金持ちのピットブルを殴ったら、24時間公開配信刑に処された 作:匿名
犬を殴ったら、人生が終わった。いや、「配信」が始まったと言うべきか。
「――これより、受刑番号0729番、山岸タクマの『24時間公開配信刑』を執行する。前へ進め」
背後から突き飛ばされるようにして、俺は鉄扉の向こうへ足を踏み出した。
ひんやりとした湿った空気が、支給されたばかりのペラペラの囚人服を通り抜ける。
カビと、鉄錆の匂い。
目の前に広がっていたのは、見渡す限りの薄暗い洞窟だった。
ここが、国が管理する巨大ダンジョン――『網走地下街』。
俺の頭上には、ソフトボールほどの大きさの球体型ドローンが浮かんでいる。
監視、撮影、実況。
俺の二十四時間を、余すことなく世界中へ垂れ流すための機械だ。
『システム起動。生体認証クリア。これより、受刑者・山岸タクマの二十四時間リアルタイム配信を開始します』
機械的な、それでいてどこか小馬鹿にしたような女の声が響く。
こいつの名前はナビ子。
ふざけた名前だが、今日から俺の相棒兼看守らしい。
「……三年か。長いな」
俺はため息をついて、ガリガリと頭をかいた。
俺がこんな薄暗い穴倉に放り込まれた理由は、極めて単純だ。
犬を殴った。
数日前、札幌のバラック街で暮らしていた俺は、富裕層のガキが放し飼いにしていたピットブルに襲われた。
噛まれそうになったから、反射的に殴り飛ばした。
犬は泡を吹いて倒れた。
それだけだ。
バラック街では、自分の身は自分で守る。
そんなのは当たり前だった。
だが、今回は違った。
相手が富裕層なら、話は変わる。
正当防衛など認められず、俺についた罪状は――。
『動物愛護管理法違反および器物損壊罪、上級市民への反逆』
どう考えてもおかしい。
だが、裁判所は俺の意見なんて聞いてくれなかった。
そして言い渡されたのが、この国で大人気の刑罰。
――『24時間公開配信刑』。
ダンジョンで採掘作業をさせられ、モンスターと戦わされ、その一部始終を二十四時間、世界中に公開する。
飯を食う姿も。
糞をしている姿も。
寝ている姿も。
全部だ。
プライバシーなんてものは、最初から存在しない。
『現在の同時接続視聴者数、327人。コメントの読み上げを開始します』
ナビ子が空中にホログラムのウィンドウを展開した。
そこには、俺を見世物として楽しむ連中の書き込みが滝のように流れていた。
『うわ、また貧民区のゴミが来たぞ』
『身長だけはデカいな。2メートルくらいある?』
『デカいだけで動き鈍そうww』
『どうせすぐ泣き叫んで命乞いするパターンだろ』
『こいつが三日持つに100ペリカ』
『いや、今日の夜には死んでるだろ』
『いるんだよなぁ~。配信で目立とうとするヤンキー』
好き勝手言いやがって。
俺は別に、有名になりたいわけでも、配信者になりたいわけでもない。
ただ、さっさとこのふざけた刑期を終えて、札幌のバラックに帰りたいだけだ。
あそこはボロい。
冬は寒いし、夏は暑い。
家賃だって滞納している。
でも、俺の家だ。
「なあ、ナビ子」
『なんでしょうか、受刑者』
「真面目に働けば、刑期が縮むってのは本当か?」
『肯定します。採掘した資源の価値に応じてポイントが付与され、規定値に達するごとに刑期が短縮されます』
「じゃあ、働けばいいんだな」
『ただし、大半の受刑者は刑期を終える前に死亡します』
「……そうか」
俺は少し考えた。
大半が死ぬ。
つまり、ちゃんと働けばいいだけだ。
絶望したって刑期は縮まらない。
復讐したって刑期は縮まらない。
石を掘れば縮まる。
「よし。じゃあ、ツルハシでも貸してくれ。どこを掘ればいい?」
『武器および採掘用ツルハシの初期支給はありません』
「……は?」
『必要な装備は、配信によって得られるポイントで購入してください』
「ポイント?」
『現在の所持ポイントは――ゼロです』
「…………」
俺はしばらく黙った。
「ツルハシくらい支給しろよ」
『受刑者の皆様には、命懸けのエンターテインメントを提供していただくことになっています』
「なるほど」
クソブラック企業も真っ青だ。
丸腰でモンスターのいるダンジョンを歩けということらしい。
その時だった。
薄暗い通路の奥から、
グルルルル……。
低い唸り声が響いた。
俺は顔を上げる。
闇の中に、赤い光が浮かんでいた。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
やがて闇から姿を現したのは、体長一メートルほどの犬の化け物だった。
毛のない、爛れた皮膚。
ひび割れた牙。
筋骨隆々の四本脚。
それが四匹。
俺を取り囲むように、ゆっくりと距離を詰めてくる。
『警告。第一階層の通常モンスター、「地底犬」の群れです』
ナビ子の声が響く。
『丸腰での生還率は極めて低いです』
「……」
『受刑者。逃走、あるいは命乞いの準備を推奨します』
ずいぶん物騒な看守だ。
空中のコメント欄が、一気に加速する。
『はいキター!!!』
『開幕デスストリームwwww』
『武器なしかよ! 運営もエグいことするなぁ!』
『犬に噛まれた奴が地底犬に食い殺されるとか傑作すぎるww』
『泣け! 叫べ!』
『命乞いはよwww』
同時接続者数が、じわじわと増えていく。
どうやら俺が死ぬところを見たいらしい。
安全な場所から、他人の命を眺めて楽しむ。
そういう連中なのだろう。
俺は四匹の地底犬を見た。
牙を剥き出しにして、低く唸っている。
逃げ道はない。
武器もない。
あるのは自分の身体だけ。
「……三年か」
俺はもう一度、ため息をついた。
そして、首を左右に倒す。
ボキッ。
骨が鳴った。
肩を回す。
一歩、前へ。
重心を落とす。
四匹の地底犬が、一斉に牙を剥いた。
俺はその姿を見ながら、ぽつりと呟いた。
「こいつら、あの金持ちのピットブルより弱そう」
俺は拳を握った。