TS少女は演じたい   作:息抜き

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12話

五月十日、日曜日。

 

レッスンのあと、五人は小さな打ち合わせ室に集まっていた。

机の上には、六月公演に向けた予定表が置かれている。

ひよりは、ついさっき書き込んだばかりの箇所を指で押さえながら、向かいに座った久世を見た。

早川も同席していた。

公演の話の続きかと思っていたが、久世が最初に口にしたのは、別のことだった。

 

「十二日の火曜日から、追加メンバー候補との合同レッスンを始める」

 

美月の手が止まった。

開けかけていたペットボトルの蓋が、小さく音を立てる。

 

「追加って……ルミパレの、ですか?」

 

「ああ。一人だけだが、社内で承認を得た上で、候補とすることになった」

 

夏希が、隣の美月を見た。

美月もそちらを見る。

玲奈は予定表から顔を上げたまま、久世の次の言葉を待っていた。

澪だけは、最初からほとんど姿勢を変えていなかった。ただ、机の端に置いていた手を膝へ戻していた。

 

「先に言っておくが、加入が決まったという報告じゃない。候補として、一緒に練習する期間を設けたいという話だ」

 

ひよりは、予定表へ目を落とした。

自分たちの名前が五つ並んでいる。

いつも見ているものだった。

そこにもう一人分の名前が入るところを想像しようとして、まだ顔も知らないことに気づいた。

 

「その方は、事務所の新人の方ですか」

 

玲奈が聞いた。

 

「まだ正式所属前の新人候補だ。もともとは映像の方で見ていた子で、表情や視線の使い方に、かなり面白いものがある。こちらでレッスンを受けてもらう中で、グループでの表現にも可能性があると考えるようになった」

 

「演技が得意な子、ということですか」

 

「大きく言えば、そうだな。ただ、それだけでLumière Paletteに入れると決めたわけじゃない。歌やダンスを含めて、実際に一緒にやってみる必要がある」

 

久世は、一度言葉を切った。

 

「五人の誰かが足りないから、補う人を探したわけじゃない。今の五人とは違うものを持っている。その人が加わることで、できることが増えるかもしれないと思ってる」

 

ひよりは一応頷いた。

説明は分かる。

ただ、分かったことと、すぐに想像できることは別だった。

五人で立つ位置。隣から聞こえる声。

誰かが少し遅れたときに、どちらを見るか。

そういうことは、考えなくても分かるようになるまで繰り返してきた。

一人加わるというのは、空いている場所へそのまま立ってもらえば済む話ではない。

玲奈も、似たところが気になったらしかった。

 

「六月の公演に向けた練習は、今までの予定のままでしょうか」

 

「そこは変えない。最初は身体やリズム、発声など、共通して取り組める基礎を合同で行う。そのあとは分かれて、五人は公演の練習。その子は別室で個別の課題だ」

 

久世の隣で、早川が予定表の一箇所を示した。

 

「休憩は、合わせられるところで合わせます。ずっと六人で同じ内容をするわけではありません」

 

「私たちが教える時間を取る、とかではなくて?」

 

ひよりが聞くと、久世は頷いた。

 

「指導は講師が担当する。もちろん、普段の練習の中で声をかけたり、分からないところを一緒に確認したりすることはあるだろう。ただ、五人に育成を任せるという話ではないよ」

 

「……分かりました」

 

「それから、採用するかどうかを五人に審査してもらうつもりもない。一緒に練習して、気になることがあったら話してほしい。無理に好意的な感想を揃える必要もない」

 

そこで、久世は五人を見た。

 

「ただ、一緒に活動するのは難しいと感じたり、加入に強い反対があったりするなら、そこは遠慮せずに教えてくれ。その意見は、加入の判断を左右する重要なものとして、会社も重く受け止める」

 

玲奈が、小さく頷いた。

ひよりも、久世へ目を向けたまま続きを待った。

 

「最終的な判断は、会社が責任を持って行う。五人に決めてもらうわけじゃないが、実際に一緒に活動する五人の気持ちを、軽く扱うつもりはない」

 

一緒に練習してみてほしい。

その言葉は、何があっても受け入れてほしい、という意味ではないらしかった。

ひよりは、机の上の予定表へ一度目を落とした。

まだ会ってもいない相手について、今の自分に言えることはほとんどない。

だが、これから一緒に過ごす中で感じたことは、いいことばかりでなくても話していい。

それは、先に聞けてよかったと思った。

 

「だから今日は、すぐに六人の活動を想像して、賛成か反対かを決めなくていい。まずは会って、一緒にやってみてほしい」

 

夏希が、少し身を乗り出した。

 

「その子は、来たいって言ってるんですか?」

 

「ああ。本人とご家族に説明して、参加したいという返事をもらってる」

 

「そっか」

 

夏希は背もたれへ戻った。

ひよりも、そこで少しだけ息をつけた。

こちらが知らないうちに決まった新しいメンバーを、受け入れる日が来るのではない。

少なくとも、火曜日にすることは分かった。

 

「詳しい進め方は、早川と各講師から共有する。私からは以上だ。今の時点で、確認しておきたいことはあるか?」

 

誰も、すぐには口を開かなかった。

玲奈が一度ほかの四人を見てから、久世へ顔を戻した。

 

「今は大丈夫です。また出てきたら、その都度確認させてもらいます」

 

「分かった。何かあればいつでも、遠慮なく言ってくれ」

 

久世は机の上の資料をまとめた。

次の打ち合わせがあると言って立ち上がり、五人へ短く挨拶をして部屋を出ていった。

ドアが閉まったあと、美月がようやくペットボトルの蓋を開けた。

 

 

 

早川は、手元の資料を一枚めくった。

 

「では、参加される方のことを少しだけ。白瀬真琴さん。十七歳で、普通科の高校三年生です」

 

「同い年だ」

 

夏希が言う。

美月も、そちらへ小さく頷いた。

 

「二月から、新人候補として体験レッスンを受けています。中心は映像演技です。歌とダンスは、こちらで基礎を少し経験した程度。それ以前に習っていた経験はありません」

 

「両方、ほとんど初めてなんですね」

 

玲奈の確認に、早川が頷いた。

 

「はい。高瀬さんと鳴海さんにも、一度ずつ見てもらっていますが、本格的に積み重ねるのはこれからです。そのつもりでいてもらえれば」

 

プロフィールについて、早川が伝えたのはそれくらいだった。

どんな性格なのか。

普段、何を話す人なのか。

そういう説明はなかった。

早川は続けて、机の上の予定表へ目を落とした。

 

「通ってもらう日程ですが、基本は平日の放課後に二回、それと土曜日・日曜日に一回ずつ。合わせて週四回を予定しています」

 

ひよりも、予定表の来週の欄を見た。

 

「ただ、必要な週は本人やご家族と相談の上で増減させる可能性があります。特に、学校の試験などがあるときは減らすので、毎週必ず四回来るというわけではありません」

 

「その日は、私たちも全員一緒でしょうか」

 

玲奈が聞くと、早川は首を横に振った。

 

「いえ。皆さんにはそれぞれ仕事や学校の予定があるので、その日にレッスンへ来ているメンバーと一緒に受けてもらいます。五人揃う日もあれば、二人や三人と一緒の日もあります」

 

「じゃあ、会う回数は、それぞれ違うんですね」

 

美月が言った。

 

「そうですね。曜日や時間は、皆さんと白瀬さん、それに講師の予定を合わせて組みます。誰とも時間が重ならない日は、白瀬さんの個別レッスンです」

 

早川は、予定表の一箇所を指で示した。

 

「初回の十二日は、五人が揃う時間から参加してもらいます。その後も、合同の日は最初の基礎を一緒に。皆さんが公演の練習へ移ったら、白瀬さんは別室で個別の課題を進めます」

 

「分かりました」

 

玲奈が頷いた。

 

「休憩も、重ねられるところで合わせます。六月の公演が近づいたら、皆さんの通しや最終確認を優先して、白瀬さんは個別の時間を増やす予定です」

 

ひよりは、真琴が来るという火曜日の欄を見てから、その先へ目を移した。

初日に挨拶をして、それきりになるわけではない。

次に会うときは五人揃っていないかもしれないけど、同じ部屋で身体を動かし、休憩になれば顔を合わせる。

一緒に通うというのが、どんなふうになるのか。

少しだけ、想像がついた。

初日の入り時間を確認してから、早川も席を立った。

 

「今日はもうこの部屋の使用予定はないので、自由に使ってもらって大丈夫です。帰る前に、予定表だけ確認してくださいね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

今度は、本当に五人だけになった。

 

————

 

「……びっくりした」

 

「うん」

 

茫然としたような美月の呟きに、夏希も頷く。

 

「私、歌かダンスがすごい子なのかと思った」

 

「私も、それは思った」

 

ひよりは、机の上の予定表を閉じた。

 

「候補って聞くと、どこかでずっと練習してた人を想像してたから」

 

「映像の方なんだよね」

 

美月はそう言って、水を飲んだ。

 

「どんな子なんだろう」

 

それは、ひよりも思っていた。

会うこと自体は、嫌ではない。

知らない人が来るなら、気になる。

だが、Lumière Paletteの追加メンバー候補だと言われると、その先まで一緒に考えてしまう。

 

「……今の五人でやるの、好きなんだよね」

 

ひよりが言うと、美月がこちらを見た。

 

「私もです」

 

「だから、六人になるかもっていうのは、まだ変な感じ。でも、その子に会いたくないわけじゃなくて」

 

「分かる」

 

夏希が、すぐに言った。

 

「一緒にレッスンするのは楽しみ。でも、ライブで六人並ぶところは、まだ全然分かんない」

 

「まだ会ってすらいないものね」

 

玲奈が言った。

 

「私も、今はそこまで考えられないわ。まず火曜日に一緒に練習する。それでいいんじゃないかしら」

 

澪が小さく頷いた。

 

「会ったら、分かることは増えると思う」

 

「そうですね」

 

美月が答えた。

夏希は、閉じた予定表の上へ手を置いた。

少し考えてから、口を開く。

 

「でも、その子は、ここに来るだけでも結構緊張するよね」

 

「初めてだしね」

 

「それもあるけど。歌もダンスもほとんど初めてで、今度から私たちと一緒にって言われるんでしょ」

 

ひよりは頷いた。

自分たちは、一緒に練習する相手が増える。

その子の方は、通う場所だけでなく、一緒にいる人も、そこで求められることも変わる。

 

「私たちは、デビューする前に一緒に練習する時間があったけれど……」

 

玲奈が言った。

 

「その子は、もう五人で活動しているところへ来ることになる。私たちの知名度も、知った状態で」

 

ひよりは、予定表の表紙にある公演名を見た。

先月、六都市を回ったツアーが終わった。

来月は、八千席の会場で二日間。

ひよりたちにとっても、次の公演は大きかった。

そこまで来たからといって、もう何も怖くないわけではない。

だが、初めて来る人が先に目にするのは、そういう五人の迷いより、ステージに立っている姿や、告知に載っている公演の大きさなのだろう。

 

「私たちだって、六月のこと考えると緊張するのにね」

 

夏希が言った。

 

「うん。私も、二年前にそんなグループに入るかもしれないって言われたら、私に何ができるんだろう、とは考えちゃいそう」

 

ひよりが答えると、美月もゆっくり頷いた。

 

「私、テレビで見てた人と初めて仕事するとき、普通に話しかけてもらうだけでも未だに緊張する」

 

「美月も?」

 

「しますよ。ちゃんと返さなきゃ、とか。今の返事、変じゃなかったかな、とか」

 

「いつも普通に話してるから」

 

「喋るのは……まぁそうなんですけど、何も考えてないわけじゃないので」

 

夏希が少し笑った。

美月も笑ったが、すぐに言葉を続けた。

 

「真琴ちゃんから見たら、私たちがそっち側なのかもしれないんですよね。テレビとか動画で見たことのある人が、自分を見てるっていう」

 

ひよりは、向かいの空いた椅子へ目を向けた。

その席に、自分が一人で座るところを想像する。

目の前にいるのは、テレビなどで見て顔を知っている五人。

自分のことは、まだ誰も知らない。

しかも、ただ挨拶をして帰るのではなく、その五人と一緒に活動するかもしれないという話になっている。

何を話すかも、どう返すかも、普段より考えるだろう。

 

「こっちは、一緒に練習しようって思っててもね」

 

ひよりが言うと、美月が頷いた。

 

「緊張しなくていいよって言っても、すぐには無理ですよね。多分」

 

「そうね」

 

玲奈は、机へ置いていた両手を膝に戻した。

しばらくして、美月が少し首を傾げる。

 

「でも、最初って何を話せばいいんだろう。今までどんなレッスンしてたの、とか?」

 

「それは先生にも聞かれてるんじゃない?」

 

夏希が言った。

 

「あ、そっか」

 

「私たちまで順番に聞いたら、面接みたいになるね」

 

ひよりが言うと、美月は机を見渡した。

 

「……まだそっち側っていう自覚は、正直あんまりですけど……テレビに出てる芸能人五人に囲まれたら、圧がすごいですね」

 

「そんな状態にはしないけどね」

 

「分かってます」

 

美月が笑った。

玲奈も口元を緩めたが、少し考えてから言った。

 

「久世さんは、私たちに審査を頼むつもりはないと言っていたけれど。本人からもそう見えるとは限らないものね」

 

「うん」

 

「どうして候補の話を受けたの、なんて聞かれたら、私たちに納得してもらえるように答えなきゃ、と思うかもしれないし」

 

「ああ……」

 

美月が、今度はゆっくり頷いた。

 

「私、普通に気になって聞いちゃうかもしれないです」

 

「私も、知りたくはなる」

 

ひよりは言った。

なぜ来てみようと思ったのか。

どんなことをやってみたいのか。

知りたいことは、いくつもあった。

ただ、こちらが知りたいからといって、初めて会った日に全部聞く必要があるわけではなかった。

 

「一人が聞いて、五人で返事を待ってたら、気になると思う」

 

澪が言った。

 

「ちゃんと答えられたか、とか」

 

「こっちは、普通に聞いてるつもりでも?」

 

夏希が聞くと、澪は頷いた。

 

「うん。どんな子なんだろうって見られてるのは、分かるから」

 

ひよりは、さっき自分でも口にしかけた言葉を思い出した。

どんな子なんだろう。

嫌な意味は、何もなかった。

それでも、五人から一度にそう思われている側に座れば、少しでもよく見られないといけないとは思うだろう。

 

「休憩までそれだと、疲れちゃうね」

 

夏希が言った。

 

「そうね。何か聞いてあげなくちゃ、とは思わなくていいのかもしれないわ」

 

玲奈が答えた。

 

「こちらのことだって、まだよく知らないでしょうし」

 

「先にこっちの話をすればいいんじゃないかな」

 

ひよりは言った。

 

「いつも休憩で話してるようなこと。入れそうだったら入ってもらって」

 

「でも、こっちだけで盛り上がっちゃうのも」

 

「知らない話なら、ちょっと説明すればいいと思う。美月、この前も、途中から来たスタッフさんに最初から話してたでしょ」

 

「ああ。あれくらいでいいんですか」

 

「むしろ、あれくらいがいいんじゃない?」

 

美月が、少し安心したように笑った。

 

「何かちゃんとした話をしようと思わなくていいんですね」

 

「美月、いつもそんなこと意識してるの?」

 

「いや、その……ごめんなさい、正直思ったことを思うがままに話してます。ひより先輩、そこは流してくださいよぉ」

 

玲奈が小さく吹き出した。

夏希は肘を机へつきかけて、やめた。

そのまま自分の膝に手を置く。

 

「質問しないって決めるのも、変だしね」

 

「うん。聞きたいことが出てきたら、普通に聞けばいいと思う」

 

「好きなものとか?」

 

「そういう話になったら」

 

澪が言った。

 

「向こうも話してたら、答えるだけじゃなくなるし」

 

「そうですね」

 

美月が頷いた。

ひよりは、もう一度、向かいの空いた椅子を見た。

追加メンバー候補だからと、こちらまで構えていたら、相手もなかなか気を抜けないのかもしれない。

歌やダンスを一緒にやれば、違いはどうしたって見える。

そこを、ないことにはできない。

でも、休憩で隣に座るときまで、何ができる人なのかを確かめ続けなくてもよかった。

なにより、休憩時間までそれでは、身も心も持たないだろう。

 

「じゃあ、いつもどおりでいいのかな」

 

夏希が言った。

 

「一人だけ知らない話になってたら、そこだけ教える」

 

「そうね」

 

玲奈が頷く。

 

「最初から、いろいろ分かろうとしなくてもいいでしょう」

 

「とりあえず、一緒に休憩できたらいいですね」

 

美月が言った。

それには、ひよりも素直に頷けた。

誰が何を聞くかを決めることも、歓迎の言葉を考えることもなく、話はそこで少しずつ途切れた。

夏希が予定表を鞄へしまう。

澪はスマートフォンで帰りの電車を確かめ始めた。

玲奈が忘れ物はないかと机を見て、美月はひよりに近づいてきていた。

 

「ひより先輩、一緒に帰りませんか?」

 

「いいよ。ただ、途中で買い物してもいい?」

 

「いいですよ。何買うんですか?」

 

「ちょっと、家で使うもの」

 

「じゃあ、私も何か見ようかな」

 

ひよりは鞄を持ち上げた。

卵と牛乳が、家にどのくらい残っていたかを考える。

六個なら、一度に作れそうだった。

 

————

 

五月十二日、火曜日。

 

真琴が早川と部屋を出たあとも、五人の練習は続いた。

曲が止まり、位置を確認して、同じところからもう一度動く。

ひよりも、帰り際に真琴へ向けた顔をすぐに鏡へ戻し、その後は自分の動きに集中した。

最後の確認を終えた頃には、真琴の鞄が置かれていた場所も、ほかの空いた床と変わらなくなっていた。

 

「今日はここまで」

 

高瀬の声で、五人が頭を下げる。

 

「ありがとうございました」

 

音が止まったままの部屋に、五人分の声が重なった。

しばらくは、誰もまとまった話をしなかった。

水を飲み、汗を拭いて、呼吸を落ち着かせる。

ひよりは壁際に座り、プリンを入れてきた空の箱を手元へ引き寄せた。

少し離れたところで、美月が髪をほどいていた。

 

「真琴、結構笑うんですね」

 

その言葉に、夏希が顔を上げた。

 

「笑ってたね」

 

「最初に入ってきたとき、すごく落ち着いて見えたから。もうちょっと静かな子なのかなって思ってたんだけど」

 

美月は、外した髪のゴムを手首へ通した。

 

「夏希の唐揚げの話で、普通に笑ってた」

 

「あれ、そんなに面白かった?」

 

「くだらないことなのに真面目に説明するからよ」

 

玲奈が答えた。

答えたあとで、自分でも思い出したらしい。

口元へ手をやった。

 

「最後の一個と、ご飯の量を……」

 

そこまで言って、肩を揺らす。

 

「大事じゃないですか」

 

「そうね」

 

「玲奈さん、全然そう思ってない」

 

「思っているわよ。説明が丁寧だったなと思って」

 

美月も笑い始めた。

ひよりは箱の蓋を閉めながら、休憩中の真琴を思い出した。

最初は、誰かが話すたびに、きちんとそちらへ顔を向けていた。

聞かれたことへ答え、お礼を言い、次に何を言われるかを待っているように見えた。

だが、唐揚げの話になったときには、少し違っていた。

ご飯だけ残ると寂しい。

自分もちょっと食べたくなった。

答えを求められてからではなく、真琴の方から出てきた言葉だった。

 

「あの子、話せないんじゃなくて、まだ入るところが分からなかったのかもね」

 

ひよりが言うと、美月が頷いた。

 

「途中から、こっちを見て待ってるだけじゃなくなりましたよね」

 

「うん」

 

「笑うと、同い年だなって思った」

 

美月はそう言ってから、少し首を傾げた。

 

「同い年なんだけど」

 

「うん。同い年だね」

 

夏希が返す。

 

「分かってるって。最初、すごくきちんとしてたから」

 

美月が両手を揃えて、膝の上へ置いた。

すぐにそれを崩して、また笑う。

 

「でも、ずっとそうじゃなかった。もうちょっと話したら、違うところも出てきそう」

 

ひよりも、そう思った。

今日見た真琴だけで、どんな人なのかが分かったわけではない。

ただ、最初の挨拶をしていたときと、プリンを食べ終わる頃では、受けた印象が少し変わっていた。

 

「ただ、レッスンの方は、やっぱり大変そうだったね」

 

その声には、からかうようなところはなかった。

 

「歌とダンス、これからって聞いてたけど。本当に、足をどっちに出すかから考えてる感じだった」

 

「そうだねぇ」

 

ひよりは頷いた。

夏希にとっては、説明を聞きながらでもできる動きだったのだろう。

真琴は、一度足元を確かめてからでないと、次へ移れないことがあった。

同じ動きをしていても、考えていることの数は違っている。

 

「でも、全くできてなかったわけでもない。もちろん今の私たちと比べちゃうと全然ではあるんだけど……指摘された後は、ちゃんと直すように意識はできてた」

 

夏希は、自分の足を小さく動かした。

 

「ずっと見てたわけじゃないけどね。最初より、次の足が出しやすそうになってたから」

 

「高瀬先生に確認してたところ?」

 

「うん。あそこ」

 

ひよりにも、その場面は残っていた。

全部ができるようになったわけではない。

それでも、さっきまで迷っていた動きが、一度だけでもはっきり変わると、隣で練習していても分かる。

 

「分からないまま、頷いて終わらせる子ではなさそうだったね」

 

ひよりが言った。

 

「ちゃんと止まって、確かめてた」

 

「うん。だから、こっちも説明するとき、勢いだけで言わない方がよさそう」

 

夏希が言うと、美月が顔を向けた。

 

「勢いだけ?」

 

「ここで、こう、って」

 

夏希は両手を動かした。

 

「そんな説明をするの、夏希だけ」

 

「それ、真琴じゃなくても分からないと思うわよ。実際、私も分からないし」

 

「私は分かるときもあるよ」

 

ひよりが言った。

 

「ひより先輩は、夏希が何をやりたいか知ってるからじゃないですか」

 

「ああ。それはあるかも」

 

言ってから、ひよりは少し笑った。

自分たちの間では、それだけで通じることが増えていた。

初めて来た相手にも同じように通じるとは限らない。

 

「聞いてくれたら、もう一回やればいいね」

 

夏希が言った。

 

「私も、一回見せただけで伝わったことにしないようにする」

 

それから、思い出したように澪を見た。

 

「澪ちゃん、休憩のとき、結構話してたね」

 

「足の話?」

 

「うん」

 

澪はペットボトルの蓋を閉めた。

 

「自分でも、あったから」

 

短い返事だった。

ひよりは、真琴が澪へ顔を上げたときのことを思い出した。

雨宮さんも、と聞き返していた。

澪は、できなかった頃の話を、特別なことのようには話さなかった。

足だけで終わった日もあった。

次のレッスンでは、またできなくなっていた。

その頃を知っているひよりには、覚えのある話だった。

 

「今日のこと、自分から話してくれたのはよかったと思う」

 

澪が続けた。

 

「できたことだけじゃなくて、腕をつけたら分からなくなったとか。足だけに戻ると、戻っちゃったと思うとか」

 

「うん」

 

「そういう話なら、私も分かる」

 

澪は、少し考えてから言った。

 

「最初は、気を遣って、大丈夫ですって言う子かと思った。でも、そうじゃない話もできたから。私は、話しやすかった」

 

「歌の方は、どうでした?」

 

美月が聞くと、澪は首を少し傾けた。

 

「今日は、まだちゃんと聞けてない。短く声を出したくらいだから」

 

「そっか」

 

「一緒に歌うのは、またそのとき」

 

それだけ言って、澪はタオルを畳んだ。

ひよりは、空の箱の角を指で押した。

歌声も、踊り方も、これからもっと知ることになる。

今日の短い時間だけで、そこまで理解する必要はなかった。

 

「ひより先輩は?」

 

美月が聞いた。

 

「さっきも少し言ったけど、ちゃんと確かめる子だなっていうのと……」

 

ひよりは、箱へ目を落とした。

 

「プリン、おいしそうに食べてくれてよかった」

 

「それ、先輩が嬉しかったことですよね」

 

「そうだけど」

 

美月が笑う。

ひよりも笑った。

 

「でも、本当にほっとしたんだよ。好きかどうかも知らないで作ってきたから」

 

「おいしいって、すぐ言ってましたね」

 

「うん。あのときは、こっちも普通に話せた気がした」

 

歓迎しようとは思っていた。

それでも、初めて会う相手に何かを渡すのは、ひよりにとっても少し落ち着かなかった。

受け取ってもらって、一口食べてもらうまで、味のことが気になっていた。

真琴がおいしいと言ったとき、ひよりが最初に思ったのは、ちゃんと話せるようになったかどうかではなかった。

よかった。

それだけだった。

 

「いつも作ってくるんですかって聞かれたときは、ちょっと焦ったけど」

 

「毎回は大変ですもんね」

 

「そう。そこは最初に言っておこうと思って」

 

「私たちにも、ちゃんと言ってましたね」

 

「美月は、もう知ってるでしょ」

 

「知ってますけど、また食べたいです」

 

「気が乗ったらね」

 

ひよりが答えると、澪が小さく笑った。

玲奈はそのやり取りを聞きながら、鞄へ予定表をしまっていた。

 

「私は、思っていたより、緊張しているのが分かる子だったわ」

 

四人の顔が、自然とそちらを向いた。

 

「落ち着いて挨拶していたけれど、こちらが動くと、次に何をすればいいのか確かめていたでしょう。最初は、座るだけでも気を遣っていたように見えた」

 

ひよりは頷いた。

 

「確かに、そうかも」

 

「だから、休憩で普通に笑ってくれて、私も少し楽になった」

 

「玲奈さんも?」

 

美月が聞いた。

 

「私だって、初めて会う相手だもの」

 

玲奈は、少し困ったように笑った。

 

「どう接したらいいのかは考えていたわよ。候補だからといって、ずっとよそよそしくするのも違うし。かといって、もう仲間になったつもりで話すのも、向こうからしたら困るでしょう?」

 

「ああ……」

 

「でも、途中からそこまで考えずに話していたわね。夏希の唐揚げの説明を聞いていたあたりから」

 

「またそこですか」

 

夏希が言ったので、玲奈は今度こそ声を出して笑った。

笑い終わってから、少しだけ姿勢を戻す。

 

「練習は、これから大変だと思う。今日見ただけでも、覚えることは沢山ありそうだった」

 

「うん」

 

「でも、また一緒に練習して、休憩で話すのは、楽しみになったわ」

 

ひよりは、その言い方がちょうどいいと思った。

六人で何ができるかは、まだ分からない。

久世が見たという映像の表現も、今日はほとんど見ていない。

それでも、次に顔を合わせる相手は、もう名前だけの候補ではなかった。

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総合評価:7527/評価:8.76/連載:8話/更新日時:2026年09月23日(水) 07:05 小説情報

50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話(作者:アラフィフ大活躍)(オリジナル現代/コメディ)

おじさんは疲れ切っていた。▼気がつけば16歳女子高生に!?▼親は海外出張しているが、お小遣い欲しさにネットアイドルしてみるとオヤジくさい女子高生はまさかの大反響!?▼あらすじの通りのお話です▼こちらはイメージです。女子高生ですが、80年代を知っています。▼【挿絵表示】▼※総合日間ランキングで20位に入っていて、感謝しかありません。読んでくださっている方、興味…


総合評価:1103/評価:7.34/連載:37話/更新日時:2026年09月23日(水) 11:01 小説情報


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