TS少女は演じたい   作:息抜き

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33話

八月一日、土曜日。

 

通話を終えてから、早川理沙は、真琴へ送るメッセージの宛先をもう一度確かめた。

公式のお知らせを確認するためのページ。

公開後は、そこから加入発表と本人の挨拶を読める。

SNSの返信欄や、外部の記事を経由する必要はない。

送信すると、すぐに既読がついた。

電話の最後に聞いた真琴の声は、いつもと大きくは変わらなかった。

ただ、普段より一つ一つの返事が短かった。

隣には両親もいた。

途中からスピーカーへ切り替わり、父親と母親の声も聞こえていた。

三人に、以前伝えた注意をまた伝えた。

流石に、何度も言われていると思ったかもしれない。

それでも、公開直前の電話で省く気にはなれなかった。

 

「白瀬さんへの連絡は終わりました」

 

顔を上げて伝えると、SNS運用をまとめている宮原が頷いた。

 

「こちらも準備できています。本人アカウントの投稿は、最終確認済みの文面です」

 

「ありがとうございます」

 

早川は、手元の確認欄へ印をつけた。

真琴の公式アカウントには、まだ本人が入るための手順を渡していない。

パスワードも、認証の方法も、本人の端末には共有していなかった。

文章を考えたのは真琴だ。

直したものを読み、最後にこれでよいと答えたのも本人だった。

ただし、今日それを投稿するために、真琴が画面の前で待つ必要はない。

その判断は、間違っていなかったと思う。

 

もちろん、ログインできなければ何も見ることができないという話ではない。

私用のアカウントから名前を探すことも、誰かに送られた画面を開くこともできる。

本人へ直接届く通知を減らしただけで、入口が全てなくなったわけではない。

会議室の向こう側では、広報の担当者が電話を終えていた。

 

宮原の隣では、別の担当が公開予定を上から確認している。

早川の端末には、それとは別に、明日のスタジオの予定が開かれていた。

 

「公開します」

 

宮原の声に、部屋の何人かが顔を上げた。

ほどなく、完了の報告が順番に入る。

 

「公式サイト、反映しました」

 

「公式SNS、投稿を確認」

 

「白瀬さんのアカウントも出ています」

 

早川は、公式ページを一度だけ開いた。

六人の写真が出た。

確認の時から何度も見ているものだった。

それでも、確認用という文字がないだけで、少し違って見えた。

真琴へ、短く連絡を入れる。

 

『予定通り公開しました』

 

送ってから、早川は画面を予定表へ戻した。

 

————

 

最初の報告は、驚いている声が多い、というものだった。

それが、次の報告では少し変わった。

 

「加入そのものへの反対が、かなり出ています」

 

宮原が言った。

 

「歓迎より、不満と戸惑いの方が多いです。今、拾えている公開投稿の範囲では、ですが」

 

「主に、体制変更についてですか」

 

「はい。五人のままがよかったというものと、なぜこのタイミングなのかというものです。白瀬さんの経験についても」

 

画面には、代表的な投稿がいくつか並んでいた。

 

シロマグ @shiro_mug・8月1日

え、待って。五人じゃなくなるの?

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

余韻 @after_live_・8月1日

六月のライブ、あんなによかったのに何で今変えるの

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

こはく @khk_palette・8月1日

新しい子には悪いけど、私は五人のルミパレが好きだったんだよ

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

いと @ito_6・8月1日

本人のところには絶対書かない

でも正直かなり嫌

まだ受け入れられない

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

k @k_night・8月1日

歌もダンスも育成途中って、だったら何で加入を決めたの?

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

うすしお @ususio_hakata・8月1日

久世のレター読んだ

五人で足りてたのは分かった

その上で増やす理由にはまだ納得してない

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早川は最後の二つを続けて読んだ。

説明を読んでいない人だけが反対しているわけではない。

読んだ上で、そういう判断なら嫌だ、と言っている人もいる。

短い映像を見て、それでも分からないと書く人もいた。

宮原が画面を少し下げた。

 

ねむ @nemu_nemu・8月1日

顔すごい好み。推します

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

ももそーだ @momo_soda_・8月1日

ローズピンクめちゃくちゃ似合ってる

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パンフィル @pan_to_film・8月1日

ルミパレ詳しくないけどこの子かわいいな

とりあえずフォローした

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

別のところには、ティザーの途中を示して、この一瞬で目が行ったと書いている人がいた。

難しい話をしているわけではない。

写真を見て、好みだった。

それだけで気になった人もいる。

ただ、それで全体の空気が変わるような状況ではなかった。

 

「好意的な反応もあります。ただ、現時点では少数です」

 

少し離れた席で資料を読んでいた久世が、顔を上げた。

 

「五人で続けてほしかった、というところが一番大きいんだな」

 

「そうですね」

 

宮原が答える。

 

「新メンバーなら誰でもよかったという話ではありませんし、逆に、誰が入っても嫌だという方もいると思います」

 

久世は頷いた。

 

「そこは、発表文を読めば変わるというものでもないからな」

 

声は落ち着いていた。

早川も、加入を喜ばないことまで問題にするつもりはなかった。

五人を長く見てきた人ほど、五人のまま続いていくと思っていたはずだ。

その先を楽しみにしていたところへ、今日から六人です、と伝えている。

会社の中では数か月かけて検討したことでも、ファンにとっては今日初めて聞く話だった。

不満があることと、誰かへ危害を加えようとすることは違う。

それを混ぜて報告されると、六人にどう対応するかも見誤る。

 

「こちらへ共有していただく時も、体制への反対と、本人への直接の攻撃は分けてください」

 

「はい。そこは別で見ています」

 

宮原が答えた直後、隣の担当者が小さく声をかけた。

 

「その、直接の方なんですが」

 

宮原が画面を見る。

それから、早川へ向き直った。

 

「白瀬さんの挨拶への返信を、少し確認していただけますか」

 

————

 

最初に目に入ったのは、真琴の文章だった。

 

『歌もダンスも、五人の方がずっと先にいます』

 

その下に、短い返信がついている。

 

余白 @blank_5c・8月1日
返信先:@makoto_lp

分かってるなら入るなよ

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

早川は、次を見た。

 

『今までのLumière Paletteを大切にしながら』

 

そこだけを抜き出した画像に、

 

ロン@休眠中 @ron_574・8月1日
返信先:@makoto_lp

大切なら辞退してくれ

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

とある。

ほかにも、

 

ふゆごもり @fuyu_gomori・8月1日
返信先:@makoto_lp

六人だからできるとかお前が言うな

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

ぽっか @pokka-lem・8月1日
返信先:@makoto_lp

努力しますで金取るつもり?

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

ものくろ @mono_kuro・8月1日
返信先:@makoto_lp

五人の邪魔すんな

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

あおとり @aotori・8月1日
返信先:@makoto_lp

お前はいらない。消えろ

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

という言葉が並んでいた。

一つずつなら、短い。

画面の中では、その短い言葉が別々の名前で何度も繰り返されている。

歓迎の返信もある。

頑張って、と書かれたものもあった。

そのすぐ下に、頑張る場所を間違えている、と返す人がいる。

 

「これは一部です。似た内容が続いています」

 

早川は頷いた。

もう少し下へ動かしかけた指を止める。

何が起きているかは、分かった。

全てを読まなければ判断できない状態ではない。

 

「悪質なものは、保存と個別の対応確認を進めています。本人の公式アカウント側から返信はしません」

 

「……はい。五人にも、改めて私から連絡します」

 

早川は画面を戻した。

胸の内側に、不快なものが残っていた。

怒鳴りたいわけではない。

誰かへ長い反論を返したいわけでもなかった。

ただ、火曜日のことを思い出していた。

真琴は最初、未熟ですが、と書いていた。

そのあとには、足を引っ張らないように、と続けていた。

できないことと、迷惑をかけないようにすることばかりになっている。

広報担当にそう言われ、自分でも少し困った顔をしていた。

 

そこから書き直した。

五人と練習してきたこと。

一緒にやりたいと思ったこと。

最後まで残っていた、足を引っ張らないように、という一行にも、自分で線を引いた。

今、画面の向こうから返ってきているのは、その線の下へ押し戻すような言葉だった。

歌もダンスも、五人の方が上手い。

そこは事実だ。

早川も、五人と同じ水準になったとは思っていない。

だが、そのことを知らずに加入した子ではなかった。

 

白瀬真琴は、十七歳の高校生だ。

最初に話した時は、落ち着いた子だと思った。

説明の途中で大きな相槌を打つことは少なく、最後まで聞いてから質問する。

答える前に、少し考えることも多かった。

ただ、一緒に過ごすようになると、その落ち着きだけで扱ってはいけないことも分かった。

できないところを放っておけない。

教わったことを、なるべく次にはできるようにしておきたい。

そんな真面目な子だった。

 

少なくとも、練習へ来てさえいればそのうち何とかなると思っているような参加の仕方ではなかった。

分からないところをノートへ残す。

一度直された箇所へ戻る。

自分では合っているつもりでも、違うと言われればもう一度聞く。

五月に足だけで確かめていた動きを、六月には歌と合わせ、七月には曲の中で繰り返した。

学校から来る日は、それだけで移動に時間がかかる。

土曜日に泊まるようになってからも、勉強とレッスンと、生活の全てがなくなるわけではなかった。

疲労が強い日に、実技を切ったこともある。

その時も、返事だけは早かった。

できます。

真琴はそう言った。

何ができるのか。

今と同じものをもう一度なのか。

少し休めば戻せそうなのか。

今日は、どこが一番きついのか。

具体的に聞くと、ようやく答えが少し長くなった。

 

だからその日は、続きを動くのではなく、映像で確認するところまでにした。

考査の前後には、レッスンそのものを減らしている。

休憩中まで練習へ戻ろうとした時には、今は休憩ですよ、と声をかけた。

ノートへ忘れそうなことだけ残して、いったん閉じてもらった。

本人が真面目だから任せておける、という種類の真面目さではない。

むしろ、そこをこちらで止める必要があった。

 

ただ、最近は違う返事も増えている。

ここが分かりません。

もう一度説明してもらってもいいですか。

講師だけでなく、五人にも聞ける。

指摘を全部黙って受け取るだけではなく、自分が見たことを返す場面も出てきた。

休憩になれば、美月や夏希の話で普通に笑っている。

食事や買い物の話で、言いたいことがあると少し身を乗り出すこともある。

落ち着いて説明を聞けることと、何でも一人で受け止められることは同じではなかった。

 

この数か月、よく取り組んできたと思う。

それでも技術は足りない、と言われれば、確かにその差は残っているだろう。

真琴自身も、そう答える可能性が高い。

そこへ、だからお前はいらない、と続けられた時、思考を切り替えられるか。

早川は、手元のスマートフォンを取った。

五人への個別の連絡を、一つずつ開いた。

 

————

 

解禁前にも、予定外の発信はしないよう伝えていた。

それを今度は、もっと具体的にする必要があった。

 

返信しない。

引用しない。

いいねもしない

誰かが庇っている投稿にも、反応しない。

そして、真琴へ状況を教えない。

 

六人の連絡用グループには書かなかった。

同じ文面でも、五人それぞれの宛先へ送る。

 

『白瀬さんへのネット上の反応については、FOLIO側で確認・対応しています。ご自身で対応しないでください。白瀬さんへ記事や画面を送ったり、反応の内容を伝えたりすることも控えてください』

 

送信したあと、必要な相手には直接話すことにした。

最初に電話がつながったひよりは、すでにいくつか見ていたようだった。

 

『いつも見てくださってる方も、かなり……』

 

そこまでで、言葉が止まった。

 

「小日向さん。今日は、その方たちの過去の投稿まで比べなくて大丈夫です」

 

『……そこまで見ようとは思ってなかったです』

 

一拍置いて、付け足される。

 

『まだ……』

 

「では、今のところで閉じてください。普段の反応との比較も、担当が行っています」

 

ひよりはすぐには返事をしなかった。

彼女は、SNS分析を特技としてあげるほどの分析好きだった。

それが高じたのか、大学でマーケティングも学んでいる。

いつもなら、投稿時間や告知の形を変えるために使える情報だった。

実際にその分析で、自分の公式SNSの数字を伸ばしてきた。

だが今日は、分析して対応すれば変わると言えるような状況ではなかった。

 

『分かりました。私の方も、通知を切っておきます』

 

「お願いします。小日向さんが全体の様子を確かめておく必要はありません」

 

『はい』

 

その返事を聞いてから、早川は電話を終えた。

玲奈からは、文章で返ってきていた。

 

『承知しました。必要であれば、私からも五人の意思について説明できますが、今日はしない方がいいということですね』

 

早川は、短く返す。

 

『はい。神谷さんから追加の説明はしないでください。必要な説明は会社から行います』

 

『分かりました』

 

すぐに返事が返ってきた。

そう時間も経たずに、その下にさらにもう一つ表示される。

 

『真琴には普段通り連絡していて大丈夫ですか』

 

『普段の会話まで控えなくて大丈夫です。ネット上の話だけ持ち込まないようお願いします』

 

玲奈のところで全員分をまとめてもらうことはしなかった。

それぞれへの確認は、早川がする。

美月とは、少し長く話した。

 

『真琴との写真を一枚出すのも、今日はやめた方がいいですか』

 

「こちらから許可があるまで、出さないでください。今まで通りの確認を通すように。ただ、少なくとも今日は白瀬さんとの写真はダメです」

 

『何か言い返すんじゃなくて、普通の写真なんですけど』

 

「はい。ただ、今それを出すと、その写真について反応がきてしまうと思います」

 

電話の向こうで、美月が息を吐いた。

 

『私たち、普通に一緒にいるのにな』

 

声が、いつもより低かった。

 

「それは、これからも見せられます。今日、橘さんが説明しようとしなくて大丈夫です」

 

『……分かりました』

 

「投稿する前に聞いてくださって、ありがとうございます」

 

『真琴に、大丈夫?って送るのも違いますよね』

 

「今日は、何について大丈夫なのかを考えさせてしまいますから」

 

『じゃあ、別の話にします』

 

「はい。返事を急がせない範囲で、普通に話してください」

 

『分かりました』

 

澪からの返事は短かった。

 

『確認しました。反応はしません』

 

少しして、もう一つ来る。

 

『真琴から反応のことを聞かれた場合は、早川さんへ相談するように伝えていいですか』

 

早川は頷きながら入力した。

 

『はい。雨宮さんから状況を説明する必要はありません。こちらへ直接聞いてもらってください』

 

安心させようとして、大したことはないと言う必要もない。

逆に、見ない方がいいと詳しく警告する必要もない。

本人に伝えるべきことが生じれば、早川から話す。

夏希からは、電話をかける前にメッセージが届いた。

 

『まだ何も返してません。でも本人のところにあれはないです』

 

早川は、そのまま通話を選んだ。

 

『早川さん』

 

「桜庭さん。見ましたか」

 

『少しだけ。途中で閉じました』

 

「では、そのまま開かないでください」

 

『一言だけでも駄目ですか。真琴、何もしてないのに』

 

「反応してはいけません」

 

早川は、声を強くせずに答えた。

 

『……はい』

 

「誰かが言い返してくれていても、そこにも反応しないでください」

 

『……分かりました。でも、腹は立ってます』

 

「私も、読んでいい気持ちはしませんでした」

 

向こうが少し黙った。

 

「ただ、桜庭さんから相手へ反応を返すことだけは、しないでください。火に油を注いでしまう可能性が高いです」

 

『……はい。分かりました』

 

それで通話を終えた。

五人とも、純粋に真琴を心配していた。

憤りはあっても、相手は彼女たちのファンだ。

彼女たち自身が反論や反応をしてしまうこと自体、さらなる火種になってしまう可能性が高い。

反応しないように求めることしかできなかった。

早川は、五人の確認欄を埋めた。

その時、別の通知が出た。

白瀬真琴。

 

『クラスのグループに発表のことでメッセージがたくさん来ています。一度、私から返事をした方がいいでしょうか』

 

早川はそのメッセージを確認してすぐに隣の部屋へ移り、扉を閉めてから電話をかけた。

 

「白瀬さん。クラスのグループの件ですね」

 

『はい。本人かって聞かれていて。何も言わないのも、感じが悪いかなと思って』

 

早川は、その言い方に少しだけ目を伏せた。

本人かと聞かれて困っている。

連絡が重なって、どう返せばいいか分からない。

それでも最初に出てくるのは、感じが悪く見えないか、という心配だった。

 

「一度、お礼と事実だけを返す形でよいと思います。ただ、そのまま質問に答え続けるのはやめておきましょう」

 

友人と個別に話すことと、クラス全体のグループで仕事の質問を受けることは分けて説明した。

親しい相手と、お祝いへの返事や普段の話をしてもいい。

学校の連絡用の場所を、仕事の話で埋め尽くすような状態にするべきではない。

そして、誰かが親切のつもりで記事や反応を送ってくる可能性も伝える。

 

『クラスの人たちに悪気がある、という話ではないんですね』

 

「はい。悪気がなくても、今日は一度に来る量が多すぎます」

 

真琴は、その説明にはすぐに返事をした。

それから、一度だけ返す文章を一緒に確認する。

 

『事務所に言われたから、って書いた方がいいですか?』

 

「そこまで書かなくて大丈夫です。ただ、普段の関係もあると思います。ですので、書きたければマネージャーの指示であることも明示していいです」

 

何を返すか、どこで終えるか。

そこまで一つずつ相談している。

公表した本人だからといって、今日から急に全てを上手く扱えるようにはならない。

ただ、返す前に相談が来た。

早川は、それをよかったと思った。

以前なら、聞かれたから答えなければならないと考え、そのまま質問を受け続けていたかもしれない。

最後に、もう一度だけ念を押す。

 

「白瀬さん。重ねてになりますが、ご本人もご家族も、反応を調べに行かないでください」

 

『はい』

 

「分かっているとは思います。でも、こういう日は、分かっていても気になるものなので」

 

自分の名前だけでなく、グループ名で探すことも同じだと伝える。

 

『誰かに代わりに見てもらって、教えてもらうのもなしですね』

 

「はい。良い反応も悪い反応も、今夜全部知る必要はありません。確認は私たちがしています。白瀬さんに必要なことがあれば、こちらからお伝えします」

 

『分かりました。両親にも、もう一度伝えておきます』

 

電話を終える前に、明日のスタジオへ来る予定に変更がないことも確認した。

通話が切れた。

早川は、扉へ向かう前に少しだけ立ち止まった。

真琴が、何も感じていないわけではない。

公表したこと自体で、今日は十分に落ち着かないはずだった。

そこへ、あんな返信欄まで伝える必要はない。

母親が娘の文章を読みに行って、その言葉まで読んでしまうことも。

父親が本人の代わりに確かめようとして、目の当たりにしてしまうことも。

 

本当に、止めておいてよかった。

この段階で、早川はもうそう思っていた。

 

————

 

会議室へ戻ると、午後の反応概要が更新されていた。

今度は、本人への返信だけではない。

ファン同士のやり取りが増えている。

 

夜更かし @yoru_note・8月1日

五人のままがよかったって言うのも駄目なの?

本人には何も書いてないけど

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

まる @maru_palette・8月1日
返信先:@yoru_note

十七歳の子が入った日にそれ言う時点でアンチでしょ

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

しおり @shiori_s・8月1日

明日の動画も見る

まだ分からないけど応援してみたい

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

ブルチケ @blue_ticket・8月1日
返信先:@shiori_s

五人の今までを見てたらそんなこと言えない

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

最初の集計に入っていた、顔が好みだから推す、という投稿にも返信が増えていた。

 

ねむ @nemu_nemu・8月1日

顔すごい好み。推します

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

nono @nono_5c・8月1日
返信先:@nemu_nemu

今この状況で推すとか五人に失礼

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

ねむ @nemu_nemu・8月1日
返信先:@nono_5c

顔好きだから推すって言っただけなんだけどなにお前

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

nono @nono_5c・8月1日
返信先:@nemu_nemu

外野が顔だけで口出すなよ

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

通行止め @road_closed・8月1日
返信先:@nono_5c

別に増員決めたのこの人じゃないだろ

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

そこから先は、真琴の話をしているのかも分からなくなっていた。

 

「両側から、どちらにつくのかという話へ持っていく投稿があります」

 

宮原が言った。

 

「ただ、やはり多いのは、不満はあるけれど本人を攻撃するつもりはない、という反応です」

 

早川は頷いた。

目立っているやり取りだけ抜けば、全員が二つに割れて喧嘩しているように見える。

実際には、そのどちらの言い方もしていない人の方が多かった。

五人が好きだった。

六人になるのは嫌だ。

それでも、十七歳の本人へ消えろとは言わない。

その三つは、同時に持てる。

 

「五人の側にも、こうしたやり取りへの参加を求める返信が来ています。そちらも見ています」

 

「ありがとうございます。本人たちには、個別に確認できています。追加で何か必要なら、私へお願いします」

 

画面が切り替わる。

匿名掲示板の一部だった。

そちらも歓迎しているわけではない。

かなり強く嫌がっている。

それでも、自分が不満だから本人へ直接ぶつけていい、という話にはしていなかった。

もちろん、別の場所にはもっとひどい書き込みもあるのだろう。

今見せられている一部だけで、掲示板なら安心だと考えることはできない。

ただ、少なくとも、どこも同じ荒れ方をしているわけではなかった。

早川が画面から顔を上げると、広報担当が久世へ記事の一覧を渡していた。

 

『人気五人組に十七歳の新メンバー 突然の発表にファン騒然』

 

『「なぜ今?」Lumière Palette、六人体制移行で早くもファン分裂』

 

『歌もダンスも育成途中 異例加入の舞台裏は』

 

見出しだけで内容の見当がついた。

公式発表を短くまとめ、強い反対意見と強い擁護意見を並べる。

その間にいるまだ考えられないという人たちは、意図的に消されている。

 

「こちらの記事は、加入直前に五人と合流したように読める書き方です。五月からの合同レッスンを抜いています」

 

広報担当が一つを示した。

 

「本人の希望だけで加入を決めたという記述もあります」

 

「そこは訂正を求めよう。発表済みの経緯を渡して、違う箇所を確認してもらってくれ」

 

久世が答えた。

 

「こちらは、五人が本当に納得しているのかという問い合わせです。可能なら個別のコメントを、と」

 

「個別には受けない。テンプレートで回答していい」

 

早川も、そのやり取りを聞いていた。

五人のうち誰か一人をつかまえて、今の気持ちだけを聞く。

その答えを、ほかの四人と比べる。

今日それを始める理由はなかった。

 

「白瀬さんにも、追加のコメントはお願いしませんね」

 

早川が確認すると、久世はこちらを見た。

 

「ああ。今日本人にやってもらうことは、準備の時に終えてるからな」

 

「分かりました」

 

「明日の本編は、予定通りですか」

 

広報担当が聞いた。

 

「予定通り出そう。今日の反応に合わせて作り直すつもりはないよ」

 

久世は、記事の一覧を机へ置いた。

 

「見ても納得しない人はいると思う。ただ、知りたい人が確かめられるものは、ちゃんと出す。そこは変えない」

 

早川は頷いた。

今、真琴へ何か発信してもらえば、その言葉にもまた返信がつく。

今日の不満を、今日のうちに本人へ解消させることはできなかった。

 

————

 

「学校関係の確認をお願いできますか」

 

次の共有が一段落したところで、早川は情報管理の担当へ声をかけた。

 

「同級生を名乗るものは出ています。ただ、今のところ、本人との関係は確認できていません」

 

渡されたのは、公開されている投稿の抜粋だった。

 

ななめうえ @ue_naname・8月1日

これ同じクラスの白瀬なんだけど

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

いかふらい @fried_ika・8月1日

今日クラスのグループずっとこの話で草

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

早川は、文章の前後も確認した。

学校名はない。

クラスの番号もない。

写真や、グループの画面も添えられていなかった。

 

「ほかの公開情報と結びついて、学校が分かる状態にはなっていませんか」

 

「現時点で確認できた範囲では、そこまではありません。関係者を名乗っているだけの可能性もあります」

 

「分かりました。画像や学校につながる情報が追加された場合は、こちらにも共有をお願いします」

 

「はい」

 

早川は、真琴へ誰が書いたのか尋ねようとは思わなかった。

クラスの誰かを疑って、本人に確かめさせることではない。

公表当日の仕事として、同級生のアカウントを洗わせるつもりもなかった。

確認できていないものは、確認できていないまま扱う。

その横で、学業の調整を担当する岡崎が、学校との連絡記録を開いた。

 

「午前中に出していただいたお知らせも、共有してあります」

 

早川は、朝に目を通した文面をもう一度見た。

夏季休業中の生活について・追加のお知らせ。

熱中症や交通安全の注意があり、そのあとにSNSと写真の項目が続いている。

 

名前と学校名、学年、クラス、予定を結びつける投稿。

撮影してよいという了承と、公開してよいという了承の違い。

限られた相手とのやり取りも、転送や画面の保存で外へ出ること。

 

真琴の名前はどこにもなかった。

芸能活動を始める生徒がいる、とも書かれていない。

木曜日、学校へ連絡した時点では、まず正式な窓口を作ることが目的だった。

学校は、FOLIOから来た話をそのまま受け入れなかった。

本人たちにも、正式な話なのか、学校への連絡を了承しているのかと確認している。

手間が一つ増えた、とは思わなかった。

むしろ、そこを確かめてもらえてよかった。

そのうえで学校は、自分たちの言葉で、白瀬真琴について書かないようにしつつ、全体へ知らせる内容を考えてくれた。

個人名を出してしまえば、それ自体がまだ知らない生徒へ話を広げることになる。

本人を守るための通知で、本人の名前を広めるわけにはいかない。

今回の文面は、そこを避けていた。

早川は、画面の最後まで読んでから顔を上げた。

 

「学校には、お礼をお伝えしておいてください。短い準備期間で、ここまで考えていただけたのは助かりました」

 

「はい」

 

これで何も起きなくなったとは言えない。

まだ読んでいない生徒もいるだろう。

読んでも、驚いた勢いで何か書いてしまう人はいるだろう。

それでも、何を外へ出してはいけないのかを、発表前に一度伝えられている。

先に連絡しておいてよかった。

早川は、その思いを今度は迷わず持った。

 

「外から何か来た時には、学校だけで対応を抱えないよう、こちらもすぐ受けられるようにしておきましょう」

 

岡崎が頷いた。

 

「窓口は確認できています」

 

————

 

その連絡が役に立つ場面は、思っていたより早く来た。

情報管理の担当から、早川だけに確認してほしいものがあると声がかかった。

複数の学校名を並べた投稿だった。

出身地と学年。

それ以上の根拠は、書かれていない。

並べられた学校自体が膨大だったせいもあるだろうが、その中に、真琴の通う学校があった。

早川は、そこで手を止めた。

 

「この学校まで、何かをたどっているんですか」

 

「現時点では分かりません。複数を挙げた中に入っている状態です。同級生を名乗った先ほどの投稿とつながっている証拠もありません」

 

「そうですか」

 

知られていたのか。

たまたま並べた候補の一つなのか。

早川には、その違いが重要だった。

ただ、どちらだったとしても、こちらから答えを与えることはできない。

 

「外へは、学校名の正誤が分かる返答をしないでください。学校側にも、その前提で共有をお願いします」

 

「はい。その扱いで進めています」

 

担当が、次の投稿を開いた。

 

かかし @tadano_kakashi・8月1日

学校分かったら直接話つけたい

本人に分からせないと

↩ 返信 ⇄ リポスト ♡ いいね

 

その下には、情報提供を求める言葉が続いていた。

……本人が望んでいない場所で、本人へ接触しようとしている。

 

「この投稿は、すでに法務へ共有しています。接触を呼びかけているものも含め、保存と削除の申し立てを進めています」

 

「明日の移動先や、ご自宅につながるものは」

 

「確認されていません」

 

「分かりました。ここは評判ではなく、安全の問題として扱います。場所や行動が具体化したものは、通常の報告を待たずに上げてください」

 

声を荒らげる必要はなかった。

担当者も、同じ認識で持ってきている。

早川は岡崎へ連絡し、学校へ共有する内容を確認した。

ほどなく、今度は学校側から報告が入った。

外部から、真琴が在籍しているかを尋ねる連絡があったという。

学校側は、個々の生徒について答えていない。

受けた内容を記録し、事前に確認していたFOLIOの窓口へ回してくれた。

相手が、ネット上で学校へ聞くと書いていた人物と同一かは分からない。

それでも、画面の中だけの話ではなくなっていた。

早川は電話を受け、まず礼を言った。

 

「ご対応ありがとうございます。在籍について回答せずにいていただいて、助かりました」

 

学校側から、今後同様の連絡が続いた場合について確認があった。

 

「取材や活動についてのお問い合わせは、こちらの広報で受けます。学校へ訪ねてくるようなことがあれば、学校側の対応も伺いながら、安全担当と一緒に調整させてください」

 

その場で、学校の運用をこちらの都合へ変えてもらうことはしない。

誰に何を連絡するかを、もう一度双方で確かめる。

電話を終えると、法務側からも連絡が入っていた。

接触を促す投稿と学校への連絡について、会社の担当から警察への相談を始めている。

投稿者をその場で特定できたわけではなく、対応が終わったという報告でもない。

それでも、削除されたら終わりにする案件にはしていなかった。

久世も内容を確認した。

 

「ライブ側への共有は?」

 

「関係するものを、安全担当から制作と警備へ渡します。八日だけでなく、四日のホール利用も確認してもらいます」

 

早川が答える。

 

「ああ。必要な体制が増えるなら、そちらから上げてもらってくれ」

 

「分かりました」

 

早川は、明日の予定へ目を戻した。

真琴は本社へ来ない。

すでに決めていた別のスタジオへ、直接入る。

今のところ、その場所に関する情報は出ていない。

白瀬家への接触も確認されていなかった。

移動の担当と、集合時の確認方法を見直す。

現時点で本人へ変更をお願いする必要はない。

状況が変われば、そこは改めて話す。

安全のために必要な説明まで、真琴へ黙って進めるつもりはなかった。

 

ただ、今この報告の原文をそのまま本人へ送ったところで、本人ができる対策は増えない。

増えるのは、自分の通っている学校へ知らない人が来るかもしれない、という怖さだった。

早川は、連絡先の一覧を閉じた。

 

本人たちによる確認を、繰り返し止めておいてよかった。

くどかったかどうかは、もうどうでもよかった。

 

————

 

夕方になっても、反対の声は減っていなかった。

帰ってから発表を見た人が、新しく驚き、新しく不満を書く。

昼の投稿を読んで、また別の人が引用する。

好意的な感想もある。

明日の映像を見るという人もいる。

それでも、五人のままがよかったという反応の方が多い。

宮原から渡された概要を読み、早川は、学校関係の更新時刻を見た。

少し前と同じだった。

 

「学校の方は、その後どうですか」

 

「新しく対応が必要なものは、まだ上がっていません」

 

「白瀬家への接触は?」

 

「確認されていません。変化があれば、すぐにお伝えします」

 

「お願いします」

 

答えて、明日の予定を開く。

六人の入り時間。

着替え。

ウォームアップ。

確認する箇所と、休憩。

高瀬たちへ渡す内容には、ネット上の言葉を並べていなかった。

本人たちが何を読んだか、どの程度疲れているかは、明日実際に会って確認する。

普段と違う状態があれば、その場で負荷を変える。

早川が考えるべきなのは、そちらだった。

それは分かっている。

それでも、もう一度だけ更新時刻を見た。

 

「早川」

 

久世に呼ばれ、顔を上げる。

 

「まだ見てるのか」

 

「学校関係の確認です」

 

「さっきも聞いていただろう」

 

「はい。今、更新が入ったので」

 

久世は早川の画面をのぞき込まず、宮原の方を見た。

 

「今、早川の判断が必要なものはあるか」

 

「いえ。新しく追加された記録はありますが、対応中のものの関連です。安全上の変化があれば、別で上げます」

 

「分かった」

 

久世は、早川へ目を戻した。

 

「なら、一回離れた方がいい」

 

「まだ、学校に向く可能性がありますので」

 

「それは担当が見てる。学校からの連絡も、早川が画面を開いていないと受けられないわけじゃないだろう」

 

「……そうですが」

 

早川は答えてから、手を机へ置いた。

何かあった時の連絡経路は作ってある。

担当もいる。

そのために、今日まで準備してきた。

 

「気になるのは分かる」

 

久世が言った。

 

「ただ、早川まで全部追い始めたら、いつまでも終わらないからな」

 

「……今日は、特に気をつけておきたいと思っていました」

 

「ああ。だから、誰がどこを見るか分けたんだろ」

 

早川は、開いたままの報告を見た。

自分が確認したあとも、投稿は増える。

もう一度読めば、その間に増えたものまで分かる。

それを繰り返していれば、確かに終わらない。

 

「明日は、六人のレッスンに同行するだろう?」

 

「はい」

 

「そちらまで疲れを持っていく方が困る。監視には交代の担当がいるが、明日の六人の状態を見て組み替えるのは早川だ」

 

「明日までには、切り替えます」

 

言ってから、少しだけ気になった。

久世も、そこを聞き流さなかった。

 

「気持ちは切り替えても、疲れまでなくなるわけじゃないからな」

 

早川は黙った。

 

「自分では出していないつもりでも、六人には伝わる。いつも早川が見てることじゃないか」

 

……その通りだった。

大丈夫です。できます。

真琴がそう答えた時も、早川は、その言葉だけでは終わらせていない。

返事ができることと、負荷を続けてよいことは別だった。

それを、自分についてだけ違う扱いにはできなかった。

 

「小日向たちも気づくと思うが、白瀬は、早川がいつもと違えば理由を考えるんじゃないか」

 

久世が続けた。

 

「自分の発表に関係あるのか、というところまでな」

 

「……あると思います」

 

真琴なら、そういうことを考えるかもしれない。

何か困らせたのだろうか。

自分が入ったことで、誰かの仕事を増やしたのだろうか。

本人が口にするかどうかは別として、それを全く考えない子だとは思っていなかった。

 

「そこは、今から減らせる負担だと思う」

 

久世は、机の端の予定表へ目を向けた。

 

「今日は何時までの予定だ?」

 

「十八時です」

 

「なら、そこで終わろう。引き継ぐものは、今のうちに整理しておいてくれ」

 

早川は、少し間を置いてから頷いた。

 

「——分かりました」

 

それ以上、久世は言わなかった。

 

————

 

夜間にどのようなことがあれば、早川へ直接連絡するか。

そこは、担当者と口頭でも確認した。

本人や家族への接触。

学校や移動先についての、具体的な安全上の変化。

六人や公演に関わる危害の示唆。

翌日の集合や稼働を変える必要があるもの。

通常の反応量や、同じ内容の不満が増えたという報告は、翌朝の共有へまとめる。

法務側で進めている対応は、法務側から必要な時点で上がる。

早川が更新を取りに行かなくてもよい。

 

「緊急の連絡は、こちらで受けられるようにしてあります」

 

早川が伝えると、担当者が頷いた。

 

「それ以外は、明日の朝にまとめます」

 

「お願いします」

 

夕方からの担当者が席につき、宮原と確認を始めていた。

自分が席を立てば、その先を誰も見なくなるわけではない。

見続ける仕事も、一人が朝から夜まで抱える予定にはなっていなかった。

早川は五人からの連絡を確認した。

予定外の投稿や、連絡は出ていなかった。

その確認を終えてから、真琴の連絡先を開く。

 

『明日は予定通りスタジオです。今日はゆっくり休んでください』

 

少しして、返信が届いた。

 

『分かりました。明日よろしくお願いします』

 

早川は、その短い文章を読んだ。

この一通だけで、真琴の状態が全て分かるわけではない。

今日は落ち着かなかっただろうし、いつもより連絡も多かった。

そこは明日、本人に会って確かめればいい。

ほかの五人についても同じだった。

その様子に気付いた久世が口を開く。

 

「引き継げたか」

 

「はい。学校との窓口も、夜間の連絡先まで確認しています」

 

「分かった」

 

早川は、明日の予定を最後に一度だけ見た。

開始時刻は変わっていない。

画面を閉じる。

時計は、十八時になっていた。

 

「お先に失礼します」

 

声をかけると、いくつかの返事があった。

会議室を出る直前、向こうの席で、担当者が新しい報告を受けているのが見えた。

足を止めかけた。

だが、早川を呼ぶ声ではなかった。

そのまま廊下へ出る。

玄関の外は、まだ暑かった。

建物の中で座っている間にも、夕方の光へ変わっていた。

明日は、六人に会う。

早川は鞄へスマートフォンをしまい、駅の方へ歩き出した。

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