金持ちのピットブルを殴ったら、24時間公開配信刑に処された 作:匿名
地下道の奥へ進む。
自分の足音だけが、やけに大きく響いていた。
昨日までいた場所とは、明らかに空気が違う。
湿っている。それに、少し臭う。
「……モンスターの匂いか?」
『周辺の空気成分からは、複数の生物反応を確認しています』
「近い?」
『現在のところ、半径百メートル以内に大型生物の反応はありません』
「そうか」
俺は歩き続ける。
頭上では、相変わらずナビ子が浮いている。
そして、その周りにはコメントが流れていた。
『マジで行くのかよ』
『やめとけって言ったのに』
『タクマ頑張れ!』
『装甲熊見せろ!』
『死ぬなよ』
『死んだら伝説になるぞw』
『アンチ黙れ』
『お前らタクマの何なんだよw』
うるさい。
しかし、役に立つコメントもある。
『その先、右』
『いや左だろ』
『右で合ってる』
『昔潜ったことあるけど、右に広い通路がある』
『左は行き止まり』
俺は右へ曲がった。
「……」
少し進む。
確かに、広い。
俺は足を止めた。
「お前ら、結構詳しいな」
『いつもダンジョン配信見てるからな』
『攻略wikiくらい見ろよw』
『タクマ初心者すぎる』
『受刑者だから仕方ないだろ』
なるほど。
こいつらは、俺よりこの場所を知っている。
なら。
「この先で、鉱石が多い場所は?」
コメント欄がざわついた。
『また採掘の話かよw』
『その先に古い採掘場がある』
『でもモンスターも多い』
『装甲熊が出るのはもっと奥』
「採掘場」
俺は少しだけ足を速めた。
『おいw』
『戦闘じゃなくて採掘に食いついたぞ』
『本当に鉱夫じゃん』
『こいつ配信向いてねえだろw』
「仕事だからな」
そう答えると、コメント欄が一瞬だけ静かになった。
すぐに、
『仕事www』
『本人だけ最後まで労働だと思ってるの草』
『ただの公開処刑で俺達の娯楽なんだが?』
『エンタメなんだよ! エンタメ!』
また流れ始める。
やがて、通路の先に開けた場所が見えてきた。
壁一面に、古いツルハシの跡が残っている。
人間が掘った場所らしい。
「ここか」
『そう』
『昔の採掘場』
『資源はもう取り尽くされてるはず』
『いや、待て』
コメントが一つ、流れた。
『左の壁』
俺は左を見る。
何もない。
ただの岩壁だ。
「ここ?」
『そう』
『少し上』
『そこ、昔から掘られてない』
俺は壁に近づいた。
手のひらを当てる。
冷たい。
少し湿っている。
指先で表面を撫でる。
……。
「ナビ子」
『はい』
「この奥」
『スキャンします』
数秒。
『反応あり』
「何がある?」
『金属反応。詳細は――』
俺はツルハシを振り下ろした。
ガキンッ!
岩が砕ける。
その奥から、青白い光が漏れた。
『うわ』
『マジかよ』
『出たwww』
『仕込みじゃん』
『いやいやいや』
『また当てたぞこいつ』
『なんで分かるんだよ』
俺は手を突っ込んで、鉱石を取り出す。
『高純度魔鉱石です。刑期換算で約七日分』
「七日」
思わず声が出た。
「結構あるな」
『ヤバ』
『一発七日って何だよ』
『これ本当に第一階層か?』
『だから奥は資源が多いって言っただろ』
『でも普通こんなの見つけられねえよ』
俺は鉱石を袋に入れた。
それから、もう一度壁を見る。
「まだあるな」
『は?』
ツルハシを振る。
ガキンッ。
また青白い光。
『え?』
ガキンッ。
もう一つ。
『おいおいおい』
ガキンッ。
三つ目。
『嘘だろ』
『…………』
『これどう説明すんの?』
『だから言っただろ!』
『アンチ完全敗北www』
『いや、まだ偶然だろ』
『三連続で?』
『仕込みだって』
『お前、仕込みの意味分かってる?』
コメント欄が猛烈な勢いで流れていく。
俺は黙々と鉱石を拾った。
七日。
六日。
五日。
合計で、二十日近い。
昨日と合わせれば、一ヶ月を超える。
「……」
俺は袋を見る。
一ヶ月。
たった二日で、一ヶ月以上。
これは。
かなり効率がいい。
『タクマ、喜ばないの?』
『普通もっとテンション上がるだろ』
『刑期一ヶ月短縮だぞ』
『こいつ本当に刑務所にいる自覚ある?』
「ある」
俺は答えた。
「だから嬉しい」
コメントが止まった。
……と思ったら。
『なんか初めてまともなこと言ったな』
『普通の感性あったのか』
『逆に怖いw』
「帰るのが一ヶ月早くなるんだから、嬉しいに決まってるだろ」
俺は袋を背負い直す。
その時だった。
――ズン。
地面が揺れた。
「……」
足元から、低い振動が伝わってくる。
『今の何?』
『地震?』
『違うだろ』
『モンスターじゃね?』
『おい』
『近くない?』
ナビ子の声が響く。
『警告。大型生物の接近を確認』
「どっちから?」
『正面です』
俺は前を見る。
暗闇。
何も見えない。
だが。
――ズン。
また地面が揺れた。
一歩。
また一歩。
何かが近づいている。
『逃げろ!!』
『タクマ、戻れ!』
『装甲熊だ!』
『来たぞ!』
『マジで来た!』
『やめろおおおお!』
『うおおおおおお!!』
『神回きたwww』
「装甲熊……」
俺はツルハシを握り直した。
暗闇の向こう。
二つの赤い目が浮かび上がる。
次の瞬間。
巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。
熊だった。
ただし、普通の熊じゃない。
全身を覆うように、黒い甲殻が張り付いている。
頭。
肩。
腕。
脚。
まるで鎧を着ているようだった。
『装甲熊だあああああ!!』
『逃げろ!!』
『タクマ終わったwww』
『いや戦え!』
『無理だって!!』
『昨日の犬とはレベルが違うぞ!』
俺は装甲熊を見る。
大きい。
かなり大きい。
そして。
胸の辺りが、微かに赤く光っている。
「ナビ子」
『はい』
「あれ」
俺は装甲熊の胸を指差した。
「魔石か?」
『スキャンします』
短い沈黙。
『高純度魔石を確認』
「どれくらいだ?」
『推定――』
俺は唾を飲み込む。
『刑期換算、一ヶ月以上』
「……」
一ヶ月。
俺はツルハシを握り直した。
目の前に。
残業代が歩いてやってきた。