鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
ポマスの狙い通りに品評会は緊急開催にも関わらず例年通りに盛り上がり、問題なく終わりを告げた……と言いたいところだが、一部では問題があったらしい。
判定員が、特定の工房に対してだけ評価が高く、他の工房に対して明らかに点差のある評価をつけた……という噂がまことしやかに流れていた。
ポマスの言っていた、判定員には先に判定しても問題ない工房と、判定しないでほしい工房それぞれに対して評価に差をつけて、間違っても零細工房の製品の評価を高くしないでほしい、という言い含めをまともに聞いてしまった結果、ボロクソの点数をつけられた、という話らしい。
しかもこれが工房側からではなく、品評会を観覧しに来ていた観客からの指摘だった、というから面白い。これが工房から「いくら何でも評価低すぎ」と苦情が来るならもっと面白い所だったのだろう。
その工房自身もおそらくポマスの口車に乗って、いつもより多めにもらえるなら……と報酬に乗せられてそれなりの作品を作ったはずではある。
ちなみに俺は一切手を抜かず全力で作った。師匠から教わったすべての力を使い切り、気合を込め、わずかな誤差も許さないような寸分たがわぬ緻密な作業により、己の中でも最上級の逸品ができあがったと自負している。
正直、ちょっとやりすぎかな……と途中で思って手を抜くことも考えたが、裏の仕事への募集の都合にもこれは使えるのではないか? と思い、全力でやった。これだけの技術を持っている奴が専用品まで直せる、となると宣伝効果は抜群にいいだろう。
俺の打った剣はひときわ輝いて見え、自分の仕事としてここ4年ぐらいで最大の仕事をしたんじゃないか、と思うぐらいだ。打ち終えてすべての工程を終えた日の、冷えたエールの美味かったことと言えばこの上なかった。
◇◆◇◆◇◆◇
しばらくして、工房にお客さんが来た。ポマスと共に。
「ラスティ、お前の弟子候補を連れてきたぞ」
「それ、聞いたの4回目ぐらいだぞ。毎回断った気がするんだが、今回はどういう風の吹き回しだ? また徒弟をもって工房を大きくして、いずれは自治会長になれ、とでもいうのか? 」
「今回は少々毛色が違う。何せ、元はと言えばお前が原因なんだからな」
俺のせいだと? どういう意味だ。
「とりあえず、今回の言い訳を聞こうじゃないか」
「うむ、ざっくり言えば、お前今回の品評会、本気で剣を打っただろう? 」
「まあ、手を抜いてこの程度の腕前の品質の剣を打てる工房でも、品評会に出せるほど、ハンブラの街は技量が足りないことになっているのか? と言われないために、だな」
実際、あまりに手抜きすぎてハンブラの街の評判を落とさない程度にいい物は作ってほしい、という注文はされていたので、本気で作った。反省はしていない。
「で、だ……そのお前の打った剣を見て、その腕に惚れ込んだ奴がいる。……入ってきてくれ」
「失礼します」
入ってきたのは、赤い髪を短く刈り込んだ、なかなかの包容力のあるスタイルを持つ、背の高い女性だった。
「クエス、と言います。あなたの剣に惚れました。弟子にしてください」
まっすぐに、しかし冷静に澄んだ声で俺に向かって頭を下げる。きっちり九十度に曲がったその腰は、明らかに礼節を疎かにせず、それでいて職人気質というには程遠い、きちんとしつけられた作法だった。
「ラスティだ。クエスの惚れた剣というのは……えっとどこやったかな……ああ、これかな? 」
錆び付く前に油を塗り、さび止めをしっかり施した剣を取り出して、見せてやる。
「……」
クエスがしっかりと刀身に魅入る。しばらくそのままにしてやり、存分に見ている間に、ポマスと小声で会話をする。
「弟子というだけでも面倒くさいのに、女性とはどういうことだ、更に面倒くさいぞ」
「いいじゃないか。弟子と家族が両方手に入るチャンスだぞ。何より、男としての人格はともかくとして、お前の腕に惚れ込んでいるのは確かなのだから、そこから入り込んでいけば意外とうまくいくかもしれないぞ。それに、好みのタイプだろう? 」
ポマスが俺の顔を見ながらニヤニヤとしている。確かに、それはそう。
「しかし、礼儀がなってすぎるぞ。どこのお嬢様を連れてきたんだ」
「没落した貴族の子らしくてな。祖父の世代は貴族だったらしいんだが、親の代で見持ちを崩して、彼女自身は手に職をつけて自立することが必要だ……という意識が旺盛らしくてな。その都合でまずは徒弟から始めようと思った矢先にハンブラまでふらりときて、品評会でお前の剣を見て惚れ込んだ、ということらしい」
なるほど。納得はする。納得はするが……弟子を取るかどうかは別だし、そもそも女性だ。しかも、雑魚寝や同じ部屋で寝ることを気にしないような、悪い言い方だが雑多な女性というわけではなさそうだ。
そんな女性と一つ屋根の下で生活をしていく……というのは少し俺の方にも思うところがある。
「とりあえず……いやまて……でも、うーん。腕に惚れてくれたのは素直に嬉しいんだが、弟子入りはなぁ」
「俺が後を継げなかった分、俺にも悪いところはあると思っている。だから、彼女が弟子入りするに当たって必要な費用は俺の方で持たせてもらいたい」
ポマスが珍しいことを言い出す。わりと金に厳しいこいつが自腹で出す、というからには、それなりの理由があるんだろう。
「お前が彼女をそこまで推す理由があるんだろう? 先にそれを聞かせてもらおうか」
腕まくりをして話を聞く姿勢になる。ポマスは頭の後ろをかきながら、白状を始めた。
「まず、本来なら俺が後を継ぐはずだった技術だ。それをラスティに押しつけてしまっている、という後ろめたさがあるのが一つだ」
「一つ、ということは他にもあるんだな? 全部吐いてしまえ」
「後は、お前の腕に惚れ込んだということは、親父の技術に惚れた、ということでもある。これは純粋に嬉しい話だ。そこも込みだな。だから、お前の代で親父の腕が途切れてしまうのは損失だと思うし、彼女自身もそういう思いから弟子入り先を探して、俺にコンタクトをとってきたんだ。その行動力は買ってやるべきだろう」
うーん、そこまで言われると、断りづらくなってきたな。師匠の業を次世代に繋ぐ。たしかに、俺がやらなきゃいけないことではあるか。
「クエス、いくつか聞きたいことがある」
剣に見惚れてぼーっとしていたクエスに話しかけると、ハッと気がついたようにこちらに意識を向けると、姿勢を正して向き直る。
「まず、この工房は狭い。プライベートなスペースというものがほとんどない。俺が弟子をとるつもりがなかったもいうのが一番の理由だが、一人で回せる工房なんてこのぐらいで良いかと思ってたせいだ。そのお陰で、寝室が同室になったりもする。そこは問題ないだろうか。もちろん、間仕切りなんかを使ってできるだけ配慮するつもりではある」
「問題ないです。この腕が身に付くなら、床で寝るのでも構いません」
「そこはポマスに金を出させて、必要なものを早急に仕入れることにしよう。後は、口の固さだ。秘伝まで教える以上、認めた弟子以外には一切教えるつもりはない。だから、ここで学んだことは口外禁止だ。それもいいな? 」
「はい! 守ります! 」
背筋を伸ばし、しっかりと受け答えするクエス。
「……はぁ。まあ、今回はポマスの言うことの方に正しさがある。見習いの件、受け付けることにしよう。通いか、それとも泊まり込みか? それだけでも教えておいてほしい」
「今が宿暮らしなので、できれば屋根をお借りさせていただけると非常に助かるといいますか、正直そっちの方もそろそろ危ないところでして」
「では、ベッドの搬入準備からだな。金はポマスがだすから、体に合ったものを選べよ」
「……はい!! 」