針が布を抜けるたび、糸が小さく鳴った。
きゅ、と。
ほんのわずかな
サガは膝の上に濃色の袖口を広げていた。
長く着込まれ、くたくたに柔らかくなった布地。肘から少し下、机の縁や腕組みの癖で常に擦れるあたりだけがひときわ薄くなり、とうとう織り糸が切れて小指の先ほどの穴が開いてしまっていた。
「ううむ」
穴を天井の明かりにかざすと、向こう側の白い蛍光が丸く透けて見えた。
「思ったより進んでおったな」
「それ、まだ着る気なんだ」
向かいの長椅子から声が飛んできた。
顔を上げると、ウタゲが端末から視線を外したところだった。長椅子の上に器用に片膝を立て、頬杖をついている。休憩中らしい脱力した姿勢だったが、もう片方の指先だけは滑らかに画面を弾いていた。
「無論でござる」
「即答すぎない?」
「着られるものを替える理由などありますまい」
「いや、派手に穴開いてんじゃん」
「ゆえに、こうして繕っておる」
「強いなあ」
呆れたように笑うウタゲを横目に、サガは針を持ち直した。
手持ちの中からもっとも近い色の糸を引いてはみたものの、やはり微妙に色が違う。長年の日差しと洗濯で褪せた古布に対し、下ろしたての糸ばかりが鮮やかすぎて、縫い目が細い虫の這い跡のように浮き上がって見えた。
「むむ……」
「今度は何その顔」
「色が合わぬ」
「でしょうね」
「されど、穴は塞がる」
「そういう問題?」
「衣にとっては大事な問題でござろう」
「まあ、そうなんだけどさあ」
ウタゲは端末をソファへ放り出すと、身を起こして部屋の隅へ歩いていった。私物の鞄をごそごそと漁り始める。
「ちょっと待ってて」
「む?」
「確かこの辺に……あったあった」
引っ張り出してきたのは、小さく畳まれた端切れだった。
朱と橙のあわいのような、温かみのある鮮やかな色合い。よく見れば、細い金糸が斜めに走っている。
「ほう!」
サガの声がぱっと弾んだ。
「実によい色でござるな!」
「でしょ? 撮影用の小道具作ったときの余りなんだけどさ」
ウタゲはサガの膝の上、擦り切れた袖へその布を無造作に重ねた。
くすんだ濃色の上に、一点、鮮烈な明るさが宿る。
「合う?」
「合う!」
「迷いゼロかあ」
「気に入ったのでござる」
「いや、そこじゃなくてさ」
ウタゲの指先が、古い袖と新しい布の境目をなぞった。
「これ、寺にいた頃からずっと着てるやつでしょ?」
「うむ」
「そんな派手な布、当てちゃっていいわけ?」
サガは不思議そうに首を傾げた。
「なぜいかぬ?」
「え」
「布が足りぬならともかく、手頃で、丈夫で、拙僧も気に入った色だ。何か差し障りでも?」
ウタゲはしばし言葉を失い、端切れをつまんだまま小さく吹き出した。
「いやあ……なんか、逆じゃない?」
「逆?」
「そういう変化を嫌がるのって、てっきりサガのほうかと思ってたからさ」
「拙僧がでござるか?」
「うん。『セッソウが昔から着てる大事な法衣だから、元と同じ姿を守らなきゃいけならぬ……』みたいなこと言うタイプかと」
サガは袖へ視線を落とし、穴の縁を指先でなぞった。
「元と同じ色の布があるなら、むろんそれもよかろう。されど、手元にないのなら、届かぬものを待って穴を広げる理由はあるまい」
「現実的だなあ」
「衣は着るためのものでござるゆえ」
「思い出とか、愛着とかないの?」
「ある」
淀みない返答に、ウタゲが目を瞬かせた。
「この袖で薪を抱え、冬には上からもう一枚重ねて寒さを凌いだ。寺を出て放浪してからも、雨に打たれ、泥にまみれ、苦楽を共にしてきた」
「めちゃくちゃ染み付いてんじゃん」
「うむ」
「じゃあ、なおさらさ」
ウタゲは鮮やかな端切れをひらひらと揺らした。
「変えちゃって平気なわけ?」
サガはしばし考え込み、針を置いて両手で袖を広げた。
擦れ、ほつれ、色褪せた布地。
「すでに変わっておるのだ」
「え?」
「寺にいた頃のままではない。色は落ち、糸は痩せ、丈も……気のせいか少し伸びたような気さえする」
「それ単に着倒しすぎでしょ」
「違いない!」
サガが快活に笑い、ウタゲもつられて頬を緩める。
「なればこそ、何も変えぬよう凍らせて守るというのは、土台無理な話でござろう」
「でもさ」
ウタゲは布をサガの袖へ戻しながら、問いを重ねた。
「何でもかんでも変えていいなら――それ、最終的に『その服』である意味って何なの?」
サガの手がぴたりと止まった。
軽く投げられた言葉だった。だが、軽いからといって底が浅いわけではない。
換気口から吹き出す微風が、静かな部屋の空気をわずかに揺らす。
サガは袖を見つめ、朱色の端切れを見つめ、もう一度袖を見た。
「……ふむ」
「お、珍しく悩んでる」
「悩んでおる」
「即答しないこともあるんだね」
「拙僧とて仏ではない。何でも即座に解が出るわけではござらぬよ」
ウタゲは長椅子から丸椅子を引き寄せ、サガの正面へと腰を下ろした。
「で?」
「その服である意味、か」
「うん」
「では逆に問いたい。同じ布で作られた衣なら、誰が羽織っても同じ一着でござろうか」
「いや、それは違うでしょ」
「なぜでござる?」
「着る人が違うんだから、纏う空気も違ってくるし」
「なれば、布だけでその衣が決まるわけではないな」
「まあね」
「形だけでもない」
「それも……たぶん違う」
ウタゲは少し身を乗り出した。
「でも、布も形も全部変わっちゃったら、さすがに別物じゃん?」
「うむ。それは拙僧もそう思う」
「じゃあ、その境目ってどこにあるの?」
「分からぬ」
「分からないんだ」
「分からぬものを、分かったような顔で説くほうがよほど危うい」
サガは再び針を取り、朱の布を袖に重ねた。
「されど、拙僧自身の胸の内にある境なら、ひとつだけ言える」
「何?」
「捨てずに着続けると決めておる、ということだ」
針先が、古い布と新しい布を同時にとらえる。
「拙僧はこの衣を、過去の形のまま保存したいのではない。今も、明日も、この身に纏っていたいのだ。そのために繕う。この鮮やかな布を選ぶのも、その歩みの続きにすぎぬ」
ウタゲは手元をじっと見つめていた。
「だから、同じ服だって言えるんだ?」
「拙僧にとってはな」
「他の誰かに『それ、もう別の服じゃん』って言われたら?」
「そう見える者もおろう」
「嫌じゃないの?」
「少しは寂しいかもしれぬな」
「寂しいんだ」
「拙僧も人の子でござるからな!」
カラカラと胸を張って言い切られ、ウタゲは吹き出した。
「そこ開き直るとこ!?」
「されど、だからといって他人の見え方まで縛ることはできぬ」
「ふうん……」
ウタゲは再び頬杖をついた。
「なんか、面倒くさいね」
「うむ。縁というものは、概ね面倒なものと相場が決まっておる」
「悟った顔で言わないでよ」
「悟ったのではない。面倒だと知っただけでござる」
「余計タチ悪くない?」
くすくすと漏れるふたりの笑い声が、金属壁の部屋に柔らかく溶けていった。
*
ちくちくと針を運ぶことしばし。ふと、サガは目の前のウタゲが妙に押し黙っていることに気づいた。
手元の端末を眺めてはいるが、画面を滑らせる指が止まったままだ。
「ウタゲ殿」
「んー?」
「先ほどから、同じ頁をじっと見つめておらぬか」
「見てないし」
「左上の写真、ずっと変わっておらぬぞ」
「観察力使う場所、絶対間違ってるって」
「何か悩み事か?」
「別に」
「ふむ」
「何その『話すまで待ちます』みたいな顔」
「待っておるのだ」
「……言っちゃうんだ、それ」
ウタゲは数秒ほど気まずそうに視線を泳がせたが、やがて観念したように息を吐き、端末の画面を差し出した。
「今度さ、艦内で小さな服飾展示をやるらしくて」
「ほう」
「地域ごとの伝統服とか、着こなしの文化を紹介するやつ」
「面白そうでござるな!」
「まあね。で、極東エリアの展示を手伝ってほしいって言われてるんだけど……」
「ウタゲ殿なら適任ではないか。かの地に暮らしておられたのだろう?」
「暮らしてたけどさ。求められてるのが、こういう“いかにも”なやつなんだよね」
画面には、何枚かの衣装写真が並んでいた。
絢爛な織物、伝統的な意匠、ひと目で極東と分かる型通りの装束。見栄えは申し分ない。
「間違いではないのでござろう?」
「間違いじゃないよ。私、こういう綺麗な伝統衣装も全然嫌いじゃないし」
「ならば、何が引っかかるのでござる」
「でもさ、これだけで『極東らしさ』って括られると、なんかモヤモヤするっていうか……普段の私、こんなの着てないじゃん?」
「確かに違うな」
「即答!」
「今の装いとは随分と趣が異なる」
「そうなんだけど!」
ウタゲは自分の上着の襟元を軽く引いた。軽快で、動きやすく、ストリートの流行を巧みに取り入れた私服。
「じゃあ、私が毎日着てるこういう服は極東らしくないのかって言われたら、それも違う気がしてさ」
「誰かにそう言われたのか?」
「まだ誰にも。でも、展示ってそういう『らしさ』を切り取る場所でしょ? だから困ってんの」
サガは針を休め、画面の写真を覗き込んだ。
「展示を企画した者は、何を見せたいのだ?」
「地域の衣服文化」
「昔のものだけを、か?」
「いや、今のリアルな着こなしも入れたいって話だけど……だからって、私ひとりの私服をドンと出して『これが今の極東です!』って言い切るのも、主語がデカすぎて違うでしょ?」
「うむ。それは違おうな」
「ほらね。スペースだって限られてるし、何でもかんでも並べりゃ解決ってわけにいかないんだよ」
サガは手元へ視線を落とした。
すべてをそのまま残すことはできない。
すべてを余さず見せることも叶わない。
選ぶ。切る。繕う。生け花の枝と同じだ。
「ならば」
サガは静かに口を開いた。
「『何が正しい姿か』ではなく、『誰が何を選んだか』を言葉にして添えてはどうだろう」
「え?」
「服だけを並べれば、見る者はそれを『極東の正解』と受け取ってしまう。されど、『この者がこれを選んだ。理由はこれだ』と書き添えられておれば、それは誰かの確かな一着になる」
ウタゲは目を細めた。
「個人の視点に落とし込むってこと?」
「うむ。伝統の型を愛して纏う者がいてもよい。今の流行を軽やかに着こなす者がいてもよい」
「でも、それだと全体の統一感がなくなって、展示として散らからない?」
「統一せねばならぬのか?」
「見栄えが悪いと、見てすらもらえないじゃん」
「それは困るな。伝わらねば意味がない」
「そこはちゃんと気にするんだ」
「当たり前でござる!」サガは胸を張った。「伝え方を怠り、伝わらぬのを相手の無理解のせいにするのは筋が通らぬ」
ウタゲは虚を突かれたように目を丸くし、やがて端末を引き寄せて薄く笑った。
「……じゃあさ」
「うむ」
「服の型を揃えるんじゃなくて、解説のフォーマットだけ揃えるのはどう?」
「ほう」
「『いつ着るか』『どこが好きか』『なぜ選んだか』――この三つだけ、全員同じフォーマットで書くの」
「よいな! それならば写真が不揃いでも、一本筋が通る」
「私、この普段着の写真で出しちゃおうかな」
「なぜ拙僧に聞くのでござる」
「流れで、なんとなく?」
「ウタゲ殿自身が選び取ることこそが肝要でござろう」
「だよね!」
ウタゲの指先が、今度は迷いなく画面の上を走り始めた。
*
その日の夕暮れ。
サガの右袖には、鮮やかな朱の端切れが四角く縫い付けられていた。
目立つ。遠目からでも一目で分かるほどに鮮烈だった。だが、針目は細かく布を噛み、強く引っ張っても微動だにしない。
「完成!」
サガが満足げに腕を突き上げた。
「おおー!」ウタゲが拍手を送る。「自分で縫ったくせに、めちゃくちゃ誇らしげじゃん」
「布を見立てたのはウタゲ殿ゆえな! 半分は共同の仕上がりでござる!」
「貸しただけなのに半分取るんだ」
そう言いながらも、ウタゲは袖の端を指でつまんでしげしげと眺めた。
「でも、悪くないね。結構似合ってる」
「うむ。実に気に入った!」
「寺の人たちが見たら、目ぇ丸くして驚くんじゃない?」
「驚くやもしれんな。あるいは叱られるか」
「怖くないの?」
「気にはなる」
サガは袖を下ろし、そっと布の境目を撫でた。
「されど、誰からも咎められぬよう過去と同じ姿に閉じこもり続けるのも、何かが違う気がするのだ。この袖は、拙僧が『今』を生きるためにここにあるのだから」
ウタゲは一瞬だけ言葉を飲み込み、それから悪戯っぽく口元を歪めた。
「じゃあ決まり。サガもその袖で展示に出なよ」
「拙僧がでござるか!?」
「うん。『昔の衣を、新しい布で繕って着続ける人の例』。極東の人間がどう服と付き合ってるか、そのまんまじゃん」
「拙僧ひとりで極東の代表にはならぬぞ?」
「だからそう書くの。『サガはこう選んだ』って」
サガは大きく頷いた。
「なれば喜んで出展いたそう! ところで、ウタゲ殿は何を出すのだ?」
「私? 私は……これ」
ウタゲは自分の上着のジッパーをつまんだ。
「その私服をそのまま?」
「うん。でも、横に昔から実家で使ってた古典柄の巾着も一緒に置くつもり」
「ほう」
「新しいものだけが『今』じゃないし、古いものだけが『故郷』でもないからさ」
ウタゲの言葉を、サガは胸の奥で静かに反芻した。
書き留めるほどのことではないかもしれない。だが、忘れたくはない響きだった。
「ウタゲ殿」
「ん?」
「以前と違ってしまったのに、同じ服と呼べるのか、と問うたな」
「言ったね」
「拙僧は――いまのところ、同じ服と呼ぶことにする」
「いまのところ?」
「うむ。いつか、これはもう別のものだと呼ぶ日が来るやもしれぬ」
「ずいぶん曖昧に残すんだね」
「曖昧なのではない」
サガは袖口の朱をそっと握りしめた。
「『いまはそう選んでいる』という、ただそれだけのことでござる」
ウタゲはその袖を見つめた。
くすんだ古い布の上に、鮮やかな新しい布が一枚。
溶け合うこともなく、誤魔化すこともなく、ただ誠実に縫い合わされている。
「……なんか、その考え方、結構好きかも」
「拙僧もこの袖が好きでござる!」
「いや、服じゃなくてサガの頭の中身の話ね」
「そちらであったか!」
*
展示の当日。
通路の壁際に並んだ衣服の写真は、見事なまでに統一感がなかった。
厳粛な儀礼服、使い古された作業着、流行を追ったストリートウェア、そして継ぎ接ぎだらけの法衣。
だが、そのすべての横には、まったく同じ三つの問いが掲げられていた。
――いつ着るか。
――どこが好きか。
――なぜ、これを選んだのか。
足を止めたオペレーターたちは、服と解説文を交互に見比べながら、思い思いに口を開く。
「これも極東の文化なんだ」と感嘆を漏らす者もいれば、「自分の故郷でも、祖母が同じように布を当てていた」と懐かしむ者もいた。
サガは自らの右袖を誇らしげに掲げながら、尋ねてきた同僚に応えていた。
「ここが擦り切れてしもうたゆえ、繕ったのでござる」
「ずいぶん派手な色を選びましたね」
「うむ! 元の布と同じものはなかったが、何よりこの色が気に入ったゆえな!」
その言葉を口にするたび、胸の奥がからりと晴れ渡っていくようだった。
過去の形を保存するためではない。
昔を捨て去るためでもない。
いま、この命を動かして生きるために選んだのだと、胸を張って言える。
少し離れた場所では、ウタゲが来場者に囲まれていた。
「これ、伝統衣装でも何でもないですよ。私が好きだから着てるだけ。でも、この小物は昔から好きな柄なんです。組み合わせちゃダメなんて決まり、どこにもないでしょ?」
ウタゲはいたずらっぽく笑いながら、だが芯のある声で言い切っていた。
他人に己の正しさを押し付けるのではない。
ただ、自分がどう選んでここに立っているかを差し出す。それだけで、人は思っている以上に豊かな何かを受け取るものなのかもしれない。
夕方、展示の終了を告げるチャイムが鳴った。
片付けのために戻ってきたウタゲが、サガの隣に腰を下ろす。
「お疲れ。疲れた?」
「少々くたびれたな」
「珍しいじゃん、サガが疲れるなんて」
「訪れる者ごとに投げかける言葉が違うゆえ、読経とはまた異なる頭の使いようでござった」
「あはは、確かにね」
ふたりは並んで、壁の写真を見上げた。
古い姿、新しい姿、混ざり合った姿。
どれひとつとして、同じ理由でそこにあるものはない。
「結局さ」ウタゲがぽつりと言った。「何が変わったら、別物になっちゃうんだろうね」
「まだ分からぬな」
「まだ分からないの? あんなに熱心に説明してたのに」
「実践したからこそ、分からぬ深みが増したのだ」
「それ、便利な言い訳じゃない?」
「違うわ!」
サガはくるりと向き直り、真剣な眼差しを向けた。
「分かったこととて、ちゃんとある!」
「へえ、何?」
サガは右腕を掲げ、朱の継ぎ当てを指差した。
「同じ形を守り続けることと、同じものを大切にし続けることは、必ずしも同じではないということだ」
「……うん」
「そして、誰かに『同じだ』と認めてもらえずとも、己とこれとの間に結ばれた縁が消えてなくなるわけではない、ということだ」
ウタゲは瞳を細め、静かに息を呑んだ。
「じゃあ……他人にどう見られるかなんて、どうでもいいってこと?」
「いや」
サガは即座に首を振った。
「どうでもよくなどあるものか。人は人に見られ、名を呼ばれ、時に勝手な型へ当てはめられて生きるもの。ゆえに、どう見せるかを思案することにも大きな意味はある。ただ――」
サガは朱の布を
「他人の見え方に合わせるために、己が選び取った芯まで捻じ曲げる必要はない、ということでござる」
ウタゲはしばしサガを見つめ、やがてふっと吹き出すように笑った。
「……そっか。まあ、今日のサガ、誰よりも派手で目立ってたしね」
「うむ! 似合っておったであろう!」
「うん、かなりね。次は背中一面に金ピカの布でも当ててみる?」
「おお、それは壮観でござるな! ぜひ――」
「冗談だから本気にしないで!」
「なぜだ!?」
撤収作業の喧騒の中、ふたりの笑い声が弾ける。
サガは袖を捲り上げ、展示用の重い木箱を軽々と肩へ担いだ。
古い布と、新しい布が寄り添って撓む。
縫い目はまだ新しく硬い。だが、着込んで汗を吸い、風に晒されるうちに、やがてこの布もサガの身体の丸みに馴染んでいくのだろう。
色は褪せても、違ったままで。
違ったままで、ひとつの衣として。
同じであるために、すべてを昔の色に染め直す必要などない。
そして、同じだと信じるために、変わってしまった傷跡を隠す必要もないのだ。
「サガ、そっちの荷物お願い!」
「承知!」
ウタゲの快活な呼び声に背中を押され、サガは力強く床を踏み出した。
視界の端で、朱の袖が鮮やかに翻った