金持ちのピットブルを殴ったら、24時間公開配信刑に処された   作:匿名

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第4話 奥へ

 地下道の奥へ進む。

 

 自分の足音だけが、やけに大きく響いていた。

 

 昨日までいた場所とは、明らかに空気が違う。

 

 湿っている。それに、少し臭う。

 

「……モンスターの匂いか?」

『周辺の空気成分からは、複数の生物反応を確認しています』

「近い?」

『現在のところ、半径百メートル以内に大型生物の反応はありません』

「そうか」

 

 俺は歩き続ける。

 

 頭上では、相変わらずナビ子が浮いている。

 

 そして、その周りにはコメントが流れていた。

 

 

『マジで行くのかよ』

『やめとけって言ったのに』

『タクマ頑張れ!』

『装甲熊見せろ!』

『死ぬなよ』

『死んだら伝説になるぞw』

『アンチ黙れ』

『お前らタクマの何なんだよw』

 

 

 うるさい。

 

 しかし、役に立つコメントもある。

 

 

『その先、右』

『いや左だろ』

『右で合ってる』

『昔潜ったことあるけど、右に広い通路がある』

『左は行き止まり』

 

 

 俺は右へ曲がった。

 

「……」

 

 少し進む。

 

 確かに、広い。

 

 俺は足を止めた。

 

「お前ら、結構詳しいな」

 

 

『いつもダンジョン配信見てるからな』

『攻略wikiくらい見ろよw』

『タクマ初心者すぎる』

『受刑者だから仕方ないだろ』

 

 

 なるほど。

 

 こいつらは、俺よりこの場所を知っている。

 

 なら。

 

「この先で、鉱石が多い場所は?」

 

 コメント欄がざわついた。

 

 

『また採掘の話かよw』

『その先に古い採掘場がある』

『でもモンスターも多い』

『装甲熊が出るのはもっと奥』

 

 

「採掘場」

 

 俺は少しだけ足を速めた。

 

 

『おいw』

『戦闘じゃなくて採掘に食いついたぞ』

『本当に鉱夫じゃん』

『こいつ配信向いてねえだろw』

 

 

「仕事だからな」

 

 そう答えると、コメント欄が一瞬だけ静かになった。

 

 すぐに、

 

 

『仕事www』

『本人だけ最後まで労働だと思ってるの草』

『ただの公開処刑で俺達の娯楽なんだが?』

『エンタメなんだよ! エンタメ!』

 

 

 また流れ始める。

 

 やがて、通路の先に開けた場所が見えてきた。

 

 壁一面に、古いツルハシの跡が残っている。

 

 人間が掘った場所らしい。

 

「ここか」

 

 

『そう』

『昔の採掘場』

『資源はもう取り尽くされてるはず』

『いや、待て』

 

 

 コメントが一つ、流れた。

 

『左の壁』

 

 俺は左を見る。

 

 何もない。

 

 ただの岩壁だ。

 

「ここ?」

 

 

『そう』

『少し上』

『そこ、昔から掘られてない』

 

 

 俺は壁に近づいた。

 

 手のひらを当てる。

 

 冷たい。

 

 少し湿っている。

 

 指先で表面を撫でる。

 

 ……。

 

「ナビ子」

 

『はい』

 

「この奥」

 

『スキャンします』

 

 数秒。

 

『反応あり』

 

「何がある?」

 

『金属反応。詳細は――』

 

 俺はツルハシを振り下ろした。

 

 ガキンッ!

 

 岩が砕ける。

 

 その奥から、青白い光が漏れた。

 

『うわ』

『マジかよ』

『出たwww』

『仕込みじゃん』

『いやいやいや』

『また当てたぞこいつ』

『なんで分かるんだよ』

 

 俺は手を突っ込んで、鉱石を取り出す。

 

『高純度魔鉱石です。刑期換算で約七日分』

 

「七日」

 

 思わず声が出た。

 

「結構あるな」

 

 

『ヤバ』

『一発七日って何だよ』

『これ本当に第一階層か?』

『だから奥は資源が多いって言っただろ』

『でも普通こんなの見つけられねえよ』

 

 

 俺は鉱石を袋に入れた。

 

 それから、もう一度壁を見る。

 

「まだあるな」

 

『は?』

 

 ツルハシを振る。

 

 ガキンッ。

 

 また青白い光。

 

『え?』

 

 ガキンッ。

 

 もう一つ。

 

『おいおいおい』

 

 ガキンッ。

 

 三つ目。

 

『嘘だろ』

『…………』

『これどう説明すんの?』

『だから言っただろ!』

『アンチ完全敗北www』

『いや、まだ偶然だろ』

『三連続で?』

『仕込みだって』

『お前、仕込みの意味分かってる?』

 

 

 コメント欄が猛烈な勢いで流れていく。

 

 俺は黙々と鉱石を拾った。

 

 七日。

 

 六日。

 

 五日。

 

 合計で、二十日近い。

 

 昨日と合わせれば、一ヶ月を超える。

 

「……」

 

 俺は袋を見る。

 

 一ヶ月。

 

 たった二日で、一ヶ月以上。

 

 これは。

 

 かなり効率がいい。

 

 

『タクマ、喜ばないの?』

『普通もっとテンション上がるだろ』

『刑期一ヶ月短縮だぞ』

『こいつ本当に刑務所にいる自覚ある?』

 

 

「ある」

 

 俺は答えた。

 

「だから嬉しい」

 

 コメントが止まった。

 

 ……と思ったら。

 

 

『なんか初めてまともなこと言ったな』

『普通の感性あったのか』

『逆に怖いw』

 

 

「帰るのが一ヶ月早くなるんだから、嬉しいに決まってるだろ」

 

 俺は袋を背負い直す。

 

 その時だった。

 

 ――ズン。

 

 地面が揺れた。

 

「……」

 

 足元から、低い振動が伝わってくる。

 

 

『今の何?』

『地震?』

『違うだろ』

『モンスターじゃね?』

『おい』

『近くない?』

 

 

 ナビ子の声が響く。

 

『警告。大型生物の接近を確認』

 

「どっちから?」

 

『正面です』

 

 俺は前を見る。

 

 暗闇。

 

 何も見えない。

 

 だが。

 

 ――ズン。

 

 また地面が揺れた。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 何かが近づいている。

 

 

『逃げろ!!』

『タクマ、戻れ!』

『装甲熊だ!』

『来たぞ!』

『マジで来た!』

『やめろおおおお!』

『うおおおおおお!!』

『神回きたwww』

 

 

「装甲熊……」

 

 俺はツルハシを握り直した。

 

 暗闇の向こう。

 

 二つの赤い目が浮かび上がる。

 

 次の瞬間。

 

 巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。

 

 熊だった。

 

 ただし、普通の熊じゃない。

 

 全身を覆うように、黒い甲殻が張り付いている。

 

 頭。

 

 肩。

 

 腕。

 

 脚。

 

 まるで鎧を着ているようだった。

 

 

『装甲熊だあああああ!!』

『逃げろ!!』

『タクマ終わったwww』

『いや戦え!』

『無理だって!!』

『昨日の犬とはレベルが違うぞ!』

 

 

 俺は装甲熊を見る。

 

 大きい。

 

 かなり大きい。

 

 そして。

 

 胸の辺りが、微かに赤く光っている。

 

「ナビ子」

 

『はい』

 

「あれ」

 

 俺は装甲熊の胸を指差した。

 

「魔石か?」

 

『スキャンします』

 

 短い沈黙。

 

『高純度魔石を確認』

 

「どれくらいだ?」

 

『推定――』

 

 俺は唾を飲み込む。

 

『刑期換算、一ヶ月以上』

 

「……」

 

 一ヶ月。

 

 俺はツルハシを握り直した。

 

 目の前に。

 

 残業代が歩いてやってきた。

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