TS少女は演じたい 作:息抜き
八月二十一日、金曜日。
スタジオの入口で、美月と夏希が並んでいた。
二人とも、いつものレッスン着ではない。
普通の私服だ。
美月は白いトップスに薄い色のデニム。夏希は半袖のシャツを羽織り、小さな鞄を斜めに掛けている。
私も今日は、写っても大丈夫な私服と歩きやすい靴で来るように言われていた。
「真琴、おはよ!」
夏希が手を上げた。
「おはよう。今日は、三人なんだよね」
「そう。高校生組」
美月が、私と夏希の間へ指を動かす。
「この三人だけで出かけるのって、初めてじゃない?」
「……確かに」
同じ部屋で練習したり、一緒に食事をしたりすることはあった。
でも、三人だけで街へ出る予定は、今までなかったと思う。
今日の予定には、街歩き収録、と書かれていた。
高校生組と大学生組に分かれ、写真を撮って戻ってくるらしい。
ちょうど三人ずつになる組み合わせだ。
「夏希、もう行きたいところ決めてるの?」
「うん。まずゲーセン」
返事が早かった。
「まず、なんだ」
「そのあともあるよ」
隣で美月が笑った。
どうやら、歩く場所に困ることはなさそうだった。
————
マイクを着けてもらい、六人でカメラの前へ並んだ。
ひより先輩たちも、普段の外出に近い服装をしている。
玲奈さんが、スタッフの人から合図を受けて顔を上げた。
「今日は、高校生組と大学生組に分かれて、街へ出かけます」
美月が私と夏希を手で示し、夏希が胸の前で小さく両手を上げる。
「高校生組です!」
私も、少し遅れて手を振った。
「それぞれ、街歩きを楽しみながら、お気に入りの写真を撮ってきてもらいます。食べ物でも景色でも、一緒に出かけているメンバーでも、撮るものは自由です」
「枚数は?」
美月が聞いた。
「撮るのは何枚でも。戻ってきてから、紹介するものを選びましょう」
「分かりました!」
かなり嬉しそうな返事だった。
「そして今回は、夏希の誕生日配信の特別企画です」
私は、隣を見た。
夏希がカメラへ向かって笑っていた。
「高校生組で街歩きしたいって、私がお願いしました!」
……誕生日。
頭の中で、今日の日付と、以前見たプロフィールを並べ直す。
「夏希、誕生日って……」
声が出てしまった。
夏希がこちらを見る。
「二十三日。明後日!」
「あ、そっか。そうだよね、ごめん」
「真琴、今気づいた?」
美月に聞かれ、頷いた。
「珍しい組み合わせだな、とは思ってた」
「私のお願いが通った組み合わせだったんだよね」
夏希が少し得意そうに言う。
玲奈さんが笑いながら、こちらへ顔を向けた。
「今日は夏希の行きたいところを中心に、三人で楽しんできてください」
「はい。楽しんできます」
答えると、夏希が私の方へ身体を向けた。
「よし。真琴も美月も、付き合ってね」
「最初、ゲームセンターだっけ」
「そう。やりたいのあるんだ」
「写真もちゃんと撮ってよ」
ひより先輩が言った。
「忘れないよ!」
「遊んで終わりになりそうだから」
「写真に残したくなるくらい、ちゃんと遊んでくる!」
それは、ちゃんとした返事なのだろうか。
少なくとも夏希には、迷いがなさそうだった。
————
今日は、撮影できるお店をいくつか回る予定になっている。
その中から行きたい場所を選んだのは、主に夏希だった。
スタッフの人が前方で足を止め、小さなカメラを持っている。
私たちも、その少し手前で並んだ。
「最初はどこに行くの?」
美月が切り出すと、夏希が待っていたように建物を指した。
「あそこ!」
ゲームセンターの入口には、大きな画面があった。
扉が開くたびに、音楽と電子音が重なって聞こえてくる。
「すごい音だね」
「中に入ると意外と慣れるよ。真琴と美月はあんまりこないの?」
「私はプリ撮ったりはする!」
「私はあんまり。友達と出かける時は、映画とか見に行くことが多いから」
「そっかそっか。じゃあ今日は私が普段やるようなのを皆でやる感じで」
そう言いながら、夏希は先へ進んだ。
中は涼しかった。
外の明るさが、後ろで遠ざかる。
その代わり、左右の機械がそれぞれ別の色で光っていた。
夏希はクレーンゲームの前で一度立ち止まったけれど、すぐに奥を見た。
「あった。あれやりたい」
指の先には、バスケットボールを投げるゲームが並んでいた。
金網に囲まれたゴールと、手前へ戻ってくるボール。
上の方では、数字が点滅している。
「いきなり運動するんだ」
私が言うと、夏希は振り返った。
「ゲームだよ?」
「することは運動じゃない?」
「楽しいから違うんだよ」
分類の基準が分からなかった。
美月が笑いながらスマホを取り出す。
「夏希、先に一回やってお手本見せて。写真も撮るから」
「いいよ。じゃあ見てて」
鞄をスタッフの人へ預け、夏希が機械の前に立った。
ボールが手前へ転がってくる。
開始の音が鳴った。
一つ目が、きれいに輪を通った。
次も入る。
夏希は落ちてきたボールを待つより先に、別の一つへ手を伸ばしていた。
肩から先が、同じ動きを繰り返す。
大きく力を入れているようには見えないのに、ボールはほとんど同じところへ飛んだ。
「え、すごい」
美月がスマホを向けたまま言った。
「ちょっと待って、速い」
「待てない!待たない!!」
夏希はゴールを見たまま返した。
当然だった。
画面の数字は、話している間にも減っている。
私も横からスマホを構えた。
ボールを持ち上げた瞬間。
次を取ろうと、少し身体を傾けたところ。
何枚か撮ってから画面を見ると、夏希の目が、全部ゴールへ向いていた。
笑ってはいない。
でも、レッスンで先生の動きを見ている時とも少し違う。
次の一本を入れることしか考えていない顔だった。
「あと五秒!」
美月が声を上げる。
夏希の動きが少し速くなった。
最後のボールが輪を通ったところで、終了の音がした。
「今の入ったよね?」
夏希がすぐに得点を見る。
「入ったと思う」
「最後、数えられてる?」
「そこまでは見てなかった」
私は正直に答えた。
夏希は数字を見つめ、それからこちらへ振り返る。
「もう一回やれば、もうちょっといける」
「一回目が終わったばかりなのに?」
「その前に私と真琴もやろうよ」
美月が言うと、夏希はすぐ横へ避けた。
「ほら。真琴、こっち」
促されて隣の機械へ立ち、ボールを投げた。
輪まで届かず、その下へ当たって戻ってくる。
次は強すぎて、板へぶつかった。
……前世ではそこそこやれた気がするのに、加減が全然分からない。
「もう少し上に。山なりに投げる感じ」
夏希に言われて試したけれど、今度はまた届かなかった。
隣では、美月が入るたびに声を上げている。
私の得点は、まだゼロだった。
残り時間が少なくなったところで、ようやく一つ入った。
「あ、入った」
「そう! 今の感じ!」
同じように投げたつもりの次は、輪の横へそれた。
そのまま終了の音が鳴る。
私は、手元のボールをそっと戻した。
隣の美月は、私の何倍も得点がある。
夏希の数字とは、もう比べるまでもなかった。
「……ゴールって、こんなに入らないものなんだ」
「慣れもあるよ」
夏希が言った。
「真琴、普段やらないでしょ」
「体育でやったことがあるくらい。その時も、あんまり入らなかった」
……言われてみれば、今生はダンスを始めるまで体育以外のまともな運動をしていなかった。
体育でも、積極的にボールを取りに行ったりした記憶はない。
夏希が次々に入れているのと、自分の前世の経験が混ざって、何となく自分にもできそうな気がしてしまっただけだ。
美月が、私の得点を見てから自分の方を見る。
「私、夏希に全然届かなかったって思ってたんだけど」
「私を見て安心しないで」
「……ちょっとしちゃった」
正直に言われて、笑ってしまった。
「運動音痴ではない、はず」
「ダンスだってちゃんと上達してるじゃん。これは慣れだから。もう一回やる?今度はもっと良くなるかもよ」
夏希に聞かれ、私は首を横に振った。
「ちょっと休む。今度は撮る方で」
「じゃあ、私やっていい?」
「まだやるんだ」
「さっきの、最後に何本か外したから。今ならもう少しいけそう」
私は自分の得点を見た。
こちらは、最後までに一本しか入らなかった。
同じ機械を使っていたはずなのに、振り返るところが随分違う。
「分かった。撮ってるから」
スマホを構えると、夏希はまたゴールの前へ立った。
二回目も、ボールは次々に輪を通った。
夏希がやっている姿だけだと、本当に簡単そうに見えて困る。
終了の音が鳴る。
最初より伸びた数字を見て、夏希が両手を上げた。
その顔を、美月が逃さず撮っていた。
その後は、クレーンゲームやプリクラをやってからゲームセンターを出た。
夏希はクレーンゲームで手に入れたぬいぐるみを袋へ入れて、少し満足そうにしている。
夏希が取れそうと言ってドヤ顔でやり始めたはいいけど、取るまでに結構な回数がかかったお高いペンギンのぬいぐるみ様だ。
「次、靴見ていい?」
「うん」
「その前に飲み物。私、喉渇いた」
美月に言われて、私も頷いた。
身体を動かすゲームをしたあとで、夏の街を歩いている。
写真を撮るだけの企画ではなかった。
建物の陰で一度水を飲み、次のお店へ向かった。
夏希は入口へ近づいたところで、すぐに足を緩めた。
ガラスの向こうに並んだ靴を見ている。
「あ、これ。実物見たかったんだ」
中へ入ると、夏希は一足を指して店員さんへ尋ねた。
手に取らせてもらい、横から見たり、底を返したりする。
さっきまでぬいぐるみを落とそうとしていた時より、少し静かだった。
でも、目がよく動いている。
「写真より、ここの色明るい」
「本当だ。夏希の服に合いそう」
美月が隣から覗いた。
「これ、履いた時にここが見えるんだよね」
「うん。だから、短いパンツでもいいと思う」
二人の話を聞きながら、私も並んでいる靴を見た。
同じ白でも、少しずつ違う。
形が似ているものでも、夏希にはすぐに違いが分かるらしかった。
「真琴、どっちが好き?」
急に聞かれ、顔を上げる。
二足を示されていた。
「見た目でいいの?」
「うん」
「……こっちかな。横から見た時の色が好き」
「こっちかあ」
夏希は、私が示した方をもう一度見た。
「夏希はどっちがいいの?」
「今迷ってる」
そう言ったあとで、二足を近づける。
いつもは即断即決が多い夏希でも、すぐに決められないものもあるらしい。
試しに履かせてもらうことになり、夏希が椅子へ座った。
美月は少し離れた棚の前に立っていた。
濃い灰色のキャップを手に取り、こちらへ向ける。
「夏希、これも似合いそう」
「どれ?」
美月が持っていくと、夏希は靴紐を結び終えてから被った。
短い髪の上に、つばの影が落ちる。
鏡を見て、少し首を傾けた。
「あ、いいね」
「でしょ」
美月が嬉しそうに言う。
私もスマホを出した。
「夏希、そのまま撮っていい?」
「いいよ」
靴を確かめるように片足を少し前へ出したまま、夏希がこちらを見る。
肩の力が抜けていて、キャップもよく似合っていた。
撮った写真を見せると、美月が横から覗いた。
「いいね!今日の夏希っぽい」
「今日の?」
「まだまだ元気で遊びに行く感じ!」
「まだ行くよ!」
その返事が、確かに写真の顔と同じだった。
買い物の途中に、撮影を少し休む時間があった。
夏希と美月は、さっきの靴を見比べている。
私は、お店の外から見えていた小物の売り場へ目を向けた。
バッグに付ける飾りが、色ごとに並んでいた。
夏希の誕生日。
何か、渡せたらいいと思った。
そこで、美月の誕生日も思い出した。
八月三十日。
試験勉強の合間に公式のお知らせを見て、次に会った土曜日におめでとうと伝えた。
あの時は、まだ美月さんと呼んでいた。
何かを贈ろうかと考えても、どのくらいのものならいいのか、そもそも自分から渡していいものなのか、そこで止まっていた。
結局、お祝いを言っただけだった。
少し離れたところから、美月の笑い声がした。
夏希が試着した靴で立ち上がり、二人で鏡を見ている。
私は近くのスタッフの人へ声をかけた。
「あそこの小物、少し見てきてもいいですか」
「はい。まだ時間はあるので大丈夫ですよ」
お礼を言って、売り場へ向かった。
細い金属の輪に、透明な雫のような飾りが付いていた。
その横には小さな星。
鞄の持ち手へ留められる金具もついている。
大きすぎない。
歩くたびに、少し揺れるくらいだろうか。
淡い緑色を手に取った。
その隣には、はちみつみたいな橙色があった。
夏希と、美月。
二つを近づける。
形は同じなのに、光の通り方が少し違って見えた。
棚の奥に、ピンクもあった。
少し濃い、でも透かすと柔らかくなる色。
それも手に取ってから、自分で少し笑ってしまった。
プレゼントを探しに来たのに、明らかに自分の分を想定したものまで見ている。
三つを並べた。
……でも、これがいい気がした。
「すみません。これ、三つお願いします」
店員さんが、私の手元を見た。
「贈り物ですか?」
「二つは。もう一つは、自分用で」
「では、お包みを分けますね」
頷いてから、緑と橙の二つを示した。
自分の分は小さな袋へ入れてもらい、残りは別々に包んでもらう。
戻った時には、夏希たちは入口の近くにいた。
「真琴、何か買った?」
美月に聞かれ、紙袋を少し持ち上げる。
「小物。あとで見せる」
「分かった。私も買い物した」
美月の手にも、小さな袋があった。
中までは見えなかった。
夏希はそんな私たちより先に、次の行き先を見ていた。
「今度こそ何か食べよう。お腹空いた」
「さっき、靴からって言ったの夏希だからね」
「見たらお腹空いた」
私は紙袋を鞄へしまいながら笑った。
————
休憩に入ったお店では、夏希がオレンジの入った冷たい飲み物を選んだ。
美月は果物の載った小さなデザート。
私はアイスカフェオレにした。
席へ座ると、ようやく足が休まった気がした。
窓の外では、人が行き交っている。
こちらの席は、スタッフの人が先に確認してくれていた場所だった。
美月は、運ばれてきたものを見てすぐにスマホを出した。
「ちょっとだけ待って。三つ並べたい」
「飲んでからじゃ駄目?」
夏希が聞く。
「ダメ。口をつける前に撮るのが大事なんだよ。絶対いい写真になるから。すぐ撮るから、ちょっと待って」
美月がグラスの位置を少し変える。
私のカフェオレも、持ち手の向きを直された。
「……美月のすぐは全然すぐじゃないから、気長に待とう」
「やっぱりそうだよね?」
私たちが内緒話をしている間にも、美月は微調整を続けている。
それから少しの間調整作業が続いた。
その結果、彼女が構えるスマホの画面の中では、確かにおしゃれに見える配置になっていた。
そのまま大量に連写している音が辺りに響く。
「……そんなに撮るの?」
「うん?うん。いつもこんな感じだよ」
「へぇ……」
感心して思わず声が漏れる。
「SNSはね、たくさん写真を撮って、その中から一番映えるいいやつを選ぶのが大事なんだよ」
「私はそういうのあんまり詳しくないけど……並べただけで、随分変わるんだね」
「光がこっちから来てるから。あと、夏希のオレンジがいい色してる」
「私、役に立った」
「よし!ありがと!もう大丈夫!」
そう言われた瞬間、夏希がグラスを取った。
「あ、おいしい」
その顔も、美月が撮った。
「今のも?」
「今のも」
夏希は少し笑いながら、もう一口飲んだ。
今度はカメラを気にしていなかった。
私もカフェオレを飲み、スマホで今日の写真を見返した。
夏希がボールを投げているところ。
美月がクレーンゲームのボタンを見つめているところ。
三人とペンギン。
靴を履いて、キャップを被った夏希。
「結構撮ったね」
「まだ撮れるよ」
美月が言った。
「真琴の一人の写真も欲しい」
「私の?」
「うん。今、窓の光がいい感じ」
美月がスマホを構えた。
グラスを置いて、そちらを見る。
光が片側から入っている。
正面を向きすぎるより、少しだけ顔を残した方がよさそうだった。
顎を少し上げる。
窓の方を見てから、美月の方へ目を戻した。
シャッターの音がした。
「……ちょっと待って」
美月が画面を見下ろす。
「どうしたの?」
「普通に撮るつもりだったから、そこまで決めなくてよかったんだけど……ちょっと想定外にいい写真かも」
夏希が隣から覗いた。
それから、私を見る。
「店の広告みたい」
「そんなことないでしょ」
「ある。見て」
差し出された画面には、窓際に座った私がいた。
グラスの縁に指を添え、こちらを見ている。
自分でそうしたことは分かる。
でも、写真になると、その前にもあとにも何かありそうに見えた。
「……少し、顔を向けただけだよ」
「その少しが、ちょうどいいんだよね」
美月が言った。
「もう一枚。今度、こっち見て笑って」
言われた通りにした。
美月がまた撮る。
「うん。これもいい」
「私も撮りたい」
夏希までスマホを出した。
「ちょっと。二人で向けないで」
「今、笑った!」
美月が言う。
「笑わせてるんでしょ」
言い返すと、二人とも笑った。
今度は自分の顔の角度まで考えていられなかった。
何枚か撮ったあと、私も美月へスマホを向けた。
「じゃあ、美月も」
「いいよ」
返事と一緒に、もう顔が上がっていた。
スプーンを持った手を少し下げる。
高い位置のポニーテールを、肩の後ろへ払う。
それだけで、画面の中が明るくなったように見えた。
表情も、すぐにいい笑顔を浮かべてくれている。
美月は、こちらの迷いまで見えているみたいに、少しずつ向きを変えた。
「縦の方が撮りやすい?」
「あ、うん」
「じゃあ、こんな感じ?」
私が撮る前から、既にいい写真だった。
……ずるい。
さっき、自分の写真に何か言われた時には、そんなに変わったことをしているつもりはなかった。
美月を撮っていると、二人が言いたくなったことが少し分かった。
美月がモデルとして仕事がもらえる理由も、分かった気がした。
「撮れた?」
「うん。美月って感じの写真が撮れた」
「それはそうでしょ」
「そういうことじゃなくて……」
説明しようとして、やめた。
夏希が横から私の画面を見て、声を上げる。
「これ好き。美月、すごく楽しそう」
「実際、楽しいからね!」
本人は、あっさり答えた。
私は、その一枚をお気に入りに入れた。
————
スタジオに戻る頃には、写真を選ぶ方が大変になっていた。
「これと、これ。あとこれも見せたい」
美月が画面を送っていく。
夏希は自分のスマホと見比べ、同じ場面でも撮った角度が違うことを面白がっていた。
私が撮ったバスケットボールの写真を見ると、夏希が顔を近づける。
「これ、私?」
「そうだよ」
「何か、すごくちゃんとやってる」
「実際、すごくちゃんとやってた」
「もう一回やっていいか聞く前の顔だ」
美月に言われ、夏希が笑った。
選んだ写真をスタッフの人へ渡す。
少しして戻ってきた大学生組の三人も合流して、六人で座った。
向かいのモニターに、高校生組の最初の一枚が出る。
夏希がボールを投げるところだった。
「写真さんぽって聞いてたんだけど」
ひより先輩が言った。
「散歩の途中でやったから」
夏希が答える。
「随分とまぁ、疲れそうな散歩だね」
「ちゃんといい写真でしょ?」
「うん。それはそう」
ひより先輩が頷いた。
夏希は満足そうだった。
次には、美月が撮った、得点を見て両手を上げる夏希が出た。
さっきの真剣な顔とは、全く違う。
「夏希らしいいい笑顔ね」
玲奈さんが笑った。
「私らしいかどうかは分からないですけど、こっちもどうですか!」
夏希は一枚前の写真を指した。
澪先輩が、小さく頷く。
「両方、夏希」
その言い方に、私も笑った。
クレーンゲームの写真では、三人ともガラスの中を見ていた。
誰もレンズへ顔を向けていない。
美月が、撮影の合間にタイマーで撮ったものだった。
「これ、何をしてるところ?」
「取れそうで取れないところです」
私が答える。
「その状態が、結構長かったんですけど」
「真琴、取れたんだからいいじゃん」
「うん。最後はね。夏希の最初のドヤ顔からは、想像もできないくらい高価なお買い物でした」
夏希が水色のペンギンを持ち上げる。
玲奈さんが、それを見て少し笑った。
「ちゃんと連れて帰ってきたのね」
「三人で協力してなんとか取りました」
夏希の言葉に、美月が私を見た。
私は何も言わず、頷いておいた。
窓際の写真が出ると、今度は少し違う声が上がった。
「……真琴、何の撮影?」
ひより先輩に聞かれる。
「カフェで休憩してた時です」
「休憩?」
「はい」
「休憩に見えないけど……」
美月が嬉しそうに身を乗り出す。
「そうなんです。普通に撮って、これだったんです」
「美月の撮り方がよかったんだと思う」
「真琴の顔もよかったから」
すぐに返された。
その次の写真では、私が少し横を向いて笑っていた。
手が、口元へ上がりかけている。
「こっちは、いつもの真琴だ」
夏希が言った。
「何言われて笑ってたんだっけ」
「二人でスマホ向けないでって言った時」
「ああ、あれ」
夏希が思い出して、また笑う。
私まで、写真と同じように笑いそうになった。
美月の写真も、三人で撮った写真も見てもらった。
どこへ行き、何をしていたかを話していると、説明することがいくつもあった。
ただ街を歩いて戻ってきただけ、ではなかったらしい。
大学生組の写真は、落ち着いた色のお店から始まった。
棚に並んだ小さな雑貨。
花のある店先。
ひより先輩が何かを指して、玲奈さんと澪先輩が覗き込んでいる写真。
「そっちは随分、静かな街歩きですね」
美月が言った。
「私たちなら、いつもこんな感じだから」
ひより先輩が返す。
「それ、私たちがおかしいみたいじゃないですか」
「いつも、夏希と美月が賑やかにしてくれているからね。いいことよ」
写真が次へ変わった。
白いケーキが写っていた。
上にはオレンジとキウイが並び、小さな飾りが立っている。
その向こうで、ひより先輩、玲奈さん、澪先輩が笑っていた。
三人とも、エプロン姿だった。
夏希の身体が、少し前へ出た。
「え」
モニターを見たまま、声が止まる。
「……これ、作ったの?」
「うん」
ひより先輩が頷いた。
「三人で。夏希のだから」
その返事とほとんど同時に、スタッフの人が箱を持ってきた。
テーブルの上へ置き、蓋を外す。
写真のケーキが、目の前にあった。
近くで見ると、上の飾りは十八の数字だった。
チョコレートのプレートには、夏希の名前がある。
夏希はケーキと三人を見比べた。
「本当に?」
「写真だけじゃないよ」
澪先輩が言う。
「すごい。え、いつ作ったんですか?」
「夏希たちが、クレーンゲームで苦戦している間くらいかしら」
玲奈さんが答えた。
夏希が、持ったままだったペンギンを見下ろす。
「ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げたので、私もつられて少し姿勢を正した。
「まだ当日じゃないけど。お誕生日、おめでとう」
玲奈さんが言った。
ひより先輩と澪先輩も続く。
夏希はもう一度、ケーキを見た。
「うわ、嬉しい。オレンジいっぱいだ」
「夏希の好物だから、少し多めにした」
ひより先輩の声も、いつもより柔らかかった。
先に、六人で写真を撮った。
ケーキを真ん中にして、夏希がその後ろへ座る。
私たちも、顔が隠れないよう少しずつ寄った。
撮り終えても、夏希はすぐには離れなかった。
自分のスマホでも、ケーキを撮っていた。
「食べる前に、こっちも残しておきたい」
その言葉に、美月が大きく頷く。
「それは撮ろう。横からもかわいいよ」
二人で撮っている間、私はケーキの側面を見た。
白いクリームに、小さな起伏がある。
お店で並んでいるものより、少しだけ手で作った感じがした。
それが、いいと思った。
切り分けられた一切れを受け取る。
夏希が一口食べ、すぐに顔を上げた。
「おいしい!」
「よかった」
澪先輩が言った。
「スポンジも、ふわふわ」
「そこは、用意してもらったものだから。流石に焼く時間はなかったし」
ひより先輩が、正直に答える。
「でも、間のクリームと果物は、三人でやったよ」
「そこもおいしい」
夏希は、もう一口食べた。
私もフォークを入れる。
クリームの甘さのあとに、果物の酸味があった。
さっき飲んだカフェオレより、少し甘いものが欲しくなっていたところだった。
「おいしいです」
顔を上げると、ひより先輩がこちらを見た。
「よかった。真琴もオレンジ、大丈夫だった?」
「はい。すごくおいしいです」
隣では、美月が断面を撮ろうとしていた。
ひより先輩に、先に食べた方がいいと言われ、スプーンを持ち直す。
夏希はそんな二人を見ながら、ずっと笑っていた。
————
収録終了の声がかかり、マイクを外してもらった。
スタッフの人がカメラを片づけ始めても、私たちはしばらくテーブルのそばにいた。
夏希は、ケーキと一緒に撮った写真を確認している。
美月が鞄から袋を出した。
「夏希。こっちも」
「え?」
「少し早いけど、誕生日おめでとう」
夏希が袋を受け取った。
口を開き、中を見てから美月へ顔を向ける。
「さっきの?」
「似合ってたから」
取り出されたのは、お店で被っていた灰色のキャップだった。
小さな白い刺繍が、正面にある。
「いつ買ったの?」
「夏希が靴とにらめっこしてる時?」
「そんなにしてなかったと思う」
「してたよ。結構長く」
「夏希も、美月の写真のこと言えないかもね」
実際、それくらい長い間真剣に悩んでいた。
私は笑いながら、自分の鞄へ手を入れた。
小さな包みを二つ出す。
「私からも」
夏希へ緑の方を渡した。
「誕生日、おめでとう」
「真琴も?」
「うん。さっき見つけて」
夏希はキャップをいったん膝へ置き、包みを開いた。
透明な緑色の飾りが出てくる。
「かわいいね。これ、鞄に付けるやつ?」
「うん。それが一番想像しやすい用途かも」
夏希が指で持ち上げる。
細い輪の下で、星と雫が揺れた。
「色、私のだ」
「うん」
夏希の顔が、さらに明るくなる。
それを見てから、私は美月にも包みを差し出した。
「それと、美月にも」
美月の手が止まった。
「……私?」
「うん」
「何で?」
「誕生日、遅くなっちゃったけど。前、おめでとうしか言ってなかったから」
美月は包みと私を見比べた。
「そんなの気にしなくてよかったのに」
「気にしてたというか……今日、これ見つけて」
美月が包みを開いた。
緑と同じ形の、橙色。
「お揃い?」
「うん」
夏希が自分のものを近づける。
美月の顔が、ぱっと明るくなった。
「嬉しい。ありがとう!」
私は頷いてから、自分用の袋も取り出した。
「……私のも、買っちゃったんだけど」
ピンクの飾りを出すと、二人が同時に見た。
「三人分?」
夏希が言う。
「色が、ちょうどあったから」
「いいじゃん。三人でお揃い!」
夏希が、私の手元へ自分のチャームを寄せた。
美月も橙色を並べる。
三つの小さな星が、触れて音を立てた。
「これ、写真撮ろう」
美月が言った。
スマホを出すまでが早い。
「夏希、真ん中。帽子も持って」
「これ、被った方がいい?」
「陰になっちゃうから持つ感じで。三人のお揃いも見せたいから」
美月が腕を伸ばす。
私は夏希の反対側へ立った。
夏希は片手にキャップ、もう片方に緑のチャームを持っていた。
美月はスマホを持っていない方の手で、橙色を示す。
私もピンクを顔の少し下へ上げた。
画面の中で、三人が近づく。
「真琴、もうちょっとこっち」
「このくらい?」
「うん。夏希、顔隠さないで」
「隠れてないよ」
「帽子がちょっと」
夏希が帽子を下げる。
その動きに、美月が笑った。
私もつられて笑ったところで、写真が撮れた。
一度、三人で確認する。
真ん中の夏希、左右の私たち。
夏希は帽子も持っているけど、それぞれ同じ形の飾りを持っている。
同じものなのに、色が違うだけでちゃんと三人分に見えた。
「これ、誕生日の配信終わったあとに載せていい?」
美月が聞いた。
「いいよ!」
夏希がすぐに答える。
私も頷いた。
「うん。これなら」
「よし。じゃあ、二十三日まで取っておく」
美月が画面を操作した。
写真を分けて保存しているらしかった。
夏希はもう一度、緑のチャームを光へ透かした。
キャップを見て、私たちを見てから言う。
「今日、すごく楽しかった。二人とも、ありがとう」
「どういたしまして」
美月が返した。
私も頷く。
自分の分を買っておいて、よかったと思った。
————
八月二十三日、日曜日。
レッスンを終え、着替えてから休憩室へ入った。
中には、ひより先輩、美月、澪先輩がいた。
夏希は別室で、誕生日の生配信の準備をしている。
玲奈さんは、『アートの入口』という番組の打ち合わせで不在だった。
六月にゲストで出た番組から、また出演の相談が来たらしい。
美術館へ行くのが好きで、大学でも芸術文化を学んでいる玲奈さんには、かなり嬉しい話だったようだ。
先日そのことを話してくれた時には、調べたいことをいくつも挙げていて、いつもより少し声が弾んでいた。
だから今日は、予定の空いていた四人でそのまま配信を見ることになった。
飲み物をテーブルへ置くと、入口から早川さんが声をかけた。
「白瀬さん。橘さんが配信後に投稿する写真ですが、先日確認した三人のもので、予定どおり進めますね」
「はい」
隣で美月が、スマホを少し持ち上げた。
「文章も考えてあるよ」
「白瀬さんも、自分のアカウントから返信されますか?」
早川さんに聞かれ、少し考えた。
写真には、私から渡したものも写っている。
お祝いは今日、本人にも伝えた。
でも、投稿へ返すのは、それとは別でよさそうだった。
「はい。短く、何か……」
誕生日おめでとう。
気に入ってもらえてよかった。
……そのくらいでいいだろう。
メモ用紙に書いて、早川さんに手渡す。
「これで、どうでしょうか」
「……大丈夫です。では、橘さんの投稿が公開されてから、頃合いを見計らってこの投稿で返信するように担当に伝えておきますね」
早川さんはそう言って頷いて、夏希のいる部屋へ戻っていった。
向かいのモニターには、配信開始を待つ画像が出ていた。
少しして、それが動いた。
『こんばんは!皆さんご存知の桜庭夏希です!』
さっきまで同じ建物の中を歩いていた人が、画面の中で手を振っていた。
『今日で十八歳になりました!』
コメントが、次々に流れていく。
おめでとう、という言葉が何度も見えた。
夏希はそれを見て、嬉しそうに笑った。
『今日は、先にみんなで撮ってきたものを見てもらいます。私がやりたいってお願いした企画です』
映像が切り替わった。
二日前の六人が映った。
高校生組の映像では、夏希が真っ先にゲームセンターを指していた。
私の、いきなり運動するんだ、という声も入っている。
そのあとには、バスケットボールを次々に投げる夏希。
撮れた写真が、画面いっぱいに出た。
「あ、これ使ってもらえた」
私が言うと、美月が頷いた。
「いい写真だったから」
クレーンゲームでは、私たちが何度も同じぬいぐるみを見ていた。
知っている出来事なのに、少し離れたところから見ると、また面白かった。
やがて映像が大学生組へ切り替わった。
こちらは、私は知らない。
店先を歩いていたひより先輩が、二人へ顔を向ける。
『せっかく夏希の誕生日だし、ケーキ作らない?』
『ケーキ?』
玲奈さんの声がした。
『作って、ケーキと三人で写真撮ったらいいと思うんだけど』
『いいかも。夏希、喜びそう』
澪先輩が答える。
私は、隣のひより先輩を見た。
「ひより先輩が言い出したんですね」
「うん。写真、何でもいいって言われたから」
「確かに、何でもよかったですけど」
美月が笑った。
「私たちが遊んでる間に、そんなことになってたんですね」
「そっちは、ちゃんと夏希を楽しませてたでしょ」
ひより先輩は画面を見たまま言った。
映像は買い物の場面から、キッチンへ移っていた。
三人がエプロンを着けている。
玲奈さんが飾りを持ったまま、ケーキを見ていた。
澪先輩が横から何か言うと、玲奈さんが笑い、手が止まる。
そんないつものやり取りをしながら、ケーキ作りが進んでいった。
完成すると、三人がケーキを囲む写真になった。
そのあと、スタジオで驚いている夏希へ映像がつながる。
六人の写真が出て、ケーキを食べているところでVTRが終わった。
私たちが渡したプレゼントは、映っていない。
あの三人の写真は、まだ美月のスマホの中だった。
————
生配信の画面へ戻ると、夏希が拍手をしていた。
『いやー、楽しかった!本当にケーキ、全然知らなかったんですよ』
コメントを読み、画面の向こうへ何度も頷く。
『そう。高校生組で出かけたくて。いつも一緒に練習はしてるけど、三人で遊びに行くのもやりたかったから』
夏希の手が、机の横へ伸びた。
水色のペンギンが出てきた。
「配信に持ち込んだんだ」
美月が声を上げる。
『これが、三人で取った子です』
コメントが速くなった。
夏希はぬいぐるみをカメラへ向け、少し動かした。
私は笑いながら画面を見ていた。
そこで、コメント欄の色が変わった。
赤い枠。
長いお祝いの文章。
その上に、金額があった。
五万円。
私は、少し顔を近づけた。
『ありがとう!ずっと見てくれてるんだ。嬉しいです』
夏希がお礼を言っている間に、また別の赤い枠が出た。
今度は一万円。
その次にも、赤いものが続く。
「……今、五万円って出てなかった?」
「出てたね」
美月が答えた。
「一人で?」
「うん」
私は画面を見た。
読み間違いではなかったらしい。
生配信の投げ銭があることは知っている。
前にも見たことはある。
でも、こんなふうに何度も続くところを、落ち着いて見た覚えはなかった。
『十八歳おめでとう。これからも応援してます』
夏希が読んで、笑う。
『ありがとうございます!これからも頑張ります』
また赤い枠が出た。
「……すごい」
それしか言えなかった。
美月が私の顔を見た。
口元に、小さな笑いが浮かぶ。
「ちなみに、誕生日の配信だけは、ここから本人にも手当が出ます」
私は、そちらを向いた。
「……夏希に?」
「そう。手数料とかを引いて、FOLIOに入った分の四割」
「四割?」
「四割」
美月は、はっきり繰り返した。
もう一度、画面を見る。
そこに出ている金額の全部ではない。
でも、その一部が、夏希本人へ渡る。
一件でも、結構な金額なのに。
「それって、見てる人も知ってるの?」
「知ってる人は知ってるよ」
ひより先輩が言った。
スマホを操作し、こちらへ向ける。
公式サイトだった。
配信の案内を下へ送ると、普段の動画収益や投げ銭等の収益はルミパレのプロジェクト運用の資金に充てる旨の説明とともに、もう一つ小さな説明文があった。
『誕生日配信でいただいたスーパーチャット収益は、プラットフォーム所定の控除後、40%を当該メンバーへの特別手当として還元します。』
私は、そこを二度読んだ。
「……本当に書いてある」
「うん。だから、送るなら誕生日にしようって人もいると思う」
ひより先輩がスマホを戻す。
「同じように応援するなら、本人にも渡る日にしたい、って考える人はいるでしょ」
「普段より、今日にまとめて?」
「そう。毎回少しずつ送るより、誕生日にプレゼントしたい人もいるだろうし。いつ、何のために送るかが、はっきりしてるから」
確かに、それなら分かる気がした。
私も夏希の誕生日だと知って、何か渡したいと思った。
誕生日じゃなければ、お揃いで揃えようとかも考えなかったかもしれない。
ひより先輩は、大学で経営やマーケティングを勉強している。
前から数字や反応をよく見ていたけど、今は、どうしてそうなるのかも考えているらしかった。
「ただ誕生日だから集まってるんじゃなくて、こう書いてあることにも、意味があるってことなんですかね」
「あると思う。書いてあるからって、全員が送るわけじゃないけどね」
その返事を聞いて、画面へ目を戻した。
理屈は、少し分かった。
でも、また五万円の表示が流れた。
……分かったからといって、平気になるわけではなかった。
「今年の美月もすごかったし」
ひより先輩が言う。
「あれは私も、途中から何回ありがとうって言ったか分からなくなりました。というか、流れが速すぎて、普通に見逃して言えないこともたくさんありましたし」
美月が、少し違う笑い方をした。
「今日の夏希もだけど、十八歳になる誕生日だしね。いつもより大きくお祝いしたい人も多いんだと思う」
十八歳。
美月が、大人になりましたと言っていたことを思い出す。
その時の私は、四日しか経っていないから変わらないと言った。
画面の夏希も、昨日と違う人になったわけではない。
それでも、今日を特別な日だと思っている人は、こんなにいる。
ひより先輩が、ふとこちらを見た。
「……真琴の誕生日も、結構すごそうだよね」
その言葉に、すぐには返事が出てこなかった。
「……私ですか?」
「うん。入ってから初めての誕生日でしょ」
「……はい」
「それで、十八歳」
美月が指を一本立てた。
「しかも、バレンタイン!」
なぜか、楽しそうに追加された。
「二月十四日って、重なってるね」
澪先輩まで言った。
私は、自分の誕生日を頭の中で確かめた。
確かめる必要はない。
今生の誕生日は、生まれてからずっとその日だった。
でも、三人に順番に言われると、自分の知らない行事の説明を受けているような気分になった。
「……まだ、半年くらい先ですけど」
「半年あるんだよ」
ひより先輩が言った。
少しだけ、口元が笑っている。
「最初の発表の時、色々言われてたのを見ていた人もいるだろうし。そこから二周年も、その先も一緒にやって、真琴を好きで見に来る人が増えてたら、最初の誕生日はちゃんとお祝いしたいって思うかもしれない」
言葉を挟めなかった。
「頑張ってきたね、とか。これからも応援してる、とか。そういうのを伝える機会にもなるから」
「……そういうのも、あるんですか」
「あると思うよ。もちろん、まだどうなるかは分からないけど」
分からない話なのに、理由が多かった。
私は画面を見た。
夏希が、ファンからの質問に答えて笑っている。
半年後には、あの場所へ私が座るのだろうか。
その時に何を話すのかも、まだ想像できない。
なのに、金額の方だけ先に大きくなっていく。
「ひより先輩、ちょっと楽しんでませんか」
「少しね」
すぐに認められた。
美月が声を立てて笑った。
「真琴、顔だいぶ真剣な感じになってる」
「真剣にもなるよ」
「でも、お祝いだから。ファンの人からのおめでとー!の気持ちだから、難しく考えないでお礼を言って受け取っておけばいいんだよ」
それは、そうではあるけど。
嬉しい話のはずなのに、何となく身構えてしまう。
モニターの夏希は、今度は十八歳になってやってみたいことを話していた。
私はそちらを聞くことにした。
二月のことは、ひとまず置いておきたかった。
配信の終わりが近づくと、コメントはまた速くなった。
最後におめでとうと伝えようとする人が、たくさんいるらしかった。
夏希は、何度も手を振った。
『今日は本当にありがとうございました!見に来てくれた人も、メッセージくれた人も、みんなありがとう』
机の上には、あのペンギンが座っている。
夏希はその小さな翼をつまんで、一緒に振った。
『十八歳、大人になった桜庭夏希も、どうぞよろしくお願いします。またね!』
画面が切り替わった。
休憩室が、少し静かになった。
私は飲み物を口へ運んだ。
いつの間にか、ほとんどぬるくなっていた。
「……結局、どれくらい来てたんでしょうね」
誰に聞くともなく言うと、ひより先輩が手元を見た。
「見えた分だけで700万円以上かな」
私は、飲み込んでから顔を上げた。
「……700?」
「全部ちゃんと見てたわけじゃないから、ざっくりだけど」
美月まで、ひより先輩を見る。
「数えてたんですか?」
「気になった時に、金額を足してただけ。見てないところもあるし、赤以外は追えてないのも多い」
見えたところだけで、700万円。
その数字を頭の中へ置こうとして、うまくいかなかった。
「それなら、夏希には200万円近く入るね」
澪先輩が、静かに言った。
今度は、そちらを見た。
「……はい?」
「手数料三割くらい、そこから残った分の四割。200万くらい」
説明は短かった。
短いのに、減らす計算をしたあとでも、まだ大きかった。
「正式な金額は、あとで明細が来ないと分からないけどね」
ひより先輩が付け足す。
私は頷いた。
頷いたけど、何も分かった顔はできていなかったと思う。
美月が口元を押さえている。
「真琴、止まっちゃった」
「……一回の配信で200万って」
そこまで言って、続かなかった。
さっき、自分の誕生日の話をされていなければ、まだ他人事として驚けたかもしれない。
でも、もう聞いてしまっていた。
ひより先輩は、何も言わずに笑っていた。
澪先輩は飲み物を一口飲んだ。
計算した本人が、一番落ち着いていた。
少しして、美月がスマホを手に取った。
「配信終わったし、写真載せるね」
その言葉で、ようやく自分のスマホを思い出した。
配信前に、返信するつもりで文章を考えていた。
美月が画面を確認してから、指を動かす。
「はい。投稿した」
美月が投稿完了の画面を見せてくれる。
夏希、18歳のお誕生日おめでとう!!
さっきの配信でもあった、高校生組で遊んできた時の写真です!
真琴が三人お揃いのチャームを選んでくれました
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真ん中に夏希がいた。
片手には美月からのキャップ。
もう片方には、私が渡した緑のチャーム。
美月も、私も、同じ形の色違いを持っている。
三人とも、よく笑っていた。
「さっき真琴が言ってたリプ、いつくらいにくるのかな」
「わかんないけど、夏希も確認してからとかじゃない?」
まだ自分でアカウントにログインするための手順を受け取っていない。
それでも、鞄の持ち手では、今朝付けた高校生組でお揃いのピンクの飾りが、小さく揺れていた。