Oh!クソ人生   作:村上しんご

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第八話 オープンステータス

 会社帰り、夜道を歩いていると、突然、足元が眩い光に包まれた。

 

 光の中に浮かび上がったのは、まるで魔法陣のような紋様だった。

 

 僕は思わず目をつむった。いったい何が起こったのか、まったく理解できない。

 

 そして、再び目を開けたとき、目の前には見たこともない光景が広がっていた。

 

 アスファルトの道を歩いていたはずなのに、足元には石畳が広がり、その上にはふかふかの真っ赤なカーペットが敷かれている。

 

 見上げれば、広大なドーム型の天井に、無数のシャンデリアが輝いていた。

 

 レンガ造りの壁には、見たこともない紋章が描かれたタペストリーが厳かに掛けられている。

 

 そして、その奥に高くそびえる玉座には、中世の王様を思わせる格好をした年老いた男が座っていた。

 

「ようこそ、勇者の諸君!」

 

 貫禄のある男の野太い声が、広間に響き渡る。

 

 玉座の周りには、貴族姿の男たちがずらりと並んでいた。

 

 壁際には剣を携えた騎士たちが立ち、警戒するようにこちらを見据えている。

 

 そして、足元で消えかけている魔法陣の周囲では、フードをまとい、杖を手にした魔導士たちが詠唱を続けていた。

 

 それはまるで、異世界ものの漫画やアニメで見た、勇者召喚のシーンそのものだった。

 

(こ……これは……異世界!? 召喚されたのか?)

 

 僕は混乱していた。だが、その一方で、内心では興奮していた。

 

 憧れていた出来事が、現実となって目の前で起こったのだ。

 

 よく周りを見れば、魔法陣の中にいるのは僕だけではなかった。

 

 見た目のぱっとしない中年のおっさんに、大学生風の若者。

 

 そして、ギャルっぽい格好をした女子高生までいる。

 

 三人とも、この状況に混乱し、慌てふためいていた。

 

「な、なに!? ……ここは何処なの!?」

 

 女子高生が、ヒステリックな声を上げる。

 

 現実にはあり得ないことが起こったのだ。パニックになるのも当然だろう。

 

 残りの二人も、辺りをキョロキョロと見回し、呆然としていた。

 

 そのとき、玉座に座る男の隣にいた、眼鏡を掛けた神官風の男が静かに口を開いた。

 

「君たちは、このバルサッサ王国を救うため、異世界より召喚されし勇者──」

 

 その言葉に、召喚された三人は愕然とした。

 

 漫画やアニメのような出来事が、まさか現実に起こるとは思ってもいなかったのだろう。

 

 三人の顔から、みるみる血の気が引いていく。

 

「魔王を倒し、この王国に平和を取り戻すのだ!」

 

 神官風の男がそう告げた瞬間、三人は血相を変えて声を上げた。

 

「魔王!?」

 

「なにそれ!」

 

「家に帰してくれぇ!」

 

 三人とも、目の前の現実を受け入れられないようだった。

 

 しかし──

 

「静かになさい! ……魔王を討伐するまで、帰ることなどできません!」

 

 冷たい口調でそう言い放ったのは、真っ赤なドレスを身にまとった、気品漂う少女だった。

 

 ブロンドの髪をドリルのようにくるくると巻いた姿は、まるで漫画に出てくる悪役令嬢そのものだ。

 

 身分の高い地位にいるのか、その言葉を遮る者は誰もいない。

 

 扇子を片手に高圧的な態度を取る少女に、三人はたじろいでいた。

 

「あなたたちには、女神より授かりし加護があります。……その力を使って魔王を打ち倒しなさい。そのあと、元の世界に帰るがいい!」

 

 まさに、異世界ものの漫画やアニメでおなじみの展開だ。

 

 僕たちは召喚されると同時に、チート能力を授かったのだ。

 

 まだ、どんな能力なのかはわからない。

 

 だが、異世界で無双できる──そう思うと、ワクワクしてたまらなかった。

 

 変化のない毎日に、僕は飽き飽きしていたのだ。

 

「ステータスオープン!」

 

 僕は手をかざし、思わず声を上げた。

 

 思ったとおりなら、この掛け声とともに、僕のステータスが目の前に現れるはずだ。

 

 しかし──何も起こらない。

 

「……何をしておるのじゃ?」

 

 その場にいた誰もが、面食らったようにキョトンとしていた。

 

 召喚された三人は、危ない奴だとでも思ったのか、明らかにいぶかしげな視線を向けている。

 

 王国の面々も、なぜか「うわぁ~」といった顔で引いていた。

 

 まるで、中二病をこじらせた痛々しい奴を見るような目だった。

 

 僕はその場をごまかそうと、何事もなかったかのように口笛を吹いた。

 

(これじゃなかったのか? ……もしかして、石でできた文字盤とかに手を当てて、鑑定するのか?)

 

 そんなことを考えていると、さえないおっさんが口を開いた。

 

「……加護って何ですか?」

 

 おっさんの質問に、ドリル巻きの女は得意げな笑みを浮かべて説明を始めた。

 

「あなたたちが召喚された時点で、女神より何かしらの力が与えられています。……剣技やスキル、魔法……人によって特性は異なりますが、いずれも優れた能力を授かっているのです」

 

(キタ──────! 異世界無双確定!)

 

 僕は心の中で、喜びのダンスを踊りまくっていた。

 

 ようやく、平凡だった人生から解放されるのだ。

 

 しかし──

 

「優れた能力って……私、なにも変わってないんですけど」

 

 女子高生が不満そうに言った。

 

「なにか確認できるものはあるんですか?」

 

 大学生風の男も、それに続いて尋ねた。

 

 すると、ドリル巻きの女は神官風の男に目配せをした。

 

「あれを持て!」

 

「はっ!」

 

 女の命令を受け、神官風の男はいったん奥へと引っ込んだ。

 

 すぐに戻ってきたが、その手には妖しげな水晶が抱えられていた。

 

(あれに手を添えると、スキルボードが現れるんだな……)

 

 僕には、それが何なのかピンときていた。しかし、ほかの三人には皆目見当もつかないらしい。

 

 いぶかしげに水晶を眺め、小首を傾げている。

 

 神官が水晶を女に手渡すと、女は僕らを見渡した。

 

「では、そこの者、前へ」

 

「へっ? ……わ、わたし?」

 

 最初に呼ばれたのは、ギャルっぽい女子高生だった。

 

 妖しげな水晶を前に、何をさせられるのかと戸惑っている。

 

 それでも彼女は、言われたとおりに前へ出た。

 

「……な、なにすんの?」

 

「ここに手をかざせ」

 

 戸惑う女子高生を前にしても、ドリル巻きの女はあくまでも高圧的だった。

 

 女子高生は渋々といった様子で、水晶に手を当てた。

 

「ピカーン!」

 

 その瞬間、水晶が光り輝いた。

 

 あまりの眩しさに、僕たち四人は目を開けていられなかった。

 

「おぉーっ!」

 

 玉座の周りにいた貴族たちから、どよめきが起こる。

 

「お前は大魔法使いだ。……四大属性のスキルに加え、光と闇の属性まで持っている」

 

 ドリル巻きの女の声が、広間に冷たく響いた。

 

 ゆっくりと目を開けると、水晶から光の幕のようなものが浮かび上がっていた。

 

 それはまるで、空中に浮かんだデータパネルのようだった。

 

 僕たちがこれまで見たこともない文字が、びっしりと並んでいる。

 

 日本どころか、世界中を探しても見たことのない文字だ。

 

 それなのに、不思議なことに、そこに何が書かれているのかは理解できた。

 

 光の幕には、女子高生の情報が事細かに表示されていた。

 

【名前】生島 加奈子 【年齢】18歳

【職業】魔法使い(Lv.1)

【女神の加護】固有スキル〈深淵の雷〉 四大属性+(火・水・風・土) 光属性+ 闇属性+

 

 主な項目はこれらの情報に加え、アタックポイントや魔力といった基本ステータスだった。

 

 だが、表示されているのは、それだけではなかった。

 

「……な、なによ、これ……こんなことまで載せないでよ!」

 

 女子高生にも、この文字が読めているのだろう。

 

 光の幕を消そうと、血相を変えて両手をブンブン振り始めた。

 

 しかし、画面がわずかに歪むだけで、文字が消える気配はまったくない。

 

 そこには、五歳から十歳までおねしょをしていたことや、十四歳で彼氏ができたものの、今に至るまでまだ処女であることが、赤裸々に記されていた。

 

 こんな情報まで明らかになるとは、僕自身も予想外だった。

 

 強さやスキルには、まったく関係がないのだ。

 

 まして、魔王を討伐するうえで、こんな情報が何の役に立つというのだろう。

 

 それなのに、水晶の表示を見ているおっさんと大学生風の男は、ニヤニヤと笑っていた。

 

 彼女が他人に知られたくない秘密をさらされているのを見て、面白がっているのだろう。

 

 だが、二人は次に自分たちの番が来ることなど、まったく考えてはいなかった。

 

「次はお前だ!」

 

 女子高生がげんなりした様子で戻ってくると、ドリル巻きの女は、今度は大学生風の男を指名した。

 

 案の定、その瞬間、男の顔から血の気が引いた。

 

 さっきまでの笑顔は一瞬で消え、額には冷や汗まで滲んでいる。

 

「……ぼ……僕はいいです……」

 

 大学生風の男は、力のない声でそう言った。

 

 それも当然だろう。

 

 ステータスと一緒に、自分の隠しておきたい秘密まで公になってしまうのだ。

 

 しかし、ドリル巻きの女は冷たく言い放った。

 

「だめじゃ! ……お前のステータスを確認するには、この方法しかない」

 

 その威圧感の前では、とても断れる雰囲気などなかった。

 

 王や貴族、さらには周囲の騎士までもが、冷たい目で彼を見据えているのだ。

 

 そんな中、大学生風の男は力なく前へ出た。

 

 ドリル巻きの女の鋭い視線を浴びながら、ためらいつつも水晶へと手を伸ばしていく。

 

 触れた途端、輝きだす水晶。

 

 光の幕に浮かび上がったのは──

 

【名前】林 信之 【年齢】22歳

【職業】僧侶(Lv.1)

【女神の加護】固有スキル〈癒しの風〉 回復系魔法(効果50%up) 状態異常回復系魔法(効果25%up) 蘇生魔法(成功率25%up)

 

 これに加え、アタックポイントや魔力といった基本ステータスも表示されている。

 

 確かに、ここだけを見れば、優れた能力を与えられたことは間違いない。

 

 だが、その下に続く文字が表示された途端、その場にいた人々から含み笑いが漏れた。

 

「わぁー! ああああああああ!」

 

 大学生風の男は、先ほどの女子高生と同じように、必死になって空中に浮かぶモニターを消そうとしていた。

 

 そこには、幼少期からの恥ずかしい性癖が、事細かに記されていた。

 

【追記】幼少期より、女性のスカートをめくることに異様な興奮を覚える。

 

 保育園の先生のスカートをめくったことが始まり。

 

 それ以来、好きな子ができると、スカートめくりを繰り返して気を引こうとしていた。

 

 大人になってからは、道徳的な問題を考え、自分を抑えている。

 

 だが、「パンツ」というキーワードでネット検索をしては、欲望を紛らわせている。

 

────────────────────────────────────────────

 

「お前は、いやらしい奴じゃのぉ~」

 

 ドリル巻きの女がそう言ってニヤリと笑ったとき、僕も思わずプッと吹き出してしまった。

 

 普段はそんな性癖とは無縁に見える、真面目で大人しそうな男なのだ。

 

 そのギャップに、笑いをこらえられる者など、ここにはいなかった。

 

 お返しとばかりに、女子高生も腹を抱えて笑っている。

 

 しかし、そんな中で、おっさんだけは青ざめた顔で俯いていた。

 

 それもそのはずだ。こんなのは公開処刑に等しい。

 

 僕だって、本当は笑ってなどいられない。

 

 しかし──

 

「次はお前じゃ!」

 

 ドリル巻きの女が指名したのは、やはりおっさんだった。

 

 おっさんは青ざめた顔で、ダラダラと汗を流し続けていた。

 

 それでも観念したかのように、ゆっくりと前へ出る。

 

 その姿は、まさに死刑執行を目前に控えた罪人のようだった。

 

 儚げな後ろ姿に、僕自身も目頭が熱くなっていた。

 

 水晶を前にして息を呑む姿は、さっきまで笑っていた人間と同じだとは到底思えない。

 

「何をしている! 早く水晶に手をかざせ!」

 

 ドリル巻きの女に急かされ、おっさんは震える手で水晶に触れた。

 

「ピカーン!」

 

 その瞬間、水晶が光り輝いた。

 

 光の幕に浮かび上がったのは──

 

【名前】高橋 良一 【年齢】42歳

【職業】戦士(Lv.1)

【女神の加護】固有スキル〈身体能力強化〉 パワー(25%up) 俊敏さ(25%up) 物理防御(25%up) 魔法防御(25%up)

 

 続いて、アタックポイントや魔力といった基本ステータスが表示される。

 

 ここまではいい。

 

 これだけ見れば、召喚された勇者パーティーの立派な一員だ。

 

 だが、問題はここからだ。

 

【追記】会社ではうだつの上がらない万年平社員。毎日、上司に嫌味を言われながらも、窓際で目立たぬように過ごしている。仕事ができないせいで、仲のいい同僚どころか、友達すらいない。

 

 だが、その実、捨てられた子猫を助けるような優しい性格の持ち主。

 

 孤独な身でありながら、見捨てられ、ひっそりと消えゆくか弱い命を、何度も救ってきた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 最後の一文が表示された途端、おっさんの顔に血の気が戻った。

 

 それどころか、軽くガッツポーズまで見せている。

 

「お前は見た目と違って、いい奴なのだな……」

 

 ドリル巻きの女が、珍しく優しい言葉を掛けた。

 

 その表情にも、相手を労うような温かさが感じられる。

 

 それを見た女子高生と大学生風の男は、苦虫を噛み潰したような顔で悔しがっていた。

 

 そして、とうとう僕の番がやってきた。

 

「最後はお前じゃ!」

 

 僕はおっさんのステータス画面を見て、少し安心していた。

 

 何も、恥ずかしいことばかりが表示されるわけではないらしい。

 

 人知れず善い行いをしていれば、それも表示される。

 

 ならば、僕は大丈夫なはずだ。

 

 何しろ、お年寄りを見かければ笑顔で挨拶するし、会社では仕事のできない後輩を手伝ってやることもある。

 

 この間など、少し美人な同僚に食事を奢ってあげたりもしたのだ。

 

 なにより、僕はこんなところで躓いているような人間ではない。

 

 魔法使い、僧侶、戦士とくれば、残っているのは勇者だけ。

 

 そう、僕こそが勇者。この世界で唯一無二の存在なのだ。

 

 僕は水晶に向かって歩き出すと、ドリル巻きの女の顔を見て、ニヤリと笑った。

 

「さあ、水晶に手をかざせ」

 

(僕のステータスに驚くがいい……)

 

 僕は意気揚々と水晶に手をかざした。

 

 その瞬間、水晶が光り輝く。

 

 光の幕に浮かび上がったのは──

 

【名前】中島 健吾 【年齢】28歳

【職業】勇者(Lv.1)

 

「よっしゃー!」

 

 勇者の文字を目にした瞬間、僕は雄たけびを上げた。

 

 しかし──

 

【女神の加護】脱糞

 

 そこに表示されたのは、たったそれだけの文字だった。

 

 しかも、なぜかキラキラと光り輝いている。

 

(……こ、これだけ? ……しかも、脱糞ってなに?)

 

 さらに──

 

【追記】小学生の頃、掃除の時間中に同級生の前でクソを漏らす。付いたあだ名は【脱糞カーニバル】。

 

 中学生になると、生徒会長に選ばれるも、初めて壇上に立った際にクソを漏らす。その時に付いたあだ名は【脱糞生徒会長】だった。

 

 しかも、その年の文化祭でも、人知れずクソを漏らしていた。トイレに籠もり、必死に後始末をする姿からは、生徒会長の威厳など微塵も感じられなかった。

 

 高校に入ってからも、脱糞癖は収まらない。

 

 最大の屈辱は、初めての彼女とのデート中に漏らしてしまったことだ。

 

 それ以来、彼女とは音信不通になり、いまだに新しい彼女はできていない。

 

 しかも、これだけではない。大学に入ってからも、その癖は治らず……

 

────────────────────────────────────────────

 

 まるで暴走でも始めたかのように、いつまでたっても終わらない痴態の羅列。

 

 その内容に、この場にいる者たちは腹を抱えて爆笑していた。

 

 僕だって、好きでクソを漏らしていたわけじゃない。

 

 小さい頃からお腹が弱く、仕方なかったのだ。

 

 いたたまれないほどの恥ずかしさを覚えながらも、激しい憤りが込み上げてくる。

 

 そんな中、僕は思わず叫んでいた。

 

「もう、やめろ! ……やめてくれぇ!」

 

 もう、ここが異世界だろうが、勇者だろうが、どうでもいい。

 

 僕を嘲笑うこの状況を、なんとかして食い止めたかった。

 

「発動せよ! スキル、脱糞!」

 

 その瞬間、僕の尻が光り輝いた。

 

 同時に、猛烈な便意が込み上げてくる。

 

 このスキルがいったい何なのか、僕にはわからない。

 

 だが、軽はずみにその言葉を口にしたことを、僕は深く後悔することとなる。

 

 尻から溢れ出す、大量のウンチ。

 

 まるで、せき止められていた川が一気に氾濫するかのように、いつまでたってもクソは止まらない。

 

 腹を抱えて笑っていた人々も、押し寄せるクソに飲み込まれ、次から次へと流されていく。

 

 そして──

 

 僕は一人になった。

 

 この世界に突如として現れた、暗黒大陸。

 

 強靭な肉体を誇る魔物でさえ、強烈な異臭が漂うこの地では、生きていくことすらできなかった。

 

 そして、僕はこの世界で【魔王】と呼ばれるようになったのだ。

 

 

 

 

 

 

               END

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