シャウラ最高!リゼロ最高!
そう思うくらいにリゼロ素晴らしかった!
「戦闘終了っと!お疲れや〜!」
チナツに左腕を治療されながら、勝利宣言をするシノブ。
ワカモの撤退により、扇動により集められた敵は戦意消失し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。中には捕まった者もいて、後でヴァルキューレ警察学校という学校の生徒たちが矯正局へ送られるそうだ。
「にしても、警察まで生徒がやってるなんて⋯⋯⋯⋯ヤバすぎだろ。大人は何やってんだよ。」
「警察なんて序の口や。お祭りからクルーズ船、果てには鉄道に至るまで。色んな役職をそれ専用の学校の生徒がやっとる。なんてたってここは『学園都市』なんやからな。」
「文化の違いは常識の違い、か。はぁ〜〜〜〜〜。これから苦労しそう。」
思わず長い溜め息を吐いてしまう。今日起こったことに疲れているというのもある。しかしそれを抜きにしても、溜め息を付いていただろう。疲労感が半端ない。
はぁ~、先が思いやられる。学園都市を舐めてた訳じゃなかったけどにしたって。
「あぁ〜もう!クソ!頭が混乱するぅ〜。」
「えっと、なんか申し訳無い気持ちが生まれたんですが。」
「奇遇ですね、私もです。」
シノブの言葉に頭がこんがらがり頭を掻きむしるも、気持ちを切り替えてバシッ!と両頬を叩き、喝を入れる。
「ヨシ!うだうだしてもしょうがねぇ。まずは目の前のことから集中!」
「その意気や先生!⋯⋯⋯⋯⋯って忘れとったけど名前なんや?」
「そういやシノブには名乗ってなかったな。んん!⋯⋯⋯俺の名前は暁ユウキ、連邦捜査部シャーレの先生になった者だ。よろしくな!」
すっと右手を差し出し握手の形を取る。
「ならうちも改めて。百鬼夜行連合学院忍術研究部副部長狼瀬シノブや。よろしゅうな。」
シノブも右手を取り出し握手をする。
シノブの手は硬かった。剣を何百回も振るったのだろう。その手はゴツゴツしていて、それでいて温かった。
「さぁ先生、自己紹介も済みましたし、サンクトゥムタワーへ行きましょう。『例の物』がそこにあるので。」
リンはそう促し少し離れたサンクトゥムタワーの所まで歩いていく。それに続いて皆は戦場だったこの場所を離れるのであった。
◇
「着いた!」
「はい。」
「これで、『シャーレ』部室の奪還完了。皆さん、ご協力ありがとうございます。シノブさんも急な参戦とはいえあのワカモを撃退したこと、感謝いたします。」
見上げてみればとんでもなく高いタワーだった。
反射するピカピカの窓ガラスに、白を基調とした壁、それに始まったあの場所から見えたヘイローのような光輪が浮かび上がるその建物。
それはこの透き通るような青空によく映えるデザインだった。
暁が一人で感服している間に、彼女達は話を進めていく。
「別にええでぇ?うちはただあんたらの大切なもんが壊されないか、心配で来ただけやからな。」
「どこでその情報を⋯⋯⋯⋯⋯?」
「忍びには忍びの情報網があるんや。あとこれは推測なんやけど、外部の人間であるワカモが、ここに来た理由もあんたらの大切なもんがあるって聞いたからちゃうの?」
「まさか情報が漏れたって言うのか?」
聞き捨てならないことを言ったシノブは、変わらず糸目薄ら笑いを貫いていた。
「せや。まぁ漏れたもんはしゃあない。結果オーライになったしな。」
「まぁそうだな。リン、今は⋯⋯⋯⋯。」
「このキヴォトスの正常化、でしょう?分かっています先生。問題は山積みですがとりあえず先生の言う通り、目の前のことに集中します。」
リンは情報漏洩という一大事に頭を痛めつつも、気持ちを切り替えて次の行動を取る。
「ここからは連邦生徒会の機密事項に触れますので皆さんはここで待機を。先生、一緒に行きましょう。」
「あぁ!分かった!皆待っていてくれ。」
「はい!先生もお気を付けて。」
「分かった!また後でな!」
そう返事をして、サンクトゥムタワーに入ろうとするリンの後を付いていくのだった。
◇
コツコツコツとこの地下室に続く長い階段を降りていく。
辺りは暗く、スマホのライト機能がなければ足を滑らせてしまうのではないかと不安になってしまうほどだ。
「なぁリン、一つ聞きたいんだけどいいか?」
暇つぶしのために俺が気になっていたことをリンに質問した。
「はい、何でしょうか?」
「連邦生徒会長ってどんな人だったの?」
「ふむ。」
「あー!別に言いたくないならいいんだ!無理に答える必要は⋯⋯⋯⋯⋯。」
「超人。」
「え?」
「超人、です。先生。あの人は『超人』でした。」
リンの後を付いてきている形のため顔は見えない。けれど、その超人という表現に何一つ間違っていないとリンは本気でそう思っていると。
不思議とそんな漠然とした考えを持った。
「彼女は歴代で最年少で就任した人物で、あらゆる物事に対して完璧にやり遂げる、そんな人物でした。実は今のキヴォトスは昔よりも平和なんですよ?」
「⋯⋯⋯⋯冗談だろ?」
「冗談ではありません。治安は最悪、不法武器の流出による紛争は絶えず、さらにはゲヘナにおいて最悪の統治者である雷帝。これ以外にも多々ありますが、これらによりまさにキヴォトスは混沌としていました。」
「そんな時期に来なくて良かった。命がいくつあっても足りねぇもん。」
もし来たら死に戻りは軽く100回は超えそうだ。
もう死ぬのはこりごりだというのに。
「そんな時に就任したのがあの人です。あの人が就いてからは治安は落ち着き、雷帝は当時のゲヘナの皆さんのお陰で失脚しました。まぁそんな無理難題を華麗にかつ最適解を叩き付けることから『超人』と呼ばれたのです。⋯⋯⋯⋯⋯あ、先生。目的の地下室に着きました。」
「あぁ分かった。」
超人、か。そんな超人と言われるやつがどうして俺を?もっと俺より力があるやつだったり、頭が良いやつだっているだろうに。
どうしてだ?
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯いや、いない人にウジウジ言ったってしょうがねぇな。
リンがドアを開け、キィーと少し甲高い音を鳴らす。
そして暁は、その奥にある物体に目を奪われた。
「ここに、連邦生徒会長が残したものが保管されています。」
「なぁリン。もしかしてあれがそうなのか?」
指を指してその物体を注目させる。
それは古びたオーパーツのような大きな石板だった。なんの支えもなく宙に浮いているという物理法則を無視したその物体は。
薄暗い地下室も相まって異質な雰囲気を醸し出していた。
「あぁそれは⋯⋯⋯⋯。」
「先生、様?」
ん?
リンがそれについて説明するよりも先に。
俺とリンの二人しかいないこの部屋に。
第三者の女性の声が聞こえた。
「っ!誰ですか!?」
即座にリンは先生を守るべく、腰にあったハンドガンを手に取り警戒態勢を取る。
「あ、リン。あそこだ、あそこ。」
そう指を指した場所は暁とリンからちょうど死角になっていた場所だった。
「っ!⋯⋯⋯⋯⋯え?」
リンがスマホのライトを向けるとそこには白尽くめの少女がいた。
長く真っ白い髪を三つ編みにしてさらにポニーテールの髪型だった。それに人間の肌とは思えないほどの白い肌、白と黒の混じったブカブカの服装、そして機械的な橙色の瞳は人間なのかと疑われてもおかしくは無い。そして、黒艶に輝く大きな輪っかの形をしたヘイロー。
作り物めいたその美しい顔は、まるで人間を模倣した機械のようだった。
「先生様?」
「なぁお前は一体何者なんだ?どうしてここにいるんだ?答えてくれ。」
「先生様。」
暁の質問には答えず、壊れたレコードのように先生様先生様と言い続ける。
しかし声を出していく事に無表情だった顔は、嬉しさが混じっていく。
「いい加減答えて⋯⋯⋯⋯⋯!」
リンが我慢できず強い言葉を少女に向けて言おうとした、その瞬間。
「先生様〜〜〜〜〜!!!!」
少女はものすごい勢いで暁目掛けて突進し、リンが反応できない速度で、ガバッ!と暁に飛びつきミシミシと強く抱き締めた。
その抱擁はまるで、生き別れた兄に再会した妹みたいでもあり、永遠の別れをしたかに思えた主人と会えたワンコの飛び掛かりのようでもあった。
「ぜん゙ぜい゙ざま゙〜〜〜!!!あ゙い゙だがっだ!!!あ゙い゙だがっだっずよ゙〜〜〜〜!!!!」
「痛ってぇぇぇぇ!!!誰だよ!お前マジで誰!?」
彼女の端正な整った顔をくしゃくしゃにし、大粒の涙を流しながら、嗚咽混じりに暁の胸に顔を押し付ける。
骨がミシミシとなる程の強さで抱き締めながら。
それに堪らず痛みと疑問が混じった質問をぶつける。
これまでの人生で彼女と話したことも、出会ったことも無い。もちろん、前の世界とここに来た世界両方ともだ。
マジで誰???
というかめちゃくちゃ痛てぇ!?!?
俺の質問に抱き締めていた彼女は、ばっ!と顔を見上げ涙を流しながら驚愕の顔を向けた。
「えぇ!?忘れちゃったんすか!?ツァーカブ!ツァーカブっす!先生様をお慕いするツァーカブっすよ〜〜〜!!!」
「痛ててててててぇ!?」
そう答えたツァーカブはさらに強く抱き締めた。
やべぇ!このままだと骨折れちゃう!?
背中をタップして力を弱めようとするも、彼女は抱き締めることに夢中だった。
彼女の柔らかい肌とか、いい匂いだとか、押し付けられる大きな胸部とか。男子なら興奮待った無しなのに、今この状況はそんな余裕なんてカケラもない!!
「あなたは!今すぐに先生から離れてください!」
リンがツァーカブを俺から離そうとしてくれるが⋯⋯⋯⋯。
「嫌っす!絶対に先生様から離れないっす〜!」
リンがどれだけ力を込めようとも、ピクリとも動かなかった。
俺からも離そうとするが、両腕が彼女によって拘束されているような状態のため、全然動かせなかった。
「離れたくないのは分かった!だから少し力を弱めてくれないか!?このままだと背骨ポッキリ折れて死んじまう!?」
「っ!?」
死んじまう。その言葉を聞いた瞬間、ツァーカブはばっ!と暁と距離を取り抱きしめるのを止める。
しかし放したツァーカブは顔を青ざめながら「違う違う。」とぶつぶつと呟きながら頭を抱える。
「ちがっ!違うっす!決して先生様を殺し⋯⋯⋯⋯たい、わけじゃ。」
罪人のように懺悔を繰り返し、壊れかけた物を繋ぎ止めようとするその姿は、どこか痛々しい。
「しかし現にあなたは先生をころそ⋯⋯⋯⋯⋯!」
「リン。」
リンが続けて言おうとした言葉を強く遮る。
「それ以上はいけねぇ。」
「しかし先生!あなたは確かに⋯⋯⋯⋯!」
「いいんだ。別に気にしてなんかねぇよ。⋯⋯⋯⋯⋯⋯なぁツァーカブ。」
「ッ!!」
ビクッとまるで叱られた子犬のような顔を彼女はした。
目に大粒の涙を溜め、両手は裾を強く握り締めていた。
「次からは力を弱くしろよ。」
「へ?」
素っ頓狂な声がツァーカブから出る。
それに少しおかしくて口角を上げながら。
「あーー、そのーー、なんだ?つまり、だ。⋯⋯⋯⋯⋯別に抱き締めてもいいよってことだ。」
「え?」
言おうとしている言葉があまりにも恥ずかしくて、途切れ途切れになりながらも頬をかきながら勇気を振り絞る。
というか、もっと何か言う事あっただろと己の情けなさに引いた。
その言葉に素っ頓狂な声を出す彼女を無視して、勇気を振り絞って、続けて言う。
「⋯⋯⋯⋯⋯俺はお前のことを知らない。」
「っ!」
くしゃっと顔を歪ませる。涙を静かに流し、俯く。
それだけ彼女にとっては辛いことなのだろう。ようやく会えた人物との感動の再会と思ったら、相手は何も覚えておらず、初めまして状態なのだ。
俺だったらツァーカブと同じように涙を流すだろう。
だからこそ。俺は問う。
「だから教えてくれないか?」
「ぇ?」
「お前の好きなもの、嫌いなもの。どんな趣味を持っていて、どんなことが不得意なのか。」
ただツァーカブは呆然と暁を見る。
ただただじっと。ここで初めて、暁ユウキをしっかりと見た。
暁の髪、暁の瞳、暁の服装、暁の手。
その全てが自分の知る『先生様』では無いと、初めて気付いた。
「とりあえず自己紹介だな。」
胸に手を当て、ツァーカブをしっかりと見る。暁の瞳にはツァーカブが映っていた。
「俺の名前は暁ユウキ。連邦捜査部シャーレの先生だ。趣味は読書、嫌いなものは傲慢な人間だ。特技は人間観察、不得意なのは、あまり多くのことはできないことだな。」
すらすらと自己紹介をしていく。
自分の良いところから恥ずかしいことまで、なんの迷いもなく喋る。
「っと、こんなところかな?さぁ、君の番だ。⋯⋯⋯⋯⋯⋯君の名前を教えて欲しい。」
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あぁそうか。この人は『先生様』だ。)
この世界に生まれて5年の月日。その間に愛を捧げた『愛しの先生様』に会いたい、会いたいと乞い願ったこの瞬間。確かに彼は間違いなく先生なのだろう。
しかし、その悲願が叶ったと思い込んだことで、記憶の中の先生様と、目の前の人物が違うと気が付かなかった。
姿形だけで『先生様』と勘違いしてしまった。
おかしな話だ。何もかもが違いすぎるというのに。
その精神性、心遣い、容姿、服装、言動。その全てが。
しかし、ツァーカブは確信した。
たとえ記憶と姿形が違っても。口調が似ても似つかなくても。
この人はこのツァーカブがお慕いする『先生様』なのだと。
深呼吸をして熱を冷やす。ココロを落ち着かせ、しっかりと前を見る。
その顔は、もう泣きじゃくる子供ではなかった。
「あーしの名前はツァーカブ。ただのツァーカブっす。先生様。」
その言葉に柔らかい笑みを浮かべた暁は。
「あぁ、その名前。確かに覚えた。」
力強く、答えるのだった。
◇
「悪いリン。強く言っちまって。」
「先生、あなたは優しすぎます。」
「それが先生様の良いところっす!」
「あなたは黙ってください。⋯⋯⋯⋯⋯はぁ。それであなたは何故ここにいるのですか?」
リンの掛けているメガネがピキリと音が鳴るかもと思うくらいの怒りを覚えるが、立て直してツァーカブに問う。
「ここは連邦生徒会の建物。外部の者がここに来れるなんてあり得るはずが⋯⋯⋯⋯。」
「え?普通に入れたっすよ?」
「え?」
「え?」
リンと俺の声が重なる。
おかしい。普通は鍵を掛けられているはずだ。現に俺達は鍵を開け⋯⋯⋯⋯⋯て。
「あ。」
鍵開けてねぇじゃん俺達!え!?つまり大切な『例の物』は、いつワカモに壊されてもおかしくなかったってこと!?あそこで俺のところに来なきゃ、キヴォトスは終わってたってこと!?
「リン、次からは鍵掛けような。」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
「?」
リンはこのような不始末にストレスがマッハで溜まっていく。
「んん〜〜、よく分かんないすけど、先生様の目的の物って⋯⋯⋯⋯⋯これっすか?」
そう言いながら、取り出したのはタブレット端末だった。
「これ何?」
「⋯⋯⋯⋯幸い、傷一つなく無事ですね。良かったです。」
リンがタブレットを確認し、傷が無いことを知りほっと息を吐いた。
そのタブレットをツァーカブは俺に押し付ける形で渡した。
「これが、連邦生徒会長が先生に残した物、『シッテムの箱』です。」
「ただのタブレットにしか見えないんだけど。」
「確かに普通のタブレットに見えますが、実は正体の分からない物です。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みのすべてが不明。連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました。」
「ちなみにリンは⋯⋯⋯⋯。」
「私たちでは起動すらできませんでした。」
「マジか。」
「はい、ですが先生なら起動させられるはずです。」
そう言っているリンはどこか不安気だった。
やっぱり俺じゃ⋯⋯⋯⋯。
「いや起動できるっすよ。」
ツァーカブの断言が俺の思考を遮った。
「それはまたなんで?」
「だって先生様っすから。先生様にできないことなんて存在しないんすよ。」
ツァーカブの顔には絶対の信頼が滲み出ていた。
「⋯⋯⋯⋯⋯お前の知る先生様ってどんだけスゲー奴なんだよ。」
その熱い眼差しから顔を背けるようにシッテムの箱を見る。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
「では、私はここまでです。ここから先は、全て先生にかかっています。私たちは邪魔にならないように、離れていますね。」
「えぇーー!!あーしもっすか!?嫌っす!先生様から離れないっす!」
しれっと暁に近付き、ぎゅっと腕を抱き締める。先程のことがあったからか、かなり手加減しているらしく、振り解こうと思えばいつでも振り解けるくらい弱かった。
けれど絶対に離さないという確固たる意思を感じさせた。
「絶対に!あーしは!先生様から離れない⋯⋯⋯⋯っす!!」
嫌々〜!と駄々っ子のように首を激しく横に振り、リンの思惑を否定する。
「大体あなたは部外者です。本来ならここにいてはなりません⋯⋯⋯⋯!」
「いーーーやーーーっすーーー!!」
「⋯⋯⋯⋯なぁツァーカブ。ちょっと質問してもいいか?」
「!はい何ですか先生様!何でも答えちゃうっす〜!」
ぱぁ!と満開の笑みを暁に向ける。
なんだかおっきいワンちゃんみたいだと思いつつも、質問をぶつけた。
「お前ってこの『シッテムの箱』について知ってたのか?」
「もちろんっす!あーしの知っている先生様は、これを使って⋯⋯⋯⋯⋯⋯あれ?」
途中まで元気よく話していたのに、急に頭を傾げて疑問符を浮かべた。
「どうした?」
「いや〜その〜。先生様、これの使い方とか以前の先生様の事とか、色々知ってるんすよ。けど、なんで『このシッテムの箱を知っているのか?』『何故このシッテムの箱の能力の詳細や使い方を知っているのか?』いやそもそもなんで『以前の先生様を知っているのか?』これが全然分からないんすよ。」
語られたのは何故自分は知っているのか?という疑問だった。
名前、使い方、能力、その以前の主。
それを『何故覚えているのか』全く分からないという。
「⋯⋯⋯⋯⋯ま、今はそんな事どうでもいいっすね!」
「いやどうでも良くないんですが!?」
思わずツッコミをしてしまう程に動揺したリン。
「まぁその話は後にしとこうぜ。ならツァーカブ、起動方法とかは⋯⋯⋯⋯。」
「知らないっす!」
「知らないんかーい!」
自信満々に答えるツァーカブ。今度は暁がツッコミを入れる番だった。
「大丈夫っすよ!先生様なら起動できるっす!」
コアラ状態だったツァーカブは一旦離れ、近くで見守る。その目は揺るぎない信頼の眼差し。
ふと見れば、どうせ何言っても聞かないだろと思って距離を置いたリンの姿。
手元を見る。そこには見えづらいが確かに、俺の顔が映っていた。
不安気で、眉間に皺を寄せた、先生となったばかりの暁ユウキが。
数回深呼吸をする。
ここは分岐点だ。
それを確信させるほどにこれは目に見えない圧を放っていた。
もしここで起動すれば、俺はこのキヴォトスで生きていくのだと、そう告げているかのようだった。
それでも俺は⋯⋯⋯⋯⋯。
震える人差し指で起動ボタンを押す。
デュイン⋯⋯と機械特有の起動音が鳴った後、画面がぱっと光る。
その画面は、"S"と読める独特なデザインが中央にデカデカと現れ、所々がボヤけSのマークの下にある文字は読めたものじゃなかった。
画面に文字が並んでいく。
⋯
Connecting To Crate of Shittim…
システム接続パスワードをご入力ください。
「は?パスワード?」
確かにパスワードがあるのは当たり前だろう。問題は、俺はこのシッテムの箱のパスワードは全く知らないということ。
「なぁツァーカブ。パスワードって⋯⋯⋯⋯。」
「知らないっす!」
「だよなぁ。」
起動方法を知らないのだ。当然、パスワードなんて知ってるわけがない。
どうしようかと悩んでいると。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯いやそんなまさか。」
シッテムの箱にパスワードを入れていく。
スラスラと、何の淀みもなく、さもできて当然だと言いたげに。
パスワードは。
⋯⋯我々は望む、七つの嘆きを。
⋯⋯我々は覚えている、ジェリコの古則を。
頭の中に突如として浮かんだ文字。
何故かは分からなかった。だけど、このパスワードだと確信できた。ご都合主義のように唐突に助けが来たこの事実とこのタブレットに、得体のしれないものを感じた。
今日だけで色々なことが起きている。
突然の召喚、学園都市キヴォトスの常識、ヘイロー、ツァーカブのこと、そしてこの『シッテムの箱』。
特にこのシッテムの箱が異常だ。
このシッテムの箱を超人と言われる連邦生徒会長が俺宛に渡したものだというのなら。
何故これを俺に?
そう思っている間に、シッテムの箱は俺の打ったパスワードが正解だと画面で表していた。
⋯⋯。
接続パスワード承認。
現在の接続者情報は暁ユウキ、確認できました。
シッテムの箱、起動
シッテムの箱へようこそ、暁勇気先生。
◇
「よし、起動完了だな。あとはサンクトゥムタワーにアクセスして、問題解決!⋯⋯⋯⋯といきたんだが。うーん?⋯⋯⋯⋯⋯⋯これどうやるだ?」
「それならあーしにお任せっす!!」
「うぉぉぉ!!ビックリしたぁ〜〜。」
横から大きな声で出てきたツァーカブに驚きすぎて、危うく落としかけたシッテムの箱を握り直す。
起動には成功したものの、どうすればいいのか全く分からない暁にとっては渡りに船だった。
「なぁツァーカブ、このサンクトゥムタワーにアクセスして連邦生徒会の負担を楽にさせたいんだが⋯⋯⋯⋯⋯どうすればいい?」
「それなら、ここをこうして。」
ツァーカブの教えの元、シッテムの箱を使ってアクセス権を修復していく。
「ほうほう。」
「ここをこーやって。」
「うんうん。」
「そして、こうっす!」
「できた!!」
その暁の言葉とウイィィィィン!という音が地下室に響く。暁達がいるこの部屋に電源が入ったからか、数回点滅した後、部屋の明かりは付いた。
「これでサンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了っす!これで先生様はサンクトゥムタワーの制御権を手にし、今のキヴォトスを手にしたも同然っす!」
嬉々として語るツァーカブの口からとんでもない事実を言った。
急いで手元を見る。そこにはサンクトゥムタワーの制御権取得完了と入力されていた。
このサンクトゥムタワーって俺が思っている以上に、このキヴォトスにとって大切な建物なんじゃ?
「さぁさぁ!何するんすか!?キヴォトス征服っすか!?支配者になって、キヴォトスを変えるんすか!?あーしはどんな願いであっても先生様に付いていくっすよ!」
大興奮で語るツァーカブが俺にはどこか危なげで、恐ろしく感じた。
もしここで冗談でも『キヴォトス征服だ』と言えば迷わずこいつはキヴォトスを征服する手助けをするだろう。
今俺は、小説でいうなんでも叶えるという賢者の石を持っているに等しかった。
サンクトゥムタワーとシッテムの箱の組み合わせ。これは危険だ。
俺の取るべき選択は⋯⋯⋯⋯。
「ツァーカブ。」
「はい!なんすか先生様!」
「このサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に渡してくれ。」
「はいっす!⋯⋯⋯⋯⋯⋯って、あれ?なんでっすか?こいつら、トップがいなくなった途端に何もできない有象無象じゃないすか。」
「言葉厳しいなおい。リンに聞こえなくてよかったよ。」
ちらっと見てみれば遠くで今も見ているリンの姿だった。あの表現から見て、この会話は聞こえてないらしい。
「なぁツァーカブ、俺の言った言葉を覚えているか?」
「もちろんっす!一言一句、覚えてるっすよ!」
「何度でも言うが、俺は傲慢な人間が嫌いだ。」
ツァーカブの目を合わせる。
その目には暁ユウキが映っている。
「もしここでキヴォトスを自分の都合の良いようにやってしまったら、本来得られるはずだった喜びも、苦しみも、楽しみも、悔いも。何もかも得られないか、別の形で得てしまう。」
真剣に、俺の言葉をツァーカブに伝える。
「俺は知ってる、唐突に奪われた楽しみや、選択を。」
思い出すのは、この世界に来た直後のこと。その時に感じた心の痛み。
「俺は覚えている、この終わった時の消失感を。」
今も心を刻んでいる死んだ時のあの一瞬。何もかも終わって、ただの屍になった時のあの虚しさ。
「だから『このまま』だ。この世界が硝煙が漂って、血生臭いようなクソったれな世界であったとしても。ここは学園都市だから。青春と奇跡が織りなす学園物の物語だと言うのなら、俺はそれを尊重したい。」
「⋯⋯⋯⋯それが例え先生様が苦しくなってもっすか?」
悲痛な顔をするツァーカブに心を痛めるが、それでもと言う。
「それでも、だ。それにこの俺の苦しみで誰かがここでハッピーエンドを迎えられるのだと言うのなら、俺が何度だって地獄へ落ちてやる。」
他者の幸せのために、必要とあれば何度も傷付き苦しもうとも、何度もその人のために走り続けているその姿勢。
それはその助けようとする他者の暁に対しての思いを無視している。
究極の自己犠牲。自力本願。他者の気持ちを踏み躙ってでも自身の望む『ハッピーエンド』に至るまで進むその気持ちは正に。
傲慢。
暁はそれを理解している。理解した上で彼は走るのだ。
全てはハッピーエンドのために。
それが例え、ハッピーエンドの中に暁ユウキが入っていなかったとしても。
数秒間、ツァーカブは沈黙した。
目を閉じ、俺の言葉を理解しようとしている。
「ツァーカブ、もう一度言う。サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に渡してくれ。」
「⋯⋯⋯分かったっす。なら、貸してくださいっす。」
「分かった。」
手元にあるシッテムの箱をツァーカブに渡す。
数回操作した後、ぱっとシッテムの箱を俺に返す。
「これで、サンクトゥムタワーの制御権を渡したっすよ。」
「サンキュー。ツァーカブ。」
「⋯⋯⋯⋯先生様、手伝うっす。」
「?何をだ。」
神妙な顔付きで、真っ直ぐに暁を見る。その顔はどこまでも真剣だった。
「先生様を一人にはさせないっす。例え先生様が来るなって言っても絶対に付いてくるっす。もう一人は嫌っす。だから、先生様に立ち塞がる敵を倒して、先生様の負担を無くして、先生様の隣で支え続けます。これは、誰かの命令でもない。私の、ツァーカブの自由意志の名の下に、先生様と共に歩みます。⋯⋯⋯⋯⋯だから先生様、付いてきても、いいですか?」
上目遣いで不安気に暁を見る。
彼女の宣言は話していく事に、不安になっていったのだろう。最後には消えてなくなるのではないかと思ってしまうほどに、弱かった。
きっと、前の先生の事を思い出したから。
俺はそんな彼女に、心の中で思ったことをそのまま告げる。
「⋯⋯⋯⋯⋯お前は俺が付いてくるなって、言っても付いていくんだろ?なら、俺の許可なんて必要ねぇよ。」
お互いに己の姿が映る。
「お前の自由意志を俺は尊重する。だから、お前の好きにしろ。ツァーカブ。」
「っ!!⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯先生様ぁ!!!」
徐々に涙を溜め、最後には感情の爆発とともに流した。
嗚咽が混じった嬉し涙。それを俺は無いハンカチの代用として指で涙を拭う。
それにより、彼女は大きな泣き声を上げ、最後には抱き締めた。
最初とは違う。弱くも力強い、そんな矛盾とした抱擁を。
俺は彼女がどんな思いで俺を先生様と言ってくるのか分からない。
何故俺なんかを慕ってくれるのか分からない。
きっと前の先生の面影が重なって、その思いを俺にぶつけているのだろう。
結局のところ、彼女は縋っているのだ。誰かと間違えるほどに精神が擦り減り、会えるかも分からない先生に恋焦がれながら日々を過ごす。それは苦痛以外のなんでも無い。
だから彼女は暁ユウキを慕うのだ。
もうこれ以上、辛くて、苦しくて、寂しくて、悲しくて、痛い思いをしたくないから。
独りよがりの寂しがり屋。誰かを愛さなければ壊れてしまう独善的な色欲に溺れる者。それがツァーカブ。
それを俺は分かってしまった。だから、そうだから。
俺はツァーカブ、お前を絶対に。
「救ってみせる。」
色欲に囚われた少女を救いたいという小さい宣言は、誰にも聞こえはしなかった。
エアプ