金持ちのピットブルを殴ったら、24時間公開配信刑に処された   作:匿名

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第2話 武器が無いなら素手でいいだろ

 グルルル……ッ!

 

 先頭の一匹が、地面を蹴った。

 

 狙いは俺の喉。

 

 むき出しの牙が、一直線に迫ってくる。

 

『警告。回避行動を――』

 

 動きが見える。

 

 俺は半歩だけ軸をずらした。

 

 牙が頬の横を通り過ぎる。

 

 すれ違いざま、犬の首根っこを掴んだ。

 

「ギャッ!?」

 

 そのまま、地面に叩きつける。

 

 ゴシャッ。

 

 潰れて、一匹目が動かなくなった。

 

 残り三匹。

 

 右から来た二匹目の顔面を、前蹴りで弾き飛ばす。

 

 左から飛び込んできた三匹目は、前脚を掴んだ。

 

 軽い。

 

 そのまま振り回して、最後の一匹に叩きつける。

 

 ドンッ!

 

 四匹目が壁に激突した。

 

 静かになった。

 

 戦闘時間、およそ十秒。

 

 俺は息を整えながら、地底犬の死体を見下ろした。

 

 ……弱い。

 

 バラック街で俺を襲ってきた、あの金持ちのピットブル。

 

 あっちのほうが速かった。

 

 噛みつきも重かった。

 

 何より、殺気が違った。

 

 それに比べれば、こいつらは動きが単純すぎる。

 

 「……思ったより弱いな」

 

 強がっているわけじゃない。

 

 ただの事実確認だ。これなら、なんとかなる。

 

『…………』

 

 頭上から、ナビ子の沈黙が落ちてきた。

 

 やがて、

 

『……戦闘終了』

 

 ピコン。

 

『地底犬、四体の全滅を確認しました』

「おう」

『先ほどまでの受刑者の無傷での生還確率は、0.02%未満でした』

「そんな低かったのか」

『はい』

「じゃあ、運が良かったな」

『…………』

 

 また沈黙。

 

 どうした、こいつ。

 

 俺が首を鳴らしていると、視界の端にホログラムのコメント欄が映った。

 

 ものすごい勢いで流れている。

 

『ファッ!?』

『え?』

『は?』

『素手wwwww』

『おい、犬の首どうなった!?』

『武器なしで地底犬四匹って嘘だろ』

『こいつ、ただのデカいヤンキーじゃねえ!』

『目がガチすぎるwww』

『やべえ奴が来たwww』

 

 同時接続者数を見る。

 

 327人だった数字が、いつの間にか――

 

 5,000人を超えていた。

 

 どうやら、俺が死ぬところを見たかった連中が、予想外の展開に食いついたらしい。

 

 まあ、どうでもいい。

 

 俺の視線は、地底犬の死体から離れなかった。

 

 いや。

 

 正確には、死体が光の粒になって消えたあとに残ったもの。

 

 黒い石だ。

 

 俺はしゃがみ込み、それを拾った。

 

 手のひらに収まる程度の大きさ。

 

 微かに熱を帯びていて、ガラス玉のように透き通っている。

 

「なあ、ナビ子」

『なんでしょうか、受刑者』

「これ、いくらになる?」

『魔石(小)です。国へ納品した場合、刑期換算で約半日分の短縮となります』

「……半日」

 

 俺は魔石を見つめた。

 

 四匹倒して、一個。

 

 半日。

 

 思ったより悪くない。

 

「三年なら……」

 

 頭の中で計算する。

 

 半日で一個。

 

 一年で約七百三十個。

 

 三年なら、その三倍。

 

 ――約二千二百個。

 

「……二千二百個か」

 

 結構あるな。

 

 だが、不可能な数じゃない。

 

 バラックで空き缶や鉄くずを拾っていた頃だって、毎日それなりの量を集めていた。

 

 要するに、これも仕事だ。

 

 モンスターを倒す。

 

 魔石を拾う。

 

 国に納める。

 

 その分だけ刑期が縮む。

 

「……なんだ」

 

 俺は魔石を握った。

 

「真面目に働けば、ちゃんと帰れるじゃないか」

 

 俺の呟きが配信に乗った瞬間、コメント欄がさらに加速した。

 

『なんだこいつ』

『犬四匹殺した直後に刑期計算してるぞ』

『メンタルどうなってんだよ』

『怖い怖い怖い』

『こいつ絶対おかしいwww』

 

 好き勝手言っている。

 だが、俺にはそんなことより重要な問題があった。

 

「ナビ子」

『はい』

「ツルハシは?」

『現在の同時接続視聴者数が5,000人を突破しました』

「……?」

『受刑者の配信継続に対する貢献度を考慮し、初期採掘キットを支給します』

 

 直後。

 

 俺の目の前の空間が歪んだ。

 

 ドサッ。

 

 何かが床に落ちる。

 

 拾い上げてみると――

 

 柄の木はささくれ立ち、先端の鉄は欠けかけている。

 

 ボロいツルハシだった。

 

「……新品じゃないのか」

『中古品です』

「そうか」

 

 別にいい。

 

 ツルハシがあるだけマシだ。

 

 俺は二、三度、軽く振ってみた。

 

 手に馴染む。

 

 昔、バラックでやっていた日雇い仕事を思い出す重さだった。

 

 俺はツルハシを肩に担ぐ。

 

 そして、薄暗いダンジョンの奥を見る。

 

 さっきまで、ここはただの穴倉にしか見えなかった。

 

 今は違う。

 

 あちこちに、金が埋まっている。

 

 いや。

 

 刑期が埋まっている。

 

「よし」

 

 俺は歩き出した。

 

「働くか」

 

 俺の三年間を縮めるための――

 

 長い労働が、今、始まった。

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