エルフの少女、いや、師匠に教えを乞うようになってひと月が過ぎた。
ストーリーが始まる前にレベリングする羽目になるとは思ってなかったが、やってみると自分の実力が日々増していくのが実感できて自分でも驚く程にのめり込んでいる。
師匠の鍛錬は地味ながらしんどいものばかりだけど、辛いばかりじゃない。
出来た事は褒めてくれるし、本人は無意識だろけど、偶にオイシイ思いもさせてもらえる。
それに、鍛錬の成果は俺自身の成長だけじゃない。自分の技量が増すにつれ、チートの方も成長していった。
正確には、その使い方が最適化されていくと言うべきか。とにかく、俺は生まれ変わったかの如き力を手に入れた。
「君は元々積み上げていたものがある人だから」
そう言って俺の未熟さを何でもない事のように褒めてくれる師匠を、俺はもうゲームのヒロインだなんて軽い目で見れなくなっている。
そりゃあ、異性としてあんまりにも魅力的だから意識はするが、今はそれ以上に尊敬している。
なんせ彼女は命の恩人だ。
まさか、君はもうすぐ死ぬよだなんて物騒な言葉が、冗談でもなく本気の指摘だったなんて思いもしなかった。
イキっていると早死にするぞ、ってくらいの挑発だと思って軽く捉えていた自分が恐ろしい。
師匠曰く、転生者は世界を隔てる壁を越える時に魂が傷ついてしまう。だから短命で、基本的に長くは生きれないとの事だ。
その事実を教えられたのは、師匠にぼこぼこにされたその日の別れ際だった。
どうしようもない現実に普通なら絶望して取り乱すところだが、俺にはチートがある。危ないところを何度も助けてくれたこの力は、今回も俺を窮地から救ってくれる。それを教えてくれたのもやっぱり師匠だ。
「ステータス改変って呼んでたね。名前の意味はわからないけど、その力は君が強くなるほどに君を助ける。逆に雑な使い方をすれば君の命を削ることになるから絶対に忘れないで」
紫色に揺らめく瞳で俺を見つめてそう告げた師匠の表情を、俺は生涯忘れないと思う。
あんなに強い師匠が今にも泣きそうだと感じたのはあの時だけだ。
チートは俺だけの特別な力。
自分の全てを分類して数値化し、その数値を任意の項目に振り分ける。
師匠は言った。使い方さえ誤らなければこのチートで魂の傷を誤魔化せる。
正直、師匠の言い回しは俺には理解できなかったが、その言葉は俺にヒントを与えた。
寿命(HP)に数字を振り分ける。
その他の項目がひどく弱体化したが、そんな事は早死にする恐怖の前では些細な事だ。
そこから必死に鍛錬を重ねて、振れる数値が増えた事で寿命以外にも数値を割り振る余裕もできた。
当時は半信半疑ながら鍛錬に打ち込んで、そうしてひと月生きているのだから、やっぱり師匠の言葉は正しい。
なんせ、何もしなければ七日と経たずに死ぬと言われたのだ。師匠には感謝の気持ちしかない。
「君は、素直でいい子だね」
少しだけ踵を浮かして俺の頭を撫でる師匠に、俺はもうゾッコンだった。
正面からですと、む、胸がですね。目の前にですね、近いです師匠。
▶︎
鍛錬場にしている開けた路地裏に少年と二人。
少年には伝えてないけれど、今日は試験をするつもりで呼び出した。
少年は、驚くくらいに強くなった。
たったひと月で以前とは比べ物にならない。
《渡り》の特徴なのか、それとも彼自身の才能なのか。実際のところはどっちでもいいと思っている。
確実に言えるのは、あたしと出会う前の彼が重ねてきた努力が実を結んだって事。
そして、伝えた言葉の真偽を疑いながら、それでも自分の中でしっかり考えて納得した上で答えを出す姿勢が彼を助けている。
これが全部を鵜呑みにするような子だったら危うさが勝るけれど、あの日から今日まで側で見続ける限りそんな事はなさそう。
「いい子いい子」
友人がよく言っていた。
よく出来たら褒めてあげなきゃ人は頑張れない。だから人に何か教えるときはちゃんと褒めてあげてねって。
少年は成長を見せるだけじゃなく、短すぎる寿命っていう本来ならどうしようもない問題を自力で解決したのだから、これはもういっぱい褒めてあげるべき。
「ちょ、師匠さすがにこれ以上はですね」
顔を赤くする割に、撫でる手を避けようとはしない。そんなところが可愛らしいと思う。
うん、やっぱり子供は素直が一番。
あたしより身長が高い少年を労うのに背伸びをしなきゃならないのは、師としては少し威厳が足りてないかも知れないけれど、喜んでいるようなら何より。
幼気さに免じて、偶にお尻や胸に視線を集中させているのは見逃してあげよう。・・・・・・そろそろ満足したかな?
よし。じゃあご褒美は終わり。
ここからは本題に入ろうか。
「それじゃ、このひと月の成果を見せてもらおうね」
ここで及第点を出せるなら、迷宮に挑む資格はある。
少年に今日の目的を告げて、初耳にも関わらず黙々と準備を整えて構えをとった少年に、改めて成長を感じた。
「いきます」
体を半身に、剣先は天へ。
片手に備えた大盾に隠れるように構えた少年の立ち姿は自分より小柄な相手を制圧するのに適した型。視線を剣に誘って盾による突撃での一撃を狙っているのだろう。
うん、いいね。
状況と相手に合わせてちゃんと考えてる。
鍛錬するときは色んな武具を揃えてある。獲物は自由に選んでいいよって伝えてあるから、この場で選べる彼なりの最適解を用意したのだろう。
「おいで」
告げると、剣が飛んできた。
「おお」
思いがけない強襲に素直に感心する。
盾を警戒させての剣の投擲、そして躱される前提のそれを捌けば次に来るのは盾の突撃。
工夫している、学んでいる。
自分より技量が優れる相手を前にして、同じ土俵で斬り結ぶ事を徹底的に避けている。
「───!!!」
叫びに魔力を乗せて、これは衝撃波で相手を怯ませるのが目的かな?
ウォークライは原始的な魔法の一種。
魔法に関しては教えられていないけど、これも少年の研鑽によって自ら得たものだ。
じゃあ、突撃も雄叫びも当たらない相手にはどうするのかな?
高速で動き回って撹乱を誘う。
壁や遮蔽物を足場に飛び回る三次元的な動きは、戦いに慣れた者でも対応するのは難しい。
盾を押し出す突撃は自分の視界を遮るし、ウォークライは息を溜める隙が生まれる。二つの動作を同時に、何て芸当は少年にはまだ難易度が高いよね。
剣を投げてしまったのは悪手だったかも知れないよ。
「ああ、いいんです」
──追い詰めましたんで。
目は雄弁にものを言う。
でも残念、建物の間隔が狭いエリアに誘導されていたのは気づいている。
たとえ機動力を押さえられても、その大盾を構えるかぎり君があたしを捉える事は出来ないよ。
「盾なんていらねえっ!」
叫んで、盾を投げつける。
飛翔する盾が進路を奪って、少年があたしに組み付いた。
意識を盾に誘導してからの格闘戦。
本当は捨て身の特攻なんて下策もいいとこだけど、体格にモノを言わせて自分の優位を押し付ける発想は悪くない。
うん、合格。
「頑張ったね」
組み付いた勢いを利用して投げ飛ばし、ついでに身動きが取れないように組み伏せる。
うつ伏せに転がった少年の利き腕を全身で抱くように捻り上げ、肩甲骨にお尻を乗せれば逃げ出す事は困難だ。
戦いの高揚から顔を赤くした少年が参りましたと声をあげて、試験は無事に終了した。
▶︎
「最後のあれはハレンチでしょ。あんなんされたら降参するしかないじゃないですか」
「そうかな。別に仰向けのままで君の顔面に覆い被さってもよかったんだよ?」
「か、上四方固めはエッチすぎる・・・・・・」
【チート】
・稀に魔法や奇跡とは似て非なる異能を生まれながらに身に宿す者がいる。
転生者を名乗る者達は往々にして自身だけの特別な力だと思いたがるが、渡りでなくとも異能を宿した者は産まれるし、後天的に得る事もある。
少年が得た本当のチートは、この世界に酷似した空想の物語を、他の何よりも愛していた故に身につけた知識だ。