転生先のゲーム世界でアバズレヒロインが清楚堕ちしてる件 作:図画工作で使うトイレットペーパーの芯
「どこかな〜」
兄上の試練を無事にクリアし、ユルルを探している最中のことだった。
とんとん、と後ろから肩を叩かれ振り返ると、そこにはどことなく見覚えがある赤髪の女性がいた。
俺より少し年上くらいだろうか。
派手な美人というわけではないが、素朴感のある綺麗な令嬢という第一印象……いや、どこかで会ったことがあるような。
「えーと」
「あたしのこと憶えてない?」
「見覚えはあるんだけど……ごめん、思い出せないや」
「まあ、5年前とかだもんな〜」
5年前の記憶すら思い出せない俺は雑魚です。
というのは冗談として、これは恐らく所々歯抜けになってる記憶の影響なんじゃないかなと思う。
思い出せる部分はくっきり思い出せるのに、まるで穴が空いているように思い出せない部分がある。
憑依した時のショックとか副作用とか……諸々思い当たる節はあれど仕方ないことだとは思う。
にしても中々に馴れ馴れしいけど不快感が無いな。
サッパリした性格っぽいのもあって、特段敬語じゃないことに違和感がないし……そもそも俺自身誰に対してもタメ口だから人のことは何も言えません。
「あ~、なんか申し訳ない」
「いやいや! 結構経ってるし仕方ないよ」
「改めて名前聞いても?」
女性はふわりと堂に入ったカーテシーを披露して、深窓の令嬢のような儚げで柔和な笑みを浮かべて言った。
「ヴィルレ男爵家が長女、イスリア・ヴィルレと申します。本日お目にかかれました栄誉、心より感謝申し上げますわ──なんちゃってね?」
パチッとウィンクをする女性、改めイスリア。
その姿に、俺は突如記憶の蓋が刺激された。
イスリア……ヴィルレ男爵家……赤髪勝ち気サバサバ系ヒロイン……兄上の──
──兄上の幼馴染だコレ!!!
「あーっ!! 思い出した!! 5年前に兄上と一緒にいるとこ見て死ぬほど茶化した記憶ある!!」
「あっはっは!! そんな思い出し方ある!? 確かにアレはあたしも恥ずかしかったけどさ〜」
腹を抱えて笑う姿は貴族令嬢とは思えない剛毅さがあった。
そうだそうだ、兄上の幼馴染だ。思い出したわ。
たまたま兄上と一緒にいるとこを発見した当時クソガキの俺が、めちゃくちゃ二人でいることを茶化しまくって冷やかしまくって、珍しく兄上を赤面させた出来事のアレだ。
クソガキの俺でも分かったことだけど、普通にあの時からずっと両想いなんだよな。
なのに頑なに婚約者として認めない兄上に地味に痺れを切らせていた記憶がある。
くそ〜、もっと早く思い出していれば早々にくっつけ大作戦をやったと言うのになぁ……!!
「え、まだ婚約してないの?」
「そうなんだよねぇ……何回も言ってるんだけどさ。君に相応しい男は私ではない、って突っぱねられんだ」
イスリアは兄上への好意を隠す気は無いらしく、眉を顰めながら愚痴を吐く。
……あっ、そうだ。5年前もたまにイスリアの愚痴を聞いてたっけか。途中から俺が完全にユルルの尻を追うようになったから会わなくなったけど。
「まあ、大方俺と同じ理由だろうな」
「え、なんか分かるの?」
イスリアがずいっと圧を感じさせる距離に近づいてきた。
5年前の俺じゃ分からなかったかもしれないが、今となっては何故兄上がイスリアと婚約しないのか分かる気がする。
「兄上はもう次期皇帝がほぼ確定してる状況だ。でも帝国貴族全員が兄上を認めているわけじゃない。嫉妬や恨みから失脚を狙うクソ野郎が現れる可能性は高い」
「うん……国のトップに立つってそういうことだよね」
「あぁ。その際に一番狙われるのは兄上本人の命だが、恨みから行動するヤツは周りをも巻き込んでくる。──兄上はイスリアを巻き込むことを恐れてるんだよ。愛ゆえにな」
「ほひゅ、愛……」
愛という言葉にイスリアの頬がぽっと赤くなった。
ある程度予測が入っているが、大体合ってるんじゃないかと思う。
「ふはっ」
……よくよく見れば、近くにいる貴族のほとんどが兄上派閥の人間で構成されている。婚約しないと明言している割にパーティーに連れてきているのは、自分の目に届く範囲のほうが安全だからだろう。
過保護なことで。愛だな。
「兄上は自分の心を砕くことのできる人間だ。このままだと割り切った政略結婚に走りかねないぞ」
「だ、だよね……どうしよう。あたし、ラビ様以外と結婚する気無いんだけど……このままだと齢18で修道入りしちゃうよ!」
泣きそうなイスリアの姿を見た俺はニヤリと笑う。
ふっふっふ……これは兄上に貸しを作るチャンスじゃないか。特大の貸しをね……。
これを楯にして今度美味いものでも奢ってもらお。
「任せろイスリア。じれったくなってる俺がいっちょやらしい雰囲気にしてやんよ」
「策があるんだね……!!」
「ああ。外から鍵のかかる部屋に二人を閉じ込めるから既成事実を作れ」
「……レヴィ様……」
俯くイスリアが俺の名前を呼んだ。
流石にちょっと倫理観無かったか?
いやでもこれくらいじゃないと梃子でも動かないだろうし。
これを否定するようなら俺にできることは……。
だが、パッと顔を上げたイスリアの瞳はキラキラしていた。
「──もしかして天才?」
「だろ!? これで勝確だぜマジで」
「「はっはっは!!」」
テンションの上がった俺達は、悪友のノリで肩を組みながらゲラゲラ笑っていた。
その時、ふと後ろから底冷えする声が聞こえてきた。
「────随分と、仲がよろしいようで?」
「アッ、ユルル……」
ギギギと振り向くと、背景に吹雪が見えるほど極寒の表情をするユルルがそこにはいた。
「なるほどなるほど……今回のパーティーに拘っていたのは、妾候補を見繕うため、でしたか。ふふふ……ふふふふ……それはそれは仕事熱心でよろしいと思いますよ」
無表情で放たれる笑い声はシンプル恐怖だった。
……な、何があかんかったんや……? さ、流石に変なテンションとノリだったとしても令嬢と肩組んで笑うのはダメだったか……?
いやダメか。端から見たら結構アウトだわ。
で、でも何で怒って──ハッ!? このままだと俺の外聞が悪くなってユルルにも迷惑がかかる!!
それを嫌ってのことか!!
きっとそうだ、と納得した刹那、ユルルは無表情のままイスリアに近づいて耳元で何かを言った。
「──ぜったいに、渡しませんから」
ユルルに何かを言われたイスリアは、きょとんと目を丸くした後「あっはっは!」と笑いながらユルルの頬をむぎゅっと掴んだ。
「ふぁ、ふぁにをするんふぇふか!!」
「噂の婚約者だよね? 大丈夫大丈夫、あたしはラビリス様一筋だから。肩組んで笑ってたのはちょっとテンション上がっちゃってさ。流石に良くなかったよね、ごめん。謝る」
「……そうなんですか、レヴィ様」
急に水を向けられた俺は、ユルルの無表情の圧力に屈しながら必死に首を縦に振った。
ゆ、ユルルは何を言ったんだ……?
疑問が尽きない中、俺とイスリアを見るユルルは何かを納得したのかバツの悪い表情で頭を下げた。
「申し訳ありません。早とちりしてしまいました」
「いいよいいよ。誰だって好きな人のことになると暴走しちゃうよ。乙女だもん」
「……べ、別にそういうのじゃありませんから」
「へぇ〜? さっきはすごい怖かったなぁ〜? だってあんな剣幕で──」
「レヴィ様行きましょう。今すぐに」
珍しく顔を真っ赤にしたユルルに見惚れていると、いつの間に手を引かれてパーティー会場の隅に移動していた。
なんかすごい可愛いなとポワポワした感情が広がるものの、何を話して良いか分からず気まずい雰囲気が満ちていた。
するとユルルはまだ収まっていない頬の熱のまま、俺の手を握ってハッキリ聞こえる声で言った。
「私の婚約者はあなただけで、あなたの婚約者も
「えっ……それはどういう……」
「……言葉通りの意味です!」
それが分からないんだって!! と内心で泣きながら、とりあえずユルルがめちゃくちゃ可愛いのだけは確かだと思った。
……やっぱり俺のこと好きだったりする?
教えて兄えもん!!!
兄えもん「なぜイスリアは私のことを獲物を狙うような目で見ている」
ヘタレ主人公も大概だけど、素直になれないヒロインもヒロインである。
ちなみに素直になれない理由は物理的にあるものとする。
次回
ルート分岐:孤独の帝王