TS少女は演じたい 作:息抜き
レッスンが終わって着替えたあと、預けていた荷物を取りに戻った。
いつもの鞄を肩へ掛け、もう一つを持ち上げる。
朝、家を出たときより重い気がした。
中身は何も増えていないから、間違いなく持つ私自身の疲労の問題だった。
「準備はできましたか」
「はい」
早川さんに頷き、二つの鞄を持ち直す。
部屋の外には、美月さんと小日向さんもいた。
「一緒に行こ、真琴ちゃん!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「行くところ同じだしね。そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ」
美月さんが笑った。
その横で、小日向さんが落ち着いた表情で補足してくれた。
小日向さん、背は私よりもだいぶ低いけど、話していると落ち着いたお姉さんといった感じが伝わってくる。
人は見かけによらないものだなと思った。
いつもなら駅へ向かうところを、今日は早川さんのあとについていく。
美月さんは、明日の収録に持っていくものの話をしていた。
小日向さんが短く返事をして、時々、もう準備してあるよ、みたいな言葉を付け足す。
私が話さなくても、会話は普通に続いていた。
聞きながら歩いているうちに、宿泊先のマンションへ着いた。
エントランスを通り、エレベーターに乗る。
廊下には同じような扉が並んでいて、早川さんはそのうちの二つを示した。
「白瀬さんはこちらです。お二人は隣ですね」
美月さんたちに鍵を渡してから、私の泊まる方の扉を開ける。
玄関の先に短い廊下があり、その向こうにリビングが見えた。
窓際にソファ。手前には食卓と椅子がある。
キッチンも、冷蔵庫も、普通に家にあるくらいの大きさだった。
「荷物は、先に置いてしまって大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
鞄を下ろすと、手のひらに持ち手の跡が残っていた。
指を開いたり閉じたりしていると、玄関の方から声がした。
「お邪魔しまーす!」
「え、あ、はい」
振り返ると、荷物を置いてきたらしい美月さんがいた。
その後ろに、小日向さんもいる。
……二人とも、もう自分たちの部屋へ行ったのだと思っていた。
いや、荷物持ってないから行きはしたんだろうけれども。
「こちらに食器と調理器具が入っています。家電の使い方は、このファイルにもまとめてありますので」
「あ、気にしないんですね。……はい」
「冷蔵庫も自由に使ってください。持ってきたものは、帰るときに忘れずにお願いします」
「特に、冷凍庫のアイスとかね」
早川さんが説明している横で、美月さんが頷いた。
「経験者からの、とても大事な注意です」
「忘れた本人からのね」
「……橘さんは置いておくとして、忘れ物に関しては注意してくださいね」
「わ、分かりました」
私はファイルを受け取りながら、少しだけ口元を押さえた。
寝室を一つ見せてもらい、洗面所とお風呂の場所を確かめる。
タオルの置き場所も、ドライヤーも教えてもらった。
リビングへ戻ると、美月さんがソファを手で示した。
「あと、ここのソファ、座り心地いいよ」
「一応言っておきますが、寝るのはベッドにしてくださいね。橘さん」
「まだ何も言ってませんが……」
「以前、寝落ちしてそのままソファで寝ていたと記憶していますが」
早川さんの返事は早かった。
美月さんが小日向さんを見る。
小日向さんは、うん、と頷いただけだった。
二人の鍵は、さっき確かに渡されていた。
使い方だって、私より知っているらしい。
なぜ一緒に説明を聞いているのかは、最後までよく分からなかった。
「明日、出るときは、私物をまとめてもらえれば大丈夫です。ゴミは分けてこちらへ。清掃や寝具の交換は会社側で手配していますので、最低限で構いません」
「シーツとかも、そのままでいいんですか?」
「はい。外さなくて大丈夫ですよ。忘れ物だけ確認してください」
そこまで聞いて、少し安心した。
どこまで元に戻してから出ればいいのか、気になっていたので。
早川さんは鍵の返し方と、困ったときの連絡先をもう一度確認した。
「説明は以上です。あとは、ゆっくり過ごしてください。お二人も、明日に響かないようにお願いしますね」
「はい」
「分かってまーす!」
美月さんたちの返事を聞いてから、早川さんは部屋を出ていった。
玄関の扉が閉まる。
美月さんが、改めてこちらを向いた。
「じゃあまずは――」
「私たちも戻るよ」
「まだ何も言ってないんですけど!」
「ずっと居座ったら真琴の気が休まらないでしょ」
小日向さんが、美月さんの袖をつまんだ。
そのまま玄関の方へ引いていく。
……もしかして、この人はこれをするために残っていたんだろうか。
「真琴ちゃんがこの部屋でどう過ごすかを見たかっただけなのに……あわよくば一緒に三人で遊ぼうかと——」
「見たでしょ。充分」
靴を履きかけたところで、小日向さんが顔を上げた。
「あ、そうだ。真琴。夕飯、何か決めてる?」
「いえ。まだ……何か買おうかなってくらいで」
「じゃあ一緒に食べない?今日は私が作るつもりなんだ。美月の分も作るから」
隣で、美月さんの顔が明るくなった。
だけど、今度はすぐに言葉を足さなかった。
「簡単なものだけど。部屋でゆっくりしたかったら、そっちでも大丈夫だから」
小日向さんはそう言って、靴の踵を直した。
一人で食べるつもりだった。
何か買ってきて、お風呂へ入って、明日の準備をする。
それなら、あまり考えなくて済む。
二人と一緒だと、まだ少し緊張する。
レッスンの休憩中と違って、いつまでいていいのかも、どのくらい手伝えばいいのかも分からない。
でも、小日向さんは私の返事を待ったまま、それ以上は勧めてこなかった。
今なら、一人で食べますと言っても、普通に頷いてくれそうだった。
そう思うと、断り方よりも、一緒に食べてみたい方へ気持ちが向いた。
「……ご一緒しても、いいですか」
「うん。もちろん」
「やった!じゃあ三人分ですね」
美月さんが言った。
小日向さんは頷いてから、私を見る。
「あとで買い物に行くから、そのときまた声かけるね。まずは休んでて」
「はい。ありがとうございます」
二人が出ていってから、鞄を寝室へ運んだ。
着替えを出して、充電器を繋ぐ。
母には、部屋に着いたことと、夕飯は二人と一緒に食べることを送った。
すぐに返ってきた返事を読んで、スマホを置く。
ベッドの端へ座ると、脚の重さが一度に分かった。
夕飯まで、まだ少し時間がある。
私はそのまま、肩の力を抜いた。
————
窓から入る光が少し赤くなってきた頃、インターホンが鳴った。
「今から買い物行くんだけど、一緒に行く?」
玄関を開けると、小日向さんが聞いた。
後ろでは、美月さんが畳んだ買い物袋を持っている。
「はい。行きます。ちょっと待ってください」
スマホと財布を小さな鞄へ移し、鍵を持って外へ出た。
ちゃんと閉まったことを確かめてから、二人を追いかける。
スーパーまでの道は、美月さんが先を歩いた。
さっきまで持っていた大きな荷物がないだけで、随分楽だった。
「ハンバーグでいいかな」
「はい。好きです」
「よかった。じゃあ、ご飯と、サラダと……スープも作ろうかな」
小日向さんは、スマホに入れたメモを見ていた。
部屋にあるものを確かめてから来たらしく、買うものは大体決まっているらしい。
店に入ると、美月さんがかごを取った。
小日向さんが玉ねぎを選び、私が頼まれたレタスを持ってくる。
そこまでは、普通の買い物だった。
「ひより先輩、これ」
美月さんが、小さな透明のパックを持ってきた。
中には、色の違う花がいくつか入っている。
よく見ると、食べられる花らしかった。
「サラダに載せたら、絶対可愛くないですか?」
「今日はトマト載せるよ」
「トマトの隣に」
「花までなくても大丈夫」
「でも、紫が入ると」
「全部の色を揃えなくていいから」
小日向さんはそう言って、ミニトマトのパックをかごへ入れた。
美月さんは花を見て、それからトマトを見た。
「……赤は、入りましたね」
「うん。花は戻してきてね」
美月さんが棚へ戻っていく。
私は、レタスをかごの端へ寄せた。
肉売り場で合いびき肉を選び、卵と牛乳を買う。
乳製品の棚の前で、美月さんがまた立ち止まった。
「チーズ載せません?」
「それはいいけど」
返事を聞くと、美月さんは大きな袋入りのチーズを持ち上げた。
「これ、たっぷりかけて、とろーってさせたら」
「そんなに使わないよ」
「お皿まで流れるくらい」
「ハンバーグ見えなくなるでしょ」
「切ったら中にも入ってるんです」
「中と外の両方?」
「はい」
「今日は上だけ」
小日向さんが、すぐ横にあったスライスチーズを示した。
美月さんは二つを見比べてから、大きい方を棚へ戻す。
「……厳しい」
「普通に夕飯を作りたいだけなんだけど。というか、さっきの量はどう頑張っても消費しきれないでしょ」
美月さんは何も言い返せなかった。
結局、チーズは小さい方で決まった。
買うものは大体揃ったらしい。
小日向さんがメモを確認しながら歩き始め、私もその横へ並ぶ。
その少し後ろから、声がした。
「パンは?」
「ご飯炊くよ」
小日向さんは、振り返る前に答えた。
美月さんが持っていたのは、大きな丸いパンだった。
「これ半分にして、ハンバーグ挟んだら、お店みたいになるかなって」
「今日はご飯」
「小さいハンバーガーも一緒に並べたら、可愛くないですか?」
「夕飯、何回食べるつもり?」
そこで、笑ってしまった。
口を閉じようとしたけど、少し遅かった。
二人がこちらを見る。
「すみません……さっきから、どんどん増えていくので」
「真琴ちゃんまで」
「ご、ごめんなさい。でも、いつもこうなんですか?」
「そうなの。しかも作るのも大体私。美月は見栄えに関してはすごい熱量なんだけど、ほっとくと見栄えだけ重視して大変なことになるから」
「映えは大事じゃないですかぁ」
「今回は映え控えめで」
小日向さんが言い返したのを見て、また笑ってしまう。
美月さんも、持っていたパンを見ながら笑った。
「でも、せっかく三人で食べるんだし」
「普通のハンバーグでも、三人で食べられるよ」
「それはそうですけど」
美月さんはパンを戻し、かごを持ち直した。
「じゃあ、盛りつけで頑張ります」
「食べやすい範囲でね」
「まだ何もしてません」
「今までの話を聞いてたから」
私は、今度は最初から口元へ手をやった。
特別な料理を作る予定は、最後まで増えなかった。
かごには、肉と野菜と、卵と牛乳と、ほかにも普通の夕飯に使うものが入っている。
その中で、チーズだけが美月さんの提案として残っていた。
会計を済ませて、三人で袋へ分ける。
代金はあとで分けようと言われ、私も頷いた。
帰り道では、美月さんがレシートを見ていた。
「意外と、余計なもの買ってないですね」
「私が止めたからね」
小日向さんの言い方があまりに普通で、私はまた少し笑ってしまった。
————
二人の部屋は、私の部屋とよく似ていた。
違うのは家具の向きと、ソファの横に二人分の鞄が置かれていることくらいだった。
冷蔵庫へ入れるものを分けてから、手を洗う。
小日向さんが髪をまとめ、買ってきたものをキッチンへ並べ始めた。
「あの、私も何か手伝います」
「ありがとう。じゃあ、玉ねぎお願いしてもいい?」
「はい」
「半分はみじん切りで。残りはスープに入れるから、薄く切ってもらえれば」
包丁とまな板を出してもらい、袖を上げた。
小日向さんは、その横でご飯の準備をしている。
玉ねぎの皮を剥き、半分に切った。
少し切り進めたところで、隣を見る。
「このくらいでいいですか?」
「うん。それで大丈夫」
小日向さんは手元を覗き、すぐに自分の作業へ戻った。
私は残りも同じくらいになるように切っていく。
「真琴、家でも料理するの?」
「たまに手伝うくらいですけど。レシピを見れば、知らない料理でも一応は」
「充分すぎる。助かるよ」
「全部覚えて作るのは、ちょっと自信ないですけど」
「私も、作ったことないものは見るよ。今日のは何回も作ってるから」
切った玉ねぎを渡すと、小日向さんがフライパンへ入れた。
油の音がして、少しずつ匂いが変わっていく。
「私も、何かします」
美月さんがキッチンへ顔を出した。
「じゃあ、レタス洗って、水を切ってもらっていい?」
「はい。盛りつけまで任されました」
「洗って、水を切るところまでね」
「その先の話をしています」
小日向さんが笑った。
私も、まな板の上を片づけながら笑う。
レタスを洗い終えた美月さんは、食器を出す方へ回った。
三人分のお皿とコップを並べ、箸を置いている。
その間に、私はスープ用の野菜を切った。
小日向さんは炒めた玉ねぎを冷ましてから、肉やほかの材料と合わせていく。
ハンバーグの形を作るところは、一緒にやった。
最初の一つは、小日向さんの手元を見てから真似をする。
「これくらいの厚さですか?」
「うん。真ん中、少しへこませておいて」
「あ、はい」
手のひらから皿へ移すと、少しだけ端が崩れた。
指先で直していると、美月さんが言った。
「二人とも、すごい真剣」
「美月も、持ってるお皿置いて」
「はい」
声がして、顔を上げた。
美月さんはお皿を置いてから、なぜか満足そうにスマホを見ていた。
何か面白いものでも来たのかと思ったけれど、手が離せなかったので、そのまま次の一つを作った。
フライパンへ並べると、今度はさっきより大きな音がした。
小日向さんが焼いている間に、使い終わったものを流しへ寄せ、手を洗う。
スープの味を少し見せてもらった。
熱かったのもあって、思っていたより長く冷ますことになった。
「どう?」
「おいしいです」
「よかった。じゃあ、これはもういいかな」
小日向さんが火を弱めた。
何をすればいいのか分からずに立っている時間は、ほとんどなかった。
切ったものを渡して、空いたところを拭く。
聞かれたら答えて、分からないところだけ聞く。
そうしているうちに、食卓に置くものが増えていった。
最後に、ハンバーグの上にチーズが載った。
蓋をして少し待つと、角がなくなって、焼けた肉に沿うように柔らかくなった。
「ほら、ちゃんと、とろーってなってる」
「はい!でももっと沢山やればいい感じの写真が——」
「今日はこれで食べてください」
「はい」
美月さんはそう返事をしながら、嬉しそうにお皿を受け取った。
————
テーブルには、三人分のハンバーグが並んでいた。
横にレタスとトマトがあって、ご飯とスープもある。
凄くおいしそうだった。
「一枚だけ撮っていい?」
「どうぞ。冷めないうちにね」
美月さんがスマホを構えた。
自分のお皿だけでなく、三人分が入るように少し角度を変える。
撮り終わると、すぐに置いた。
「いただきます」
「いただきます」
箸で端を切ると、中から湯気が上がった。
一口食べてから、ご飯を取る。
「……おいしいです」
「うん。よかった」
小日向さんも一口食べて、頷いた。
肉の味がして、玉ねぎが甘かった。
ソースとチーズがついたところを、もう一度ご飯と食べる。
部屋へ着いたときには、疲れたことばかり考えていた。
食べ始めてから、お腹もかなり空いていたことに気づいた。
「ご飯、まだあるからね」
「ありがとうございます」
「私はあとで少しもらうかも」
美月さんが言うと、小日向さんは、うん、と返した。
少しの間、料理の話をしながら食べた。
家ではどんなソースを使うかとか、付け合わせに何があると嬉しいかとか。
本当に、なんてことない雑談をしながら。
目の前の相手が既に多くのファンを抱えているアイドルだなんて忘れてしまうくらい。
食事がひと段落したところで、美月さんがスマホを手に取った。
「そうだ。さっきの写真、送ってもいい?」
「あ、はい。ありがとうございます」
お皿の写真だと思って頷いた。
だけど、こっちに向けられた画面には、キッチンが映っていた。
小日向さんと、私がいる。
二人とも手元を見ていて、私の手の上には、まだ焼く前のハンバーグが乗っていた。
「……いつ撮ったんですか」
「さっき。二人で作ってるところ、いいなと思って」
美月さんが、隣の写真へ画面を送った。
今度は、私が顔を上げていた。
小日向さんもこちらを向いていて、二人とも笑っている。
あの、お皿を置いてと言っていたときだ。
「美月、次は一声かけてね」
「ごめんなさい、つい。これ、残しても大丈夫?」
「私はいいけど、真琴は?」
小日向さんに聞かれ、もう一度画面を見た。
口元が、思っていたより緩んでいた。
手にはハンバーグが載ったままで、笑っている場合ではなさそうにも見える。
……でも、変な写真ではなかった。
「はい。大丈夫です」
「よかった。外には出さないからね。三人で見る用」
「はい」
美月さんは画面を自分の方へ戻した。
「じゃあ、三人のグループ作っていい? 写真もそこに送れるし」
「あ、はい」
「五人の方は、まだ招待していいか確認できてなくて。仕事の話とか、まだ出てない情報も結構混ざってるから」
そこで、小日向さんが頷いた。
「そっちは早川さんに聞いてからだね。これは、私たちのご飯用にしよう」
連絡に必要なことは、今も早川さんから送ってもらっている。
五人全員のグループに入っていないことを、不便だと思ったことはなかった。
ただ、今日の写真が送られてくる場所ができるのは、嬉しかった。
スマホを出し、招待を送ってもらう。
画面に表示された名前を確かめてから、参加するところを押した。
グループ名は、『晩ごはん』だった。
「……本当に、ご飯用なんですね」
「分かりやすいでしょ」
「美月に任せたらもっと長くなるかと思った」
「ひより先輩、今の褒めてます?」
「うん。探しやすそう」
写真が、続けて送られてきた。
ハンバーグのお皿。
三人分が並んだテーブル。
それから、キッチンにいる二人。
自分のスマホで見ると、さっきより細かいところまで分かった。
私の袖は左右で少し違う高さまで上がっていて、作っているハンバーグも、小日向さんのものより丸い。
「私の、結構丸いですね」
「焼いたらあんまり分からなかったよ」
小日向さんが、写真を覗き込みながらそう言ってくれた。
「ちゃんとおいしかったよ」
「焼いてもらったので」
「形作ったのも大事だよ」
そう言われて、写真をもう一度見た。
何だか、少し照れくさかった。
美月さんが、笑っている方の写真を開く。
「私は、これが好き」
「美月がお皿持ったまま止まってたときに隠し撮りしてたやつか」
「まあそうですけど」
小日向さんが笑う。
私は、その一枚を保存した。
————
食べ終わってお皿を重ねると、美月さんが立ち上がった。
「洗うのは私がやるから、置いといて」
「私も、少しは」
「真琴ちゃんは作ってくれたでしょ。ひより先輩も。ここは私が!」
お皿を持ったまま返事に迷っていると、美月さんが流しの横を示した。
「じゃあ、そこまで持ってきてもらっていい? あとはやるから」
「……はい。ありがとうございます」
渡したお皿は、種類ごとに分けて置かれた。
美月さんが袖を上げ、水を出す。
私も何かした方がいい気がして、少しだけその場に残った。
けれど、小日向さんが椅子を戻しながら言った。
「今日は任せよ。私も作ってもらった日は洗うし」
「あ、そうなんですね」
「うん。分けた方が楽だから」
それを聞いて、ようやくキッチンから離れた。
買い物でかかった代金を分け、持ってきたものを鞄へ戻す。
スマホを入れようとしたところで、欠伸が出た。
慌てて口を押さえたけれど、美月さんには見えていたらしい。
「ほら、真琴ちゃん。もう休んで」
「すみません」
「謝るところじゃないよ。今日、いっぱい動いたもん」
小日向さんも時計を見た。
「私たちも、お風呂入ったら休もうか」
「……せっかく持ってきたひより先輩と遊ぶためのグッズたちの使い道は!?」
「明日早いから今日はなし」
「そんなぁ……」
美月さんの返事に、少し笑う。
朝から用意されていたらしい遊ぶためのものは、今日は鞄の中のままになるらしかった。
玄関で靴を履き、振り返った。
「ごちそうさまでした。すごくおいしかったです」
「うん。手伝ってくれてありがとう」
「また食べようね、真琴ちゃん」
キッチンから、美月さんの声がした。
「はい。……おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
扉を閉めると、廊下は静かだった。
ほんの少し歩いて、自分が泊まる部屋の鍵を開ける。
リビングには、出かける前に置いたものが、そのまま残っていた。
充電器も、ファイルも、飲みかけの水もある。
鞄を置き、お風呂へ入った。
髪を乾かして、明日の着替えを出す。
それだけ済ませると、もうあまり起きている気になれなかった。
ベッドへ入る前に、『晩ごはん』を開いた。
『今日はありがとうございました。ごちそうさまでした』
送ると、小日向さんから、おやすみ、と返ってきた。
少しあとに、美月さんからも、手を振っているスタンプが届く。
その上に、さっきの写真が並んでいた。
一枚だけ、もう一度開いた。
二人でキッチンに立って、こちらを向いて笑っている。
スーパーへ行って、一緒に料理をして、食べて帰ってきた。
さっきまで、ルミパレの人だということを忘れていた。
……写真を見なくても覚えていることばかりなのに、送ってもらえてよかったと思った。
スマホを充電器へ繋ぎ、明日のアラームを確かめて、部屋の明かりを消した。
枕の高さが、家のものと少し違った。
頭を置き直して、布団を肩まで引き上げる。
初めての部屋で眠れるか、来る前は少し気になっていた。
それでも、目を閉じると、もう開ける方が面倒だった。