異世界でアイドルを作ったら処刑されます、誰か助けて 作:金霧屋
石造りの独房は、思ったより静かだった。
鉄格子越しに差し込む光の角度で、もう昼を過ぎたのだとわかる。
夢宮瑞樹は、冷たい床に座り込んだまま、扉の向こうから聞こえてくる衛兵の足音を数えていた。
一、二、三――ああ、来る。
「夢宮瑞樹。罪状を読み上げる」
書記官らしき男が、羊皮紙を広げる。声はやけに事務的だった。
「一、国教たる炎神教への冒涜。二、異端教義の流布による民衆扇動。三、王都三区における暴動誘発。以上により、貴様には火刑を――」
(いや待って。火刑って。ちょっと、聞いてないんだけど)
内心で盛大にツッコミを入れながらも、瑞樹の口からは乾いた笑いしか出てこなかった。
ここまで来ると、逆に笑うしかない。
8年前。異世界に来たばかりの自分は、ただの冴えない土魔法使いだった。
それが、どうしてこんなことになったのか。
思い出せば、全てはあの日の呟きから始まった気がする。
***
異世界に転移してから三年。夢宮瑞樹、黒髪174センチ、これといって特徴のない、いたって平凡な顔立ち。
授かった魔法は土属性――地面を操り、思うがままの形に変える力。
聞こえはいい。
だが実際のところ、瑞樹が動かせる土の総量は、他の冒険者に比べて明らかに少ない。
壁を作ることはできても、それを敵にぶつける頃には威力が半分以下。
攻撃魔法としては、正直話にならなかった。
「またDランクかぁ……」
ギルドの受付で結果を告げられるたび、乾いた笑いが漏れる。
魔物を殴り倒す火力がないなら、盾役でもと思ったが、そもそも前線に立つほどの耐久力もない。
器用貧乏を通り越して、ただの半端者。
三年経っても、瑞樹はギルドの隅で燻り続けている。
こういう時、異世界転移ものの主人公なら、決まって誰かが優しくしてくれるものではないのか。
回復魔法が現地の聖女だとか、俺を雇う大貴族の令嬢だとか、そういう都合のいい誰かが。
だが、瑞樹の周りにそんな人物は一人もいない。
声をかけてくるのはせいぜい、酒場の店主が「今日も飲むのか」と聞いてくる程度。
慕われるどころか、名前すら覚えられていない冒険者――それが、夢宮瑞樹の三年間だった。
とはいえ腐ってはいなかった。
むしろ有り余るほどの暇な時間。
酒場の隅で、瑞樹はいつも一人、指先で小さな土人形をこねていた。
器用に形を整え、腕を動かし、足を上げさせる。
何の役にも立たない特技――そう思われていたそれが、ある夜、突然違う意味を持ち始める。
「なんか……ここ、娯楽なくない?」
酒場の喧騒を眺めながら、瑞樹はぽつりと呟いた。
吟遊詩人の弾き語り、賭け事、あとは酒。
異世界に来て三年、繰り返される娯楽の少なさに、正直うんざりしていたのだ。
前世では当たり前にあったもの――テレビも、動画配信も、コンサートも。ここには何一つない。
(そういえば俺、土は操れるけど……)
ふと、指先で丸めた土人形に目が留まる。
関節を細かく作り込み、ポーズを取らせることまでできる。
ただそれだけの、誰の役にも立たない技術。
だが、それは本当に「誰の役にも立たない」のだろうか?
「あ」
閃いた瞬間、瑞樹は思わず声を上げていた。
隣の席の冒険者がぎょっとした顔でこちらを見る。構わず、瑞樹は続けた。
「なんか……アイドルっぽいやつ、自分で作ればいいじゃん!」
我ながら、名案だと思った。
土魔法で人形を作り、それを動かす。前世の記憶にある、アニメのようなあのキラキラした舞台。
歌って踊る存在を、この手で生み出せるのではないか。
思いついてしまえば、あとは早かった。
瑞樹には、こういう時にこもれる場所があった。
二年間、がむしゃらに依頼をこなして貯めた金で買った、猫の額ほどの小さな我が家。
寝台と机を置けば、それだけで手狭になるような部屋だったが、誰にも気兼ねなく作業できるという点では、この上ない城でもあった。
翌朝にはその狭い自宅にこもり、瑞樹は早速試作に取り掛かっていた。
「やべ、レコーダーとかも無かったな……魔法の拡声器はあるけど、応用できないか?」
独り言が漏れる。
考えてみれば当然の壁だった。
前世なら、スマホ一つで録音も編集もできた。
だがここには、そんな便利なものは存在しない。
あるのは魔道具屋で買った、声を大きくするだけの拡声の魔道具、それだけ。
「まあ、無いものは仕方ない。一個ずつクリアしていくしかないか」
こういう時の切り替えの早さだけは、瑞樹の数少ない美点だった。
できないことを嘆くより、できることから手をつける。
まずは、動く「体」を作るところから。
土をこねる。
前世で言うなら、粘土細工に近い作業だ。
ただし瑞樹の場合、素材は魔力で編まれた土そのもので、乾燥も焼成も必要ない。
形を保つよう魔力を編み込めば、それだけで自立する彫像になる。
問題は、そこに命を吹き込むことだった。
「動け動け動け……くっそ、重心が全然定まらない」
最初の三日間は、ただの土人形が二歩歩いて転ぶだけの日々。
関節の稼働域、重心のバランス、魔力の伝達経路――何もかもが手探りだった。それでも瑞樹は諦めない。
というより、諦めるという選択肢そのものが、そもそも頭になかった。
なぜなら、これは「やらされている」仕事ではなく、瑞樹自身が「やりたい」と思って始めたことだったから。
冒険者としては半端者でも、こういう手先の作業と、無駄に注ぎ込む情熱だけは人一倍あった。
七日目の夜、ついに変化が訪れる。
土でできた小さな人形が、瑞樹の魔力操作に合わせて、右足を上げ、左足を上げ、くるりと一回転した。
「……できた」
声が震えた。
高さ三十センチほどの、簡素な人型。目や口の凹凸すらまだない、ただの土人形。
それでも、確かに「踊っていた」。
腕を上げる動作、体を捻る動作、爪先を伸ばす動作。全てが瑞樹の意思に従い、滑らかに繋がっている。
まだ音楽もなく、無音の中でぎこちなく回転するだけの人形。だが瑞樹には、それが誰よりも美しく見えた。
「これだ……これだよ、俺が求めてたのは」
色もない。声もない。曲もない。それでも、この土くれは確かに「踊る」という一点において、命を持っていた。
瑞樹はしばらく、その場に座り込んだまま人形を眺め続けた。灰色の、まだ何者でもない存在。
だが、これから何にでもなれる存在でもある。
「名前……つけなきゃな」
少し考えて、瑞樹はその人形にこう名付けた。
「――《ゼロ》」
始まりを意味する名前。
ここから全てが始まる、その象徴として。まだ色も声もない、原点そのものの姿として。
我ながら安直な名付けだと思ったが、それがかえって気に入った。飾らない、剥き出しの「始まり」。
これ以上ふさわしい名前は、他になかった。
《ゼロ》を机の上に立たせ、瑞樹は改めて考える。
次にやるべきことは、明白だった。
踊りだけでは、まだ娯楽にならない。
人を惹きつけるには、音が要る。リズムが要る。メロディが要る。
「よし、次は音楽だな……」
拡声の魔道具を手に取りながら、瑞樹は独り呟いた。
あれをどう改造すれば、旋律を奏でる道具に変えられるだろうか。
前世の記憶をひっくり返し、使えそうな知識を片っ端から引っ張り出す。
灰色の人形《ゼロ》を眺めながら、瑞樹はただ、次の課題に胸を高鳴らせていた。
「さて……音楽、音楽っと」
窓の外はすっかり夜。小さな我が家の中に、静かな熱意だけが満ちていた。