TS少女は演じたい   作:息抜き

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55話

『明日、一緒に学校行かない?』

 

机の上に教科書を並べていると、由佳からメッセージが来た。

明日の時間割を確かめていた指を止める。

 

『いいよ。駅で待ち合わせる?』

 

返事をすると、すぐに既読がついた。

 

『うん。真琴、一人だと結構話しかけられるんじゃないかなと思って』

 

私は、椅子の背へ少し身体を預けた。

 

『私と話しながら歩いてれば、多少は声かけられにくいかなって。そんなに変わらないかもしれないけど』

 

先日、母と学校へ行った時のことを思い出した。

フェンスの近くにいた生徒が、隣の人へ何かを話していた。

私の方を指したように見えた。

明日は、あの時よりずっと多くの生徒がいる。

 

『そういうことか』

 

『そういうことです』

 

画面を見たまま、少し笑った。

 

『ありがとう。助かる』

 

待ち合わせる時間を相談していると、由佳から続けてメッセージが来た。

 

『それと、真琴は約束の時間ぎりぎりで大丈夫だからね。私が先に行って待ってる』

 

『早めに着かなくていいの?』

 

『うん。真琴が一人で駅で待ってたら、その間に話しかけられちゃうでしょ』

 

言われて、手が止まった。

何となく、五分くらい前には着くつもりでいた。

由佳が来るまで、いつものようにスマホでも見て待っていればいいと思っていた。

でもそれだと、確かに由佳が一緒に行こうと誘ってくれた理由と合わない。

一人で歩きもせずに待ちぼうけしていたら、歩いているよりよほど話しかけやすいだろう。

 

『……それもそうだね』

 

『だから、待たせないようにって早く来なくていいよ』

 

『分かった。じゃあ、その時間に着くように行くね』

 

『よろしく。あと、まだ話してない映画の感想もあります』

 

『そっちが本題?』

 

『どっちも』

 

由佳らしい返事だった。

スマホを机へ置く。

それから、もう一度教科書へ手を伸ばした。

 

————

 

翌朝、改札を出たところで時計を確かめた。

本当に時間ギリギリの電車に乗ったから、約束の時間まであと一分。

いつもなら少し落ち着かなくなるところだけど、今日はこれでいいと言われている。

駅の出口へ向かうと、日陰になった柱のそばに由佳がいた。

私に気づき、スマホを鞄へしまう。

 

「おはよ!」

 

「おはよう。……待っててくれてありがとう」

 

「どういたしまして。ちょうどいい時間だったね」

 

「言われたとおりに来たから」

 

「よしよし」

 

「……子供扱いしてる?」

 

由佳が笑った。

私も少し笑ってからそのまま隣へ並び、二人で学校の方へ歩き始めた。

 

「それで、昨日言ってた映画って?」

 

「最後まで観たら、最初の方をもう一回観たくなったやつ」

 

「前にもそんなこと言ってなかった?」

 

「今回は、ちゃんともう一回観たから」

 

「受験勉強は?」

 

「真琴、その質問は話の流れを止める」

 

「大事な確認だと思うけど」

 

「英語の映画だから」

 

「字幕は?」

 

「日本語」

 

「じゃあ、やっぱり確認した方がいいと思う」

 

由佳がわざとらしく目をそらす。

その向こうで、同じ学年らしい男子がこちらを見ていた。

目が合いそうになると、すぐに前へ向き直った。

私も、由佳へ顔を戻す。

気にしないで歩こうと思っても、視線が動いたことには気づいてしまう。

校門へ近づくほど、知っている顔が増えた。

 

「白瀬さん、おはよう」

 

別のクラスの女子に声をかけられた。

複数クラスの合同授業で、多少知っている程度の子だった。

 

「おはよう」

 

「ニュース見たよ。びっくりした。おめでとう」

 

「ありがとう」

 

相手は由佳にも挨拶をして、少し笑ってから先へ歩いていった。

短いやり取りだった。

そのことに、ほっとする。

 

「やっぱり、見られるね」

 

少しして、由佳が言った。

 

「……うん」

 

「まぁ、真琴はもう公式チャンネルの方にも普通に出ちゃってるしねぇ……この間のWEBドラマにも出てたし、演技も滅茶苦茶うまかったし」

 

「演技うまいって言ってくれるのは嬉しいけど……同じ学校には、ずっといたんだけどね」

 

「それはそう」

 

由佳は頷いた。

 

「今までと同じ制服なのが、逆に不思議なのかも」

 

自分の袖へ目を落とす。

白い半袖のシャツに、濃いボルドーのリボン。

グレーのスカートの裾が、歩くたびに小さく揺れる。

何度も洗って、何度も着てきた制服だった。

靴も鞄も、見慣れたものだ。

それでも、私を見たあとに友達へ何か話す人がいる。

 

「……由佳」

 

「ん?」

 

「一緒に来てくれて、ありがとう」

 

由佳がこちらを見た。

 

「まだ学校着いてないよ?」

 

「着く前でも、助かってるから」

 

「そっか」

 

それ以上、大げさなことは言わなかった。

 

「じゃあ、映画の続きの話していい?」

 

「結末は言わないでね。その映画まだ観られてないから」

 

「今から一番話したいところだったのに」

 

「それは我慢して」

 

そう言ってから、二人で校門をくぐった。

 

————

 

昇降口にも、廊下にも人がいた。

夏休みの間、学校へ来たのは先日の面談くらいだったから、これだけ声が重なっている校舎は久しぶりだった。

上履きへ履き替えている間にも、少し離れたところで自分の名字が聞こえた。

顔を上げると、何人かがこちらを向いている。

誰かと目が合ったので、軽く会釈をした。

向こうも、慌てたように頭を動かした。

 

階段を上る。

五月、初めて五人のいるレッスン室へ入った時のことが、ふと浮かんだ。

美月が笑って近づいてきた。

あの時の私は、考えるより先に身体を引いてしまった。

今日は、そういうことがあるかもしれないと分かっている。

急に話しかけられても、少し近づかれても。

目の前にいる人を見て、ちゃんと返事をする。

それくらいは、できるはずだった。

 

「真琴」

 

由佳の声で顔を上げる。

見慣れた教室の前だった。

私は鞄を持ち直し、由佳に続いて中へ入った。

 

「あ、白瀬さん!」

 

窓際で話していた女子が、最初に気づいた。

その声で、近くにいた二人もこちらを見る。

 

「おはよう。久しぶり」

 

「おはよう」

 

「おめでとう! ちゃんと会って言いたかったんだよね」

 

「あ、ありがとう」

 

返事をすると、その子は嬉しそうに笑った。

 

「写真、何回も見た。最初、同じ名前の別の子かと思って」

 

「そんなに別人に見えた?」

 

「うん。ほら、衣装とか髪とか、いつもと違ったから」

 

「すごく可愛かったよね」

 

別の女子が横から言った。

 

「私も見た。六人で並んでるやつ」

 

「ありがとう。あれ、撮ってもらう時も緊張してて……」

 

「全然そう見えなかった!」

 

思っていたより大きな声が返ってきて、少し笑ってしまった。

だいぶ緊張していた。

だけど、そんなふうには見えなかったらしい。

席へ向かいながら返事をしていると、ほかの場所からも女子が来た。

机の横へ鞄を置いた時には、前と横に何人も立っていた。

いつの間にか、教室にいた女子に囲まれるような状態になっていた。

 

「私、長い方の動画も見たよ」

 

「候補だった頃の?」

 

「そう。ダンス、今年からだったんだね」

 

「うん。歌も」

 

「知らなかった。前からやってたのかと思ってた」

 

「全然。最初は足の順番も分からなくて」

 

「あの、腕をつけたら止まっちゃうところ?」

 

「……そこ、覚えてるんだ」

 

「私もやってみたけど、できなかった」

 

相手が小さく両手を動かした。

隣の子が、それ逆じゃない、と笑う。

私も笑う。

あの映像を、学校の人たちも見ていた。

家で、あるいは移動の途中で、私が何度もやり直しているところを見てくれた。

そう思うと、少し恥ずかしい。

でも、見たと話してくれるのは嬉しかった。

 

「ひよりちゃんも教えてくれてたよね」

 

「うん。ひより先輩には、いっぱい教わってる」

 

「先輩って呼んでるんだ」

 

「あ、うん」

 

「本当に一緒にいるんだね……」

 

その子が、しみじみと言った。

少し前までなら、私も同じように思ったかもしれない。

テレビや動画で見ていた人たちと、一緒に練習している。

今でも、ふと不思議になることはある。

 

「美月ちゃんって、動画の時も楽しそうだよね」

 

「うん。話してると、よく笑うよ」

 

「やっぱり!私、美月ちゃん好きなんだ」

 

「そっか」

 

素直に嬉しくなった。

美月の話をしている女子の顔は、本当に楽しそうだった。

私に聞きたいというより、好きなところを誰かに話したいのかもしれない。

 

「真琴、これ」

 

横から呼ばれた。

振り向くと、スマホの画面が差し出されていた。

公式に出ている、私の写真だった。

 

「この写真、すごく好き。表情がいいなって思って」

 

「あ、それ……」

 

見やすいようにしてくれたのだと思う。

画面が私の前へ入り、その子も、同じものを覗くように隣へ寄った。

肩が近づく。

もう片方の手が、私の腕へ軽く触れた。

足が、後ろへ動きそうになった。

笑っている顔。

返事をする前に縮まる距離。

 

——なんで避けるの。

 

今、誰もそんなことは言っていない。

分かっている。

分かっていた。

だけど、美月の時のように足までは動かさなかった。

鞄から離したばかりの手で、机の縁に触れる。

指先だけ、少し強く押した。

 

「……これ、何枚か撮った中から選んでもらったんだ」

 

声は、普通に出た。

 

「そうなんだ。ほかのも見たいな」

 

「私も全部は見てないから」

 

「じゃあ、まだあるかもしれないんだ」

 

その子はスマホへ目を戻した。

腕にあった手が離れる。

私は画面の写真を見たまま、小さく息を吸った。

 

誰も黙っていない。

顔を見合わせてもいない。

写真の話が続いている。

 

「衣装、ピンク似合ってるよね」

 

「ローズピンク、だっけ?」

 

「うん」

 

次の声へ顔を向ける。

 

「そういえば、どうしてルミパレに入ることになったの?前からアイドルになりたかったの?」

 

「ううん。最初は、そういうのは全然考えてなかった」

 

「そうなの?」

 

少し意外そうな顔をされた。

 

「撮影に一日だけ参加した時に、事務所の人から声をかけてもらって。それからレッスンに通うようになったの。その時は、俳優候補としてレッスンに通ってると思ってたから」

 

「あ、動画で話してたやつ?」

 

「うん。そのあとで、ルミパレの皆と一緒に練習してみないかって言われて」

 

「え、それ、びっくりしない?」

 

「したよ。自分でも、なんで私なんだろうって思った」

 

そう答えると、聞いていた子が小さく頷いた。

 

「私だったら、話聞いてる途中で固まりそう」

 

「……私も、すぐに返事はできてなかったと思う」

 

あの日、両親と一緒に座っていた部屋を思い出した。

久世さんの話を聞いてから、何度も自分が含まれているのか確かめた気がする。

 

「でも、やってみようって思ったんだね」

 

「最初は、一緒に練習してみてから考えるつもりだったから」

 

「その時は、まだ入るって決めてなかったんだ」

 

「うん」

 

「じゃあ、何が決め手だったの?」

 

何が。

私は、少しだけ考えた。

すごい人たちだとは、会う前から知っていた。

一緒に練習してからは、できないことの多さが前よりよく分かった。

それでも、また次の日も行きたいと思うようになった。

 

「……五人と、一緒にやりたくなったからかな」

 

言ってから、少し照れた。

 

「練習してるうちに、その先も一緒に作りたいなって思うようになって」

 

「そっかぁ。動画でも、皆と楽しそうにしてたもんね」

 

「できなくて困ってるところも、いっぱい映ってたけどね」

 

「そこも見た。でも、笑ってるところもあったよ」

 

その子が笑った。

私も、今度は少し自然に笑えた。

 

「ね、さっきもう呼んじゃってたけど、真琴って呼んでもいい?」

 

さっき写真を見せてくれた子が聞いた。

 

「うん。いいよ」

 

「ありがとう。私も名字じゃなくていいからね」

 

「分かった」

 

相手が笑ったので、私も笑った。

その向こうにいた女子が、一歩だけ近づいてくる。

 

「私、去年も同じ班だったよね。調べたこと発表するやつ」

 

「うん。英語の」

 

「そう、それ。最後にまとめてくれたの、真琴だったよね」

 

「皆が調べてくれたものを並べただけだよ」

 

「でも、あれ分かりやすかった」

 

それから彼女は、隣にいた子へ顔を向けた。

 

「その時も結構話したんだよね」

 

私が頷くと、隣の子も、そうなんだ、と笑った。

間違ってはいない。

同じ班だったし、必要な話もした。

ただ、その返事をした途端、自分が誰かに見せるための思い出へ入ったような感じがした。

私へ向いていたはずの話が、私の知らないところで、隣の子への説明になっている。

……あまり、好きじゃない。

誰とどのくらい話したか。

誰がどの呼び方をしているか。

そういうことを、隣にいる子の反応と一緒に確かめる感じが。

そんなつもりではないのかもしれない。

久しぶりだから、共通の話を探してくれただけかもしれない。

それでも、胸の奥に引っかかったものは消えなかった。

 

「真琴、二学期も普通に学校来るんだよね?」

 

別の声がして、私はそちらを向いた。

 

「うん。大学にもちゃんと行きたいから」

 

「そっか。じゃあ、お昼とか、今度一緒に食べようよ」

 

その子は、普段窓側で何人かと一緒にいる。

前から挨拶はしていたけど、こうして誘われるのは珍しかった。

 

「由佳も一緒に。ね?」

 

「私?」

 

少し外側にいた由佳が顔を上げる。

 

「うん。二人で食べてること多いでしょ」

 

「そうだね」

 

由佳は普通に返した。

 

「——誘ってくれてありがとう。機会があれば」

 

「うん。また時間ある時に話そ。私、ほかにも聞きたいことあるし」

 

「うん。話せることだったら」

 

なるべく、いつもと同じ声で。

今すぐ何かの約束をしたわけではない。

そう自分へ言い聞かせながら、次の質問を聞いた。

 

「八日のライブって、どのくらい緊張した?」

 

「……始まる前は、かなり」

 

「動画の時は落ち着いて見えるのに」

 

「動画は、最悪撮り直せるから」

 

「ああ、そっか!」

 

何人かが笑った。

私も口元を緩める。

それから、ほかの子が言いかけていた質問へ目を向けた。

教室の後ろの方で、男子の声が聞こえた。

 

「白瀬、来てるの?」

 

「いる。あっち」

 

「……今は無理だな」

 

ちらりと見れば、何人かがこちらを見ていた。

けれど、机の周囲に立っている女子たちの間へ入ってくる人はいなかった。

すぐに別の声が重なり、私は前へ向き直った。

 

「そうだ。サインって、頼んでもいい?」

 

聞かれた瞬間、頭の中に早川さんの顔が浮かんだ。

これについては、返す言葉を決めてある。

 

「ごめんね。学校でサインを頼まれても書かないようにって、マネージャーさんから言われてるんだ」

 

「そうなんだ」

 

「うん」

 

「私も、もらえるなら欲しかったなぁ」

 

隣の女子が言った。

 

「家族の分とかも、同じ?」

 

「うん。マネージャーさんに言われちゃったら、勝手に書くわけにもいかなくて……ごめんね」

 

「そっか。じゃあ、しょうがないね」

 

残念そうではあったけれど、それ以上は続かなかった。

 

「ちゃんとマネージャーさんがいるんだね」

 

別の子が言う。

 

「いるよ」

 

「いや、分かってるんだけど。言葉にされると、本当に芸能人なんだなって」

 

そう言われて、少し返事に困った。

さっきまで歌や写真のことを話していたのに、マネージャーの一言の方が実感が湧くらしい。

 

「私も、最初はそう思った」

 

由佳が言った。

 

「真琴と普通に話してる時に、急に事務所って単語出てくるから」

 

「分かる。なんか、同じ教室にいるのが不思議な感じ」

 

私は、机へ置いた筆箱を見た。

ここの授業を受けるのに、特別なものを持ってきたわけではない。

筆箱の端には、夏休み前につけてしまった小さな傷が残っている。

 

「……私にとっては、こっちの方が長いんだけどね」

 

言うと、何人かが笑った。

会話は、そのまま続いた。

一人が少し離れると、後ろで聞いていた子が代わりに近づく。

答え終わる前に別の質問が聞こえて、どちらへ顔を向ければいいのか一瞬迷う。

笑って返す。

相手の顔を見る。

次に話している子へ、目を移す。

机の端から手を離したら、指の腹が少し痛かった。

私はその手を、膝の上へ置いた。

 

————

 

「はい、おはよう。そろそろ席に戻ろうか」

 

教室の前から、杉浦先生の声がした。

女子たちが振り返る。

先生は出席簿と書類の束を教卓へ置いていた。

 

「続きはあとで。通路も空けてね」

 

「はーい」

 

「真琴、またね」

 

「うん」

 

それぞれの席へ戻っていく。

椅子を引く音が、あちこちで重なった。

正面に立っていた子がいなくなって、黒板が見えた。

私は筆箱を机の上で少しずらした。

それから、椅子へ座り直す。

入っていた力が、少しだけ抜けた。

 

「久しぶりだけど、席は一学期と同じだからね。勝手に変わってないよな?」

 

後ろの方で笑いが起こった。

 

「先生、今日は午前で終わりにしません?」

 

「午後に授業あるのも伝えてあっただろ」

 

「確認した上での提案です」

 

「確認できてるなら、そのとおりにお願いします」

 

また、教室が少し笑った。

先生はいつものように出席を確かめた。

名前を呼ばれて、私も返事をする。

特別に立つようには言われなかった。

前へ出て何か話すこともなかった。

出欠の確認が終わると、杉浦先生が書類を列ごとに分けた。

 

「まず、二学期の予定を確認します。それから、夏休み中にも連絡した写真とSNSの話を少しするから、紙を後ろへ回して」

 

前から来た束を受け取り、一枚取る。

残りを後ろへ渡した。

先日の面談で、母と一緒に見たものと同じ見出しがあった。

 

「これは今、全学年で確認している話です。友達同士ならいいだろう、と思いやすい話だけど、ちゃんと聞いてほしい」

 

先生は、プリントの最初の項目を示した。

 

「例えば、友達と写真を撮った。その場では本人も笑って写っていた。だからといって、その写真をSNSに載せていいとは限らない」

 

教室が、さっきより静かになる。

 

「撮っていいことと、公開していいことは別。載せる前に、写っている人へ確認すること。会話の画面をそのまま載せる時も同じです」

 

「鍵かけてても?」

 

女子の一人が聞いた。

 

「うん。見られる人を限ってても、保存や転送はできるから。自分のアカウントの中だけで終わるとは思わないでね」

 

先生はそこで一度、教室を見渡した。

私のところで目を止めることはなかった。

 

「名前を出さなければいい、という話でもありません。学校名とかクラスとか、いつどこにいるかとか。組み合わせれば誰のことか分かる場合もあるから、他の人の生活のことを勝手に書かない」

 

私は、プリントの端を指で押さえた。

何人かがこちらを見た気がした。

見返す代わりに、紙へ目を戻す。

 

「せんせー、これって、真琴がいるから決まったルールですか?」

 

指が止まった。

聞いた子の声に、からかうような響きはなかった。

ほかにも気になっていた人がいたのか、何人かが先生へ顔を向ける。

杉浦先生は、質問した子を見て頷いた。

 

「気になるところだとは思うよ。ただ、個別の事情をここで説明したりはしない。今話しているのは、相手が誰でも守ってほしいことだからね。全学年で、同じように確認してる」

 

「……あ、そういえば」

 

別の女子が口を開いた。

 

「真琴って、学校の名前は出してないよね。プロフィール、高校三年って書いてあるだけだった」

 

また、こちらへ視線が動いた。

何と答えようかと思う前に、先生が言葉を続ける。

 

「白瀬さんに限ったことじゃないけど、本人が公表していないことを、周りが代わりに知らせることにならないように、というのも大事なところだね」

 

「じゃあ、学校名は書かなくても、同じクラスにいるって投稿するのは?」

 

「自分がどこの学校に通ってるか分かるアカウントだったら、それだけで相手の学校も分かるよね」

 

「ああ、そっか」

 

「自分のこととして書いたつもりでも、友達の情報まで一緒に出ることがある。さっき話した、情報の組み合わせというのは、そういうことです」

 

先生は、プリントの該当するところを指した。

 

「知っていることと、ネットに載せていいことは別。友達のことを話したくなるのは分かるけど、そこは投稿する前に一度考えてほしい」

 

私は、紙の上の文字を見ていた。

同じクラスにいる。

教室の中では、今さら確かめるまでもないことだった。

でも、それが外へ出れば、私が毎日どこへ来るのかを知らない人にも伝わってしまう。

 

「……それなら、写真がなくても分かっちゃうんですね」

 

「そう。だから、写真だけ気をつければいいわけじゃないんだ。名前を出してしまうだけでも、分かってしまう場合もある」

 

先生は私に説明を求めず、質問した子へ答えていた。

私は、押さえていたプリントの端から、少しだけ指の力を抜いた。

 

先生はそのまま、校内での端末の使い方を説明した。

無断で撮影や録音をしないこと。

許可のない校内からのライブ配信はしないこと。

 

「撮影や投稿を断られたら、そこでやめること。友達なんだからいいだろ、で押し切らない」

 

その言葉に、少しだけ指が止まった。

 

「あと、勝手に載せられたとか、消してほしいけど言いにくいとか、そういうことがあったら先生に相談してください。自分たちだけで何とかしなきゃいけないとは思わなくていいから。これも、全員に話しています。トラブルになる前に、先生に相談してください」

 

私は小さく息を吐いた。

この前、先生たちが話してくれたことだった。

今は、それを私だけでなく、クラス全員へ伝えている。

 

説明が終わると、今度は提出物と二学期の予定の話になった。

進路関係の書類には、先生が何度か期限を付け足した。

 

「ここ、忘れないように」

 

「先生、それ二回目です」

 

「二回言ったから、一回は覚えて帰って」

 

由佳の声に、先生がすぐ返す。

何人かが笑った。

由佳も笑って、プリントへペンを走らせた。

私も、同じ日付へ線を引いた。

 

————

 

ホームルームが終わり、教室の音が戻ってきた。

私は渡された紙をファイルへしまい、次の準備をする。

 

「佐伯、ちょっといいか」

 

教卓の方から呼ばれ、由佳が顔を上げた。

 

「はい」

 

「すぐ済むから」

 

由佳はペンを置き、先生について廊下へ出た。

先生が教室の扉から少し離れたところへ立つ。

二人の姿は見えたけど、何を話しているのかまでは聞こえなかった。

何だろう。

少し気になったところで、近くの席の子が、提出する課題の場所を聞いてきた。

私は教卓の端を指した。

そのまま、周囲の子に話しかけられる流れがまた始まっていた。

 

由佳が戻ってきたのは、その少しあとだった。

目が合うと、小さく頷いて、自分の席へ戻る。

聞こうと思ったけれど、次の予定で教室を出る時間になった。

午前中は、そのまま進んでいった。

 

授業が始まれば、黒板を見る。

ノートを取り、当てられたところを読む。

そこは、思っていたよりいつもどおりだった。

ただ、休み時間になるたびに、何人かから声をかけられた。

朝は近くへ来なかった子が、私も写真見たよ、と言ってくれることもあった。

返事をして、笑って、次の授業の準備をする。

昼休みのチャイムが鳴った時には、弁当を出す前に、一度だけ机へ目を落とした。

教室のあちこちで、椅子が動き始めていた。

 

————

 

「真琴」

 

由佳が、弁当の入った袋を持って来た。

 

「今日、教室じゃないところで食べない?」

 

私はすぐに顔を上げた。

 

「……うん。できれば」

 

「じゃあ、ちょっと行こう」

 

鞄から弁当と水筒を取り出す。

立ち上がったところで、朝も話した女子がこちらを向いた。

 

「あれ、どっか行くの?二人で食べる感じ?」

 

「うん。今日はちょっとね。真琴もずっと話しかけられてたら食べられないだろうし、別のところで」

 

「そっか。そりゃそうだよね。じゃあまたあとでね」

 

「うん」

 

それ以上、何も聞かれなかった。

クラスの皆も、それ以上聞いてきたりはしなかった。

皆に悪気がないのは、痛いほど伝わってきていた。

 

由佳と一緒に廊下へ出る。

教室の前では、別のクラスの生徒たちが立ち話をしていた。

私は弁当の袋を持ち直した。

由佳は、いつもの階段を下りていく。

昇降口ではなく、職員室のある方だった。

人が少なくなったところで、由佳が声を落とす。

 

「朝、杉ちゃん先生に呼ばれたでしょ」

 

「うん。何の話だったの?」

 

「それ。お昼に使っていい部屋があるんだって」

 

「……部屋?」

 

「生徒指導室の小さい方。真琴と私で、お弁当食べたり、休憩したりするのに使っていいって」

 

思わず、由佳の顔を見た。

 

「そんなこと、できるの?」

 

「杉ちゃん先生が教頭先生に相談してくれてたらしいよ。学校が始まったら、落ち着ける場所もあった方がいいだろうって」

 

足が少し遅くなった。

先日の面談室を思い出す。

クラスの人たちと会った時、どんなふうに話せばいいのか気になっている。

私は、そう話した。

先生は、困ったら相談してよいと言ってくれた。

そのあとにも、考えてくれていたらしい。

 

「……いつの間に」

 

「私も、今朝初めて聞いた」

 

由佳が言った。

 

「本当は真琴に直接言おうと思ってたみたいなんだけど、もう囲まれてたし、教室で話すと周りにも聞こえちゃうし、わざわざ職員室に呼ぶのもなって。私なら一緒に食べること多いから、お昼の時にでも伝えといてって」

 

「だから、由佳に?」

 

「うん。使うかどうかは真琴に聞いてって」

 

職員室の少し手前で、由佳が立ち止まる。

 

「職員室にいる先生なら、誰でも話が分かるようにしてあるんだって。使いたい時に声かければいいらしいよ」

 

「今日だけ?」

 

「ううん。登校してる日の昼休み。食べるだけじゃなくて、少し休みたい時でもいいって」

 

私は、手に持っている弁当を見た。

教室以外で食べたいとは思った。

でも、どこへ行けばいいかまでは考えていなかった。

廊下にも、昇降口にも、人はいる。

空いている教室へ勝手に入るわけにもいかない。

 

「杉ちゃん先生、ちゃんと考えてくれてたんだね」

 

由佳の声に、顔を上げた。

 

「……うん。ありがたいかも」

 

「使ってみる?」

 

「うん」

 

「よっしゃ!じゃあ、聞いてくる」

 

由佳が職員室の入口へ向かった。

私も隣に立つ。

 

「失礼します。佐伯です」

 

入口の近くにいた先生が顔を上げた。

 

「杉浦先生から、生徒指導室を使っていいって聞いているんですけど。白瀬さんと二人で」

 

「ああ、聞いてるよ。お昼だね」

 

先生は、私たちの持っている袋へ目を向けて頷いた。

 

「ちょっと待ってね。開けるから」

 

事情を、初めから話す必要はなかった。

先生が鍵を持って出てくる。

ついていくと、職員室から少し離れたところに、生徒指導室の札があった。

普段はあまり見ることのない扉だった。

その前で、なぜか少し背筋が伸びる。

由佳も札を見上げていた。

鍵が開く。

中には小さなテーブルと、椅子が四脚あった。

壁際の棚は扉が閉まっていて、窓には薄いカーテンが掛かっている。

先生は冷房をつけてから、こちらへ向き直った。

 

「ここで大丈夫かな」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「食べ終わったものは持って帰ってね。出る時に職員室へ一声かけてくれればいいから」

 

「分かりました」

 

「午後の授業には遅れないように」

 

由佳と一緒に頷くと、先生は、ゆっくりして、と言って出ていった。

扉が閉まる。

廊下の声が、少し遠くなった。

 

————

 

「……怒られに来たわけじゃないのに、入る時ちょっと緊張した」

 

由佳が椅子を引きながら言った。

 

「うん」

 

私も向かいへ座った。

弁当の袋をテーブルに置く。

水筒を、その横へ。

もう誰かが机の脇から顔を覗かせることはない。

横を向いて、次の質問を待つ必要もない。

息を吐いた。

思っていたより長くなった。

背もたれへ身体が触れて、そこでようやく、自分がずっと浅く座っていたことに気づいた。

弁当の包みに手を伸ばしたけど、結び目をほどく前に止まった。

少しだけ、このままでいたかった。

 

「……真琴?」

 

由佳がこちらを見ていた。

 

「ん?」

 

「さっき、結構無理してたでしょ」

 

すぐに返事が出なかった。

大丈夫、と言うには、今は少し疲れていた。

 

「……うん」

 

由佳の手も止まった。

 

「結構?」

 

「……かなり」

 

「そっか」

 

由佳は、一度自分の弁当へ目を落とした。

それから、また私を見る。

 

「普通に笑ってたから。大変そうだなとは思ったけど、そこまでだと思わなかった」

 

「そう見えるようには、してた」

 

言ってから、少しだけ困った。

由佳にまで隠そうとしたつもりはなかった。

ただ、あの教室で顔を変えないようにしていたら、由佳にも同じものが見えていた。

 

「うん。全然、分からなかった」

 

由佳は、感心するようには言わなかった。

私は包みの結び目をほどいた。

弁当箱の蓋を外す。

卵焼きと、昨日の夕食にもあったおかずが並んでいた。

朝、母が詰めてくれたものだ。

 

「……おめでとうって言ってもらえたのは、嬉しかったよ」

 

「うん」

 

「動画も見てくれてたし。写真も、好きだって。そこは、そうだと思ってる」

 

由佳が答えた。

 

「それと、疲れるのは別でしょ」

 

箸を取り上げかけて、手を止める。

 

「……うん」

 

そうだった。

嬉しくなかったことにしなくても、疲れたとは言っていいのかもしれない。

私は水筒を開け、お茶を飲んだ。

冷たいものが喉を通っていく。

朝、女子の手が腕へ触れた時には、身体が固くなったような感じがした。

ちゃんと返事はできた。

足も引かなかった。

相手も、そのまま笑っていた。

だから、うまく済んだのだと思っていた。

今になって、肩のあたりが重かった。

 

「朝、一緒に行けば少しは楽かなと思ったんだけど」

 

由佳が言った。

 

「教室までは、どうにもならなかったね」

 

「ううん。朝は、本当に助かった」

 

「そう?」

 

「うん。一人で歩いてたら、何を見てればいいのか分からなくなってたと思う」

 

「……そんなに?」

 

私は頷いた。

由佳は少し黙った。

それから、自分の水筒の蓋を閉める。

 

「じゃあ、誘ってよかった」

 

「うん」

 

「ここのことも、使わせてもらえて本当によかったね」

 

「……うん。ちゃんとお礼言わないと」

 

職員室で話をした先生は、何も聞かなかった。

なぜ教室で食べないのか。

何か嫌なことを言われたのか。

誰と何があったのか。

そういうことを説明しなくても、鍵を開けてくれた。

面談の時、うまく言えなかった不安が、ここへつながっていた。

私は卵焼きを一つ口へ運んだ。

いつもの味だった。

噛んで、飲み込むまでの間、由佳は自分の弁当を食べていた。

何も聞かれない時間が、少しありがたかった。

 

「……私が見てない間に、嫌な事言われたりした?」

 

しばらくして、由佳が聞いた。

私は首を横に振った。

 

「ううん。何かひどいことを言われたわけじゃない」

 

「そっか」

 

「ただ、人が近くて。何人も、一斉に話してて……」

 

そこで言葉が途切れた。

それだけでも、間違ってはいない。

でも、それだけではなかった。

名前を呼ばれ、返事をして、次の子へ顔を向ける。

肩へ近づく手を、そのまま受け入れる。

笑顔が消えないようにする。

昔の教室で、相手の顔から笑みが消えた時のことを思い出した。

周りの子たちが顔を見合わせ、遠巻きに噂していたことまで浮かんでくる。

私は、それを何度も頭の隅へ押し戻した。

さっき、目の前にいた子は違う。

美月だって、あの時はただ親切にしてくれただけだった。

クラスメイトだって、悪意があったわけじゃない。

そんなのは分かっている。

分かっていることを、もう一度自分へ言い聞かせる。

それでも、自分との親しさを誰かに示そうとするような気配が少し見えてしまうだけで、あの時のことが過ってしまう。

何もされていないのに、嫌なものまで一緒に思い出す。

それだけ、あの時のことは、私の中に根深く残っていた。

 

「何か話したいことがあるなら、聞くよ」

 

声は、普段とあまり変わらなかった。

 

「何とかできるかは分かんないけど。話くらいなら」

 

「……うん」

 

「今じゃなくてもいいし」

 

由佳はそれだけ言って、続きを待った。

私は、テーブルの木目へ目を落とした。

中学の時。

その言葉から始めればいいのだろうか。

由佳は、私があまりうまくやれていなかったことくらいは、多分気付いている。

高校へ入った頃、何度誘ってもほとんど応じなかったことも覚えている。

この前は、それを笑いながら話してくれた。

あの時は、思ったより冷たく見えていたのだと驚いた。

でも、その理由を説明しようとはしなかった。

今なら、少し話せるのかもしれない。

由佳なら、笑ったりはしないと思う。

そんなことを気にする方がおかしいとも、言わない気がする。

それは、分かっていた。

 

「あのね——」

 

由佳が顔を上げる。

私は口を開いた。

何を言われたか。

何をして、何をしなかったか。

どうして、何でもないようなことにまで身体が動きそうになるのか。

最初の一つを選ぼうとしたら、その次に話さなければいけないことばかり浮かんだ。

自分の声で、あの時の言葉をもう一度言うところを想像した。

喉が詰まった。

 

「……ごめん」

 

出てきたのは、それだった。

 

「まだ、うまく言えない」

 

由佳は、すぐに何かを聞き返さなかった。

 

「うん」

 

少しして、頷いた。

 

「じゃあ、今じゃなくていいよ」

 

私は、置いた箸を見たままだった。

何も話していない。

話しかけて、途中でやめただけだ。

それでも由佳は、困った顔をしなかった。

 

「……ありがとう」

 

「うん」

 

由佳が弁当箱を少し手前へ寄せる。

私はもう一度お茶を飲んだ。

蓋を閉める時、さっきより指に力が入っていないことに気づいた。

廊下から、誰かが歩いていく音が聞こえる。

そのまま遠ざかっていった。

由佳は、私が話を続けるのを待つために、食べる手を止めてはいなかった。

私も箸を持ち直した。

 

————

 

少しずつ、弁当が減っていった。

最初は、口へ入れてもあまり味が分からなかった。

今は、煮物の味が少し濃いと思うくらいには、いつもの食事へ戻っている。

由佳が、壁の時計を見た。

 

「まだだいぶ時間あるね」

 

「うん」

 

「教室だと、食べながら話してるだけですぐ終わっちゃうのに」

 

「今日は、まだそんなに話してないから」

 

「まーそうかー。お互いにね」

 

「うん」

 

少し笑った。

さっきまで何度も笑っていたはずなのに、今は頬を動かしたあと、どの顔に戻せばいいかを考えなかった。

由佳は自分のおかずを一つつまんでから、ふと思い出したように言った。

 

「ここ使うって、先生に言いに行くの、思ったより普通だったね」

 

「うん。もっと説明しないといけないのかと思ってた」

 

「話してあるって、本当だったね」

 

「杉浦先生、そういうところはちゃんとしてるから」

 

「いつも期限の確認も三回くらいしてくるしね。杉ちゃん先生そういうの細かいし」

 

「忘れたら困るでしょ」

 

「分かってるって。先生が念を押してた次の提出物の期限もちゃんと書いたよ」

 

由佳が鞄の方を軽く指した。

私も同じ紙を持っている。

戻ったら、帰る前にもう一度見ておこうと思った。

午後も授業がある。

教室へ戻れば、また誰かと目が合うだろう。

休み時間になれば、話しかけられるかもしれない。

さっき由佳へ言いかけたことも、なくなったわけではなかった。

話せなかった言葉は、まだ自分の中にある。

それでも、弁当を食べる手は止まらなくなっていた。

最後に残ったご飯を口へ運ぶ。

由佳も、もう食べ終わりかけていた。

 

「真琴」

 

「ん?」

 

「明日も、ここで食べる?」

 

私は顔を上げた。

由佳は、空になった弁当箱を見ながら聞いていた。

今朝、駅で待ち合わせようと言った時と、同じような調子だった。

 

「今日だけじゃなくて、必要なら使っていいって言ってたから」

 

向かいの椅子を見る。

机の端に、由佳の水筒が置いてある。

明日もここへ来て、弁当を広げる。

二人で食べて、時間になったら教室へ戻る。

 

「……うん。できれば」

 

「じゃあ、そうしよう」

 

返事はすぐだった。

私は一度頷いてから、もう少しだけ言葉を足した。

 

「由佳も、一緒に食べてくれる?」

 

「そのつもりで聞いたんだけど」

 

由佳が笑う。

 

「一人になりたいなら言ってくれれば、私は退散するよ」

 

「……由佳なら、大丈夫」

 

「じゃあ、明日も二人で」

 

私は、今度は迷わず頷いた。

 

「うん。明日も」

 

弁当箱に蓋をして、包みを広げ直す。

明日の昼休みも、こうして普通に休んで、普通に話せる。

そう思うだけで、少しだけ気が楽になった。

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