異世界でアイドルを作ったら処刑されます、誰か助けて 作:金霧屋
音楽が要る。それはわかった。
だが、肝心のそれをどう生み出すか。
「作曲……は、俺には無理だな」
木造二階建ての、二年間がむしゃらに依頼をこなして貯めた金で買った、猫の額ほどの小さな我が家。
瑞樹は机に頬杖をついたまま呟いた。
前世の記憶を漁っても、楽器の弾き方も、譜面の読み方も持ち合わせていない。
ならば、素人の自分が作曲するより、既にある音を「記録する」方が現実的ではないか。
「……そうか、録音か」
ここに来て、ようやく方向性が定まった。
前世の知識にある、蓄音機。あれなら、自分にも再現できるかもしれない。
蓄音機の理屈自体は、実はそこまで複雑ではない。
音は空気の振動だ。その振動を針に伝え、回転する円筒か円盤に刻み込む。
再生する時は、同じ溝を針でなぞり、振動を音として復元する。
ただそれだけの、いたって原始的な仕組み。
問題は「刻み込む」部分だった。
普通なら精密な機械工作が必要になる。
だが瑞樹には土魔法がある。
硬度も密度も自在に調整できる素材があれば、溝を刻む精度くらい、どうにでもなるはずだ。
「振動を、そのまま土に写し取れば……いけるか?」
試作は思いのほか順調に進んだ。
円盤状に固めた特殊な土の板、振動を拾う針の代わりになる細い金属棒、それを支える腕。
拡声の魔道具から音の振動そのものを取り出す仕組みを組み込み、何度も失敗を重ねながら、ようやく形になる。
三日後の夜、瑞樹の目の前には、粗末ながらも動く蓄音機があった。
「よし、あとは……音源だ」
自分の声だけでは正直つまらない。
求めているのは人を惹きつける「音楽」。
そのためには楽器の音が要る。
瑞樹が向かったのはいつもの酒場だった。
隅の席で、一人の女がピアノに似た鍵盤楽器を弾いている。
名をリゼットといい、流しの演奏で日銭を稼いでいるらしいという噂は、以前から耳にしていた。
「すみません、ちょっとお願いがあるんですけど」
「あら、珍しいわね。あなたがあたしに話しかけてくるなんて」
「実は、あなたの演奏を、その……記録させてもらえないかと」
「記録?」
リゼットは怪訝な顔をした。
無理もない。この世界に、演奏を記録する概念など存在しないのだから。瑞樹は蓄音機を取り出し、簡単に仕組みを説明した。
半信半疑の様子だったが、「面白そうじゃない」と、最終的には了承してくれた。
「で、何が聴きたいの?」
「明るくて、軽快な感じの曲を。できれば即興で」
「注文が多いわね……まあいいわ」
リゼットの指が鍵盤の上を滑る。
軽やかで、跳ねるようなメロディ。瑞樹は息を詰めながら、蓄音機の針を慎重に円盤へと下ろした。
演奏が終わる。瑞樹は震える手で再生の魔力を流し込んだ。
*ぱりぱり、と雑音混じりに、先ほどの旋律が流れ出す。*
「え、噓。今の、あたしの演奏?」
リゼットが目を丸くした。
瑞樹は無言のまま何度も頷く。
声が出なかった。感動していた、というより、ただただ「できた」という事実に圧倒されていたのだ。
対価として瑞樹は懐から金を取り出し、リゼットに渡した。
三日ほど食いつなげる程度の金額。
決して安くはないが、これで得られるものを思えば惜しくはなかった。
宿に戻り、瑞樹は早速《ゼロ》の振り付けを、手に入れた旋律に合わせて組み替え始めた。
無音の中で踊らせていた動きを、リズムに乗せて再構成する。
跳ねるようなメロディに合わせて、《ゼロ》の腕が跳ね、足が刻む。
「おお……悪くないな、これ」
自分でも驚くほど、動きと音がしっくり噛み合った。
前世の記憶にぼんやり残る、あの手のライブ映像には遠く及ばないが、それでも確かに「一つの作品」として成立している。そんな手応えがあった。
夢中で何度も調整を重ねていると、不意に扉が叩かれた。
「おい、うるさいぞ、って……何だそれは」
隣の宿を経営する店主だった。
文句を言いに来たはずが、部屋の中の蓄音機に目を留め、驚いた様子で立ち尽くしている。
「悪い、音が漏れてたか」
「いや、それより……今の音、何だ? 楽団でも呼んでるのかと思ったぞ」
事情を説明すると、店主は興味津々といった顔で蓄音機を覗き込んだ。
しばらく黙って眺めた後、思いがけない言葉が飛び出す。
「なあ、それ、売ってくれないか。うちの店にも置きたい」
「え、これを?」
「ああ。客が入る時にああいう音楽が流れてたら、それだけで雰囲気変わるだろう?ピアノも演奏する女も、とんでもなく高いんだ」
考えてもみなかった申し出だった。
瑞樹の頭の中で素早く計算が回る。
蓄音機自体は、土魔法さえあればいくらでも複製できる。
素材のほとんどは魔力で編んだ土だ。原価らしい原価は、ほとんどかからない。
「……わかった。ちょっと待っててくれ」
その場で魔力を練り、瑞樹は同じ構造の蓄音機をいくつか複製してみせた。
針の精度や音の再現度に多少の差は出たが、実用に足る水準には仕上がっている。
店主は目を輝かせ、即金でそれを買い取った。
「――これ、地味に金になるな」
蓄音機を渡し終え、懐に入った代金を数えながら、瑞樹は思わずそう呟いていた。
娯楽としての可能性だけでなく、これ単体でも商売になる。
副産物のつもりだったが、これは無視できない収入源になりそうだった。
とはいえ、これはあくまで通過点に過ぎない。
瑞樹が本当に作りたいのは、蓄音機そのものではなく、あの《ゼロ》が主役になる舞台だ。
「次は……小さくてもいいから、劇場みたいな形にしたいな」
机の上に置いた《ゼロ》を眺めながら、独り言が漏れる。
音楽は手に入った。
だがそれだけでは足りない。声もない。色もない。舞台もない。
動きだって、まだぎこちなさが残っている。
前世の記憶に薄く残る、あの手のステージにはまだ遠く及ばない。
必要なものを指折り数えてみる。
声。色。ステージ。そして、より自然な動き。
どれも一朝一夕には手に入らない。
だが一つずつ潰していけば、いつか必ず形になるはずだ。
「よし、まずは……ステージからだな」
大掛かりなものはいらない。
まずはテーブルほどの大きさで十分。
そこに《ゼロ》を立たせ、踊らせる。
その小さな箱庭こそが、これから育てていく「舞台」の原型になる。
そしてもう一つ。
灰色のままの《ゼロ》に、色を与えることにした。
土をこねる技術だけでは足りない。染料か、あるいは魔法そのもので発色させるか。試すべきことは山ほどある。
「色、と……ステージ、か」
瑞樹は蓄音機の売却で得た金を数え直し、必要な素材を思い浮かべながら、翌日の予定を頭の中に組み立て始めた。
その夜、瑞樹は久しぶりに、達成感とともに眠りについた。