鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
久しぶりに、ポマス自身が仕事を持ってきた。請負ではなく、ポマス本人の仕事の依頼だ。何も難しいことはない、普段使い用の包丁の修理だ。
ポマスの家で使っている包丁で、師匠であるパラケロスの銘が彫ってある。長年使い続けてきたおかげで段々厚みと顎がすり減りつつある、年季の入ったものだ。
「さすがにそろそろ変えどきじゃないのか? 俺の作品でよければ一本秀作を献上しないでもないぞ。普段お世話になってるしな」
ポマスに半分真面目に、そして半分、そろそろ師匠の作品を超えるような一品を作れているんじゃないか? という意味も含めて聞いてみた。
しかし、ポマスとしてはやはり師匠にはならなかったとしても、自分の父親の作品として愛し、そしてきちんと包丁としての役目を終えるまでは使い続けたいらしい。
「お前の言いたいことはわかるが……まだまだ親父には及ばないな」
「そうか、じゃあいつも通り研ぎとバランス合わせになるがそれでいいか? 」
「ああ、頼む」
そういうと、俺のエール樽から勝手にエールを一杯拝借して、待ってる間に一杯やりはじめた。
「なあ、鍛冶屋としての心構えの質問なんだが」
「ああ、なんだ? 」
ポマスから珍しく通る声で質問される。これは真面目な質問のトーンだな。
「お前の鍛冶の成果で、人が斬ったり斬られたり……刺されたりもするよな? 」
「まあ、そういう物も作っているから、当然人に限らず生き物を殺す形をしているものではあるな」
「自分の作品が人殺しに使われるのはどういう気分なんだ? 俺は結局親父にたどり着くつかない以前のところで槌を振り下ろせなかったからわからないんだ」
ふむ……と、刃のすり減り具合を平坦にしながらポマスの質問に答える。シャッ、シャッと、静かに砥石を通す音が響きながら、ポマスの質問に答える。
「確かに、俺の武器は人も殺すし獣も殺す。生きとし生けるものは何でも殺せるだろう。そこには等しく命の価値はあるし、獣ならいいのか、人はダメなのか、それを決めるのは俺じゃない」
「なるほど、あくまで使う人次第か」
「そうだ。その中でできることならいい方向に使ってくれるのを願うしかないが、盗賊や暗殺者相手に商売をしてしまうことだってあるだろう。だからと言って、自分を責めるのは少し違うとは考えている。それを言い出したら俺たちは肉を食えなくなってしまうし、生きているというものを拡大解釈すれば、草木も木の実も何も食えなくなって飢え死にするしかなくなるからな」
そこでふと手を止めて、少し悩む。先日のザンザの件もある。ザンザは確かに暗殺者だったし、金の多寡で依頼を決めた結果、自分の寿命を縮めることになったのだろう。同じことは自分自身にも言えるのかもしれない。
ふと手を止めるとそこには鏡があって、今の自分を移しているかのような錯覚に陥った。もしこの包丁でポマスが人を殺すようなことになったら、俺は責められるのか。それとも、殺した相手によってはポマスが褒められ、その包丁を作った俺の名声も上がるのか。それとも逆になるのか。
そうなってしまわなければわからない、というのが今の答えだ。ならば、気にしない、という選択肢を取ることが最も自分に対して責任をとる行為ではないだろうか。
「たしかに、製造者に責任があるかもしれない、と言えばそうだ。でも、何もせずにうずくまって生きて過ごすわけにはいかないからな。この鍛冶の仕事に着くと決めて師匠に師事した以上、それらは全て自分が背負って生きていかなければならないことだ、と覚悟を決めたつもりだ」
「覚悟……か」
「そうだ。すべてを背負うわけではないが、少なくとも製造者の責任として、作った武器や防具、包丁やカトラリーなんかもそうだが、それらが正しく稼働する、本来の機能通りに仕上げて使い手に渡し、その機能を十全に活かしてやることまでが俺たち鍛冶師ができる責任の取れる範囲だ。それ以上はどうしようもない」
ポマスはその言葉を聞いてエールを飲み干すと、俺にもう一杯いいか? とジェスチャーを送ってきたので、好きにしろ、と言って飲ませることにした。
どうせポマスも俺も酒には強い。そこだけは師匠に似ていて、何とも憎めないところではあったが、新しく樽からエールを汲み出すと、もう一杯飲み始めた。
「そろそろなくなるぞ」
「お前が飲みすぎるからだ。まあ、なんだ……人が斬られてうれしいとか、殺されて悲しいとか、そういう感情は余り浮かんでこない。例えばだが、歌われている勇者が扱ったという聖剣アドバイトの製作者が俺だったとして……その剣でもって魔王を倒したとしても、俺はそのこと自身については誇らしくは思わないだろうな」
「魔王を倒した勇者が扱った武器であることよりも、きちんと魔王を倒すことに役立ったことの方を喜ぶべきだ……か? 」
「そうだな。そっちの方だな。なんというかうまく言葉が浮かばないんだが、設計通りに作ったものが使われる、ということの方に幸せを感じるんだろうな」
ポマスはなるほどな……と納得しながら二杯目を飲み、半分ほど飲んだところで俺にもう一度問いかけてきた。
「暗殺者で名を馳せたザンザが死んだのは知っているか? 」
「……ああ」
死ぬ直前に俺のところへ来ていたのは多分、誰も知らない。知られないようにこの工房までたどり着くのも、仕事を受ける条件だからだ。
「暗殺者のザンザが使っていた得物は、行方が知れていないらしい。あれも専用品だという噂があったんだが、お前何か知らないか? 行き先とか、そういう情報網があったら、でいいんだが」
「知っていたとして、専用品だぞ。どうやって持ち運ぶんだ。精々大聖堂の関係者が何重にも布を重ねたうえで無理やり持ち運んで、専用品解除の魔法をかけて、新しい持ち主が出てくるまで宝物庫で保管する、ということになってるんじゃあないのか」
「そうだよな……変なことを聞いてすまなかった」
「らしくないな。包丁の調子が悪くなるとお前も調子が悪くなるのか? ……と、出来たぞ。試し切りがしてみたいなら、俺の夕食に使う予定だった野菜でも切っていってくれ。それで修理代の代わりにしてやる」
「労働の対価は労働で、か。それもまあいいだろう。試し切りにはちょうどいい、人でも獣でもないからな」
そういうとポマスは立ち上がり、俺から包丁を受け取った。少し見て、刃のまっすぐさと研ぎの腕を確認している。腕はアレすぎるが目利きはできるのがポマスだ。
その目利きのよさで今までいろんな仕事を勝ち取って来ては、他の工房に配分するだけの差配ができるようになっていると言っていい。目利きだけで言えば、おそらく俺より上かもしれない。
「言っただろ? 本来の使い方が万全にできていることが俺の望みだと」
「そうだな。じゃあ台所を借りるぞ」
ポマスが行った後、もしかして……と、工房の椅子の下を見ると、そこには先日俺が直したばかりのバグナートがこっそりと隠してあった。どうやら、椅子に巻いた包帯の下に包み込まれるように置いてあったらしい。
もしかして、ここにバグナートがあるおかげでザンザは死んだのでは……とすると、なぜザンザは俺にバグナートと金貨を預けていったのか。
謎は深まるが、とりあえず今のところ、満足な返事を聞ける相手はもう死んでしまっているからな。これは何かの機会にハンギス大司教に預けて、専用化解除の魔法をこっそりかけてもらって、大聖堂に封印してもらおう。
新しい持ち主が決まるか、永遠に宝物庫の中に封印することになるかまではわからないが、俺はこれの使い方を決めるわけじゃない。できることは、こいつを十全に使えるようにメンテナンスしてやることだけだ。
余分にもらった金貨は俺を悩ませるための手間賃だったのかもしれないな。だとしたら、もう一枚ぐらい受け取っておくんだったな。