金持ちのピットブルを殴ったら、24時間公開配信刑に処された 作:匿名
朝――と言っていいのかは分からない。
ダンジョンには、朝も夜もない。
ナビ子の時計によれば、前回の採掘から八時間ほど経っていた。
俺は壁際で目を覚ました。
「……よく寝た」
『おはようございます、受刑者』
「おう」
身体を起こす。
昨日採掘した鉱石の入った袋を持ち上げる。
ずしりと重い。
これを納品すれば、刑期が十五日縮む。
悪くない。
俺はツルハシを肩に担いだ。
すると、コメント欄が一気に流れ始めた。
『起きたwww』
『こいつ本当に寝やがった』
『ダンジョンで八時間熟睡は草』
『寝てる間に襲われたらどうすんだよ』
『モンスター来なかったの?』
『寝ながらモンスター倒してた』
『寝返り裏拳で地底犬殺すの草』
昨日よりも、ずいぶん騒がしい。俺はコメント欄を眺めた。
『タクマは普通に有能』
『採掘の才能あるだろ』
『戦闘もできるし採掘もできる』
『ただのチートじゃん』
『いや、素手で犬殺しただけの脳筋だろ』
『採掘は運』
『運で三日分の鉱石を一発で引くかよw』
……。
「別に、どっちでもいいだろ」
俺は昨日の壁へ向かった。
今日も仕事をする。
ツルハシを振る。
ガキンッ。
岩が崩れる。
中から小さな石が転がり出た。
「ナビ子」
『スキャンします。鉄鉱石です。刑期換算で約一日分です』
「一日」
袋へ入れる。
またコメントが騒ぎ始めた。
『また出たぞ』
『はい仕込み』
『いや普通に掘ってるだけだろ』
『じゃあお前やってみろよ』
『俺ならもっと効率よく掘れる』
『だったら受刑者になってこいwww』
面倒な連中だ。
俺は別の壁へ移動した。
そこで、妙なコメントが目に入った。
『もっと奥行けよ』
その下に、別のコメント。
『やめとけ』
さらにその下。
『第一階層の奥はまだ危険度高いぞ』
俺は足を止めた。
「危険なのか?」
『そうだよ』
『昨日の場所なんか安全地帯みたいなもん』
『奥はモンスターの種類が違う』
『行くな』
『いや行け』
『どうせ素手で勝てるだろ』
『お前らタクマ殺す気かよ』
「……」
俺はコメント欄を眺める。
どうやら、意見が割れている。
行け。
行くな。
行け。
死ぬぞ。
ビビってんのか。
危ないからやめろ。
俺は首を傾げた。
「なんで、そんなに意見が違うんだ?」
『知らんw』
『タクマ派とアンチが喧嘩してる』
『アンチは無視しろ』
『タクマ派とかきっしょ』
『は?』
『こいつの何がいいんだよ』
『普通に面白いだろ』
『犯罪者だぞ?』
『犬殴っただけだろ』
『犬を殴ったから犯罪者なんだろw』
また喧嘩が始まった。
俺には関係ない。
ただ。
さっきのコメントは気になった。
「奥には、鉱石が多いのか?」
コメント欄が止まった。
数秒後。
『……多い』
『なんでそこ聞くんだよw』
『奥ほど採掘ポイントは増える』
『レア鉱石もある』
『ただしモンスターも強くなる』
『やめとけって』
『行け行け』
『装甲熊とか出たら死ぬぞw』
「装甲熊?」
聞いたことのない名前だった。
『知らないの?』
『マジで初見かよ』
『第一階層の奥にたまに出る』
『めちゃくちゃ硬い』
『昨日の地底犬とは別格』
『だから行くな』
少し考えた。
装甲熊。
強いらしい。
だが。
「そいつ、魔石は持ってるのか?」
『wwwww』
『そこ!?』
『普通そこ気にする!?』
『持ってるに決まってんだろ』
『かなりデカい魔石が取れる』
『売れば結構な額になるぞ』
「いくらだ?」
『知らん』
『人による』
『品質次第』
『でも一ヶ月分くらいになるって話もある』
「一ヶ月」
俺は壁を見る。
それから、袋を見る。
昨日は十五日分。
もし一ヶ月分の魔石が取れるなら。
単純計算で、昨日の倍だ。
「……悪くないな」
『おい』
『待て』
『タクマ?』
『まさか行く気?』
コメント欄の流れが変わった。
『行くな!!』
『装甲熊はマジでヤバい』
『今のうちにやめとけ』
『まだ一階層だろ!?』
『死ぬって!』
一方で、
『行け行け行け』
『せっかくなんだから奥行こうぜ!』
『装甲熊と戦うところ見たい!』
『昨日の犬より強い奴とやれ!』
『ビビってんじゃねえぞ!』
別の連中は煽っている。
「……なるほど」
俺は理解した。
こいつらの中には、俺が死んでもいいと思っている奴がいる。
逆に、死んでほしくない奴もいる。
だったら。
使える。
「ナビ子」
『はい』
「奥まで行った場合、鉱石の量は増えるのか?」
『統計上、第一階層深部ほど高品質資源の発見率は上昇します』
「危険度は?」
『上昇します』
「どのくらい?」
『現在地を基準として、推定生還率は――』
『行くな!』
ナビ子の声を遮るようにコメントが流れた。
『タクマ、マジでやめとけ!』
『昨日みたいにはいかないぞ!』
『まだ刑期三年なんだろ?』
『一ヶ月程度のために死ぬな!』
その反対側では。
『行け!』
『一ヶ月だぞ!』
『三年の刑期が一ヶ月縮むんだぞ!?』
『男なら行け!』
『どうせ素手で勝てる!』
『逃げたら雑魚認定な』
「……」
俺は黙ってコメント欄を見た。
そして、ツルハシを肩に担ぎ直す。
「分かった」
『何が!?』
「奥へ行く」
『うおおおおおお!』
『やった!!』
『神回きた!!』
『待て待て待て!』
『やめろって!!』
『アンチに乗せられるな!』
『タクマ死ぬぞ!』
『最高だ!』
コメント欄が完全に二つに割れた。
俺はそんな様子を眺めながら、地下道の奥へ歩き始める。
別に、煽られたわけじゃない。
一ヶ月分。
それだけだ。
俺にとっては、命を賭ける価値があるかどうか。
確かめるしかない。それだけの話だった。