先生は聖人であり、狂人でもあると、そう思うんです。シャーレの先生をやるにはそれくらいじゃなきゃ務まらない。
私はそう思います。
「お前誰?」
助けてもらって何様だと思うが、マジで誰?ここまで来たことがないとはいえどこんな登場は夢にも思わなかったんだが。
質問された謎の男は糸目に戻し、ワカモから暁へ視線を向けた。
「自己紹介が遅れて申し訳あらへん。うちは百鬼夜行連合学院忍術研究部副部長、狼瀬シノブや。よろしゅうな〜。」
シノブは今、暁を庇う形でワカモに立ち塞がっていた。
それはさながら、己の主人を守らんとする忍びのようでもあった。
「あらあら私を無視して会話するとは、いい度胸ですね。」
「そら悪かったな。ごめんちゃい。それで⋯⋯⋯⋯⋯何先生を殺そうとしとんねん。」
謝った気が一ミリもない謝罪、そして怒気。それはこれから重要な役目を担う者を殺そうとするワカモに対する強烈な怒りであった。
「あの方の期待を裏切る。そんな者など存在していい理由にはなりません。」
「だからって殺すとか、マジありえへん。とっととウチにお帰り〜。」
そして始まる低レベルの言い争い。互いに平行線な会話を続ける中、その隙にと現場へようやく到着できたリンと救急バック片手に駆け寄るチナツが暁の元へ来た。
「先生!ご無事ですか!?」
「先生、どこか怪我をしましたか?」
「あぁ平気平気。傷が一つもねぇよ。」
心配性な彼女達を宥めつつ、ユウカを起こすべくペチペチと頬を軽く叩く。
「先生、彼女こそがこの騒ぎを起こした生徒です。」
「ワカモが?」
「ワカモ。百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。」
「脱獄って⋯⋯⋯⋯まるで囚人みたいな扱いだな。」
「実際こいつは、『七囚人』で言われている一人や。『災厄の狐』っていうおっかない二つ名もある。」
「ここって俺の常識がことごとく噛み合わねぇな。」
ワカモを煽っていたシノブが答えた『災厄の狐』とかいうかっこよすぎる二つ名は、男心にくるものがあるが今はそんな場合じゃないと気持ちを切り替える。
「おーいユウカー。もう朝ですよー。」
「んん〜〜〜〜。はっ!」
ペチペチと叩き続けたかいもあってか、彼女はガバッと目を見開きバッと上半身を起こした。
「先生!大丈夫ですか!?」
「おう!ユウカのお陰で傷一つねぇよ。守ってくれてありがとな!」
「いえ、私は途中気絶してしまいましたし⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
「気にするな!失敗は誰にだってある。」
失敗だらけの自分がそうなのだ。これくらいならどうってこと無い。
「でもそのせいで先生を⋯⋯⋯⋯。」
どうやらユウカは気絶している間に暁を危険に晒したことに関して責任を感じているようだ。
「でも、ユウカが気絶するほどの攻撃を俺から庇ってくれたお陰で、俺は今こうしてお前と話している。だから、そんな顔するな。」
顔を俯き、暗い顔をするユウカがゆっくりと前を見る。そこにはユウカを責める顔は無く、逆に感謝の念が込められた顔をした暁がいた。
「⋯⋯⋯⋯⋯先生。」
「はい!自責するのは終わり!今は⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯アイツをどうするか、だ。」
そう言いながら見たのは、今もワカモとシノブが言い争っている状況。
互いにヒートアップし、いつ戦闘になるか分からない。
そんな状況は一瞬で終わる。
「⋯⋯⋯⋯⋯もういいです。」
「あ?何言うとんの?」
「もういいと言ったのです。こんな会話、時間の無駄です。」
そう言いながら、肩に担いだワカモの愛銃『真紅の厄災』を構える。
「奇遇やな。うちもや。」
シノブもまた構える。刀を持つ腕を垂らし自然体となる。目が僅かに見え、緋色の瞳が妖しく光る。
緊張が高まる。この世界の強者同士の見えない圧が戦場全体に広がる。
誰もがこの戦いに参加しない。彼女達は理解したのだ。これがこの争いの決着を付けるものであると。
「シノブ!」
「?なんや?」
顔を暁の方へ向けずに言うシノブはどこか危うい印象だった。もしかしたらワカモを斬り殺してしまうような、そんな雰囲気を醸し出していた。
シノブは俺と違ってヘイローがある。シノブは死ぬ心配なんて必要無い。見れば分かる。あいつはここにいる誰よりも強いという事に。だけど何か言わなきゃいけないと気が済まなかった。何かできることをしなきゃいけない気がした。
俺は『先生』だから。
そして考える。自分にできることを。
俺がこの戦いでできることなんてたかが知れている。だから、俺にできることは⋯⋯⋯!
「頼んだ!」
応援。そしてお願いすること。それしかなかった。
けれど、その言葉が。
「⋯⋯⋯⋯⋯。はは、成る程。これは『先生』やわ。」
シノブをやる気にさせた。
暁のシノブへの信頼。背中越しからでも感じる強い眼差し。力強く、温かく、誰かの心に火をつけるような、そんな言葉。
こんな言葉を掛けられたらそりゃ先生は生徒に好かれるわとシノブは心の中で呟く。
「先生は後ろで下がっといて。そして、任せときぃ。うちがこの阿呆を倒したる。」
「お話は十分ですか?」
「あんたこそこの間に負けた時の言い訳を考え付いた?」
「ふふ、ふふふふふ。」
刹那、パンッ!と発砲音が鳴り響くと同時にシノブへ真紅の凶弾が飛ぶ。
戦闘開始
先制はワカモ。怒りの感情が最大まで達したその攻撃は真紅を纏いながらシノブの頭部へ一直線に向かう。
それをシノブは。
カァン!
「おっも。けど弾けることに変わらへんな。」
重厚で甲高い、金属を強く弾く音が響き渡る。
まさかの弾き。回避でもなく防御でもなく。まさかの刀での弾きという技巧を魅せつける。
(あれを弾くのはこれでお終い。思った以上に手が痺れる。回避一択や。)
シノブは確かに強者ではあるが、ワカモを完封できるほど強くはない。
(ワカモには勝てる。けどこれはあくまで先生を目的の場所まで送るための戦い。ならうちのやるべき事は⋯⋯⋯⋯。)
「いくで?」
(ワカモの撃退!)
ビュン!と駆け出す。
その素早い動きはほとんど足音が無く、スタミナをあまり消費しない忍び特有の走りであった。
その走りは決して速すぎる訳では無い。けれど、ワカモを瞠目させるには充分な速さ。
「!」
ワカモが咄嗟に三連射するもシノブは全て最小限の動きで回避。
「せい!」
シノブは刀の攻撃範囲に入った瞬間に最速の突きを放つ。
「ふん。」
が、ワカモはそれを愛銃に取り付けられた小刀で弾き返す。
そこからは刀と銃剣の応酬だった。
シノブは弾かれるや否や、渦雲を渡るように連撃を放ち、ワカモはそれを付き合ってられないと判断し距離を取る。しかしそのワカモに対してシノブは懐から取り出した手裏剣数本を放った後、追うように高速でワカモに接近し横一文字を放つ。それにはワカモも回避しきれず、もろに食らうもののお返しだと愛銃を振りシノブの顔に切り傷を刻もうとする。けれどシノブはそれを阻止、容易く弾き切り返す。
その光景を見ていた暁はシノブとワカモの強さに驚愕していた。
ただ撃ち合いをするだけじゃない。己の命を削りながら戦う、それがまだこの世界に来たばかりの暁の心に浸透していく。
シノブは技を持って、ワカモは力で。
両者とも自分が戦っても勝てない強者だと暁は自覚した。
「ちなみに言っておきますけど、彼らが異常なだけですかね。皆が皆、ここまで強くはありませんから。」
「ですね。あれはこのキヴォトスでは一部の強者。さらに上の強者ですから。」
「分かってるって。ちなみに援護射撃とかは⋯⋯⋯⋯。」
「できません。彼の戦闘スタイルでは私の狙撃は邪魔になってしまうでしょう。」
「そうか、分かった。ならシノブが勝つことを信じようぜ。」
ユウカとチナツが言外にあいつらはヤバいと伝え、通信でハスミが援護はできないと暁の言葉に返す。スズミとリンもまたハスミと同じ意見らしく頷くのであった。
「先生、疑問に思ったんですけど。」
「ん、なんだ?」
両者が絶えず交戦を続けている中、ユウカが躊躇いながらもおずおずと手を上げて質問をする。
「どうしてシノブという人物をそこまで信頼しているんですか?言い方は悪いですし今は味方ですけど、いきなり現れた正体不明の人物ですよ?どうしてそこまで⋯⋯⋯⋯⋯。」
「『信じられるのか』って?」
「はい。」
確かにそうだ。死から遠ざけてくれたからといって味方とは限らない。なんならこの後に敵対する可能性だってゼロでは無い。
でも俺はシノブが敵だとは微塵も思わなかった。
「そりゃ⋯⋯⋯⋯⋯『先生』だからな。」
「先生だから、ですか?」
「あぁ。先生が生徒を信じなくて、誰が信じるよ?それにあいつは俺を助けてくれた事に変わりはねぇし、ワカモに怒っていた。それだけでも信じる理由には十分だろ?」
あっけらかんと、当然のように言う暁。その言葉は本心だとすぐに分かった。
そしてユウカは思う。暁の底なしの善人性はどこか危ういと、漠然とした気持ちを抱いた。
いつか暁先生は騙されてしまう。そんな気がしたのだ。
(なら私が先生を⋯⋯⋯⋯⋯。)
「お!もうすぐ決着が着きそうだぜ。」
はっ!と浮かんだ思考をユウカは振り払い、前を見ると。
「いや〜強いねんなぁ〜。それにしても渋と。マジでなんなん君?」
「くっ!」
ワカモは体中から血が流れていた。特に頭からの出血は酷く今も血を流していた。仮面は琥珀色の右目が見えており、着ている和服はボロボロだった。
対してシノブは傷は少なかった。だが無傷ではない。左腕を斬られたらしく、ポタポタと地面に水滴のように血を絶えず垂らしていた。それでもシノブは薄ら笑いを止めない。
それは勝者の笑みだから。
「ふん!次は私が勝ってみせますわ。それまでに首を洗って待っておきなさい。」
ワカモは目的を果たせず、シノブに邪魔をされ、何もできなかった事に心は炎が渦巻いていた。しかし、屈辱に燃えながらも頭は冷静だった。このままでは勝てないと判断し撤退を選択する。
「お断りや。なんせあんたがうちに勝てるなんて微塵も思っておらへんからな。あ、ちなみにこれは事実として言っとるから、勘違いしないでや〜。」
「ぐぐぐっ。」
「スゲェ『ぐぐぐ』なんて口で言う奴初めて見た。」
「黙りなさい。⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯先生、でしたか?」
暁の言葉に一瞬頭が沸騰するも、ギリギリで耐えて暁に宣言する。
「あなたがあの方の期待に応えられるその日まで絶えずあなたを襲い、壊します。」
「マジで?」
「本気です。ですので頑張ってくださいね?先生?ふふ、ふふふふふふ。」
そう言うとワカモは腰にあった煙幕弾を取り出し、それを地面へ叩き付ける。
ボン!と音が鳴り反射で皆が顔を覆う。白で包まれたその一帯が晴れた後、ワカモの姿はどこにも無かった。
「マジかよ。俺、誰かの期待に応えられるまで、ワカモに命狙われるの?最悪。」
◇
コツコツコツと薄暗い路地裏に靴が鳴り響くと同時に、ポタ⋯⋯⋯ポタ⋯⋯⋯⋯と不規則に血が滴り落ちる音も鳴り響く。
その者は息を少し荒くしながらも歩きを止めない。
足を動かしているのは、ただ強い怒りとあの方の期待に応えなければという執念だった。
「シノブ⋯⋯⋯⋯⋯あの方の友人。強いと聞いておりましたが、まさかあそこまでとは。」
予想外だった。ここまで苦戦を強いられることになるとは思いもしなかった。
というよりあれは強いではなく、『厄介』の類だろう。
銃撃を弾く腕前に忍びの剣技、手裏剣の小道具を用いた戦闘スタイルは、ワカモにとって相性は良くなかった。
まぁ、距離も要因していたのだろうが。
「シノブは後で『お礼』するとして、先生。あれは、ダメですね。」
ワカモが矯正局へ送られる前、あの方は言った。
大人としての責任と義務を果たし、子供である生徒を優しく諭し、生徒から誰よりも好かれ、礼儀正しく、変態だが立派な先生であると。
その言葉を聞いて、あの方が言う『先生』とはどのような人物なのだろうと思ったのだ。
あの方が自分よりも興味を持っている先生に対する嫉妬、そしてその先生に対しての嫉妬以上の興味。
どんな人物なのだろうと、檻の中で気になる日々を暮らし、とある人物の協力の元脱獄して、連邦生徒会が大切な物があると聞いて破壊衝動のままにスケバンを扇動し、偶然遭遇した先生を見たその瞬間。
「あんなのがあなた様の言う『先生』だと言うのですか。」
粗雑な喋り方、巻き込まれたかのような服装、髪はボサボサでとてもあの方の言う『先生』とはとても思えなかった。
そして何よりもあの顔だった。
出来損ないと言った時のあの子供のような顔。
あんな顔をするものがあの方を。
あの方を。
救えるわけがないのだ。
「ふふ、ですが。何も私は無慈悲で非道い女ではありません。考えたのですよ。今は無理なら『先生』となるまで私が鍛えればいいのだと。あぁ、我ながらなんといい案なのでしょう。」
暁が聞けば「んなわけねぇだろ!」とツッコむところだが、悲しいかな。ワカモを止められる人物はいなかった。
「ふふふ、あぁあなた様。待っていてください。私があの出来損ないを教育してみせますから。」
暗い暗い路地裏で、彼女は壊れたかのような笑いを、絶えずし続けたのだった。
その考えがあの方の望んでいない事を、彼女は知らない。
◇
「これで全てかな?」
ブラックマーケットという薄暗い街の端。一瞬で片が付き、戦場跡と化したこの場所で。気絶した凛とした、貴公子のような男の声が倒れ伏した少女たちの耳に届く。
ブン!と手に持っている剣を軽く振り鞘へ収める。その所作の一つ一つが美しく、もしこの状況でなければ騎士みたいだと無意識に呟いていただろう。
「何なんだよ!いきなり現れて⋯⋯⋯⋯!しかもうちらの戦車破壊しやがって!」
無意識に拳を握り締め、怒りをぶつける少女の脳裏にあるのは。
目の前にいる男が剣の技のみで戦車を斬り、仲間をバッタバッタと倒す光景だった。この銃社会のキヴォトスではあまりにも場違いな武器。にも関わらず、それに負けた。
それが何故かたまらなく悔しかった。
「何故、か。それは君たちがワカモの扇動に乗り、キヴォトスになくてはならない場所を破壊せんとする。そんな暴挙を私が見逃すとでも?ましてや、それが『トリニティから奪われた戦車』だというのなら尚更だと思うがね?」
は?奪われた?何を言って?うちらはちゃんと⋯⋯⋯⋯。
意味が分からない。
「君たちの調べは付いている。君たちは安値で売られていた戦車を買っただけ。そう言いたいのだろう。」
言葉を紡ぐ男は、ただ事実を述べた。
その男の表情は、どこまでも涼しげだった。
「その戦車は何者かが我がトリニティに侵入し、そして奪い取った物だ。よってそれを取り返す必要がある。それがたとえ⋯⋯⋯⋯廃棄される予定の物であったとしても。しかもそれが誰かを傷付けるために使われるのだとしたのなら、ティーパーティーの騎士として、それは見過ごせない。」
その言葉は、お前たちを攻撃して良い権利を得ていると言っているようなものだった。
しかしこっちからしたら知ったことではない。生きるのも一苦労なこの街では手段なんて選べないのだ。ワカモのあれだってちゃんとした『報酬』を得られるからこそ、参加しただけのことなのだ。
少女たちからすれば、突然現れて、理不尽な暴力を振るって大切な戦車を破壊し、めちゃくちゃにしてくれたクソ野郎なのだ。
「なんでうちらなんだ。なんで他の奴らじゃないんだ。」
勝手に口から出た怨嗟の言葉。心の底から思った理不尽を彼にぶつける。
力なき少女たちは、他人に押し付けるしかないのだ。
「⋯⋯⋯⋯ふむ。なら答えよう。」
一理あると思ってしまった彼は、騎士としてではなく、一人の人間として答えた。
「『それはそれ、これはこれ』だ。トリニティに害しようとする者、それを数を挙げればキリはない。しかし目の前で起きるまたは起こそうとする者たちを取り締まる。⋯⋯⋯⋯⋯⋯それが普通であろう?」
至極真っ当な、しかし本人にとってはふざけるな案件の発言を言った彼は。
そう肩をすくめるのだった。
ここまで読んでくれてありがとう!でもでもぉ⋯⋯⋯⋯私は皆さんに愛を届けたいのです。皆さんが一つとなり、この作品の願い、想い、愛が無限に広大に、そして永遠に広がっていきたいのデス!ごめんね!でもありがとう!ごめんね!高評価を押してくれると私に宿る皆さんへの愛が高まって執筆が捗るんです。皆さん!どうか!愛の伝道者に!ごめんね!ありがとうごめんね!