世界樹の迷宮   作:いとあと

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少年 4

 

 

 少年の腕前をこの身で確認して、これなら迷宮に挑んでも大丈夫そうだと認めることができた。

 彼からすれば一刻も早く世界樹に向かいたいだろう。そう思って話をすると、意外にも少年は顔を曇らせた。

 気まずそうに視線を彷徨わせて口を開く。

 

「あー、いや、迷宮に向かうのは大歓迎なんですけど。・・・・・・あの、師匠ってついてきてくれるんですか?」

 

 んー?

 最初からそのつもりで鍛えてあげたのだけど、もしかしたら放り出されると勘違いしているのかな。

 動機はなんであれ、少年のお願いは世界樹の迷宮に連れて行って欲しいって事だった。

 あたしが少年を鍛えたのは、迷宮で少年が死んでしまわないようにする為の最低条件を整えてもらいたかったから。

 むしろここからがお願いされた案内の本番だと思ってたのだけれど。

 言葉を間違えて伝えちゃってたかな?

 

「本当っすか!」

 

 そのままの思惑を伝えれば、喜色満面の笑みを浮かべて両手を挙げる。

 

「よかったーっ! 実は俺、厄介払いする為に鍛えてくれてるのかなって、ずっと疑ってたんです」

 

 初対面で失礼な事しちゃいましたし。

 今度は肩を落として申し訳なさそうに言う。

 少年は感情豊かで楽しいね。

 

「厄介払いするつもりなら、ひと月も見てあげてないよ。それに前よりは強くなっていてもまだ入り口に立っただけ。一人でいかせる訳にはいかないかな」

 

 なんならもう一年ほど鍛えてあげてもいいんだよ。冗談のつもりで囁いて、それも良いかもって真剣に検討し出した少年に笑ってしまった。

 

「改めて、よろしくね」

 

 差し出した手を勢いよく両手でとって何度も頷く少年は、プレゼントを貰った子供のように無邪気な笑顔だった。

 

 

 

 ▶︎

 

 

 

 師匠と離れるのは嫌だ。

 ヒロインとか、この世界の正体がダークファンタジーのアクションRPGだとか、そんな事は最早どうでも良いと思えるほどに、俺は師匠に恋している。

 

 思えば師匠の存在はゲーム的にあり得ない。

 確かに、最初はレアな種族に出会えた喜びと仲間達からの追放だなんてありふれた展開にDLCの追加だなんて誤魔化していた。

 だが、それじゃ説明できないことが多すぎる。

 

 そもそもいくらDLCだと言ったところで、実装されるのは迷宮内の新たな領域の拡張や新装備、新規スキルといったものばかり。

 サブストーリーやそれに関するキャラクターの追加なんて、俺が向こうで命を落とすまでただの一度だって無かった。

 

 仮にそれが実装されていたとして、出会いのシチュエーションからして既におかしい。

 ゲームの舞台は世界樹の迷宮の中だけであって、既存のどのキャラクターもそこが物語のスタート地点だ。

 迷宮以外の場所から開始されるストーリーなど絶対に存在しないし、それはあのゲームの仕様から言って確定している。

 だが、この世界がゲームの世界と同じなのは間違いない。

 俺のチートはあのゲームのUIだし、フレーバーテキストに記載されている出来事は全てこの世界の歴史上の事件そのものなのだから。

 

 だからこそ、師匠の存在が分からない。

 あの世界でエルフの名が出たのはただの一度だけで、それにしたって過去の英雄として御伽噺に登場するって程度のフレーバーテキストだ。

 ハーフエルフならばNPCとして登場するが、師匠がそうでないのはこのひと月の間に本人の口から語られている。

 

 だから、エルフである彼女は少なくともゲームに現れるキャラクターなんかじゃない。

 その正体が何者なのか、俺には知るよしもない。

 その事実はつまり、俺が主人公じゃない事を意味している。

 世界樹の迷宮が未だ誰にも知られていないのも、ゲームのメインストーリーすら始まっていない証拠だ。

 

 今なら認められる。

 本当はわかっていたんだ。あの時の俺の言動の全ては、辛い現実から目を逸らすための虚言だった。

 プレイヤーですらない自分から目を背けて、降って湧いた特別に縋りついただけだ。

 迷宮を目指すのも、本当はハーレムなんてどうでもよくて、主人公ならばそうするのが普通だと思ったから。テンプレをなぞれば、幸せが約束されるんだって思い込もうとしていた。

 

 師匠は俺が迷宮を渇望していると思っているだろうけど、一年も一緒にいてくれるなら別に迷宮を優先する理由はない。

 だけど、今更やっぱり迷宮はいいですだなんて格好悪くてとても言えない。

 幸い師匠は一緒に旅をしてくれると言った。

 なら、その幸運に感謝して迷宮への旅路を楽しもう。世界樹の迷宮が仮に俺を受け入れなくても、それはそれで構わない。

 迷宮が俺を迎えるのならば、あの秘宝にこの恋の成就を願ってみても良い。

 下らないか?

 それでも構わない。生まれて初めて知った感情に、脳を焼かれてしまった自覚はある。

 

「うん、じゃあ世界樹への旅程を詰めようか」

 

 願わくば、この人の隣に並び立ちたい。ずっと一緒に過ごしていたい。

 何も残せずに朽ちていくだけだった自分を救ってくれた女性を、今度は俺が側で支えてみたい。

 俺を見上げる眼差しに、心は有頂天だった。

 

 

 

 ▶︎

 

 

 

 巨木が生い茂る太古の森にあって、それらと比較にならない存在感を誇る世界樹の洞の中にその迷宮は存在する。

 迷宮は深い眠りの中にあった。

 太古の昔、己が座する世界樹を操り、生き物にとって有益な魔力を存分に含んだ果実を実らせる事でエルフ達を集めた。

 集めたエルフ達の中でこれはという者を選別して種子を植え付け、それらが芽吹いて大きく育つのを待つ。

 種子を植え付けられた魂はゆっくりと変質し、やがて芳醇な栄養を含んだそれを食事として取り込む事で己の力を増していく。

 そうやって、悠久の時を惜しみなく投じて少しずつだが確実に己の核を強く大きく育ててきた。

 最後に種を撒いたのは、千五百年ほど前の話だったか。長命を誇るエルフですら忘れ去る程の遠い過去に仕込んだ贄が、そろそろ己のもとに帰ってくる。

 永い時を眠って過ごす事で、人は迷宮の存在を忘れる。

 それはつまり、己の邪魔をする者が現れないという事だ。

 

 ──此度の贄は、今までにないほど極上だ。

 

 遠く離れていても力を感じるほどに育ち切った魂に触発されて、迷宮は目を覚ます。

 後は贄が自らこの地を訪れるように、適当な者どもに夢を見せてやれば、仕込みは終わる。

 近づいてくる力の気配に、迷宮は喉を鳴らして喜んだ。

 

 

 

 ▶︎

 

 

 

「・・・・・・好きな人と過ごす旅、これは新婚旅行では」

「何か言った?」

「いえ、何も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】

《少年の恋》

・やめてくれ、合法ロリお姉さんとやさぐれ改心少年の組み合わせは私に効く。

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