鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
そのまま大聖堂を出て、ついでにメモっておいた古代銀の見積もりをもって、昨日とは違う店に出かける。
古代銀は相場でしか値段が流通しない上に、減ることはあっても原則増えることはない。表向きはそういうことになっている。
また、その希少さから、「こんびに」システムに組み込まれることなく、専用の流通店舗が各町やギルド直営であることが多い。
このハンブラの街では、周辺地域を広く統括する商会が運営する「ミスラル」という店が、鍛冶職人が千人単位で所属しているこの街の古代銀の需要を賄い続けている。
もっとも、古代銀の製法どころか、そもそも古代銀というのは合金なのか、それとも単体で存在する、鉄のように何かを鍛えて出来ているのかもわかっていない。
ただ、魔法との親和性が非常に高く、魔力を通すことで鉄以上の強度と耐久性を得られる。
そんな古代銀も、文字通り古代では銀と同じだけの価値を持っていたらしいが、現在においては金と等価値になるまで……つまり、およそ100倍の価値になってしまっている。
人によってはそれを見越して古代銀を買い占め始め、ある程度値上がったところで売り抜けて儲けようとした貴族がいたらしい。
が、ハンブラの鍛冶職人たちの密告と過度な値上げをさせないために古代銀の修理や新規作成をしないというサボタージュによって王宮を動かし、貴族はきつく注意をうけて泣く泣く手放した、という一件もあったらしい。
そんな古代銀だが、実は製法自体はそれほど難しいことをしているわけではなく、銀と鋼を混ぜ込んでも分離するので、そこに魔力を流し込んで無理やり魔力で混合することで古代銀を生成することができる。
この製法がわかったとしても、鍛冶師が魔力を生まれ持って備わっているかは別問題なので、かなりの条件がそろわないとこの製法に気づくことは難しいし、気づいたとしても、どのぐらいの魔力を込めて鍛えてやれば古代銀になるのかどうかは完全にわかりきることは難しい。
これは口伝として師匠であるパラケロスから手ずから鍛え上げられたため、俺自身も数値化や出力については説明することはできない。実際に教えたとしても、そもそもの鍛冶の腕や魔力操作なんかをうまく伝えることができない。だから俺自身も、その内口の堅い弟子を取って、この技術を継承させていかなければならない。
ポマス自身は? という話になるが、あいつは鍛冶の才能はてんでなく、師匠からも匙を投げられたほどだ。
ただ、あいつ自身の愛嬌と人のまとめ方の上手さから、鍛冶の道ではなくその繋ぎ、つまり各工房との連携を取って、今回のように大量発注された物品を各工房の腕と財布の中身に合わせて配分していく中間業者としてしっかり働いている。
とりあえず「ミスラル」へ向かい、大聖堂のツケで古代銀をいくらか仕入れさせてもらう。
「大聖堂のツケって、その話は信用してもいいんですか? 」
店員からはそう質問された。そりゃ当然だよな。
「だったら、確認がとれ次第、ラスティ・ネイルに届けてくれていいぞ。ただこちらとしては筋は通してあることにはなってるので、そちらの確認事項だろうからそこに俺は手を出さないがそれはいいよな? 」
「わかりました。間違いなく早めにお届けするようにいたします」
「頼んだ。できるだけ急ぎでな」
まぁ、融通の利かない店員だとは思うが、普通は大聖堂のツケで買い物なんてしないのだろうから、確認をとるのは当たり前か。いつもの店員がいてくれたら一発だったんだろうが、どうやら用事でいなかった様子。
後で届けてくれるのを待つか。これでまた店でのんびりしている都合が出来たな。さて、さすがに今日今から鍛冶仕事をするには遅すぎる。今日は……後は一本分だけでも鋼を叩いておくか。
炎魔法で一気に燃料に火をつけると、適温になるまで窯が温まるのを待つ。これができるかどうかで鍛冶屋としての腕前はともかく、緊急メンテナンスができるかどうかの差にはなるのでお前はそれだけでも貴重な人材だと、師匠がよくぼやいていたな。
一本分の鉄を用意すると、炉の中に入れてしばし待ち、ふいごで空気を送って、赤くなり柔らかくなったところで炉から取り出し、ハンマーを振るって叩き、鉄から不純物を叩き出す。
ドンドン黒い塊の不純物がぽろぽろと剥げていくので、鉄の純度を上げていく。これで硬い鋼ができあがる。後は硬い鋼と柔らかい鉄を交互に折りたたむようにして鍛造していき、ついでに剣の形も作っていく。
魔法を使った鍛冶の鍛造法の場合、炉に火を入れたり消したり、更に空気を送り込んだり急冷したり……と、魔法を行使する鍛冶自身の能力によってどこまで楽に作業ができるかが変わる。
炎の魔法をしっかりと行使できるものなら、そもそも窯が要らないという話になるし、炎と風と冷気を使えるならば、ハンマー一つあればどこでも鍛冶ができる、という話になる。
さすがに俺の腕ではそこまでのものは作れないため、結局聖鎧ガイアスも一度この鍛冶場まで持ってきて修理、という形になる。
俺の場合は鍛冶としての腕よりも、専用品の修理、メンテナンスができるという特異性のほうに比重を置いているので、この際ある程度の不便さは許容したうえで、炎の魔法で火付けができるだけでも十分使える腕ではあると言えるだろう。
ハンマーを振るって、しっかりと形を整えた剣を一本作って、もう一本どうするか、と少しの時間悩む。燃料のもったいなさを考えたら、このままもう一本作ってしまって明日の朝を少し遅く起きればいい。そっちにしておくか。
今くべた燃料が消えるまではまだ火を使い続けることができる。その間にもう一本作ってしまおう。ふいごで空気を送ってより高温に窯を調整すると、もう一本分の銑鉄をくべて、しっかり熱した後叩き出して一本作ってしまう。
もう一本を作り終えたところでしっかり熱くなった鍛冶場の空気を外へ送り出し、熱気を逃がしてしまう。さて、エールを三杯ひっかけて寝るとするか。
我々鍛冶職人にとって、栄養と水分を同時に取れるエールは生活必需品だ。鉄、炭、エール、といった具合に、優先度は高い。飲めない鍛冶屋は腕も悪い、とまで言われるほどに、我々鍛冶業界にとってエールで体力を回復させることは大事だ。
さすがに冷えたエールを用意することはできないが、酒場ではエールを冷やすためだけの氷の魔法使いが流しで営業をして、ついでに一杯奢ってもらうようなこともしていたりする。
あー、キンキンに冷えたやつが飲みたい。さすがに樽で買ってきて涼しい所に保管しているとはいえ、やはり冷えたエールとぬるいエールでは、飲んだ後の気持ちよさも違う。
やはり、どこか大聖堂の伝手を使って俺に氷の魔法を仕込んでくれる魔術師に知己を得ることも必要なのかもしれないな。ポマスはこういう時に限ってはあてにならないからな。
エールでのどを潤してしっかり水分を補給すると、かいた汗をぬぐうために水場へ行き、他の仕事を終えた鍛冶屋の連中と共に、頭からざぶんと水を被ると、水を拭きとって着替え、身支度を済ませてから眠りに入る。
さすがに明日一日は鋼の剣のほうの仕事に熱中できるだろう。大聖堂の仕事に入るのは後日かな。どっちも大事な信用を落とさないための仕事ではあるし、大事に使わせてもらおう。特にポマスの信用を落とすほうはよりまずい。
ポマスの回してくれる仕事なしで、工房が維持できているとはだれも思わないだろうし、だとしたらどんな仕事をしているんだ、という話になる。ばれないためにも、そしてばれないように仕事を発注してくれている側にも、不義理はできないな。