでは仮に迷宮に辿り着いても生きて出られるとは思えない。
「少年は死にたいの?」
あたしに目をつけた慧眼はいい。
仮に騙すつもりのお話でも、あたしなら大半のことはどうとでもなる。
こう見えてもあたしは間違いなく最強の剣士。並の魔物は歯牙にかけないし、一対一なら魔王にだって引けを取らない。
ただ、少年のお守りという制約がつくとその限りではなくなってしまう。
迷宮は、力だけでは攻略できない。
「迷宮に挑むならそれ相応の覚悟が必要。少年にそれがあるのか試させてほしい」
「いいね、チュートリアルか?」
間髪入れずによくわからないことをしたり顔で宣う。
む、そう言うとこだよ少年。
でも、やる気がありそうなのはいいこと。気骨のある子は好ましい。場合によっては鍛えてあげて、それが少年を助けるのならそれでもいい。
短すぎる少年の命は、まあ、あの子に頼れば何とかなるかな。
「その前にこれ食べちゃって良い?正直肉だけじゃ物足りなくて」
・・・・・・いっぱいお食べ、少年。
▶︎
俺の力を見せてほしい。
そう言って店を出て、街外れの人気の少ないエリアに向かう。
今すぐ出発って意気込んでいたところに水を差された気持ちではあるが、こう言うのもお約束だ。
ここで俺の力をパーっと見せて、驚いた少女に惚れられてしまえばプロローグは終わりってところだろうか。
今は淡々とした態度をとっちゃいるが、そのうち俺のことが気になって目が離せなくなる展開はこの手のストーリーの王道だ。
そこから旅の道中で色んな女の子に惚れられて、この子も可愛く嫉妬とかするんだろうなあ。
前を歩く少女の形のいい尻に桃色の未来を想像して、口元がニヤけるのを何とか抑える。
いかん、ついエロい妄想しちまった。
エルフの少女がヒロインなのは間違いないはずだが流石に初対面だ。いずれそうなるとは言え、あからさまな態度をとって不興をかってしまったら折角のフラグが折れかねない。
「ここでいいかな」
少女が呟いて、いつのまにか首元に突きつけられた切先に目を見開いた。
は、え、何だ、何も見えなかった。
「今ので一回。迷宮で考え事が許されるのは、いかに生き残るかについてだけだよ」
いきなりの暴挙をかましておいて、涼しい顔で宣う。
何のつもりだと怒鳴ろうとして、今度は地面に叩きつけられた。
「これで二回、そんなんじゃ駄目だよ」
・・・・・・ああ、そう言うことかよ。
「舐めんじゃねえぞ」
跳ね起きて、暴力系ヒロインを分からせてやるために力(チート)を解放した。
▶︎
「ずみまぜんでじだ、調子に乗っでまじだ」
顔面がぱんぱんに腫れ上がった少年が両手を地面につけて頭を下げる。
どうしよう、明らかにやり過ぎた。
この子の力量はある程度分かっていたから手加減してあげようと思っていたのに、所々で変な挙動をするものだから。
「君はそんなに弱くない。それでもこんな目に遭ってしまう。これが迷宮に挑むってこと。・・・・・・分かってくれるかな?」
腫れた部分に軟膏を塗り付ける。
自分をぼこぼこにした相手に手当てをされるのは嫌だと思うけど、これを教訓に無茶をするようなことはやめて欲しい。
きっと、この子は努力家だ。
拙い戦闘能力は師事する人がいなかった者が必死にかき集めた業の結晶。今はまだまだ下手っぴだけど、少し整えてやれば身違えるはず。
装備だって、古くてボロボロだけどちゃんと手を入れている。生き残るために何が大切なのか知らない訳じゃなさそう。
傲慢な態度は足元を見られないように自分を大きく見せようとしているだけかな。こればかりは断言できないけど、所々にでる反応がそうかもって思わせる。
何より、チート? よく知らないけど、明らかに少年の実力を超えた異能を使う。
その運用にも工夫が見られた。拙いけれど、きっと彼の虎の子なんだろう。総じて、迷宮に挑むにはまだまだだけど、性格も含めて悪い訳じゃない。
評価自体は手合わせする前とさほど変わらないんだけど、戦いの中で迷宮に賭ける思いの強さは窺えた。
「うーん、これならいいかな」
「ふぁい?」
──少年、君はあたしが鍛えてあげる。
包帯でぐるぐる巻きになった少年の頬を両手で包んで出来るだけ優しく提案する。目を見開いて驚く少年は、戸惑ったように首肯した。
▶︎
「やめてくれ。ぼこぼこにされた直後に優しくされたら本気で好きになってしまう」
「?」
【Tips】
《世界樹の迷宮》
・誰もその存在を知らない謎に満ちた迷宮。
御伽噺にすら登場しないが、エルフの長老が持つ古い書物の一節にその存在が示唆されているとかいないとか。