金持ちのピットブルを殴ったら、24時間公開配信刑に処された 作:匿名
装甲熊が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
一歩。
また一歩。
そのたびに、地下道の床が小さく揺れた。
俺はツルハシを握ったまま、熊を観察する。
黒い甲殻。
分厚い腕。
赤い目。
そして、胸の奥で淡く光っている魔石。
ナビ子の言っていた通りなら、あれを取れば一ヶ月分。
つまり――。
「……やるか」
『やるな!!』
『逃げろタクマ!!』
『マジで死ぬぞ!!』
『いや行けえええええ!!』
『装甲熊との戦闘とか神回確定www』
『アンチ黙れ!』
『お前らタクマ殺したいのか助けたいのかどっちだよw』
相変わらず意見がバラバラだ。
でも、今回は少しだけ参考になった。
「ナビ子」
『はい』
「こいつ、どれくらい強い?」
『現在の装備・身体能力から算出します。正面からの戦闘を行った場合、死亡確率は――』
「数字はいい」
『……?』
「殴って効くかどうかだけ教えてくれ」
『打撃による有効打は期待できません』
「なるほど」
俺はツルハシを持ち直した。
コメント欄を見る。
『だから逃げろって!!』
『正面から殴るな!』
『装甲熊は名前通りだぞ!』
『ツルハシでどうにかなる相手じゃねえw』
どうやら、殴り合う相手ではないらしい。
だったら。
仕事のやり方を変えるだけだ。
装甲熊が吠えた。
「グオオオオオッ!!」
巨体が、一気に迫ってくる。
速い。
俺は横へ飛んだ。
直後。
ドォンッ!
熊の腕が壁に叩きつけられた。
石壁が砕け、破片が飛び散る。
『うわああああああ!!』
『今の当たったら即死だろ!!』
『逃げろって!!』
『タクマ!!』
俺は距離を取った。
熊がこちらを向く。
そして、また走ってくる。
速い。
でも、単純だ。
「……なるほど」
俺は背後を見る。
さっきまで掘っていた古い採掘場。
壁には、俺が掘った穴がいくつも残っている。
その先には、さらに細い地下道が続いていた。
さっき壁を叩いた時、分かっていた。
あの細い通路の入り口は、地盤がスカスカだ。
熊が突っ込んでくる。
俺はギリギリまで引きつけた。
そして――。
横へ避ける。
熊が俺の横を通り抜け、そのまま細い地下道へ突っ込んだ。
ギギギィッ!!
嫌な音を立てて、巨体が通路に引っかかった。
肩の分厚い甲殻が壁に食い込み、身動きが取れていない。
「やっぱり」
『???』
『何してんの?』
『逃げた?』
『いや、熊を通路にハメた!?』
装甲熊が身体を反転させようと暴れる。
壁の岩がバラバラと崩れ落ちるが、抜け出せない。
俺はツルハシを握り直した。
「採掘ってのはな」
一歩、近づく。
「硬いところを無理に掘る仕事じゃないと思う」
ツルハシを振り上げる。
「脆い地盤ごと、落とすんだ」
ガンッ!!
熊の足元。俺があらかじめ「脆い」と見抜いていた亀裂に、正確にツルハシの先端を打ち込む。
ピキッ、と岩盤にヒビが走る。
そこへ、熊自身の巨大な体重が乗った。
俺はさらに一撃。
ガンッ!
『何してんだこいつwww』
『戦闘中に足元の石割ってるwww』
『いや、待てこれ』
『熊の自重を利用して地盤崩す気か!?』
『タクマ、マジでただの解体作業してんぞ!!』
装甲熊が吠える。
俺は一歩下がった。
次の瞬間。
メキメキッ! ズドォンッ!!
耐えきれなくなった足元の岩盤が崩落した。
装甲熊の半身が、崩れた穴へ沈み込む。
「グアアアッ!?」
完全に体勢が崩れた。
「今だ」
俺は胸元へ走る。
装甲熊が藻掻きながら巨大な腕を振り回す。
俺はしゃがんで避けた。
そのまま、がら空きになった懐へ潜り込む。
目の前に、分厚い黒の甲殻。
その奥から、魔石の淡い光が漏れている。
打撃は効かない。ナビ子はそう言った。
だったら、叩き割る必要はない。
俺は、甲殻と甲殻の『継ぎ目』を探した。
「ここか」
装甲の僅かな隙間に、ツルハシの鋭い先端をねじ込む。
バラックで、スクラップの重機を解体する時の要領だ。
『やめろおおおお!!』
『そこが魔石だ!!』
『いけえええええ!!』
『タクマ死ぬな!!』
『一ヶ月!! 一ヶ月!!』
うるさい。
手元が狂う。
「……静かにしてくれ」
俺は、ねじ込んだツルハシの柄に、全体重をかけた。
テコの原理。
メキィッ……バキィンッ!!!
嫌な音を立てて、強固な甲殻が根元からベリッと剥がれ落ちた。
装甲熊が、痛みに大きく身体を仰け反らせる。
むき出しになったのは、青白い光を放つ魔石の根元。
「……あった」
俺はツルハシの裏側を使い、魔石の根元を正確に叩いた。
カンッ。
綺麗な音とともに、魔石がポロリと外れる。
俺がそれに手を伸ばした瞬間。
装甲熊の動きが、ピタリと止まった。
赤い目から光が消える。
巨体が、その場に崩れ落ちた。
ズゥン……。
地下道に静寂が戻る。
『…………』
『…………え?』
『勝った?』
『勝ったの?』
『嘘だろ』
『装甲熊倒したぞwww』
『タクマ何者だよ』
俺は魔石を拾った。
ナビ子がすぐに反応する。
『高純度魔石を確認しました』
「何日?」
『推定三十二日分の刑期短縮です』
「三十二日」
思わず魔石を見る。
一ヶ月より少し多い。
昨日までの採掘量と合わせれば、かなり大きい。
「……悪くない」
『悪くないってwww』
『もっと喜べよw』
『三十二日だぞ!?』
『こいつ本当に感情薄いな』
『いや、たぶんめちゃくちゃ喜んでるぞ』
『これで一ヶ月早く帰れるんだもんな』
最後のコメントを見て、俺は少しだけ頷いた。
「そうだな」
俺は魔石を袋へ入れる。
そして、倒れた装甲熊を見る。
まだ身体には、使えそうな甲殻が残っている。
「ナビ子」
『はい』
「これ、素材になるか?」
『はい。装甲の一部には換金価値があります』
「そうか」
俺はツルハシを握った。
『おい』
『まさか』
『タクマ?』
『お前まさか……』
「仕事は最後までやるだろ」
俺は装甲熊の甲殻へツルハシを振り下ろした。
ガンッ。
硬い。
でも、掘れないわけじゃない。
俺は黙々とツルハシを振り続けた。
コメント欄だけが、異様な勢いで流れていた。