鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
早速家具工房へ行って、体のサイズに合ったベッドと、寝室用の間仕切りを注文する。丁度いいサイズのものがあったのでそのままポマスに支払いを任せると、工具を揃えにいく。
鍛冶職人なんだからそれぐらい自分で作れという話になるかもしれないが、鍛冶用の工具が得意な工房があるなら、そこに任せた方が確実に良い品を出してくれる。
見習いだからと体に合ってないものを使い続けると、それが変な癖になり、癖が腕を鈍らせることにもなる。そのため、道具選びは慎重にやらなければならない。
そんな鍛冶屋御用達の、ハンブラ名物とも言える工房が、この「フォルジュ」だ。ここでは、どんな鍛冶道具も揃うし、使う側の体格や腕の長さ、力の強さ、その他色々を勘案してカスタマイズしてくれる最高の店となっている。
俺も、ハンマーと火バサミだけはここのお世話になっている。この二つについては自分でも何度か製作を試してみたものの、この店の製品の方が体に馴染んでしまうから諦めた。
その方が確実に安く済むなら、他の工房の手を借りるのが一番だ。そういう意味でも、ここはハンブラでもなくてはならない工房になっている。
そして、その特異性から、特別な理由での立候補がない限りはこの工房からの自治会長選出は無し、という取り決めになっているほどなのだから、この工房の有り難みが知れるというもの。
「親方、この店で揃えるのですか? 」
クエスが俺に尋ねる。鍛冶屋なのに他の店に仕事を頼む、というのが納得いかないようだ。
「俺が専用で一つ作るのでもいいが、それはそれで時間がかかるし、まずクエスの体格や力の強さ、それから腕の長さやそこから生み出されるハンマーの威力、そういったものを一から測らないといけないし、そのたびに少しずつ変えていかないといけなくなる。その点、この店にはそう言った情報が蓄積されているんだ。何百人何千人という鍛冶職人の情報の蓄積がな。だから、俺が一本作って時間をかけるよりも、はるかに早く確実なものが手に入る。そのための店がこのフォルジュだ」
「ということは、外の職人たちもここを利用しているってところなんですね」
「いわば、鍛冶職人のための鍛冶屋だ。さ、中に入るぞ」
中に入っていくと、今日は人は少なく、ハンマーの音もいつも通り快調に響いてきていた。
カウンターに話しかけ、いつものカウンター担当の職人ではない従業員に声をかける。
「ラスティ・ネイルのラスティだ。弟子ができることになったんでな。ハンマーと火バサミ、この二つをこのクエスの体に合う奴を一つ見繕ってほしい。金は……後ろのこいつが出す」
「ラスティさんが弟子……ついにやる気になりましたか。それはめでたいですね。早速採寸から行きましょう。こちらへお願いします」
クエスが従業員に連れていかれ、鍛冶場のほうへ向かう。クエスの様子を同じ部屋で眺めながら、俺も弟子入りしたときはこんな感じだったかなあ、と思い返してみる。
「相変わらずラスティは自分の道具はここ任せなんだな」
「自分で作ろうと試したことはあるんだが……どうも、な。やはり信頼できるものは信頼できる人に作ってもらってなんぼだ。それに、いちいち予備パーツを作って残してを繰り返さなくてもいいというのもある。いざとなったら作り直しも利くし、そうなると自分で複数違うハンマーを溜めておくよりも、ここにお願いするほうが楽ってもんだ」
「そういう身軽さもお前のいい所ではあるが、今後はもう少しどっしりと構えてほしい所だな」
どっしりと……か。そうだな、クエスを預かることを考えても、俺もちゃんと工房主として責任もって仕事しないといけないってことか。
ちゃんと仕事を受けて、仕事をこなしつつ、教えながら……なかなかに忙しい日々になりそうだ。数日は、基礎からみっちり教え込むことになるだろうし、しばらくは忙しいだろうな。
「ああ、今後は考えておくよ。とりあえず今は、いち早く工房に慣れてもらうことが先だからな。その点で言えば、お任せするのが一番早い」
「お前はいつ、自分の槌を自分にまかせるんだ? 」
「まだ早いかな。もうあと5年ほど仕事を続けて、それからだな。その頃には俺自身も納得ができる、自分のための自分の槌を作ることができるだろう。たとえ師匠の技を使い切ったとしても、まだこのフォルジュのほうが信用できる、と考えている」
クエスがハンマーの重さに無理がない重さを選び、そして鉄を叩くときの跳ね返り具合を見ながら、適切な重さの頭部を選び、振り下ろしたときの打点からくる頭部の横幅や長さ、それを差し込んだ時の変わり具合などをはっきりと決められ、そして寸法通りのものを仕上げていってくれる。
それから、何より大事なのが持ち手。自分の手にしっくりくるものでなければ手の中で踊ってしまったり、必要のないタコやマメを作ってしまうことが多々ある。それらを防ぐためにも、寸法のあったサイズのものが必要だ。
しばらくクエスが選んでるさまを眺めながら、他の従業員が運んできた水をもらう。さすがにエールは出してくれないらしい。
「ラスティさんがお弟子さんを持つんですか。しかも女性の。家庭でも持つ気になったんですか? 」
「家庭を持つのは二の次以降だな。ちゃんとした弟子を育てる、それが第一だ。嫁さん探しはその後だな。立派に弟子を育てた実績があれば、一人ぐらいは気の変わった女性が見つかるかもしれないしな」
ポマスと従業員が眉を上げて、肩をすくめている。なんなんだろう。そこまで変なことを言っただろうか。
「まあ、とりあえず一歩前進したことを喜ぶべきだな。とりあえず帰りにエールをひっかけて帰ろう。冷たいやつを、人数分だ」
冷えたエール……しかも、人のおごりか。これ以上に美味い酒はないな。
「ポマス……お前いきなりいいやつになったな」
「現金な奴だな。そこまで困窮するような話にならないように、今後はちょくちょく仕事を投げるがいいよな? 」
「ああ、教えながらだからギリギリの仕事じゃない限りは問題ないはずだ。ちゃんと仕事は教えていくし、最悪教えるのを放っておいて最速で仕事を間に合わせる形になったとしてもきっちりやっていくことにしよう」
「親方、決まりました」
クエスがハンマーを持って出てくる。どうやらキッチリ仕上げてもらった様子だ。
「試しに握ってみてくれ」
「はい」
目の前でハンマーを握らせ、その手を触り、無理がないかどうか、そして握りにおかしい所がないか実際に確認する。握りの強さや皮膚のヨレ、無理がないかどうかを確認し、俺の見た目で確認できる範囲で問題がなさそうなことを確認する。後は手袋で細部を合わせて終わりだろう。
次は仕事用の革手袋だ。これで最低限のものはそろう。こっちも手に合ったものを選ばないと肌がこすれて肌荒れの原因や余計な疲労を蓄える原因になる。本来なら一から体に合わせて縫い合わせてもらうようなことをするのだ。
とりあえず、手に合わせて一番なじむものを選んで、本作りは後日、ということにしよう。今日のところは仮決めの形でいいな。
クエスも手になじむ、少しだけ小さめのものを選ぶと、ぴっちり手に合わせた。使ってる間に革の手袋は伸びるので、小さめを選んでおくのがいいとは言ったが、手に完全になじむころには半人前ぐらいにはなっているだろう。それに期待をしておくことにしよう。
「さあ、帰るぞ。帰ったころにはベッドが届いているはずだからな。組み立てて部屋に置いて……後は間仕切りを置くだけだが、本当に同じ部屋でいいのか? 」
「はい、配慮はしていただけましたし、本当に床に寝るつもりではいましたのでそれに比べれば随分買っていただいてくれるのはわかります。ご期待に沿えるよう努力します」
家に帰り、ベッドと間仕切りを整えると、二人が生活するだけのスペースが出来た。さて、今夜からは一人じゃない生活が始まるわけか。