鍛冶師ラスティの裏仕事~誰にも触れない専用品を、俺だけが修理できる~ 作:ハメ匿さん
ハンブラの街の唯一の自警団組織である騎士団は、直上に自治会があるだけの組織ではあるが、いわゆる護衛、警護、防犯、抑留、取り調べ、刑の決定と執行、という司法機関を一手に担う。
その騎士団から、発表があった。暗殺依頼と執行、そして暗殺者への口封じを目的とした殺人ほう助及びそれに騎士団を利用した罪で、この街では数少ない貴族街からの逮捕者が出た。
騎士団員の一人……つまり、ルーマスの先輩であった男の婚約者であった女性がその罪で逮捕、拘禁され、実情を公表されることになった。
中央の貴族に見初められ、既に婚約が内定していた騎士団員が邪魔になり、人知れずそのまま事件に遭遇させる形で殺害させ、自分はそれを理由に婚約を破談にし、中央の貴族の元へ玉の輿で上がる予定だったという。
貴族の女性の両親については、完全に白であることが明確になり、むしろ娘を恥として自害しようとしているのを騎士団に止められるほどの勢いであった。
そこまでのことをするなら……と、騎士団からは無罪とされ、即日釈放された。その娘の親の貴族は、娘の育て方を間違えて申し訳ない、と遺族に対して、貴族の身分でありながら頭を下げる謝罪を行ったという。
いわゆる、女の業という奴だろうな。俺には今のところ縁の無さそうな話だが、そういう縁があったとしても、俺よりいい男は無数にいるんだから、そっちへ静かに流れていってくれるほうが、俺も鍛冶に集中できる。
ただ、毎食冷えたエールを出してくれる女性……と言われると断りがたいな。そのぐらいである。酒場で端金で冷やしてくれるサービスを提供してくれるのだから、そこまで手に入れたいものでもない。
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今回一番の被害者なのは誰か、ということを考えると、考え方によっては暗殺の仲介業者だろう。
自業自得とはいえ、騎士団関係者の暗殺を受け取って完遂させて、それを理由に相当な尋問を受けたそうだし、今後彼には暗殺仲介者としての信用というものはなくなったに等しい。
次は、と言われると、ザンザがあがるんじゃないだろうか。ザンザは加害者じゃないのか、という意見もあるが、俺の中では少しばかり意見が異なる。
ザンザは暗殺者であることにプライドも持っていたし、それだけ恐れられるほど名前の知れた暗殺者だった。それを色恋のネタに巻き込まれて本人は命を落とすことになったのだから、彼もある意味被害者の立場だろう。
売買は、売り手が居なければ成立しないものなのか、それとも買い手が欲しがらなければ成立しないものなのか。どちらが先なのかははっきりとは言えないが、ザンザは売り手で依頼者は買い手。暗殺の手際を欲しがった結果がこのざまだ。
三番目の被害者は、そこそこ払いの良い客を失った俺というところになるか。ザンザが毎回金貨をよこすわけではないが、暗殺の道具である以上表向きの大聖堂や教会、それらに類する明るい場所でメンテナンスをしてもらうわけにはいかない。
ザンザだけが裏の客、というわけではないので彼一人にかかる比重はそれほど大きなものではないが、それでも飯の種……いや、冷えたエールの支払いを任せられる相手が一人減ったのは悲しむべきなのだろう。
そういう意味で、裏の社会とも一定のつながりはあるとは言える俺だが、そんな俺から見ても中々の上客だったザンザ。しばらくは冷えたエールもお預けかな。
「……なあ、聞いてるか? そろそろお前も家庭を持った方がいいんじゃないのか? ザンザの件があったとしても、それはそれでお前にはお前の人生があるんだ。そろそろ考えておいたほうがいいんじゃないのか?」
そんな雑談をポマスとしながら、ザンザについて考えさせられる一日になった。
「どこぞの貴族に見初められて俺が殺されるような目にあったら困るからしばらくはいいかな」
「そんなこと言ってるから、もう38になってしまっただろう? 」
「まだ37だ」
「ほんの数カ月の違いだけだろう。その間にどうだ? 今度若い鍛冶師の寄り合いがあって、同じく鍛冶師の女房になろうという奇特な御令嬢を集めて開催する酒盛りがあるんだが、お前も参加しないか? 」
ポマスがまた要らん気を回そうとしてくる。ポマスとの間に仕切り代わりの鉄板を立てて、防御の姿勢に入る。
「俺が求めてるのは一つだけだ。毎食飲むエールを冷やしてくれる奴。もしそれがお前ならお前でも構わん。むしろ、お前は早く冷えたエールを提供するようになれ。俺が言い値で雇ってやるから」
「お前な。その財布状況でどの口から人を雇うなんて話が出てくるんだ。徒弟を養う金すらないのにだぞ? まったく……」
「それに、若い鍛冶師には俺はもう入らんだろう。若いをつけていいのは精々30までだ。徒弟の頃にそういう家庭を持っておいて、家族をばねに頑張って、一人前の工房主になって家も持つ、という流れのほうが美しいだろうし、俺の家に今更他の人間を住まわせるだけの余裕はないぞ」
そもそも、俺の裏の仕事の都合上、家族になったとはいえ他人に知られるわけにもいかないし、そういう仕事を請け負い続ける以上、危険にさらすことはできないし、家庭をもって弱点を作るのはもってのほかだ。
俺は俺なりに気を使った結果として独り身で居るんだが、ポマスにそれらを説明するわけにもいかないので、しょっちゅうこういった堂々巡りの話し合いをしている。
「もう一人どころか、最低四人分ぐらいは必要だからな。子供が出来たらその分のスペースが必要だ。その為にも、今のうちに金を貯めて広い工房に引っ越す準備もしておかなきゃいけないぞ」
「先立つものがないな。それはお前が今証明しただろ」
「う……ぬぅ……」
今日もポマスを言い負かせることができた。さて……と気が付くと、窓のすき間から符丁が入り込んできた。裏の仕事が向こうからやってきたらしい。
「……と、よし、今日はもう帰れ。金がないのは知ってるんだから、そんな俺がホイホイとお前に飲ませるエールを都合するのも理不尽に思えてきた」
「冷たいなあ。このエールより冷たい。まあ何だ、考えておいてくれ、月末にもう一回聞きに来るからな」
そう言い残して工房から追い出されていくポマス。すまんな、今からはお前には任せられないお仕事の時間だ。
窓に置かれた符丁を見て、今夜訪ねてくるものがいるらしい。さて、今宵の相手はどの裏の仕事かな。明るいほうかな、暗いほうかな。それとも、どす黒いほうかな。ザンザはいわば暗いほう。
つまり、表では聖職者や善人を気取っていて、裏では隠した専用品を持ち歩き、それを平然と使うものもいる。それがどす黒いほうだ。
後ろ暗い所がなければ、金か時間はかかるがちゃんとしたルートでちゃんと金と時間を使って正式に修理依頼をして、それが終わるまではじっとしている。
明るいタイプの場合、時間がないであるとか、大聖堂に寄進するだけの金がないであるとか、どちらかが欠けてはいるが表向き専用品を扱っていることが知られている人物。騎士団の中にも、幾人か俺を利用してくれている人がいる。
これも俺の口の堅さと腕の確かさによるものだが、噂が噂を呼び、俺にたどり着いて安くはないメンテナンスを請け負うこともある。これも、使いたいときになければ装備はその意味を失う、ということをよくわかっていると言えるだろう。
いくら銘品を持っていたとしても、それを十全に活かせる環境に置いておかなければ意味がない。そう言う意味で、ザンザがバグナートを手放していたのは、死因の一つだったのかもしれない。
だとすると、ザンザは死にたがっていたのか……? 真実は、俺が死んだときにザンザに聞きにいくことにしておこう。ついでにお小言の二、三はもらうことになるかな。