失敗した。
まんまと敵の手に堕ちて、あたしは一体何をしているんだろう?
目の前の敵を倒せば全て上手くいく。
そんな甘い見通しで迷宮の主に挑んだ結果がこの有様。
迷宮は一筋縄ではいかないなんて、少年に説教していたのが恥ずかしい。
このまま身体を奪われて、あの木偶人形のように操られてしまうのだろうか。
少年に害を為すと宣言する迷宮に、いいようにされてしまうのだろうか。
嫌だ。
あたしは、そんなことのために生きてきたんじゃない。
あたしを慕ってくれる少年を傷つけるために鍛えたわけでも、あたしの帰りを待つあの子に寂しい思いをさせたかったわけでもない。
できることなら今すぐにでも跳ね起きて、慢心している迷宮を斬り刻んでやりたい。
どこかに飛ばされてしまった少年を迎えに行って、大変だったねって笑い合いたい。
それから、少年を家に招待して、あの子に紹介してあげたかった。
でも、それはもう叶わない。
迷宮から植え付けられた核は、ゆっくりと私の身体を作り変えていく。
絶えず流し込まれる穢らわしい魔力と迷宮の悪意は心を徐々に蝕んで、多分もう長くはもたない。
情けない師匠でごめん。
頼りない友人でごめん。
あたしは、もう助からない。
せめて、少年だけでも逃げていて欲しい。
決してあたしを探そうとしないで。
こんなに情けない師匠のことなんて気にかけないで、どこか遠く、迷宮の悪意が届かない場所に。
抗う意思は擦り切れて、迷宮の意思に呑まれて消えた。
▶︎
ああ、ああ。こいつはいけない。
こんなことはあっちゃならない。
折角、坊ちゃんが男を見せたってのに!
流石にこれ以上の干渉は御法度だ。
けど、まあ、ちょっと口を利くくらいならお上も見逃してくれましょう。
「ええ、ええ。お久しぶりです。ちっと、お耳に入れなきゃならないことが御座いまして」
▶︎
世界樹の迷宮は、階層自体はそう多くない。
絶えず内部の構造が変わるためゲーム上では何階層もあるように演出されているが、実のところパターンさえ覚えてしまえば実質二つのルートしかないと言うのは、ファンの間では前提の知識だ。
洞窟の様なマップは複雑に入り組んで、それだけで侵入者を迷わせる。
庭園を模したマップの方はトラップがそこかしこに敷き詰められた地雷原。
どちらも等しく難易度は高いが、より厄介なのは罠がほぼ無い洞窟ルートだ。
理由はボス部屋が存在しないから。
ボスがいないってことじゃない。
つまりは、普通は事前に準備を整えて挑むべき強力なボスモンスターといつどんな場面で遭遇するのか全くわからないということ。
予備知識さえあれば対策できるトラップの類と違って、単純に厄介な敵との遭遇戦を強いられるのは精神的にかなりキツイ。
「くそ、洞窟ルートかよ」
最悪の引きだ。
チートのせいでリミットが設定されてしまった上に、何処にいるか見当もつかない師匠と合流しなきゃならない。
もし師匠が怪我をしてしまっていたら、彼女を庇いながら撤退しなければならないし、そんな状況でボスとエンカウントしてしまう可能性がある事自体がかなりのリスクだ。
リセマラでも出来ればいいのだけれど。
いや、やめろ。これはゲーム脳が過ぎる。
俺がいるこの場は紛れもなく現実だ。
ゲーム知識に踊らされて、都合のいいように世界を捉えるのは師匠に出会ったその日にやめた筈だろう。
この知識が俺の武器なのは間違いないが、それだけに頼るのは間違いだと俺はもう知っている。
「師匠」
思えば、まだ名前も聞いてない。
我ながら間抜けな話だけれど、俺は彼女の強さにずっと甘えていた。
こんなに離れ離れになるなんて思いもしなかったから。
迷宮での冒険が終わっても、きっとその先も変わらず一緒にいられると思っていた。
だから、この嫌な胸の騒めきに目を逸らすわけにはいかない。
師匠は無事だ。そう信じるのは別にいい。
だけど、それで彼女を失うことになってしまうことだけは、何がなんでも避けなければ。
腹を括って足を踏み出す。
うだうだと考えるのはこれで終わりだ。
ここは、もう迷宮の腹の中なのだから。
▶︎
うん? ああ、君か。随分と久しぶりだね。
前会った時と姿が変わっていたものだから、誰かと思ったよ。
はは、中身の方は相変わらずだね。それで、今日も商売かい?
なんだって!あの子が迷宮に!?
暫く顔を見せないと思っていたけど、そんなことになっていたのか。
ああ、知らせてくれてありがとう。
その状況なら事は一刻を争う。
しかし、参ったぞ。ここから助けに向かうには世界樹はちょっと遠すぎる。
ん? 随分と準備がいいね。
よしよしわかったよ。後は任せておくれ。
なに、心配はいらないさ。
「ぼくの大切な家族を、失うわけにはいかないからね」
【TIPS】
《少女の家族》
・かつて困難を乗り越えた仲間達は、長い時間をかけて家族となった。
常命の者とそうでない者の宿命に、残された二人はそれでも絆を繋いでいる。
それが彼女達の望みだったから。その絆だけは失うことは許されない。