鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
ザンザの件は、ザンザがしくじったからああなった、ということで落ち着きを取り戻そうとしていた。幾人かの関係者や、ザンザに暗殺されるかもしれない、と危惧しているような身分の人達は胸をなで下ろしているらしい。
この街でザンザの手にかかりそうな人は少ない。理由は、この街の運営形態にある。この街では、非常にシンプルな理由で街の支配者、つまり自治会長が決められる。
ある一定の規模以上の鍛冶工房の代表者が集まり、それぞれが一本の剣を奉納する。そして、その中でもっとも出来の良い剣を作ったものを自治会長として選出する。
要するに、その時点で鍛冶が一番うめえ奴が街の支配者、ということになる。一応事務員や街のギルドや庁舎に専属で勤める、街から雇われている形での役人はいるが、その中から自治会長を決める、という形式にはなっていない。
鍛冶の街なんだからその時点で鍛冶が一番うめえ奴がやるべきだろ! という酒を飲んだノリで決まったようなルールだが、工房の維持費や、その時点で雇われていた徒弟への給金も、街の運営維持費から出る代わりに、運営を任される四年間の間、殆ど鍛冶仕事ができなくなる。
つまり、その四年間は腕を磨くことを禁止されているのと同じだ。ノリと勢いで決まったルールの癖に、自分が選ばれたとたんに鍛冶の腕が四年分鈍る、ということには意識がいってなかったらしい。酒の席で新しいルールを決めるのはよろしくないな。
しかし、これはこれで権力が固定化されることを防ぎ、常に新しい風を送り込む、という点ではよくできていると思う。何にせよ、徒弟も持たず一人で工房を回している年中閑古鳥が鳴いている俺が、技術の面でどうかはともかく、その選出に選ばれることはない。
そんな理由があり、俺より鍛冶の腕が上だから気に入らない! という理由で暗殺者の手にかかる可能性は低い。四年間で勝手に腕は鈍っていくのだから、むしろ己の鍛冶の腕を更に飛躍させたいと願う工房主にとっては罰ゲームみたいなものである。
真に腕のたつ職人は大手にはいない……と呼ばれるのもハンブラではひそやかに言われることであり、実際に自治会長になった後に仕事の評判が落ちて受注が激減した工房もあるという。
そのための街の自治会費からの出費であり、工房維持のための費用のはずだが、どうも自治会長になった瞬間から「俺の街! 」とテンションが上がって悪乗りする輩はどこにでも存在するらしい。
個人工房でそんな権力的支配構造にはたいして興味がない俺としては、四年に一度のこのお祭りじみているものの、どこか物悲しい空気がただよう。
それでも自分が自治会長になりたくないからと言って、気の抜けた一品を作ることは許されない、という気迫も感じるため、酒の席で決められたような話でもそれなりに相互効果はあったりするものだな、と思い直す部分もある。
ザンザの件が街の支配構造を変えるためにやったのではなく、ハンブラの街にわずかに存在する貴族と騎士団の所属者の間で行われた愛憎劇なのではないか、と一部での噂はあったが、色恋沙汰に盛り上がる街ではないためすぐに下火になった。
騎士団員であるルーマスが再び俺の工房に姿を表したのも、話が下火になってからだ。
「ラスティさんには一つ聞き忘れたことがあって参りました」
いつも通り窯に火も入れずに、のんびりとぬるいエールを楽しんでいるところだったので、ルーマスにも一杯差し出すと「これも仕事のうち……」と一言唱えてから一気に飲み干した。
飲み干した後、俺に用件を伝える。
「ザンザはここにいる間、仕事の話をしませんでしたか」
通る声で、ただそう尋ねられた。そろそろザンザの名誉を、少しだけ回復してやっても良いのではないだろうか。そんな気持ちがあったのは確かであり、俺自身少し酔っていたのも確か。
「どんな依頼があって、複数依頼があった中で、金になる依頼を選んだ。そう言っていましたよ」
「二つ、お互いに相反する依頼があった、と言ってませんでしたか」
「……言っていた。婚約者同士で暗殺の依頼をかけてきたと」
「何てことだ」
ルーマスはもう一杯エールを要求してきたので注いでやると、また一杯一気に飲み干した。
「騎士団の中でも怪しい噂は立ってたんです。婚約者よりも熱を上げてる女性がいるんじゃないか? と。それがこんな形で明るみに出てしまうなんて」
「暗殺者に依頼をかけるなら、依頼を請け負い、依頼をあっせんする奴がいるはずだ。そっちは洗ったのか? 」
ルーマスに問う。暗殺なんてものは個人営業で揉み手ごますりで仕事を取ってくるものでもない。人知れず暗殺依頼を請け負う人物が居て、その人物のつながりのある暗殺者に仕事が依頼されていくはずだ。
「そっちはもう騎士団が捕まえて今尋問中です。ラスティさんのおかげで、これ以上尋問にかけずに済みそうです」
「それは何より……なのかな。少なくともそいつは今後暗殺依頼で飯を食っていくことはできないだろうな」
「それは個人の資質の問題なので騎士団は一切配慮しません。むしろ、我々……いえ、俺たちにとっては一方的にはめられて暗殺された、という点では見逃せませんね」
手を震えさせながら、ルーマスが独白を始める。
「殺されたのは、俺に騎士団の仕事を教え込んでくれた、三年先輩だったんです。恩義すらあります。それを、あんな不名誉な形で死なせるなんてことは許されません」
「殺し屋ザンザはそこまで腕の悪い暗殺者ではない。ザンザだからこそやり切れた相手だとは俺は思うけどな。それに、あんたが知ってる通り、ザンザは手傷を負ってここに来た。それだけ強かったという証明にはなりえるだろうよ」
自分もエールを飲み切り、新しく樽から……半分で終わってしまった。また酒屋に一樽注文しないとな。
「それでも、暗殺という手で殺されてしまった悔しさはあなたにはわからないでしょうよ。暗殺に使う武器を提供する側のあなたにはね」
どうやら、俺が毎回ザンザにバグナート以外の暗器も提供していた、という風に受け取っているらしい。もしくは、ザンザは俺以外の腕と口を信用していなかったことになる。
だとしたら、今こうして口を割ってしまっている俺を死んだザンザはどう見るのだろう。余計なことまで言いやがって、とせせら笑っているだろうか。
「俺たち鍛冶屋の扱うものは、全て使い手次第だ。たとえ相手が暗殺者でも、気まぐれで子供を助けるために使うことだってあるだろう。そこを責めるのはお門違いだ」
はっきり、冷めた口調でそう告げる。これは鍛冶屋としてのポリシーだ。
「……すまない、少しエールを飲みすぎたようだ」
「勧めたのは俺だからな、怒りはしない。ただ、履き違えはしないでほしいな。俺たちは人を殺させるために槌を振るってるんじゃない。人の役に立てるために振るっているんだ」
「そうだな、謝罪する」
「受け入れる」
二人とも少し酒が過ぎたようだ。新しい樽を注文しに行かないといけないし、ルーマスにもそろそろ出ていってもらうか。
「酒の在庫が切れたから買いに出かけるが、そろそろお開きにするか、それとも俺が帰るまで留守番してくれるか、どっちがいい? 」
「去ることにしよう。酒のおかげか、少し溜まってたものがすっきりしたよ」
帰っていくらしく、少しふらついた足取りで工房を出ていくルーマス。あまり強くないのに二杯も飲むからじゃないかな。途中で行き倒れてないかだけが心配だな。
ザンザの件はもうちょっとだけ後を引きそうだな。おそらく、ザンザに最後の依頼をしたであろう、騎士団の誰か、もしくは、最初に依頼をかけたザンザが殺したほうの騎士団員の仕業だと、仲介者が吐くまでは解決には至らないだろうな。
今日もハンブラの街に熱気のあふれた風が吹く。工房の熱にさらされ熱くなったままの空気は、酔いを醒ましてはくれそうになかった。