異変があったら引き返す系ホラゲ世界で普通に異変をしばいて解決してる一般脳筋剣客   作:パチモン出口

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1.どう考えてもホラゲ世界にいたらダメなタイプの剣客

 

 目を覚ます。

 ——同時、俺は刀を振るった。

 

「……空振り。

 はて、物の怪の気配は感じたのだが」

 

 目を開けずとも分かった。

 自分のいる空間は見知らぬ場所であることは。

 

 こんなことは生きてきて初めてだ。

 剣の道を極めて数十年、もし、知らない場所で目を覚ますときがあれば、それは閻魔の前であろうと、腹を括っていたくらいである。

 

 しかし、今の俺は間違いなく生きていた。

 身体を伝う血の流れに、躍動を心待ちにしている筋肉。

 刀を振るう者として、自らの肉体がどう動いているかなど赤子の頃から理解している。

 

 すっと息を吸ってから、俺は瞑っていた目を開ける。

 

「……ふむ、広いな」

 

 視界に入ってきたのは、まさに豪華絢爛と言える優雅な洋館であった。

 床には赤い敷物が一面に張り巡らされ、壁には巨大な絵画、天井には煌びやか燭台、確か……しゃんでりあと言うやつだろうか、も見える。

 また前の方には、上へと続く階段。

 そして背中側にも同じように今度は下へと続く階段が存在している。

 

 一目で分かった。

 ここが自分にとって異国であることなどは。

 

 だが、しかし、だ。

 そんな光景に一つだけ、明らかにそぐわないと断定できる物が存在しているではないか。

 

「——看板とは風情なものだな」

 

 それは、異様であった。

 傷だらけで、ボロボロになった茶色の看板。

 木製であろうソレは、決して壁に張り付いてたり、立てかけられているわけではない。

 

 刺さっているのだ。

 土の上などでは決してない、この空間の中央の床。

 大量にある扉のちょうど中心、この場で最も目立つであろう場所に。

 

「おあつらえ向きということか。

 なるほど、面白いではないか」

 

 罠の可能性もある。

 が、それならそれで良い。

 罠というものは見抜いて踏むよりも気付かずに踏む方が何倍も楽しいのだから。

 

 俺はゆっくり看板へ近づき、その表面を眺める。

 ……そこには、当然のごとく文字が刻まれていた。

 

 

 1 異変は各階に一つだけ現れる可能性がある

 2 異変を見つけたら引き返すこと

 3 異変が見つからなかったら、引き返さないこと

 4 異変が存在する限り、この屋敷から出ることはできない

 

 

 ふむ、そうか。

 ……ほうほう、ほう。

 

 そこに書かれていることを理解するのは早かった。

 これがこの場の縛り、決め事ならば、要するに簡単なことである。

 

 異変とやらが存在する限り、屋敷から出られないということならば。

 

「つまり。

 ——全て叩き斬れば良いということか」

 

 異変とやらを全て叩き切れば、この屋敷から出られるということだな。

 うむ、実に単純である。

 

 俺はゆっくりと腰元に携えた、相棒へ手を伸ばす。

 

 ——瞬間、空気が爆ぜる音が辺り一体に響き渡った。

 

「……柔いな」

 

 こうして、真っ二つに崩れ落ちた看板はそのままに、俺は屋敷の探索を始めた。

 

 

 まぁ、つまるところ、ここはおそらく物の怪たちの住まう根城なのだ。

 このようなハイカラな場所は初めてだが、間違いないだろう。

 

「ふむ、匂うな。

 一十百……さては千は死んでるか。

 まったく、恐ろしいところに来てしまったものよ」

 

 其処彼処から香る死臭がその証拠である。

 もちろん、実際に血の匂いがするわけではない。

 これはただの勘だ。

 人間も、物の径も、合わせて何万と斬ってきた俺のただの勘である。

 ……外れたことは一度たりともないがな。

 

 間違いない、強者だ。

 

 この屋敷とやらに住まう物の怪は俺の命に届きうる存在であろう。

 千人殺しとなれば太古、京に出た鬼神や、出雲の八岐にだって引けを取らない怪物である。

 

「……くく、ふは、ふはは」

 

 身体が震える。

 全身の高揚感は、先ほどからずっと、俺の心臓を揺らしていた。

 

「ふは、ふはは、そうか、そうかそうか。

 まだいたかっ、俺の命に喰らいつく化け物が!!」

 

 赤子の頃から刀を握って三十年。

 大正の世となり、人間も物の怪も腰抜けしかいないと思っていたが、そうか。まだ気概のある奴が残っていたようだな。

 

「あのときの物の径の仕業ならば、感謝してやらないといけないな」

 

 ボソッと呟き、俺は思考を巡らせる。

 

 なんとなくだが、ここに来る前の記憶も思い出してきた。

 そうだ、確か俺はあの日、物の怪を斬っていた。

 

 きたる我が妹の祝杯の日。

 万が一を備え、故郷への帰路に着いたものの、相変わらず道に迷った末に、見知らぬ物の径を追い回して鬱憤を晴らしていたのだ。

 

 ここに来たのは、あの物の怪の仕業だろうか。

 それほど力があるようには見えなかったが、不思議なものだ。

 

「……とはいえ、不覚を取ったとは情けない。

 感謝と共に奴には礼を返してやらないとな」

 

 そんなことを考えながら、俺はとりあえず看板近くにあった大量の扉へと足を踏み入れた。

 

 

 幾つかの扉の中を探索してみて分かったことがある。

 

「……つまらんな」

 

 扉の中にあったのは、異国風の装飾の施された部屋であった。

 どうやら、部屋にはそれぞれ題材らしき物が存在するらしい。

 

 真っ青に染められた壁に、大量の赤い家具が置かれた子供部屋。

 首のない基督の像を中心に十二の三角帽が床に伏せられている協会。

 数十個の椅子が横に並び、黒い板を壁に吊るした巨大な部屋。

 

 屋敷の大きさを考えると明らかにおかしなものも存在するが、細かいことはどうでもいい。

 

 俺はそんな部屋の一つ、大量の絵画と彫刻に溢れた美術館にて休息を取っていた。

 

「異変とやらは一体どこにいるのだ。

 もう扉も数個しか残っとらんぞ」

 

 苛立つ頭を鎮めるため、俺は壁に取り付けられた一枚の絵画へと目を向ける。

 

 その絵はひどく、美しい絵だった。

 まるで、この場にいる人間の視線の何もかもを釘付けにするような、鮮やかな絵画。常人には間違いなく描くことのできない、傑作である。

 

「芸術というものは分からんが、こいつは悪くない。

 剥がして、妹への手土産にでもするか」

 

 そう思って、俺は腰の刀へと手をかける。

 

 そのときであった。

 

「——ほう、やっとか」

 

 身体中の毛が逆立つ感覚。

 辺りの空気が一変し、音が消え、静寂に包まれる。

 

 いる。

 俺の後ろに何か、異物が。

 

 ……いや、違うな。

 おそらく、これは。

 

 ——異変だ。

 

 視線を向けずとも分かる。

 入り口近くに置いてあった石膏。

 頭髪の薄い男を模ったであろう、小さな存在であったはずのそれが、どすん、どすんと音を立てて近づいてきていた。

 

 俺は既に刀を抜いている。

 

「が、ぁ、ぁぁ」

「お、喋るのか、珍しいな。

 もしかしてお前、悪霊憑きか?」

 

 振り向くと同時、おぞましさを秘めた黒い声が、部屋中へ響き渡る。

 

 目の前に存在するのは巨大な石膏。

 いや、この大きさならば石像というのが正しいのだろうか。

 

 俺の身体の軽く数倍の大きさを誇るであろう石膏の頭皮は天井にまで届いている。

 そして、その巨大の首が、ゆっくりと俺に向かって跳ねている。

 

「にしても、デカくなったな。

 やめとけやめとけ、巨躯は戦いに向かん。

 太古から人間との死合いでデカくなった物の怪は死ぬと決まっている」

「が、ぁあ、た、ふ、かぁ」

 

 どうやら俺の言葉はこいつには届いていないらしい。

 ……やはり知恵はないようだな、こやつには。

 現世に未練を残しただの屍、悪霊だ。

 

 そうと決まれば、答えは決まっている。

 メインディッシュが向こうからやってきたのだから、遠慮することはない。

 

「小手調べといくか。

 なに安心しろ、加減は得意だ。

 一撃で終わらせてはつまらん」

 

 そう言い放った俺は、抜いた刀を天へ掲げ、そして。

 

「魂蝕・一刀」

 

 目の前の木偶の坊へ、挨拶代わりの一刀を与えた。

 

 一閃。

 空気が裂け、激しく爆ぜる。

 一瞬のうちに、石膏の右腕が跡形もないほどに粉砕される。

 

 ニ閃。

 爆ぜた空気が、辺り一帯を切り裂く。

 壁に飾られた絵画は吹き飛び、床は落ちる。

 そして、ゴロゴロと目の前の巨躯が崩れ落ちる音が聞こえた。

 

 ……小手調べの一撃としては、十分だろう。

 俺は三閃目を浴びせる前に、俺は刀を動かす手を止めた。

 

 こやつはこの程度でやられるようなタマではない。

 千人殺しの物の怪となれば、こんな攻撃、準備運動にもならないはずだ。

 

 俺は胸の高鳴りを感じながら、粉塵舞い散る奴の方は視線を向ける。

 

 そして、次の瞬間、俺の目の前に映ったのは。

 

「……?」

 

 微塵になるほど粉々に切断された石膏であった。

 

 

「……おい、起きろ。

 次は貴様の攻撃だ。

 妖術の一つくらいは使えるだろう、やれ。

 斬るぞ」

 

 目の前の存在は何も言わない。

 既に石膏としての形は失っている。

 しかし、強者ならば、屋敷に住まう異変とやらならば。

 この程度で、死ぬわけが、わけが……

 

 ……あれ。

 

 俺は一応の警戒のもと、ゆっくりと、石膏の粉のもとへ歩き出す。

 そして、気づいた。

 

「……死んでる?」

 

 一応突いてみる。

 返事はない、ただの石膏のようだ。

 

「うむ、死んでるな、こいつ」

 

 完全に魂ごと、存在が消滅している。

 

 ……なぜだ?

 魂蝕はそういう技であるが、加減はした。

 奴は悪霊だ。よっぽどの低俗な奴でもない限り、肉体の消滅で済むはずである。

 

 ……じゃあ、なんだ、こいつは?

 

「こんな低俗な物の径なんぞ、斬った内にも入らんわ」

 

 異変。

 こやつはその言葉に相当するような強者では確実にない戯けた存在であった、

 俺は目の前の物体の正体を考える。

 

 ……そして、俺の完璧な脳みそは自然とその答えを導き出した。

 

「はぁ、さては、ただの野生の物の怪か。

 せっかく異変とやらに会えたと思ったのだが」

 

 そういえば故郷の森にはこの程度の物の怪は大量にいた。

 おそらくこいつも、この屋敷に隠れ住んでいる物の怪の一匹なのだろう。

 

 つまり。

 

「異変はまだ見つかっていない。

 ……そういうことなのだな」

 

 こうして、俺は扉の外へと歩き出した。

 

 

 

 剣客は知らない。

 先ほど葬り去った存在が、まさに今現在自らが探している異変であることを。

 この屋敷は決して怪異と人間の戦闘の場ではないことを。

 唐突にバトル展開が始まるホラゲは大体駄作になることを。

 

 ……剣客は悲しいことに、知らなかった。

 

 

 

「……どういう、ことだ」

 

 屋敷の中央。

 叩き斬った看板の前で、俺は嘆いていた。

 

「どこを探しても異変なんてないぞっ!

 くそ、一体どういうことなのだ!?」

 

 異変はなかった。

 全ての扉の先を確認して、この中央部も、奥にある階段も、後ろにある階段も、全て調べ上げたはずだ。

 

「まさか、見落としたのか?

 俺ともあろう存在が、まさか」 

 

 一瞬、例の石膏を思い出すも、俺はすぐに首を横に張って考え直す。

 まさかあんなのが異変なわけないだろう。

 俺の育った村ではあんな奴赤ん坊でも狩れるぞ。

 

 そう思ったときである。

 ふと、最初にバラバラにした看板が目に入った。

 

 ……いや、待て、まさか。

 

「そうか。

 書いてあったじゃないか、最初の看板に」

 

 3 異変が見つからなかったら、引き返さないこと

 

 その言葉が示すことは、至極簡単なことであった。

 

 ……異変は、見つからない場合も存在する。

 

「……くく、さては図ったな?

 まったく、なかなか嫌らしいことを考えるではないか、物の怪よ。

 さては策士だな? 貴様も」

 

 とはいえ、気づいてしまっては容易い。

 俺は看板から視線を離し、前方へと歩き出す。

 

 奥にある階段。

 おそらく、異変とやらが見つからない場合は、このまま前に進めばいいのだろう。

 

「……二階にいるのだろう?

 本当の強者、怪物がな」

 

 そう呟きながら、俺は階段を駆け上がった。

 

 

 そして、次に俺が見たのは。

 

「……なぜだ、なぜ、二階ではない」

 

 一階と書かれた看板であった。

 

 

「——なぜだぁっ!!

 どこにも異変なんぞなかったぞっ!! もののけぇっ!!」

 

 

 




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