鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
大聖堂の仕事をする日がやってきた。今日は一日オフにしているので、聖鎧ガイアスを朝のうちに預かってきて、メンテナンスをして再び元に戻す。そういう仕事をするだけでいい。
仕事のポイントとどこを修理するか、そして材料のほうも都合がついているため、後は予定通りにただこなすだけで済む。
朝、早いうちに大聖堂に向かい、ハンギス大司教に大聖堂の鐘を直しに来たと伝えて中に引き入れてもらうと、聖鎧ガイアスの前まで行き……鎧に触れる。大司教と共に控えるマルネラ司教は俺が普通に触れていることに驚きを隠せていない。
過去、何十人もの聖職者が己の信心と疑念と、そして専用化魔法の期限切れを確かめるために聖鎧ガイアスに触れ続け、そして弾かれて傷を負う、ということを繰り返してきた、ある意味でいわくつきの一品である。
それに弾かれることもなく、傷を負うこともなく、平然とペタペタ触っている俺に対して、少しの畏怖感を持っているような気がするな。
「では、よろしくお願いいたします。メンテナンスの方、いつも通りお任せいたします」
ハンギス大司教が丁寧な作法で俺に接するのを見て、マルネラ司教はその丁寧さに驚いて自分も、と最敬礼の仕草を見せる。
「はい、では直り次第こちらにまた向かってきますので、よろしくお願いします」
そういうと、俺は鎧をさっそく身につけ始める。鎧をバラして部品ごとに運ぶこともできるが、それでは一日で作業が終わらない。一番手っ取り早い移動方法は、そのまま身に着けていくことだ。
勇者でしか装備できないとされている聖鎧ガイアスを、いっぱしの鍛冶屋である俺が触れ、あまつさえ身に着けている。その姿にさらに驚くマルネラ司教。前任の老司教も最初はそんな反応だったな、と思い返し、少しだけ心の中で笑いがこみあげてくる。
鎧を装着し、その外側からローブで体を隠す。音さえさせなければ、信者の一人として出入りしている、という風に見えなくもないだろう。
鎧をゴテゴテと着ている姿を見て、マルネラ司教があわわわ……と慌てふためいているが、俺もハンギス大司教も見慣れた光景。ハンギス大司教に至ってはマルネラ司教の慌てっぷりを眺めて楽しんでいるようにすら見える。
鎧の上から、提供された大き目ローブを羽織り、はたから見ても鎧を着こんでいるようには見えないようにして、そのまま歩いてラスティ・ネイルに戻る。
わがままを言えば馬車を用意してもらうこともできるのだが、工房街に馬車で乗り付けて乗り降りする俺を見かけられた時点で怪しさが何倍にもなる。その点そのままローブ姿で鍛冶屋に戻れば、教会関係者が俺の工房に用事があった、というだけで済む。
「じゃあ、工房に戻る。今日中に直して戻るから、出迎えだけ頼みたい。合言葉はいつも通りでいいのかな? 」
「構いません。聖鎧のことは頼みましたよ、ラスティ」
「では失礼します」
そのまま大聖堂を出ると、できるだけ人とぶつかったり悟られないようにしながら、自分の店に戻って鎧をこっそり工房に運び込むと、誰も入らないように部屋を密封してから仕事を始める。
さて……錆び落としと打ち直し部分と……と、ささっと終われば午前中に出来上がるな。炎魔法で古代銀を熱し始めると、炭でしっかりと温度を上げ始め、安定させる。
古代銀は鉄と銀の特殊合金であるため、鉄よりも早く溶け始める。そして、熱している段階でも一度合金化された古代銀は再び分離することはない。
そこが取り扱いの便利なところではあるが、不思議なところでもある。魔法で無理やり合金化させているなら、融解させた時点で魔力で覆わないと分離してしまうのじゃないか? と疑問になるところだが、そうはならないらしい。
おかげで魔力を持たない鍛冶職人でも古代銀を扱うことができる……ということになっている。一度魔力を接着剤として合金化した古代銀は、魔力がなくなるまでは古代銀として維持され続ける、ということだろう。
古代銀でできたものはその古代銀の賞味期限があるため、定期的にメンテナンスが必要になる、ということになる。その職人の仕事があるおかげで食いつなぐことはできている工房はいくつかある。
さて……そろそろいいかな。古代銀が溶けたところで新しいパーツを作り、交換。そして錆び付いた部分をこすり落とし、きっちり仕上げる。
定期メンテナンスなのでこのぐらいでいいだろう。魔王が復活したという話も聞かないので、今のところは大掛かりな修理をする必要はなく、汚れや錆び、それらをしっかり落としておけば今回は十分だろう。
午前中めいっぱいかけてパーツの交換とさび落とし、それから積もり積もっているが、埃を落とすだけでも鎧に触れる必要があるため、あらかじめ布をかけておくか放置しておくかしかできない汚れを落とし、ピカピカに磨き上げた聖鎧ガイアス。
これを再び着込んでローブを被り、大聖堂に向かい、マルネラ司教に教会の鐘の鋳掛けに来た、と符丁を伝え、出迎えをお願いする。
「お待たせしました。奥へどうぞ」
今日の午前中には終わるということを伝えていたため、比較的早く迎えに来てくれたマルネラ司教につれられ、ローブ姿のまま再び宝物庫に入り、扉を閉めるとローブを脱ぎ、一息つく。
「いやあ、鎧にローブでうろついていい気候じゃないね」
「暑くなってくる時期ですからね。さぞ大変だったでしょう」
鎧を脱ぎ、内側を綺麗に拭いて自分の汗を残さないようにすると、綺麗に見た目を整えてから鎧掛け台に引っ掛ける。
これで、今日のお仕事終了だ。ふぅ……と一仕事やり終えると、マルネラ司教に合図を送る。
「これで、完了です。後は、俺の手数料さえいただければこれで完了です」
「お疲れさまでした。お礼はこちらに」
皮袋に入れられた大量の銀貨を受け取る。金貨で……と言いたいところだが、普段の支払いで金貨を使う機会は少ない。銀貨で受け取ったほうがこまごまとした買い物や用事に使いやすい。その辺をよくわかってくれているらしい。
丁寧に枚数を数え、きちんと請求した分の数があるかを確認した後、袋に仕舞い直し、マルネラ司教に確かにいただきました。と頭の上に袋を恭しく掲げる形で、ありがたくいただきます、というポーズを取る。
俺自身はそんなに神の存在を信じるわけではないが、大聖堂からの仕事の依頼である以上、一定の信心を見せる必要はある。
「本日はありがとうございました。これでこちらとしても大聖堂の名を損なうことなく鎧を扱うことができます」
「また何かしらあったらよろしくお願いします。それでは、これで失礼します」
大聖堂を出て少し歩くと、正面からポマスが歩いてきた。こんなところで会うのは珍しいな。
「ようラスティ。今大聖堂から出てこなかったか? もしかして、鐘の一件か? 」
「ああ、鐘の調子を見て直してきたところだ。これでまたしばらく、時間を知らせることができるだろうさ」
まさか、ちょっと聖鎧を着て直してきたからこれで大聖堂の威信は保たれている、なんて言えないからな。この秘密は墓まで持っていく必要がある。
「剣のほうは頼んだからな。遅れはしないと思うが、きちんと10本納品してくれよ」
「解ってるさ。親友がわざわざ持ってきてくれた仕事をとちるほど腕は落ちてないつもりだ」
「それは何よりだ。仕事終わりの祝いだ、これで冷えたエールの一杯でも引っかけてから帰るといい」
気前良く銀貨を一枚俺に放り投げると、ポマスは去っていった。
銀貨一枚あれば冷えたエールだけでなく、それなりの食事もとれる。あいつなりに心配はしてくれていたんだろう、ということでありがたく受け取っておくか。
そのまま酒場に入ると、冷えたエールと肉の塊焼きを注文。冷えたエールが五層六腑にしみわたる。熱い思いをした後の冷えたエールはなんでこんなに美味しいんだろうな。
しっかり飲み食いして、ちょっと余分に支払うと、心地いいままラスティ・ネイルに帰り、午後の仕事を始めた。さて、鋼の剣を今からなら二本は成形できる。途中まで進めてしまって、明日からまた続きをやっていこう。