前世は脳筋女騎士だったので、今世は優雅な淑女を目指しますわ!(無理) 作:おきんたまでかお
仄暗い廃倉庫。
カビとホコリの匂いが立ち込める空間で、私はふうっと優雅なため息をついた。
「おいガキ、何余裕ぶってやがる。お前が公爵家の令嬢だってことは割れてんだ。大人しくパパに身代金の手紙を書きやがれ」
下品な笑いを浮かべる大男が、私の目の前でナイフをちらつかせている。周囲には同じように薄汚れた男たちが数人、私を取り囲んでニヤニヤと笑っていた。
太い麻縄で椅子にぐるぐる巻きに縛り付けられているのは、金糸の縦ロールにフリルのついたふんわりドレスを着た、可憐な6歳の幼女——つまり、私である。
(はあ……どうしてこうなったのかしら)
私の名前はセフィーリア。
見ての通り、完璧な淑女である。
しかし、私には前世の記憶がある。
前世の私は『ヴァネッサ』という名の、王国軍第一騎士団に所属する騎士だった。
ただし、ただの騎士ではない。
身長は190センチに迫り、愛用の武器は鉄塊のような大剣。細かい戦術など知らん、すべては筋肉とパワーが解決してくれると信じて疑わない女騎士だったのだ。
最終的に、魔王軍の幹部と相打ちになり、崩れゆく城壁を己の背筋と上腕二頭筋だけで支えながら部下を逃がして死んだ。我ながら立派な最期だったと思う。
けれど、死の淵で私は強烈に後悔したのだ。
『次は……もっとこう、お花を愛でたり、紅茶を飲んだりする、お淑やかで可愛い女の子になりたい……!』と。
その願いが神様に届いたのか、私は今世、絵に描いたような愛らしい公爵令嬢セフィーリアとして転生した。
今世の目標は完全無欠の淑女。
暴力とは無縁の、優雅でたおやかな人生を送るのだと固く心に誓っている。
だから今日だって、街へ可愛いリボンを買いに出かけただけなのだ。
まぁ、護衛とはぐれた隙に、この男たちに攫われてしまったわけですけれど——。
……というか、攫われるってとても淑女らしくて良いわね? 前世ではそんなことありえなかったもの。
ふふふ。
優雅な淑女として順調に成長できているようで嬉しいですわね。
「おい、聞いてんのか!? 泣き叫ばねえと痛い目見せるぞ!」
「……あの、おじ様方」
私は淑女らしく、小鳥のさえずりのような愛らしい声で口を開いた。
攫われたこと自体は嬉しいが、それはそれとして皆に心配はかけたくない。さっさと帰らないと。
「わたくし、少々急いでおりますの。もうすぐお茶の時間ですし、お父様が心配なさいますわ。ですから、この縄を解いて、お家まで送っていただけませんこと?」
「はっ! お嬢様は状況がわかってねえらしいな。いいか、お前は人質——」
男が私の髪を掴もうと、汚い手を伸ばしてきた。
その瞬間。
私の肉体に染み付いた闘争本能が、無意識に目覚めかけた。
(……いけない、淑女たるもの、暴力など)
ぶん殴りたくなる気持ちを抑えつつ、私はそっと身体をよじり、拘束されたままの状態で、男の腕に自分の肩を軽くぶつけた。
コテン、という愛らしい感じで。
ドゴォォォォォォンッ!!!
「「「……へ?」」」
凄まじい轟音と共に、男の巨体が宙を舞う。
いや、舞ったという生易しいものではない。砲弾のように弾き飛ばされた男は、廃倉庫の太い木の柱を三本へし折り、そのまま奥のレンガ壁に深々とめり込んで、白目を剥いて沈黙した。
一瞬の静寂。
誘拐犯たちも、そして私自身も、壁にめり込んだリーダーを口をぽかんと開けて見つめていた。
(……あ、あれ?)
おかしい。
今世の私は、か弱い6歳の幼女のはずだ。
しかし、どうやら私の肉体には前世の『女騎士』としての筋力や体の動かし方の記憶が、そのまま……いや、むしろ前世以上に圧縮されて引き継がれていたらしい。
「お、おい……嘘だろ? アニキが、壁に……」
「ひぃっ!? な、なんだこのガキ!?」
残された誘拐犯たちが、パニックを起こして武器を構える。
(ああっ、いけませんわセフィーリア! 今のは全然お淑やかじゃありません!)
私は慌てて立ち上がった。
その際、全身の
ブチンッ! バチバチバチッ!!
すると私を縛り付けていた極太の麻縄が、まるで劣化した細い糸のように弾け飛んだ。
自由になった私は、ドレスの裾をちょこんとつまみ、優雅なカーテシーの姿勢をとる。
「ご、ごきげんよう。皆様、どうか落ち着いて……」
「化け物だァァァ! 殺せェェ!!」
パニックになった男たちが、一斉に襲いかかってきた。
私は悲しいふうっと息を吐く。
こうなったら仕方ないですわね。言葉で解決できないのなら——。
「淑女の、華麗なるステップ……!」
私はふわりと舞うように男の背後に回り込み、その首筋に手刀をそっと、やさしーく落とした。
メキョ。
鈍い音と共に、男が地面にめり込む。
「淑女の、優雅なる扇……!」
襲い来る剣を指先2本で白刃取りし、バキリと粉砕。そのまま裏拳で男の顎を優しく撫でる。
ゴキリ。
何かが砕けるような音と共に、男が宙を舞う。
「淑女の……ええい、面倒くさいですわね! ストレートパンチですわ!!」
ドバゴォォォ!
最後の男が、私が放ったストレートによって倉庫の屋根を突き破り、遥か彼方の空の星となった。
「……や、やりすぎてしまいましたわ……」
————。
——。
……。
「お嬢様! セフィーリアお嬢様!! ご無事ですか!?」
しばらくすると、騎士や護衛たちが血相を変えて飛び込んできた。
そこには半壊した廃倉庫と、壁や床にめり込んでピクピクと痙攣する誘拐犯たちの山が広がっていて。
そして私は、その中央に置かれた木箱の上にちょこんと座り、ハンカチで上品に汗を拭っていた。
「お、遅かったですわね、皆の者」
私は完璧な作り笑いを浮かべて首を傾げた。
「わたくし、とても怖かったですわ。この方々、なぜか勝手に壁にぶつかって気絶してしまって……。ああ、か弱い淑女には、心臓に悪い出来事でしたわ」
「は、はあ……」
護衛たちの引き攣った顔から目を逸らし、私はそっと天を仰いだ。
(神様。パワーは置いてきてって言ったじゃないですか。……わたくしはお淑やかに生きたいだけですのに……)
——私の優雅な淑女への道は、どうやら前途多難のようだ。