TS少女は演じたい   作:息抜き

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30話

七月二十七日、月曜日。

 

今日は写真を撮る。

隣には早川さんが座っている。

車の窓の向こうを、知らない建物が流れていった。

今日はいつものレッスン室ではなく、外の撮影スタジオへ行くことになっていた。

私は初めて使う場所だから、事務所から早川さんと一緒に向かう。

五人は直接来るらしい。

 

「まず六人での集合写真を撮ります。そのあと、白瀬さんの個人の宣材写真です」

 

早川さんが、手元の予定を見ながら言った。

 

「個人の方は、全身と上半身、顔がよく分かるものを何パターンか。今日撮った中から、公式プロフィールにも使えるものを選びます」

 

「プロフィールの写真も、今日のものなんですね」

 

「はい。使う場所に合わせて選びます。撮影が終わったら事務所へ戻って、紹介文や掲載する項目を確認しましょう」

 

「分かりました」

 

返事をしてから、もう一度、今聞いたことを頭の中で並べた。

集合写真。

宣材写真。

公式プロフィール。

一つずつは知っている言葉だった。

ただ、それが自分のものだと思うと、急に分からなくなる。

昨日まで、プロフィールの欄を埋める方になるとは、あまり考えていなかった。

撮影の枠は、前から準備してあったそうだ。

昨日、手続きが済んだあとで予定を聞き、今日来られることを伝えた。

だから、何もかも一晩で用意されたわけではない。

それでも、早かった。

 

「何か気になることはありますか」

 

早川さんに聞かれ、私は少し考えた。

 

「……どんな顔をすればいいんでしょうか」

 

「それは撮る時に説明してもらえますよ」

 

「……はい」

 

「最初から全部考えておかなくても大丈夫です」

 

そう言われて、私は窓へ目を戻した。

昨日は、自分がどうしたいかを考えた。

今日は、自分の顔について考えることになるらしい。

 

————

 

スタジオの控室へ入ると、最初に美月がこちらを向いた。

 

「真琴!」

 

声と一緒に、椅子から立ち上がる。

高い位置でまとめた髪が揺れた。

 

「おはよう」

 

「おはよう!昨日、早川さんから聞いたよ」

 

私が鞄を持ち直している間に、美月はもう目の前まで来ていた。

話すには、少し近い。

 

「ほんとに嬉しい。早く会って言いたかった」

 

「……うん。ありがとう」

 

「これから、よろしくね!」

 

差し出された手を、握り返す。

すると、もう片方の手も重なった。

 

「よろしく」

 

「これからは仲間だー!」

 

「橘さん、分かっていると思いますけど、まだ未公開で——」

 

「あ、はい!ごめんなさーい!」

 

美月が笑った。

その向こうで、ひより先輩も小さく笑っている。

 

「美月、とりあえず鞄を置かせてあげたら」

 

「あ、そうですね」

 

手が離れた。

私が椅子へ鞄を置く間も、美月はすぐ隣にいる。

 

「昨日、連絡しようかと思ったんだけどね。家でも色々話してるかなって思って、今日まで待ってたんだよ」

 

「そうだったんだ」

 

本当に、嬉しそうだった。

そういう顔を正面から向けられると、こちらまで口元が緩んでしまう。

玲奈さんが、少し離れたところからこちらへ来た。

 

「改めて、これからよろしく、真琴。一緒にやると決めてくれて、嬉しいわ。六人で、いいものにしていきましょう」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

私は頷いた。

昨日、久世さんへ話したことを、ここでも長く説明する必要はなかった。

それでも、自分から言っておきたいことはあった。

 

「私も、皆さんと一緒にやれるのが嬉しいです」

 

言ってから、少しだけ目を伏せた。

口にすると、やっぱり少し恥ずかしい。

 

「これから、よろしくお願いします」

 

「うん。よろしく」

 

ひより先輩が、いつもの調子で答えた。

 

「また続き、一緒にできるね」

 

「はい」

 

澪先輩もこちらを見て、少し笑った。

 

「よろしく」

 

「よろしくお願いします」

 

「私も!」

 

夏希が、横から手を上げた。

 

「これで、あの六曲、本当に人前でやるんだね」

 

「うん」

 

「あれだけ練習したんだから、見てもらいたいよね」

 

そう言われると、八月八日のことが、昨日とは少し違って浮かんだ。

席数を聞いた時には、そこにいる人の多さばかり考えた。

正直に言えば、不安しかない。

でも、その人たちに見てもらうのは、何も知らないものではない。

何度も止めて、やり直してきた六曲だった。

 

「……そうだね」

 

答えると、夏希が頷いた。

 

控室には、鏡と、衣装を掛けたラックと、メイク道具を並べた机があった。

いつものレッスン室とは全然違う場所なのに、五人が話していると、知らない場所に来た感じが少し薄くなった。

 

————

 

撮影を担当するカメラマンさんと、衣装やヘアメイクの人たちへ挨拶をしたあと、私の前へ一着の衣装が運ばれてきた。

白い布。

細い金の縁取り。

重なったフリルと、チェックの生地。

そして、ピンク。

 

「こちらが白瀬さんの分です」

 

衣装担当の人が、カバーを外して見せてくれた。

襟元のリボンも、スカートのチェックも、同じ色で揃えられている。

ぱっと目に入るのに、思っていたほど明るすぎる色ではなかった。

白と金の間に入ると、ちゃんと落ち着いて見える。

綺麗だった。

綺麗だったけど。

 

「メンバーカラーは、ローズピンクになります」

 

早川さんの言葉に、私はもう一度衣装を見た。

 

「……ピンク、ですか」

 

「はい」

 

自分の声が、少し間の抜けたものになった。

ピンクが嫌いなわけではない。

小物を選ぶ時には、普通に手に取る色だ。

可愛いと思うものだって、ある。

ただ、それが自分を表す色になると言われると、少し違った。

 

前に男として暮らしていた頃、自分がピンクの衣装を着て、女性アイドルとして紹介される可能性なんて、考えた覚えがない。

今の自分が女であることには、もう何の不思議もないのに。

色までつくと、また一つ、妙に具体的なものが増えた。

私、ピンクの人になるのか。

 

「何か、気になりましたか」

 

早川さんに聞かれ、顔を上げた。

 

「嫌というわけじゃないんですけど。自分がピンクになるの、あまり想像していなくて」

 

「そうでしたか」

 

早川さんは、衣装へ目を向けた。

 

「白瀬さんに似合う色を、衣装担当とも相談して選んでいます。髪や目の色にも合いますし、このくらいのローズなら、普段の雰囲気とも離れすぎません」

 

私は、自分の髪の先へ少し目を落とした。

 

「六人で並んだ時の見え方も確認していますが、まずは白瀬さん自身に合うことを大事にしています」

 

「……そうなんですね」

 

改めて、リボンを見る。

ピンクという色だけを先に聞いた時より、目の前の色を見ている方が、少し納得できた。

これを私に合わせて選んだ人がいる。

そう言われると、理由もなく別の色にしてほしいとは思わなかった。

 

「分かりました」

 

「実際に着ると、また印象が変わりますよ」

 

「はい」

 

衣装を受け取る。

ハンガーには、小さく私の名前がついていた。

候補として今後必要になる準備のため、と、早川さんからサイズを確認されたことはある。

その数字を使って、私の分まで作ってあったらしい。

今日は実際に着て、動いた時の様子も含めて、最後の確認をする。

手元に一着あると、その話もよく分かった。

 

「真琴、それ絶対似合うよ」

 

隣から美月が覗き込んだ。

 

「まだ着てないよ」

 

「着る前から分かることもある」

 

「そういうもの?」

 

「そういうもの」

 

その返事は、服を見に行こうと誘われた時と、少し似ていた。

 

————

 

教わった通りに衣装へ着替え、ブーツを履いたところで、私は鏡の前へ立った。

そして、しばらく動けなくなった。

……短い。

スカートもだけど、上も短い。

トップスの裾とスカートの間には、普通におへそが見えていた。

肩にはフリルがあるものの、袖ではない。

腕を上げれば、脇もそのまま出る。

さっき、ハンガーに掛かっていた時には、リボンやチェックばかり見ていた。

自分で着ると、布のないところが気になる。

 

私は一度、スカートの裾へ手をやった。

少し下げてみる。

当然、長くなったりはしなかった。

スカートの下には、衣装と一緒に渡された、スパッツ型のインナーパンツを穿いている。

踊って動くためのもので、これも衣装の一部だと説明された。

見えてもいいものを穿いてはいる。

だから、下に何もないわけではない。

分かってはいた。

でも、スカートが短いことまで変わるわけではなかった。

 

「着られましたか」

 

衣装担当の人に声をかけられ、私は顔を上げた。

 

「はい。あの……」

 

「苦しいところがありましたか?」

 

「いえ。思っていたより、短くて」

 

口にすると、担当の人は鏡を見て頷いた。

 

「あぁ。普段の服とは、かなり違いますよね。とりあえず、まずはサイズと動きやすさを見ていきましょう」

 

言われた通り、両腕を上げる。

前へ伸ばす。

身体を少し左右へ向けてから、数歩歩いた。

トップスは、腕を動かしても思ったほどずれなかった。

スカートも、立っている時と動いた時で、重なる布の位置が少し変わる。

見た目だけで作られているわけではないらしい。

背中側の留まり方と、肩の飾りの位置を確認してもらった。

ブーツの中で足が浮かないかも聞かれる。

 

「ここ、当たりませんか」

 

「大丈夫です」

 

「腕を下ろした時も?」

 

「はい」

 

答えながら、鏡へ目を戻した。

動きにくいわけではない。

むしろ、思っていたより軽かった。

ただ、落ち着かない。

着替えを終えた五人が戻ってきて、鏡の中の色が増えた。

 

ひより先輩の黄色。

美月のオレンジ。

玲奈さんの青。

澪先輩の紫。

夏希の緑。

 

同じ白とチェックの衣装なのに、着ている人が違うと、それぞれの服に見えた。

五人は袖や裾を気にする様子もなく、普通に歩いて、普通に話している。

夏希はブーツの具合を確かめてから、早くも椅子へ座ろうとしていた。

 

「皆さん、慣れてるんですね」

 

私が言うと、ひより先輩がこちらを見た。

 

「衣装?」

 

「はい。こんなに……その、出てるとは思わなくて」

 

自分でも、何をどこから言えばいいのか分からなかった。

先輩が、少し笑った。

 

「私も最初は裾ばっかり気にしてたよ」

 

「そうなんですか」

 

「うん。でも、踊る時はずっと押さえてられないからね」

 

「こういう衣装ならこんなもんじゃない?」

 

夏希が、自分のスカートへ目を落とした。

そのまま踊る真似まで始めて普通に中が見えてしまっている。

 

「下のもちゃんとあるし。こうやって動き始めると、そっちはあんまり気にならないかも」

 

「私は慣れてないからすごく気になる。というか夏希、これ見えちゃってもいい下着であって見せるものじゃないから」

 

「そう?」

 

「そうだけど……」

 

「真琴もすぐ慣れると思うけど」

 

少なくとも夏希みたいな慣れ方はしたくない。

いくらなんでもはしたないだろう。

美月が、鏡越しに私を見た。

 

「まあ何はともあれ、似合ってるよ真琴!」

 

「それは、さっきも聞いた」

 

「着たからもう一回」

 

その言い分には、少し笑ってしまった。

 

「ほんとに。リボンの色、髪に合うね」

 

今度は私も、鏡の中の襟元へ目を向けた。

確かに、色だけが浮いている感じはしなかった。

ローズピンクは、ハンガーで見ていた時より、鏡の中の私に馴染んでいる。

ピンクになることと、この丈に慣れることは、別々に考えた方がよさそうだった。

 

「では、ヘアメイクを仕上げていきますね」

 

呼ばれて椅子へ座る。

髪を整えてもらい、衣装に合わせた小さな飾りがつく。

顔を少し上げてください、と言われ、その通りにした。

鏡の中に、知らない人がいるわけではなかった。

ちゃんと私の顔だった。

ただ、その顔の周りにあるものが、普段とずいぶん違っていた。

 

————

 

撮影する部屋は、控室より広かった。

白い背景の前に、立つ場所を示す印がある。

大きな照明と、白い板。

カメラの横には、撮った写真を確認するためのモニターが置かれていた。

六人で順番に前へ出る。

私は足元の印を確かめてから、顔を上げた。

 

「最初はそんなに作らなくて大丈夫です。普通に立って、軽く笑うくらいで」

 

カメラマンさんが、こちらへ声をかける。

 

「肩の力を少し抜いて。はい、その感じで」

 

私は息を吐いた。

隣には、ひより先輩がいる。

少し後ろから、美月の返事が聞こえた。

カメラが上がる。

音がした。

続けて、もう何回か。

 

「いいですね。今度は少しだけ、身体を内側へ向けましょう」

 

立つ向きを変える。

手の位置を言われ、直した。

誰かが目を閉じてしまったので、同じ形でもう一度。

髪が飾りに引っかかっているところを直してから、また撮る。

少し寄った写真も撮った。

何か難しいことを求められたわけではなかった。

大きく笑おうとしなくてもよかったし、歌も足の順番も考えなくていい。

言われた位置に立つ。

カメラを見る。

六人で、少し笑う。

それならできた。

 

「一度、こちらを見てください」

 

モニターへ呼ばれ、皆で近づいた。

画面に、六人が並んでいた。

見慣れた五人の顔。

その間に、私がいる。

黄色、オレンジ、青、紫、緑。

ローズピンクも、同じ写真の中にあった。

私は、少しだけ画面へ顔を近づけた。

 

「真琴、どう?」

 

美月に聞かれる。

 

「……本当に、六人で写ってる」

 

「六人で撮ったからね」

 

「それは、そうなんだけど」

 

自分でも、何を言っているのかと思った。

でも、ほかにうまく言えなかった。

皆と並んで練習したことは、何度もある。

映像だって、見ている。

それでも、同じ衣装で一枚の写真になると、また違った。

ひより先輩が、画面を見たまま小さく頷いた。

 

「うん。六人だね」

 

カメラマンさんと早川さんが、写真について短く話していた。

そのあと、あと何枚かだけ確認して、集合の撮影は終わった。

拍手や、特別な合図があったわけではない。

 

「では、個人の方へ移ります」

 

その声で、次の準備が始まった。

 

————

 

五人は、今日の撮影は集合写真だけだった。

個人の宣材は、既に撮ってあるものを使うらしい。

だから、ここからは私一人の番になる。

そう聞いていたのに、照明の準備が変わっても、誰も帰らなかった。

 

美月はモニターのそばにいる。

夏希は椅子へ座って、水を飲んでいた。

玲奈さんたちも、少し離れたところで話している。

 

「皆さん、もう終わりですよね」

 

聞くと、美月が振り向いた。

 

「うん」

 

「帰らないの?」

 

「次の収録まで時間あるし。ここにいていいって」

 

「真琴の見ていこうかなーと思って」

 

夏希も、ボトルの蓋を閉めながら言った。

 

「……そうなんだ」

 

心配だから、とか、初めてだからついている、とか。

そういう話ではなさそうだった。

単純に、今はほかにすることがないらしい。

美月が私の隣へ来た。

 

「真琴、こういう撮影ってしたことある?」

 

「ない。カメラテストとか、レッスンで撮ってもらうのはあったけど」

 

「つまり撮影自体初めて?」

 

「こういうのは。友達と撮り合うのを含めるなら話は変わるけど」

 

「なるほどなるほど。ならこの橘先生が役に立つアドバイスをしてあげましょう」

 

美月がすごく得意気だ。

まぁ、美月はモデルとかで雑誌によく出てるし、私よりよっぽど経験があるのは間違いない。

 

「基本、カメラマンさんがいい感じにパシャパシャーって撮ってくれるから」

 

先生とか言った割に、いきなり説明が軽かった。

 

「ずっと同じ形で固まってなくても大丈夫だよ。顔の向きとか、手の位置とか、少しずつ変える感じ。もっとこっちっていうのがあれば言ってくれるし」

 

「指示されたところは、それに合わせればいいんだ」

 

「そうそう。そのままで、って言われたら、そのまま。目線だけこっち、とかもあるし」

 

「なるほど」

 

三枝さんに見てもらっていたことと、近い気がした。

全部を一度に変える必要はない。

何を変えればいいかが分かれば、それに合わせられる。

 

「じゃあ、自分では少しずつ変えて、違う感じが欲しかったら、指示をもらうんだね」

 

「うん。そんな感じ」

 

そこで夏希が、こちらへ顔を向けた。

 

「今ので分かるの?」

 

「だいたいは」

 

「へえ……」

 

なぜか、感心された。

 

「私、自然に立ってって言われると、急にどうしたらいいか分かんなくなるんだよね」

 

「夏希でも?」

 

「踊ってる時は、ここでこうするってあるじゃん。写真だと、具体的なポーズとか言ってもらわないと分からないんだよ」

 

何となく、言いたいことは分かった。

美月が笑った。

 

「夏希は、動きがある撮影の方が好きだもんね」

 

「うん。走ってって言われれば滅茶苦茶分かる!」

 

「宣材で走ってどうするのさ」

 

「確かに」

 

私も笑った。

夏希が、写真では手の置き方に困る。

それを聞けたことの方が、美月の説明より少し意外だった。

 

「白瀬さん、お願いします」

 

名前を呼ばれ、私は前へ出た。

 

————

 

一人で立つと、さっきより白い背景が広く感じた。

足元の印を確認する。

顔を上げる。

カメラマンさんが、レンズの向こうからこちらを見た。

 

「まず、正面からいきましょう」

 

「はい」

 

さっきと同じように笑おうとした。

音が、何度か続く。

カメラマンさんが、モニターへ目を向けた。

 

「ちょっと硬いかな」

 

「あ……はい」

 

自分でもそうだと思った。

六人で撮っている時には、隣の人の声が聞こえていた。

今は、私だけが撮られている。

この中のどれかが、私のプロフィール写真になる。

初めて私を見る人が、その写真を見る。

そう考えたら、口元へ余計な力が入っていた。

 

「無理に笑わなくていいですよ。普段くらいで。ほんの少し、柔らかい感じがあれば」

 

「はい」

 

私は一度、表情を戻した。

息を吐く。

明るく見せようとするのをやめた。

口の端を、少しだけ緩める。

目元まで大きく変える必要はない。

誰かの話を聞いて、少しおかしいと思った時くらい。

普段の自分から、遠くへ行かないようにする。

また、カメラの音がした。

 

「うん。今の方がいいですね。そのくらいで」

 

「分かりました」

 

何を求められているかが分かると、少し楽になった。

アイドルだから、と、自分で何かを足そうとしていたらしい。

それはいらないと言ってもらえた。

 

「身体を少しだけ右へ。顔はこちらに残してください」

 

身体の向きを変える。

顔はカメラへ。

 

「顎、ほんの少し下げましょう。はい、そこ」

 

止める。

 

「そのまま、目線だけこちらへ」

 

目だけを動かした。

肩や口元は、さっきの形を残した。

音が続く。

 

「いいですね。もう一度、目線を戻して」

 

「はい」

 

視線を戻す。

次は少しだけ、首の角度を変えた。

顔と目線を別々に動かすことも、一つ変えた時にほかまで変えないことも、三枝さんとのレッスンで何度も確かめてきた。

身体を大きく動かしながら歌うのとは違って、今することは、そう多くない。

手を前で軽く重ねる。

片足へ少しだけ重心を移す。

正面へ戻って、今度は手を下ろす。

 

「今の、もう一度できますか」

 

「はい」

 

さっきと同じ場所へ目を向けた。

顔を戻す時だけ、少しゆっくりにする。

 

「そう。そこで」

 

何度か撮ったあと、上半身の写真へ移った。

少し近くなってもすることは変わらなかった。

笑みを少しだけ弱くする。

今度は口元だけ、ほんの少し戻す。

目線を外したものも撮った。

大きく違う顔を、次々に作る必要はなかった。

わずかに変えただけでも、モニターに出てくる写真の印象は違う。

途中で髪を直してもらっている間に、カメラマンさんが言った。

 

「直すの、早いですね」

 

「こういう変え方は教わっていて」

 

「なるほど。こちらが言ったところだけ変えてくれるので、撮りやすいです」

 

「……ありがとうございます」

 

褒められると、今度は普通に口元が緩んだ。

 

「あ、そのくらいのも一枚ください」

 

「あ、はい」

 

慌てて顔を戻しかけて、止める。

また、何度か音がした。

最後に全身の形を少し変えて撮り、確認を待った。

カメラマンさんとスタッフの人が、モニターを見ながら話している。

私は手を下ろして、返事を待った。

 

「はい。必要なものは揃いました。お疲れさまでした」

 

「ありがとうございました」

 

頭を下げる。

終わったらしい。

最初に少し硬くなった以外は、困ることもなく終わってしまった。

 

「真琴、お疲れ!」

 

戻ると、美月がすぐ声をかけてくれた。

 

「ありがとう」

 

「綺麗だった。仕上がるの楽しみ」

 

夏希も椅子から立ち上がった。

 

「分かるって言ってたの、本当に分かってたんだね」

 

「分かったつもりではいたよ」

 

夏希が感心したような表情をしている。

その横を通り抜けてひより先輩も近づいてきた。

……美月はひより先輩が近づいてきたら相変わらずすぐに抱き着くような勢いでくっついている。

 

「そこが真琴の強みだって最初三枝さんも言ってたしね——美月、くっつきすぎなんだけど」

 

「いいじゃないですか少しくらい。ひより先輩は最初こういう撮影した時とかどうだったんですか?」

 

「私は……結構酷かったかな」

 

「そうだったんですか……?」

 

少し意外だった。

ひより先輩はこういうのをそつなくこなす印象があった。

 

「あー、大体想像つきました。あれですよね、見た目先行で可愛さ盛りまくった感じで撮ろうとされたとか」

 

「……そうだけど」

 

「ひよりちゃんそういうのやれって言われると一瞬固まるよね」

 

「夏希の自分らしくって言われた途端その場で走り出そうとしたのよりは何倍もマシだけどね」

 

「んぐっ、ひ、ひよりちゃん……流石に後輩の前でそれをえぐるのは……」

 

「さっき自分で同じようなこと言ってなかった……?」

 

「それはそうだけどぉ……」

 

美月が笑った。

少し離れたところで、玲奈さんまで口元を押さえている。

澪先輩まで小さく笑みを浮かべている辺り、五人にとっては結構面白い記憶だったらしい。

話している内容を聞くだけでも場面が面白いから、その場で見ていたなら納得ではある。

私も笑いながら、自分の衣装へ目を落とした。

写真は、何とかできた。

スカートの丈に慣れる方は、もう少し時間がかかりそうだった。

 

————

 

衣装から私服へ着替えて、皆でFOLIOへ戻った。

いつもの服を着ると、落ち着いた。

袖がある。

お腹も出ない。

座る前に、いちいち裾を確かめなくていい。

それでも、さっきの衣装が嫌だったわけではなかった。

鏡の中のローズピンクは、思っていたより私に似合っていた気がする。

そう考えてから、少しだけ鞄を抱え直した。

自分でそう思うと、また別の恥ずかしさがあった。

 

昼食を挟んで、私は会議用の小さな部屋へ案内された。

机には、プロフィールの文案が置いてある。

広報担当の人が用意してくれたものを、早川さんと一緒に確認することになった。

五人は、このあと今月分の公式チャンネルの特番を撮るらしい。

収録の準備が整うまでの間、同じ部屋で少し待っていた。

紙の一番上には、私の名前があった。

名前の下に、ローマ字。

生年月日、出身地、血液型、身長まで。

ルミパレのプロフィールにあった項目が並べられている。

メンバーカラーの欄には、もうローズピンクと入っていた。

 

「基本の項目から、間違いがないか見てください」

 

「はい」

 

誕生日も、埼玉県も、AB型も、合っている。

身長は155センチ。

その下には、B90、W58、H87と並んでいた。

早川さんが、その欄を示した。

 

「サイズは、以前教えていただいた数値です。こちらで問題ないですか?」

 

「はい」

 

「プロフィールには、この内容を掲載する形でいいですね」

 

私は、もう一度数字を見てから頷いた。

 

「大丈夫です」

 

紹介文も、既に短く書かれていた。

映像撮影への参加をきっかけにFOLIOから声をかけられ、カメラテストと新人レッスン、五人との合同レッスンを経て加わること。

表情や視線の細かな変化を得意とすること。

ひと息で読めてしまった。

実際にはもっと色々あるけど、それを全部書く欄ではないのだろう。

 

「趣味と特技、それから好きなものは、ご本人の言葉で一度書いていただきたいので、空けてあります」

 

担当の人に言われ、紙の下の方を見た。

空欄が、三つ続いている。

 

「長くなっても大丈夫です。こちらで掲載用に整えて、もう一度確認させていただくので」

 

「分かりました」

 

ペンを持ったところで、夏希が隣から覗き込んだ。

 

「特技、何書くの?」

 

「今考えるところ」

 

「じゃあ私が——」

 

「自分で書くから」

 

「まだ最後まで言ってない」

 

「何を書こうとしたの?」

 

夏希が、少し楽しそうに口を開こうとした。

 

「というか、夏希ついてきてて大丈夫なの……?」

 

車から降りてから自然についてきていたけど、この後撮影とか言っていなかっただろうか。

その時、部屋の外から玲奈さんが顔を出した。

 

「夏希、収録の準備ができたから。真琴の邪魔してないで準備して」

 

「はーい」

 

玲奈さんの言葉を聞いて夏希が立ち上がる。

 

「続きはあとでね」

 

「なんの続き……?」

 

「んー……いろいろ?話したいこともたくさんあるからさ」

 

玲奈さんの後ろから顔を覗かせていた美月が、ドアのところから声をかけてきた。

 

「真琴、今日はお疲れ。写真、楽しみだね。そっちも頑張って!」

 

「うん。美月も、収録頑張って」

 

「ありがとう!」

 

ひより先輩と澪先輩も、軽く手を振って部屋をあとにした。

五人がいなくなると、急に静かになった。

私は、空欄へ目を戻した。

 

————

 

趣味の方は、少し考えれば出てきた。

映画を見ること。

特に、短い作品。

それから、ゲーム。

反射神経で競うものより、話を追っていくものの方が好きだ。

それはそれとして、ずっと早川さんに見られているのがとても気になる。

 

「えっと、見られながら書く感じですかね……?」

 

「申し訳ないですが、八月一日の公表に向けて、資料を準備する時間が足りていなくてですね……書き終わったらすぐに各部署に回して準備して、確認作業をしないといけないんですよ」

 

「な、なるほど……」

 

思ったより深刻だった。

週末には公表だと考えたら不思議なことではないけれども。

思ったよりも重要な扱いをされているプロフィールに少し緊張しながら、欄に書き込んでいく。

映画と物語性のあるゲームはすぐに書き込めた。

 

「写真とか、映像の構図を見るのも好きなんですけど。そういうのも趣味でいいんですか」

 

「もちろんです」

 

「撮るのが上手いわけではないんですけど」

 

「趣味の欄ですよね?なんの問題もありませんよ」

 

写真や映像の構図を見ること。

書いてみると、普段何となくしていたことが、趣味という欄へ収まった。

好きな食べ物は、もう少し簡単だった。

クリームシチュー。

だし巻き卵。

飲み物なら、カフェオレ。

苦手なものを聞かれ、極端に辛い料理、と付け加えた。

そこまで埋めてから、特技の欄へ戻る。

ペンが止まった。

 

表情。視線。

カメラの前で、言われたところを変えること。

何を書けばいいか、全く思いつかないわけではなかった。

三枝さんにも才能だと認めてもらえたこれは、特別なものだという認識はできている。

実際に今日もそれをしてきたばかりだ。

ただ、自分で特技として書くのは、少し気恥ずかしい。

 

「書き方で迷っていますか」

 

早川さんに聞かれ、顔を上げた。

 

「……自分で、得意ですって書くんだなと思って」

 

早川さんが、少し笑った。

 

「プロフィールですからね」

 

「はい」

 

「今日の撮影でしていたことも、書いていいんですよ。指示に合わせて、表情や目線を細かく変えること。白瀬さんができることを、白瀬さんのことを詳しく知らない人に伝えるための欄ですから」

 

まだ会っていない人。

撮影の時にも、考えたことだった。

写真を見て、名前を知る。

そのあとで、何をする人なのか読む。

私が照れるかどうかより、相手に分かる方が大事なのだろう。

私は、ペンを動かした。

表情や視線を、指示に合わせて細かく変えること。

書き終えてから、もう一度読む。

随分、説明っぽかった。

 

「こんな書き方でも、大丈夫ですか」

 

「はい。どういうことができるのか、よく分かります」

 

担当の人が、紙へ目を落とした。

 

「紹介文の方とも合わせて、掲載する時には少し言葉を整えますね。意味が変わっていないか、最後にもう一度見てください」

 

「お願いします」

 

もう一度、上から順に確認した。

一通り確認してから紙を揃えて、担当の人へ渡す。

 

「ありがとうございます。写真の候補が決まったら、文面と一緒に確認していただきます」

 

「はい」

 

手元から紙がなくなると、今日の予定が一つ、終わった感じがした。

 

————

 

帰る準備をしていると、早川さんから声をかけられた。

 

「白瀬さん。最後に、連絡のことで一つ」

 

私は、鞄のファスナーを閉めかけた手を止めた。

 

「はい」

 

「メッセージアプリの、ルミパレのグループへ招待します。今後は、六人への連絡をそちらでも送りますので」

 

そこで、以前の美月の言葉を思い出した。

五人の方は、まだ招待していいか確認できていない。

仕事の話や、まだ出ていない情報も混ざっているから、と。

それで別のグループを作ることのなった。

 

「招待する前に、改めて確認しておきますね」

 

早川さんが言った。

 

「グループでは、未発表の仕事や収録予定、公開前の写真なども共有します。そうした情報には守秘義務がありますから、外で話したり、画面や資料を他の人へ送ったりしないでください」

 

「はい」

 

「公開していいか迷うものは、先に私へ確認してください。ご家族との予定調整など、共有が必要なことは範囲を分けて説明しますので」

 

「分かりました」

 

契約書で確認したことだった。

これからは、その対象になるものが、普段使っているアプリにも届く。

送られてきたからといって、その先へ送っていいわけではない。

そこは、気をつけないといけなかった。

早川さんが、自分のスマホを操作した。

少しして、私の手元にも招待が届く。

グループ名は、『Lumière Palette』だった。

 

「私も連絡用に入っていますが、業務連絡だけに使う場所ではありません。雑談してもらって構いませんよ」

 

「雑談も、ですか」

 

「はい。普段から、色々話しています。特に橘さんが」

 

普通に想像できてしまった。

マネージャーがいるところで、普通にお喋りをするらしい。

少し意外だったけど、五人ならそうなのかもしれないと思った。

 

「私は、普段の雑談にはほとんど入りません。必要な連絡をするためにいると思ってください」

 

「はい」

 

私は、参加するところを押した。

メンバーの一覧を開く。

ひより先輩。

美月。

玲奈さん。

澪先輩。

夏希。

早川さん。

そこに、自分の名前もあった。

七人。

もう一度、画面の上のグループ名を見る。

 

『Lumière Palette』。

 

何かを書こうとして、少し迷った。

五人はまだ収録中だった。

私も、今日はこのあと帰る。

挨拶は、落ち着いてから送ろう。

画面を戻すと、一覧には『晩ごはん』も残っていた。

その近くに、新しいグループが一つ増えている。

 

「入れました」

 

「はい。こちらでも確認できました。今日はお疲れさまでした」

 

「ありがとうございました」

 

私はスマホを鞄へしまった。

六人で写った写真を撮った日の最後に、五人が普段使っている場所へ、自分の名前が入っていた。

 

————

 

夜、夕食を終えて少し机に向かっていると、スマホが震えた。

開くと、『Lumière Palette』にメッセージが届いていた。

玲奈さんからだった。

 

『真琴、今日はお疲れさま。こちらの収録も無事に終わりました。改めて、これからよろしくね』

 

読み終える前に、もう一つ届く。

 

『真琴いる!』

 

美月だった。

 

『こっちにもようこそ!』

 

続けて、もう一つ。

 

『今日、六人で撮れて嬉しかった。これからよろしくね!』

 

私は、少し笑った。

夏希からも、手を振るスタンプと一緒に挨拶が来た。

 

『よろしく!』

 

ひより先輩からは、

 

『こっちでもよろしく。撮影お疲れさま』

 

澪先輩からも、少し遅れて届く。

 

『よろしく』

 

本当にそれだけだった。

澪先輩らしくはあるけれども。

私は入力する欄を押した。

白瀬真琴です、と書きかけて、止まる。

全員、知っている。

今日も会ったばかりだった。

かといって、何も言わずにスタンプだけ返すのも違う気がした。

少し考えて、書き直す。

 

『今日はありがとうございました。皆さんと一緒に活動できるのが嬉しいです。改めて、これからよろしくお願いします』

 

一度だけ読み直してから、送った。

すぐに、既読の数字が増えた。

 

『私も嬉しい!』

 

美月の返事が来る。

その下へ、玲奈さんとひより先輩のスタンプがついた。

同じ画面の中に、五人の名前が並んでいた。

私は椅子の背へ少し身体を預けた。

何かもっと立派な挨拶をした方がよかっただろうか、と考えかけたけれど。

届いてくる返事を見ていたら、付け足さなくてもいい気がした。

美月から、またメッセージが来る。

 

『ここ、普通の話もしていいからね』

 

『早川さんにもそう聞いた』

 

『食べ物とか、お店とか、そういうのも普通に送ってるよ』

 

『美月は写真の共有が多いね』

 

『ひより先輩が好きそうなカフェとかも送ってるじゃないですか!』

 

『うん。それは助かってる』

 

二人のやり取りを見て、また少し笑う。

文字になっていても、声が分かる気がした。

そこで、夏希が入ってきた。

 

『でも真琴、一つだけ言っとくと』

 

私は、次のメッセージを待った。

 

『ここ、たまに雑談してるだけなのに注意が飛んでくるから』

 

注意?と疑問符が浮かんでしまった。

 

『何の?』

 

送ると、すぐ返ってきた。

 

『休みの日に何するかとか、ちょっと身体動かそうかなって書いた時とか』

 

私は、画面を見たまま、少し首を傾けた。

大体、誰の話か分かった気がする。

夏希が、さらに続けた。

 

『誰からとは言わないけど』

 

その直後だった。

 

『見ていますからね、桜庭さん』

 

早川さんだった。

さっきまで、一度も発言していなかった人の名前が、画面に出ている。

少しの間が空いた。

 

『あ』

 

夏希の返事は、一文字だった。

その下へ、慌てたようにもう一つ増える。

 

『いつも気にかけていただいて助かってます!』

 

美月から、笑い転げるスタンプが送られてきた。

私も声を出して笑ってしまった。

さらに、夏希からメッセージが届く。

 

『おやすみなさい!!』

 

笑いながら、時計を見た。

まだ、八時半だった。

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