『世界の舞台で脱糞ショー!』
そんな汚名を背負い、一躍時の人となった私は、さまざまなメディアから出演オファーを受けていた。
米国戦で放った私の一打が決勝点となり、日本チームはその勢いのまま勝ち進んだ。
強豪ベネズエラや、勢いに乗って勝ち上がってきたスペインなどが立ちはだかったが、私にかかればどうということはない。
並みいる強打者を抑え、対戦する投手からも次々と安打を放ち、ついにはオリンピック優勝まで果たしたのだ。
それなのに、世間をにぎわせているのは、試合での活躍ではなく、あの時の脱糞騒動ばかり。
私の美貌も、選手としての輝かしい実績も、まるでなかったことにされていた。
私は完全無欠のアスリートだったはずだ。
それなのに、なぜ汚れ芸人のような扱いを受けなければならないのだろう。
メディアからの出演オファーも、私の美貌や実績を称えるものではなかった。
どれもこれも、私が脱糞した時の状況を面白おかしく取り上げ、徹底的にいじり倒そうという魂胆が見え見えのバラエティー番組ばかり。
なかには、スカトロ系AVへの出演依頼まで混ざっていた。
そもそも、私はそんな扱いを受けるべき人間ではない。
引き締まったこの体と天性の美しさがあれば、モデルとしてだって十分やっていけるはずなのだ。
それなのに、私を見るなり、誰も彼もが口を開けばウンコ、ウンコ、ウンコ……。
もう、ウンザリだ。
いったい、いつまでこんな扱いを受けなければならないのだろう。
だいたい、私は天才なのだ。
ここまでの道のりだって、たいした苦労はしていない。
野球を始めたのも、ほんの気まぐれだった。
だが、そこで持って生まれた才能が開花し、大した努力をすることもなく、数々の功績を残してきたのだ。
いわば、私は神のような存在である。
人々から崇め奉られることはあっても、こんな扱いを受ける道理などない。
だからこそ、なんとしても、この脱糞のイメージを払拭しなければならなかった。
ウンコという忌まわしい印象を覆すには、それを上回る功績を残すか、別の話題で世間の注目をかっさらうしかない。
そこで私は、逃げるように日本を後にし、単身でアメリカへと渡った。
表向きの目的は、メジャーリーグへの挑戦だった。
MLBの公式戦に選手として出場した女性は、これまで一人もいない。
だが、私なら、その前例のない快挙を成し遂げられるはずだ。
MLBの公式ルールブックには、女性の出場を禁じる条文は見当たらない。
つまり、少なくとも試合のルール上は、女性であることだけを理由に出場を禁じられているわけではないのだ。
ならば、私が史上初の女性メジャーリーガーとなるのも、何の問題もないだろう。
いや、この美貌と天性の才能があれば、球団側だって私を放っておくはずがない。
こんなにも完璧で美しいのだ。
きっと、引く手あまたに違いない。
メジャーリーグで輝かしい功績を残し、クソを漏らしたという不名誉な過去さえ、完全に塗り替えてしまうのだ。
やがて世界中の人々が私を崇め、誰も『脱糞』などという言葉を口にできなくなるだろう。
そうなれば、あの忌まわしい騒動も、人々の記憶から消え去るはずだ。
私の頭の中では、すでに栄光への道筋ができあがっていた。
しかし──。
現実は、そう甘くはなかった。
あのオリンピックでの出来事は、私の想像をはるかに超えて広く知れ渡っていた。
『世界の舞台で脱糞ショー!』──あの汚名の破壊力は伊達じゃなかったのだ。
メジャーリーグの世界も、例外ではなかった。
私は、これほどの美貌を持ちながら、あえてマイナーリーグから挑戦する道を選んでいた。
その方が、先入観にとらわれず、純粋に私の実力と美貌だけを評価してもらえると思っていたからだ。
しかし、どこへ行こうと、ウンコを漏らしたという事実は私につきまとう。
どれほど華々しい舞台に立とうとも、どれほど自分の実力を証明しようとも、あの忌まわしい過去だけは、簡単には消えてくれないのだった。
それでも私は、マイナーリーグで結果を残し、開幕を前にメジャー昇格を果たした。
そして迎えた、華々しいデビューを飾るはずの開幕戦──。
投打ともにチーム内で誰よりも優れていると自負する私は、四番打者として打席に立った。
「オリンピックでのアンタの脱糞は見事だったぜ。……全世界が注目する中、あれほどのもんは見たことがねぇ」
打席に立つなり、相手チームの捕手、フェルナンデスが野次を飛ばしてきた。
言葉だけを聞けば、褒めているようにも思える。
だが、その顔には薄ら笑いが浮かんでいた。
明らかに私を侮辱し、馬鹿にしているのだ。
私はそんな挑発など意に介さず、静かにバットを構え、マウンドを見据えた。
相手チームの投手、マルチネスも、ガムを噛みながらニヤニヤと笑っている。
彼らが私を嘲笑っている理由は、私が女だからではない。
私が脱糞したという事実を、面白おかしく嘲笑っているのだ。
相手チームの選手たちだけではない。
スタンドの観客も含め、ここにいる誰もが、まるで珍しい見世物でも眺めるような視線を私に向けていた。
屈辱に耐えながら、バットを握る手に力がこもる。
(一発だ……一発で、こいつらの価値観を覆してやる!)
私は、いつになく本気になっていた。
表立って闘志をむき出しにしているわけではない。
だが、胸の奥では、煮えたぎるような感情がメラメラと燃え上がっていた。
もっとも、対戦相手のマルチネスは、そう簡単に打ち崩せる相手ではない。
メジャーでも指折り数えるほどの実力者であり、150キロを超える速球と、軌道の読みにくいムービングボールを武器とする本格派投手だ。
本来なら、一筋縄ではいかない相手である。
しかし、この程度の相手に手こずるようでは、偉業を成し遂げることなどできるはずがない。
私は深く息を吸い、投球モーションに入ったマルチネスの動きを、じっと目で追い続けた。
流れるような腕の振りとともに、ボールが風を切り、私の胸元めがけて迫ってくる。
かなりのスピードが出ているはずだ。
だが、今の私にはスローモーションのようにしか見えなかった。
ボールが手元まで迫った、その瞬間──。
くいっと、わずかに軌道が変わった。
マルチネスの顔には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
だが、そんな小細工が私に通用すると思ったら大間違いだ。
私は渾身の力を込め、バットを思いきり振り抜いた。
「カッキーン!」
「ブリッ! ……ブリブリ!」
あれほど気をつけていたのに、またやってしまった。
私は、あの時の脱糞を境に、力んだ瞬間に中身を出してしまうという、厄介な癖がついていたのだ。
これまでは、漏れる量もわずかだったため、なんとか周囲に気づかれずに済んでいた。
しかし、今回の渾身の一振りには、私の想像をはるかに超える力がこもっていた。
ボールはスタンドめがけて、美しい軌道を描きながら飛んでいく。
「ホームラン!」
本来なら、誰もがこの見事な一発に目を奪われ、驚きのあまり言葉を失うはずだった。
だが──。
私のおケツは、脱糞カーニバル。
場内に響き渡った異様な音とともに、打席には目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。
その光景に、球場の誰もが目を見開いていた。
固形物は辛うじて下着の中にとどまっていた。
だが、水分をたっぷり含んだそれは、下着にじわじわと染み込み、ズボンにまで広がり始めていた。
誰の目にも、私が漏らしたことは明らかだった。
相手チームの捕手、フェルナンデスと、その背後にいた球審は、マスクを持ち上げて鼻をつまんでいた。
漂ってくる臭いに耐えかねたのか、二人とも顔を背け、目の前の惨状を直視できずにいる。
その反応だけで、この場にどれほど強烈な臭いが漂っているか、想像できるだろう。
私は涙を流しながら、ダイヤモンドを回った。
だが、感動して泣いているわけではない。
何もかも台無しにしてしまったことが、悔しくてたまらないのだ。
そして翌日──。
新聞の一面には、こんな見出しが大きく躍っていた。
『一条寺さやか、今度はメジャーの舞台で脱糞!
まさに、脱糞女王!』
そのあと、私は誰にも告げず、静かに球界を後にした。
END