異世界でアイドルを作ったら処刑されます、誰か助けて 作:金霧屋
蓄音機の噂は、思った以上に早く広まっていた。
宿の店主が客に自慢げに聞かせていたらしく、気づけば瑞樹の元には「あれをうちにも」という話が三件も舞い込んでいた。
「まあ、悪い話じゃないな」
複製にかかる手間はさほどない。
土魔法さえあれば、素材の原価はほとんどかからない。
瑞樹は言われるがまま三台ほど作って売り渡し、その収益をそのまま次の準備に注ぎ込むことにした。
目指すのは、前世でなんとなく記憶に残っているあの手のステージだ。
名前なんて正直どうでもよかった。
要はこの殺風景な異世界に、選ばれた才能の持ち主しか覗かない神秘だけではない、多くの人に心を躍らせる「何か」を届けたい、それだけだった。
そのために、まず必要なのは舞台だ。
「安っぽい木の台なんかじゃ、駄目だよな……」
《ゼロ》を見せるための舞台は、それなりの荘厳さを持たせたい。
木造の即席舞台では、どうにも安っぽく映る。
瑞樹が選んだのは、切り出された石造りの土台と柱だった。
もちろん、一から石を切り出す技術など瑞樹にはない。
だが、石材そのものを土魔法で成形するくらいなら話は別だ。
硬度を調整し、表面を磨き上げ、柱の意匠まで彫り込んでいく。
時間はかかったが、素材が「土」の延長線上にある以上、不可能ではなかった。
問題は、その重量だった。
「うわ、重い……いや、これ一人で運べる代物じゃないな」
石造りの柱と土台一式。
とても人力で運べる量ではない。
瑞樹はしばらく頭を抱えた後、自宅の裏手に控えさせていた大型ゴーレムを呼び出すことにした。
竜相手にはまるで無力な、鈍重なだけのゴーレム。
冒険者としては役立たずの烙印を押されたその巨体も、こういう時ばかりは頼りになる。
石材の山を背負わせ、のっしのっしと自宅まで運ばせた。
「お前、こういう時だけは仕事するんだな」
ゴーレムに向かって思わず声をかける。
返事はもちろんない。
ただ黙々と、言われた通りに荷を下ろしていくだけだ。
それでも、なんとなく相棒めいた愛着が湧いてしまうのは、三年間一緒にいたせいだろうか。
石の土台と柱を組み上げると、次は装飾だ。市場で買い付けた、光沢のある高級な布地を裁断し、天幕とカーテンに仕立てる。
深い紅色の布が、石の質感と合わさって、思った以上にそれらしい雰囲気を作り出していた。
「……お、いいじゃん」
完成した舞台を眺め、瑞樹は素直に満足した。石の重厚感と布の柔らかさ。
対比が、想像していた以上にうまく噛み合っている。
だが喜びも束の間、致命的な欠陥に気づく。
「……暗いな」
日が落ちると舞台は闇に沈んだ。
当然だ。照明がない。
せっかく作り上げた石と布の舞台も、光が当たらなければただの影の塊でしかない。
「魔道具のランタン……高いんだよな」
懐事情を思い浮かべ、瑞樹は思わず天を仰いだ。
蓄音機の売却益はほとんど材料費に消えている。
それでも、照明なしでは話にならない。
泣く泣く瑞樹は魔道具屋でランタンを購入し、それを分解して舞台の縁に組み込んだ。
「これで……よし」
灯りを入れると、石の柱と紅の布が、暖かな光に照らされて浮かび上がった。ようやく、舞台と呼べるものが完成する。
次に取り掛かったのは、《ゼロ》の色だった。
最初に試したのは、単純な上塗りという方法。
土の表面に顔料を重ね、髪の色、肌の色、衣装の柄を描き込んでいく。
「……うーん」
完成した《ゼロ》を眺め、瑞樹は思わず肩を落とした。
悪い意味で、味がありすぎる。
上手いとか下手とか、そういう次元の話ではない。
もはや前衛芸術のような仕上がりだった。
これを見せられた観客は、きっと困惑するだろう。
「駄目だ、これは……」
未練を振り切るように、瑞樹は塗り重ねた色を一つずつ落としていった。
振り出しに戻った灰色の《ゼロ》を前に、次の方法を考える。
二度目に試したのは、色付きの粘土を使う方法だった。
あらかじめ顔料を練り込んだ粘土でパーツを構成し、造形そのものに色を持たせる。
仕上げに上塗りをする必要がない分、輪郭はいくらか自然になった。
「これは……悪くないな」
一見、悪くない出来だった。
だが、乾燥が進むにつれ、粘土特有の細かいひび割れが表面に浮かび上がってくる。
色味自体も、どこか安っぽい。
上から色を重ねようにも、既に練り込まれた顔料が邪魔をして、思うように補正できない。
「……もう一声、欲しいんだよな」
三度目、瑞樹は発想を変えた。
色そのものを持つ「岩石」を素材として使う方法だ。
緑がかった岩、赤みを帯びた岩、艶やかな黒曜石に似た岩。パーツごとに異なる岩石を選び、それを土魔法で編み込んでいく。
結果は、これまでで最も手応えがあった。
岩石特有の斑な模様は残るものの、それがかえって一体のゴーレムらしい質感として馴染んでいる。
髪に選んだ岩は、光を受けるとわずかに艶めき、衣装に選んだ岩は落ち着いた光沢を放った。何より、瞳に使った蛍光石が完璧だった。淡く発光するその輝きは、まるで意思を持っているかのように見える。
「これだよ、これ……」
思わず声が漏れる。
だが、全てがうまくいったわけではなかった。
「……肌だけ、駄目だ」
肌の質感だけは、どんな岩石を試しても人間らしい柔らかさに届かなかった。硬さと斑が違和感を浮き彫りにしている。
結局、この部分だけは妥協し、色を調整した粘土でごまかすことにした。
こうして一先ずの完成を見た舞台の上に、色を得た《ゼロ》を立たせる。石の柱、紅の天幕、ランタンの灯り。
そして色づいた小さな体。瑞樹は魔力を流し込み、全体を動かしてみた。
動きは、まだどこかぎこちない。
照明は光量を変えられず、ただ点いているだけ。
肌の質感には違和感が残り、舞台装飾にも洗練さは足りない。
前世の記憶にある、あの完璧なステージには、まだ遠く及ばない。
それでも――。
「……悪くない、な」
瑞樹は素材と工具で埋め尽くされた部屋の隅に座り込み、灯りに照らされる《ゼロ》をしばらく眺め続けた。
粗だらけの、拙い出来。
それでも、少なくともこの世界で見てきたどんな娯楽よりも、瑞樹自身の肌には馴染んでいるように感じられた。
やるべきことはまだ山積みだ。
声もない。動きも直したい。
だが、今夜だけは、この小さな達成感に浸っていたかった。
散らかった部屋の中、瑞樹は膝を抱えるようにして丸くなり、そのまま眠りに落ちていった。