鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
表の仕事は表の仕事。裏の仕事は裏の仕事。きちんと使い分けてやっているつもりではあるが、表の仕事はポマスが持ってくるものを都合通りに解釈して納品してやればいい。
仕事を進んでやりたいとき、例えば連日暑くて冷たいエールを飲みに行きたいときなんかはポマスに直接連絡をつけて、仕事を回してもらえないかと相談をすると、それなりにいい仕事を回してくれるので助かっている。
問題は裏の仕事だ。こっちは呼び込みをして盛大に受け付けるわけにもいかないし、大聖堂の仕事を暗に奪うことにもなるので、こっちのほうが時間がかからないから、値段が安いから、とおいそれと受け口を増やすわけにもいかない。
そんなわけで、今日も暑い中真面目にハンマーを振るっているわけだが……どうも調子がおかしい。いつもよりも出来がいい。普段ならもう百回ずつほど余分に叩き出して内部から不純物を取り出してやるところなんだが、今日はそこまでしなくてもいい鋼ができあがっている。
仕入れた銑鉄の質が良かったのかな? と疑問に思うが、それでもいいものが出来ていることには違いないので、そのまま焼き入れ、冷ましの工程へ進めてしまうことにする。これは調子よくできそうだ。
仕上がってきた包丁を十数本、自然に温度を冷ますための棚に並べると、後は研ぎ待ちで棚に並べてあった、先に昨日作って冷やしておいた包丁たちを順番に、歪み取り、研磨をして、最終工程とする。
この作業を師匠が死んでからはずっと一人でやっているが、不思議と寂しさは感じない。むしろ、師匠が死んでからが本番なんじゃないかとも思い始めている。
ポマスの親父さんなのだから本人の前でそれをいうと眉をひそめられるかもしれないが、こうして作品と向き合い、そして一つ一つ顔色の違う自分の子供たちと相対して、それぞれの癖や偏りを見抜いては、大体同じ作品に仕上げていく。
全く同じものは一つもない。だからと言って全ての作品について身に覚えはあるか? と言われるとその自信はない。その為に入れるのが銘だ。
これは誰が何と言おうと俺の作品なんだ、という彫り物ないし文字を入れる。俺の場合は丸に十字。
特に大きく意味はないが、俺は円を刻み込むのが師匠に上手と言われていたから、というのもあり、丸は必ず入れる。
そして、十の字に切った文字。この刻み込む厚みで俺の作品かどうかを判別できる。こんな簡単な模様は誰でも入れられるんだから、俺の模造品はその気になればいくらでも作れる。
しかし、こんな小工房の模造品を作るぐらいなら、もっと人気のある大手工房の銘を真似して粗悪品を流すほうがダメージになるだろう。
そう言う情報はいち早く各工房へ伝達され、模造品を防ぎ、そして犯人を炙り出す流れができている。
ハンブラの街で模造品はご法度である。それを知らない愚か者が時々その警戒網に引っ掛かっては、莫大な罰金と共に追い出され、ほぼ無一文で追い出されるのが年に一回ぐらいある。
そんな奴の行き所は、というと、大体は隣か少し離れた町で細々と鍛冶屋を営んでいたりするわけだが。今回は、やっちまった連中の話だ。
◇◆◇◆◇◆◇
あれは確か、七年ほど前になるかな。ソビエル工房という今は小さくなってしまったが、当時隆盛を誇っていた工房だった。
その忙しさゆえ、本来は工房主が責任を負うべき銘入れの確認を怠り、弟子に全てを任せる形で仕事を進めてしまった。
その結果というわけではないが、袖の下を渡され、金の魅力に負けた一番弟子によって、粗悪な類似品に弟子が銘を入れる形で流通していった。
ソビエル工房の主であるソビエルは当然その事を鍛冶職人ギルドに報告し、犯人捜しを始めたが、自分の自慢の一番弟子が犯行に関わっていたとは思わなかったのだろう。
ようやく販売者を摘発して、真相に気づいた時には、補いようのないほどの幅広さで流通してしまっており、一本一本を確認しながらでないと、自分の工房の製品であるかどうかが判別できなくなっていた。
ソビエル工房は自工房の銘が入った製品を自ら回収し、回収して確認した結果質が悪いものだと判別がつくものについては全て新しいものと交換する、という約束の元で次々に品物を交換していった。
その結果、何千という作品が回収され、新品として新しく生まれ変わる形で供給されて行った。これでソビエル工房が損をこいただけなら話は大きくならなかった。
ソビエル工房が大回収を行った裏で、本来ならそろそろ交換時期だと新しいものに誂え直す製品も回収され、新品に入れ替わったため、街中の包丁やカトラリー、その他いろいろな製品が新品化されたため、買い替えの需要が鈍ってしまった。
そのおかげで、他の工房も少なからずダメージが入ることになったのだ。毎年一定数出荷が見込まれている商品が出回らない。
たかが一人の弟子が買収されただけで、街をあげての流通網が破壊され、どの工房も赤字や大量在庫を抱えることになってしまったのだ。
さすがにこのままではまずい、ということで、街の予算からいくらか割かれ、街の外への輸出品としての枠組みを自治会全体で持つことになった。
それ以来、街の外への製品の輸出は自治会が大枠を決めて、それぞれの工房から一定量ずつ持ち回りで製作するようになり、模造品対策としては、罪の厳罰化、自治会の見回りの強化、不自然な原料の流れなどを監視することで、あの一件以来大がかりな騒ぎにまで発展することはなくなっている。
あのときはさすがに俺も、裏の金に少しだけ手を付けていたが、俺だけ冷えたエールを楽しんで怪しまれることにもなりかねなかったので、泣く泣くぬるいのを流し込むしかなかった。
ハンブラの街の事件としても、ソビエル工房銘偽造事件として、歴史に名を刻んでしまった出来事のざっくりしたあらましだ。
最終的に偽造を行った一番弟子は片手の指を全て落とす刑罰と、それから偽造を依頼して粗悪品を流していた工房の工房主は死罪。
工房を手伝っていた職人の内、偽造に携わっていたものはみな高額の罰金刑を申し付けられ、他の工房で腕で返すか、現金で返すか、それとも逃げ出すかの選択をするしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「はい、ですので、今回お渡ししてしまったのはいわば最良品の銑鉄になってしまっていまして。どうも申し訳ありません」
先日のやたら鋼の出来が良かった件だが、注文した店の方から正式に謝罪が来た。どうやら、こちらが注文した品質よりも良いものを間違って流してしまっていた、とのこと。
良品が流れてきたのならそれはいいんじゃないか? と思うところだろうが、職人としては自分の腕が信用できなくなったり、自分の腕が上がったと勘違いする元となるので、仕入れる商品の質はきちんと考えながら仕入れる傾向にある。
「どうりで、いつもより不純物の抜けが良かったわけだ。俺の腕前が上がったんだと勘違いをする前で助かったよ。差額はどうしようか? 」
いつもの仕入れ業者に金の話をする。正直なところをいえば、ハンマー数百回叩くだけの手間の代金を金で補う、ということはできるだけしたくない。その分だけこちらからの出費が出るし、冷たいエールが飲めなくなる。
「今回は、残った分の銑鉄が回収できればそれでいい、とは言われてるんです。さすがに一方的にいい製品を押し付けて、後で金を回収しに来るような詐欺じゃないか、と思われると問題ですから」
道理を弁えているらしく、お互いの落としどころとしてはちょうどいいだろう。
「わかった。使わなかった残りは返却、それで手打ちだ。まだ結構残ってるはずだから持って行ってくれ。その分の金は返してもらえるんだよな? 」
「もちろんです、こっちも信用で仕事をやってるので」
店の小間使いが手押し車と大量に金の詰まった財布を持ちながら、あちこちに謝りまわっているんだろう。製品は良すぎても悪すぎても良くない。自分にわかる範囲で何事も取り組まないとな。