鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
夜になり、ポマスのおごりで飯にいく。おごりの飯と酒ほど美味しいものはないので、今夜は贅沢なご馳走だ。
「さぁ、ラスティについに弟子ができた記念だ。存分に飲み食いしてくれ。今夜の分は全部俺が持つからな。財布のことは気にしなくて良いぞ」
「だ、そうだ。クエスも遠慮なく頼むと良い」
「まだなにも仕事をしてないですし、腕前を見る前からこんなによくしていただいてもいいのですか? なんだか過剰に接待を受けているような気がするのですが」
クエスが遠慮がちに質問をする。たしかに、まだ弟子として満足な物が作れるかどうかわからないうちから歓待を受けるのは逆に畏縮するのかもしれないな。
「その点は心配しなくてもいい、まず、ラスティが弟子を取る気にさせる時点でクエスの仕事は十分に果たしていると言っていい」
「そこまでなのですか? 何故そこまで弟子をとらなかったのですか。後、他の弟子と私で違うところがあるならそこは気になるところですね」
まだ酔っていない内に聞いておこうというのだろう。クエスが過剰気味に質問を重ねる。
「そりゃ、クエスがラスティの好みのタイ……いててててて」
余計なことをいう前に足をつねってポマスは黙らせておく。
「ポマスに言われたんだ。師匠の技……これはポマスの親父さんであるパラケロスという師匠なんだが、そのまま俺が何も跡を継がせず死ぬと、鍛冶の技が一つ失伝してしまうことになる。それは余りにも惜しい、ということを改めて認識してな。そうなるぐらいなら、ちゃんと鍛冶の腕を見られる奴に引き継がせる必要があるなって思えてきたんだ」
「それが私、ということですか」
「そうなる。確かに、俺は全神経を注いで剣を打った。それを目ざとく見つけてこっちにコンタクトを取ろうと人探しをしたあたり、目利きはできると考えてもよさそうだからな」
俺の剣が他の鍛冶職人よりも見劣りしない立派なものである、というのは自己満足や自意識過剰もたぶんに含まれているだろうが、俺としては師匠から受け継いだ技に俺なりのアレンジを加えて作ったものを品評会に出した。
それが審査では落選したものの、こうやって少なくとも一人の女性の目に留まり、鍛冶職人として弟子入りしたい、という気持ちを持たせるだけのものができあがっている、という事実に対しては評価をしてやってもいいとは思っている。
その点クエスの目利きはある程度はできる、と考えてもいいのだろう。後は……俺がどれだけ仕込んでやれるか、だな。
鶏の丸焼きを三人でとりわけながら、冷えたエールを三杯飲み、満腹の状態で自分の工房へ帰る。ポマスとは食事が終わった段階で別れ、二人で工房へ帰る。
「親方、今日からお世話になります」
家に入ったところで、クエスが改めて挨拶をしてくる。鍛冶職人にはありえないほどの、礼節の整ったお辞儀と態度。
やはり、貴族育ちだとマナーというものがきちんとできているらしい。この時点で、既に俺には過ぎたる弟子なのかも知れないな。
「ポマスがいた都合で言えなかったが、弟子となる以上知らせておかなければならないことがある。これは、弟子になるかならないかに関わらず、口外無用の話だ。聞く覚悟はあるか? 」
「それは、親方の腕が実は幻で、実際は他の弟子がいて、そっちが打った品物を並べていた……とかそういう方面の話ですか? 」
明後日の方向に思考を向け始めたらしい。だが、このぐらいの方がかえってやりやすいか。
「いや、剣は間違いなく俺が打った。疑問なら、明日にでもその作り方を実演して、教えながら、早速手伝わせるのでも問題はない」
「なら、固く口を噤みます。親方の損失になるようなことは決してしません」
「なら、いい。急ぎの話ではないから、いずれその仕事を受ける時になったら伝えることにしよう。さて、早速明日の仕事について準備から始めるぞ。水をコップに二杯汲んでこい」
「はい。汲み置きの湯冷ましがどこにあるかを探してこい、という遊びでしょうか」
「まぁ、それも含めての意味だな。今日からクエスの家にもなるのだから、家にはどこに何があって、何がないのか、を知ることも必要だ」
早速手洗い場にいき、瓶の中の水を見つけると、二杯汲んで持ってきた。
「よし、では飲もう。明日の準備の第一段、酒は今日中に抜いておく、だ」
「なるほど、そういう意味でしたか。では、遠慮なく」
コップに注いである水を一息で飲み干し、ふぅ……とため息をつくクエス。どうやら、無理に飲みすぎたり食べすぎたりして、食後の水が飲めないほど満腹にはなっていないらしい。
「ちなみに、仕事中の体力補給として温いエールならいつでも飲めるようになっている。あそこに樽があるし、なくなりそうになったら酒屋に樽単位で注文しているから、残量には注意しておいてくれ。もちろん、疲れそうになったら、クエスも好きに飲んでいい」
「わかりました。覚えておきます」
さて……裏仕事のほうはいつ教えておくか、それともクエスが寝てからこっそりやるか……いやでも、間仕切りがあるとはいえ同じ部屋で寝るんだから、いつかはばれても仕方ないよな。その辺どうやって誤魔化そうか。
「とりあえず、今日は体を拭いてもう寝るといい。明日からゆっくりみっちりやっていくからな。焦って今から仕込んだところで身に付くものは少ないだろうし、頭も体もすっきりしているときに仕事を覚えるほうが何事もうまくいくだろうしな」
「はい、ではお先にどうぞお使いください」
「あと、過剰な丁寧語も少しずつ崩していこう。あんまり堅苦しくなくていい。ここは所詮鍛冶屋だ、お高く留まった王都の貴族向けの装備品展示場じゃない」
王都には何度か行ったことはあるが、あっちの展示場はなんというか……お高く留まりすぎていた。とても命を刈り取る道具を売っている店には見えなかったからな。
「はい……わかりました。じゃあ、少しずつ直していきます」
「まずはそのあたりから始めるか。いきなり全力で砕けてもかえって違和感が出るからな」
そう言い、体を拭き始める。俺が下着一枚になって体をぬぐい始めると、クエスは慌てたように目をそらした。そういうものはあまり見慣れない、ということか。
「すまん、ちょっと俺の配慮が足りなかった」
「いえ……その、努力して慣れるようにします」
間仕切りを持ってきて、俺とクエスの間に壁を作る。壁があれば下着も脱いでいいだろう。しっかりあちこちを丁寧にぬぐうと、服を着なおして間仕切りを仕切り、もう一度水を汲んでくると、クエスに布と一緒に渡す。
「明日は買い出しから行くからな。今日は体を拭いたらもう寝てしまおう。明日へ酒を残さないためにも、今日はもうやることがないという意味でも、早く寝て早く起きる。朝飯を食ったら早速仕事だ」
「はい、よろしくお願いします」
「……まあ、堅苦しいのはそのうち慣れていくか。とりあえず今日はこんなもんでいいだろう」
体を拭き終わったクエスが布を洗いに行って戻り、布を乾かしに干した後、間仕切りを寝室に持ってきて間に立て、ベッドに横になる。
「親方、全然役に立たない、と思ったらその時点ではっきり言ってくださいね。その時は他の工房へいくか、他の仕事の道を選びます」
寝返りを打ち、クエスのほうを見る。間仕切りの向こう側に女性がいる、という状況自体ほぼ初めてなので少しドキドキしているが、俺をそういう対象としては見ていないだろう、という認識で過ごすことにした。そのほうがお互い仕事もやりやすいだろうな。
「なら、自分からそう思わせないために自信をつけさせるのも俺の仕事だな。厳しくやれば何事も成長する、とは思っていない。これは師匠の受け売りでもあるが、まずは興味が持てるように誘導すること、そしてやりたいと思わせること、そして確実な経験を積ませること、この三つが大事だと教わっている。俺もそれに習おうと思う」
そして、寝床の窓にコトリ、と符丁が置かれる音も聞こえてきた。間仕切りの向こう側で、クエスが寝付き始めるのを感じた後、符丁を確認する。タイミング、いと悪し、だな。