金持ちのピットブルを殴ったら、24時間公開配信刑に処された 作:匿名
グルルル……ッ!
先頭の一匹が、地面を蹴った。
狙いは俺の喉。
むき出しの牙が、一直線に迫ってくる。
『警告。回避行動を――』
動きが見える。
俺は半歩だけ軸をずらした。
牙が頬の横を通り過ぎる。
すれ違いざま、犬の首根っこを掴んだ。
「ギャッ!?」
そのまま、地面に叩きつける。
ゴシャッ。
潰れて、一匹目が動かなくなった。
残り三匹。
右から来た二匹目の顔面を、前蹴りで弾き飛ばす。
左から飛び込んできた三匹目は、前脚を掴んだ。
軽い。
そのまま振り回して、最後の一匹に叩きつける。
ドンッ!
四匹目が壁に激突した。
静かになった。
戦闘時間、およそ十秒。
俺は息を整えながら、地底犬の死体を見下ろした。
……弱い。
バラック街で俺を襲ってきた、あの金持ちのピットブル。
あっちのほうが速かった。
噛みつきも重かった。
何より、殺気が違った。
それに比べれば、こいつらは動きが単純すぎる。
「……思ったより弱いな」
強がっているわけじゃない。
ただの事実確認だ。これなら、なんとかなる。
『…………』
頭上から、ナビ子の沈黙が落ちてきた。
やがて、
『……戦闘終了』
ピコン。
『地底犬、四体の全滅を確認しました』
「おう」
『先ほどまでの受刑者の無傷での生還確率は、0.02%未満でした』
「そんな低かったのか」
『はい』
「じゃあ、運が良かったな」
『…………』
また沈黙。
どうした、こいつ。
俺が首を鳴らしていると、視界の端にホログラムのコメント欄が映った。
ものすごい勢いで流れている。
『ファッ!?』
『え?』
『は?』
『素手wwwww』
『おい、犬の首どうなった!?』
『武器なしで地底犬四匹って嘘だろ』
『こいつ、ただのデカいヤンキーじゃねえ!』
『目がガチすぎるwww』
『やべえ奴が来たwww』
同時接続者数を見る。
327人だった数字が、いつの間にか――
5,000人を超えていた。
どうやら、俺が死ぬところを見たかった連中が、予想外の展開に食いついたらしい。
まあ、どうでもいい。
俺の視線は、地底犬の死体から離れなかった。
いや。
正確には、死体が光の粒になって消えたあとに残ったもの。
黒い石だ。
俺はしゃがみ込み、それを拾った。
手のひらに収まる程度の大きさ。
微かに熱を帯びていて、ガラス玉のように透き通っている。
「なあ、ナビ子」
『なんでしょうか、受刑者』
「これ、いくらになる?」
『魔石(小)です。国へ納品した場合、刑期換算で約半日分の短縮となります』
「……半日」
俺は魔石を見つめた。
四匹倒して、一個。
半日。
思ったより悪くない。
「三年なら……」
頭の中で計算する。
半日で一個。
一年で約七百三十個。
三年なら、その三倍。
――約二千二百個。
「……二千二百個か」
結構あるな。
だが、不可能な数じゃない。
バラックで空き缶や鉄くずを拾っていた頃だって、毎日それなりの量を集めていた。
要するに、これも仕事だ。
モンスターを倒す。
魔石を拾う。
国に納める。
その分だけ刑期が縮む。
「……なんだ」
俺は魔石を握った。
「真面目に働けば、ちゃんと帰れるじゃないか」
俺の呟きが配信に乗った瞬間、コメント欄がさらに加速した。
『なんだこいつ』
『犬四匹殺した直後に刑期計算してるぞ』
『メンタルどうなってんだよ』
『怖い怖い怖い』
『こいつ絶対おかしいwww』
好き勝手言っている。
だが、俺にはそんなことより重要な問題があった。
「ナビ子」
『はい』
「ツルハシは?」
『現在の同時接続視聴者数が5,000人を突破しました』
「……?」
『受刑者の配信継続に対する貢献度を考慮し、初期採掘キットを支給します』
直後。
俺の目の前の空間が歪んだ。
ドサッ。
何かが床に落ちる。
拾い上げてみると――
柄の木はささくれ立ち、先端の鉄は欠けかけている。
ボロいツルハシだった。
「……新品じゃないのか」
『中古品です』
「そうか」
別にいい。
ツルハシがあるだけマシだ。
俺は二、三度、軽く振ってみた。
手に馴染む。
昔、バラックでやっていた日雇い仕事を思い出す重さだった。
俺はツルハシを肩に担ぐ。
そして、薄暗いダンジョンの奥を見る。
さっきまで、ここはただの穴倉にしか見えなかった。
今は違う。
あちこちに、金が埋まっている。
いや。
刑期が埋まっている。
「よし」
俺は歩き出した。
「働くか」
俺の三年間を縮めるための――
長い労働が、今、始まった。