ハーフエルフ達を蹴散らしながら前進を続けた戦車は、それでも勢いを徐々に削られて遂には敵陣のど真ん中で停止した。
「坊ちゃん、ここはあっしに任せて下せえ」
取り敢えず伏せて!
そう叫ぶや否や、少女は荷台に積まれた木箱を蹴り砕いてその中身をばら撒く。
迫り来るハーフエルフ達にぶつかり、足元に転がったそれは円柱状の黒い塊。
ゲームで散々目にした覚えのあるアイテムの登場に、何考えてるんだと絶叫して身を伏せる。
「あっはっは! 最新式の魔導爆弾って奴でさあ!」
次の瞬間、木箱に詰め込まれたそれを投げ切った少女がテンション高く叫んで印を結ぶ。
そして、爆炎が一帯を蹂躙した。
暴れ狂う爆風と轟音、目を焼く光の暴力に全力で耐えて、暫くしてから顔を上げる。
あれ程の爆発の中心地にいて、戦車も馬も無傷なのは魔法によるものか何か特別な仕掛けがあるのか。
ちゃっかりと自分だけマスクと耳当てを装備した行商人の底が見えない。
せめて、やるならやるで事前に言ってくれればいいものを。
「どうです坊ちゃん、商人も捨てたもんじゃないでしょう」
無茶苦茶だ。
だが、道はひらけた。
ハーフエルフ達の包囲網は崩され、運良く爆発から逃れた者も衝撃波にあてられて散り散りになっている。
「さあ、さあ! お行きなさいな坊ちゃん!」
促す言葉を受けて荷台から飛び降りる。
たった数日の付き合いにも関わらずここまで手を貸してくれた行商人の少女への感謝は、師匠と一緒に彼女の商いを手伝うことで伝えるとしよう。
散り散りになったハーフエルフが再び集まる前に、脇目も振らずに全力で走る。
目指すは世界樹の根本にある洞。
迷宮が俺を拒まなければ、そこから内部に侵入できる。
そして、俺には拒まれないという確信に近い望みがあった。
チートの応用。
ステータスを好きに弄れるこの力を使って、あのゲームのPCを再現する。
何を基準に世界樹の迷宮が主人公を受け入れているのか。
その考察は、前世で入り浸っていた攻略サイトでしきりに議論されていた。
その答えのひとつがこれだ。
あのゲームに登場するキャラクターは何らかの項目が必ず一つ異様に低い数値に設定されている。
NPCも主人公も例外なくそうだ。逆に言えば、それを再現してしまえば迷宮は俺を招くべき者だと誤認して迎え入れる筈。
師匠だけが迷宮に攫われたのは、彼女の腕力の項目が極端に低い事に由来しているに違いない。
かつての日々の中で彼女のステータスを戯れに測定したことがあった。
全く勝てない俺を慰める為に身体能力に然程の差がないと示してくれた出来事だったが、あれがあったからこの説に賭けることが出来る。
正直、理由はどうでもいい。
足りぬが故に渇望する者を受け入れているだとか、迷宮内でビルドを組むためのシステム上の措置だとか、様々な言説が語られていたが、それを追求するのは今じゃない。
師匠との修行の日々で生きるために振り分けたHPを本来のそれに戻す。
元々、俺の命は短いものだった。
ならば迷宮の中で戦い切るために、全てを戦闘に関わる項目に振り分けるべきだ。
師匠は強い。だからこの行動も全部意味がないものなのかもしれない。
それでもいい。むしろそうあって欲しい。
だけど、もしここで師匠の帰りをただ待つのなら、手を貸してくれた行商人に申し訳ないし、何より好いた人が危険な場所にひとりでいるのは、俺の心が耐えきれない。
徒労でもいい。師匠に救われたこの命、彼女のために使い切ってやる。
「だから俺を連れて行け!」
──丁度いい。手間が省けた。
飛び込んだ洞に不気味な声が響いて、俺は迷宮内部に足を踏み入れた。
▶︎
行きやしたか。
ええ、ええ。坊ちゃん、その意気だとも。
想い人に救ってもらった命を、その人のために使う覚悟。
それはどんな魔法や奇跡より得難いものだ。
短絡的? 安い自己犠牲? 無謀な賭け事?
は、何とでも言うがいい。
問われるべき資質は力や才能なんかじゃない。
積み上げた経歴でも、他を凌ぐ幸運でもない。
「何かを得る為に身を投げ出す覚悟こそ問われるべきだ。
そっちの方が、あっしも推し甲斐があるってもんで」
踏み出したその行動こそが彼を英雄たらしめる。
新たな御伽噺の誕生の瞬間に立ち会える喜びを噛み締めて、最後にちょっとだけサービスだ。
「ああ、ああ。追うのは諦めて下せえ」
焼けた地面から生えてくる迷宮の使いっ走り達に、新たに取り出した魔導爆弾を突きつけて笑う。
「在庫の一斉放出だ。滅多にお目にかかれない一級品ですぜ」
赤字になるのは目を瞑りましょう。
だから上手くやりなよ、坊ちゃん。
▶︎
贄を我が領域に取り込んだはいいが、予想以上に育ち過ぎだ。
これでは即座に喰らうことができない。
濃すぎる肥料が植物の根を腐らせるように、この状態で無理矢理に己の血肉に変えようとすれば、それは返って害になる。
──時間は掛かるが、それもまた良い。
千五百年も掛けてじっくり育ったのだ。
喰らう側にもそれなりの手順というものが必要だろう。雑に消費するなど勿体無い話だ。
多少の時間をかけたところで誤差にしかなるまい。
丁度、オマケの方ものこのこと戻ってきた。
何かしら欠けている者は消化に優しいが、力を持たぬ者は栄養にならない。
条件に一致する者は僅かだ。それに異世界の魂という特異性が加わるのならば拒む理由はありはしない。
それに、あれがここにやって来る頃には、贄も完全に我がものとなっているだろう。
そういえばあれは、この贄に懸想している様子だったな。
捕らえた際に読み取った贄の思念は、健気にもあれを案ずるものだった。
ならばその気持ちごと我が糧としてやろう。
好いた者と溶かされながら我が腹の中で一つとなるのだ。
オマケとはいえ、贄をここまで連れてきた功績と、当人もまた我が糧になる事を考えれば斯様な褒美を与えてやるのも吝かではない。
そうだ、魂だけ喰らって抜け殻を新たな主の素体にしてやってもいい。
我が内の中で永遠の逢瀬を楽しむがいい。
──我ながらなんと慈悲深きことよ。
枝葉で編んだ寝台に横たわる贄の少女は胸元に植え付けた核から伸びる根に全身を覆われている。
時折びくりと痙攣する身体は力を失いつつあるが、厄介なのは魂の方だ。
成長する過程で魔眼などという異能に目覚め、魂の位階が上がった故に食い難くなってしまったが、逆にそれがこの贄の質を極上のモノにしてくれた。
精神に防壁を張って健気にも抗っているようだが、それすら熟成という名の一手間を待つ時間に過ぎない。
──早く、いや、焦ってはいけない。
食事の支度はもうすぐ。
最上の晩餐を前に、迷宮は今までにない幸福を覚えた。
【TIPS】
《ゲームシステム》
・魂の回廊で繋がる数多の世界は、奇妙にも同じ因果を持つ事象が度々起こる。
ある世界での狡猾な選別が別の世界で想像の産物となる事もよくある話だ。