鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
ポマスから頼まれた鋼の剣10本の仕事を終えて、無事に納品。ポマスからは「相変わらず仕事が早いうえに丁寧だな」とまともに褒められ、仕事は終わった。ついでに仕上げた11本目は店に並べておくと、三日後ぐらいには売れてくれたので、それでまた冷たいエールが数十杯飲めるだけの資金を得てホクホクだ。
表向きに使えるお金と裏向きにしか使えないお金がある以上、帳簿も二重帳簿だし、裏のお金は鍛冶場の一番わかりにくい所に隠してある。実際、この金があれば最新式の窯をあつらえることもできるし、氷魔法を学びに行くだけの金の余裕もできた。
ただ、今更になって冷えたエールを味わうためだけに魔法を学びに行くという微妙なことに金を使う余裕がある、というのがばれると困るので、酒場でだけ冷えたエールを味わうことにしている。
夜になって、今日の仕事を終えて窯の火を落とそうとしたところで来客だ。血まみれの男が現れた。
「ようラスティ。今いいか」
「よう、ザンザ。それは返り血か? それとも自分のか? 」
「両方だな。ちょっとトチっちまってな。珍しくこのザマだ。手入れを頼む」
ザンザの専用品である暗器バグナートを投げつけられたのを指でしっかりと止める。これはザンザが傷つけようとする相手にだけ毒の魔法が仕込まれる、という特殊な棒手裏剣だ。
しかも、本人の意思で取りに行かなくても手元に戻ってくる、という不思議な仕組みもある。便利なものだが、反面暗殺にしか使えない代物だし、手口と毒の種類でザンザの仕業だということがばれてしまうのが欠点だという。
「棚の上に応急処置セットが入っている。好きに使え。後で請求書に含めてやる」
ザンザにケガの治療をさせておく。その間にこっちの仕事を済ませてしまおう。ザンザは工房の椅子に座り込み、早速自分の怪我の治療を始めた。
「助かる。正直、このままだと仕事道具を直してもらったところで俺の体が持たずにここで倒れ込むところだった」
「俺の店の前で倒れられても困るし、お前は上客だからな。金を持ってる上にケチらない。こっちも仕事のやりがいがあるってものだ」
そう言いながら、再び熱し始めた窯にバグナートを入れ、熱したところで曲がりを直す。あんまり損傷はしてないが、確かにこのままだと仕事はできないだろうな。曲がりを直して冷却した後、研ぎを始める。
「今日の相手は騎士様でな。婚約相手の女性から、もっといい男を見つけたから消してくれ、という話だった」
「ここは告解する場所じゃないぞ。そういうのは大聖堂でやってくれ」
「まあ聞け。その女性にも俺のところに暗殺依頼が来ててな。騎士様の親族から、あまり婚約相手としてはふさわしくないが、立場上断ることができないから消してくれないかって相談があったんだ」
「……」
聞いてるフリをしながらできるだけ話に乗ってやることにする。仕事歌をこの時間から歌うことに比べればまだマシな話だろう、と考えている。
「で、だ。その女性のほうが支払いが良かったから俺は今回仕事を受けたんだ。多分、明日には新しく金額を上乗せされて暗殺者ギルドに依頼が回ってくるだろう。暗殺者ギルドに仕事を依頼したこの女を殺してほしいって」
あり得る話だな。ザンザの殺しの手口は毎回同じだが、確実な証拠を残さないのがこの男のやり口だ。今回はケガをしているが……相手の騎士様が結構なやり手だったんだろうな。
「この通り、今回は割りに合わない仕事だった。次回はほかの奴に頼んでほしいところだが……この女性の暗殺は引き続き俺が請け負うことになりそうだ。俺が撒いた種だからってことでな。その女性の暗殺の時にはもうちょっと楽に仕事ができると嬉しいんだけどな」
自分の手当が終わったザンザに、研ぎ終わったバグナートを渡す。バグナートは……ほぼ元に戻った、と言っていいだろう。
さすがに完全に元に戻す、という作業はできないし、俺は専用化の魔法が使えるわけではないので、現状維持から少し劣るラインで作りなおして次の仕事に役立てられるように手助けするだけだ。
バグナートを何度か手の中でくるくると回し、空中に投げてキャッチして、を繰り返す。
「相変わらずいい腕してるな。なんでこんな裏の仕事をしているのかが不思議になるぐらいだ。もっと大きい店を持てるんじゃないのか? 徒弟も雇って」
「徒弟を雇ったら、お前の次の直しは誰がやるんだ? さすがに徒弟を雇ったら隠しきれるものじゃなくなるぞ」
「確かにそうか……礼だ、受け取ってくれ」
いつも通り銀貨で受け取るのかと思いきや、金貨で支払いをしてきた。
「今日の払いの一部だ。結構支払いが良かったんでな。どうせ表では使えない金なんだろうし、金貨がたまには混じってもいいだろう? 」
「両替の手間が増えるだけなんだが、まあいつもよりちょっと色がついてる分と、応急手当て用の品物の代金として受け取っておく」
そのまま金貨を受け取ると、机の上に無造作に置いて、バグナートを包む油紙も渡しておく。
「一回二回ぐらいなら、こいつで拭いてやれば元通りに使えるようになるはずだ。よほど硬い物にぶつけない限りは大丈夫だろう。ちゃんと自分でも手入れはするんだぞ」
「ああ、覚えておくよ……と、じゃあな、助かった。また得物がだめになりそうだったらよろしく頼む。この傷だし、次の仕事が終わったらしばらく休みだな。たまには滋養のつくものを食べてゆっくりしないとな」
ザンザはそのまま影に消えるように去っていった。今日も臨時収入が入ったな。これでまた冷たいエールを飲めるわけだ。
完全に鍛冶場を閉め、窯の火を消して部屋の明かりも落とすと、鍛冶場の陰の使用済み炭置き場の裏にある、一枚だけ外れるレンガの下にある、俺だけが知っている隠し金庫に金貨をしまう。
ここには金貨が……地味にたくさんある。専用化装備のメンテナンスの費用や出費、それから一時的な買い物のための資金はここに溜めこんでいる。
それでも出ていく金額よりも入ってくる金額のほうが多いため、うっかり鍛冶場が燃え尽きても、ここだけは安全に火も通さず熱もそれほどかからず、安全に資産を隠しておくことができる。
さて……冷やしてくれる魔法使いさんは酒場にいてくれるかな……いつも通り酒場「鉄底」へ行き、いつも冷やしてくれる氷魔法使いのサービスを受けると、冷えたエールをしっかりと堪能した。
◇◆◇◆◇◆◇
二日後、ザンザの死体がハンブラの街の用水路からあがった。死因はうわさに聞くところによると、毒殺らしい。
ザンザがなぜ毒殺をされたのかまでは不明だが、先日のザンザの告解は、そうなることをまるで予想していたかのようだった、そのぐらいザンザの様子は確かにおかしかった。
もしかしたら、こうなることをある程度予想していたのかもしれないな。暗殺者を口封じのために殺す、もしくは、自分が暗殺を頼んだ相手が次に自分を暗殺しに来る、と予想して、次は私を殺しに来るかもしれない、と騎士団を丸め込んで張り付かせておく。
自分は安全なところで無防備にしている様を晒して、出てきたところで仕返しする……そういうプランが頭に浮かんだ。騎士団の中にはターゲットと親しい騎士もいただろうから、仕返しになるならとやっきになっていたのかもしれない。
どっちにしろ、本人は死に、バグナートは他の誰かが受け継ぐか、それとも行方不明のままどこかへ流れていき、新しい宿主が見つかるまでどこかで封印処理が行われるのか。
俺のところへまた巡ってくる可能性はないわけではないが、新しい持ち主によって、それは修理が行われるのだろうな。
世の中はままならない。これなら、ザンザの話を真面目に聞いて、やり返されたり罠にはまる可能性を指摘したほうがよかったか。それとも、俺は修理手に回るだけでそのまま何もしないほうがよかったのか。答えは、しばらく見つかりそうにないな。