結婚相談所で喋るだけ   作:高町廻ル

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ここは結婚相談所なんだよね?

◎婚活ガチャSSRの男

 

「九条玲司さんね…」

 

 結婚相談所勤務の女性、黒瀬真琴は今日入会してくる男性の名前を見てあれこれと考えていた。

 あと五分もしないうちに相談室にやってくる。

 しかし。

 

「まぁ夢みがちの中年がなぁ…」

 

 彼女はぼやく。

 結婚相談所に来る人間の大半は若い価値のある時代を棒に振って結婚市場から売れ残り、困り果てて値引シールを貼っても売れない弁当のような人間の集まりだ。

 つまるところ若くて金や将来性のある人間はとっくにパートナーを見つけてゴールインしている。

 相談所の仕事はまずその夢を打ち砕き現実を見せてからマッチングさせると言うもの。

 

「入ります」

 

 するとそこでコンコンとノック音から男の人の声がドア越しに響く。

 

「はいどうぞ」

 

 真琴は随分と若い声だなと驚く。

 声を扱う仕事の人以外は大抵年齢相応に声色も老けるもので珍しいと。

 

「よろしくお願いします」

 

 扉が開くとそこに現れたのは二十代の男性だがファッション誌から飛び出してきたのか?と思うほどに整ったイケメンというやつだった。

 

「よろしくお願いします、九条玲司さんですね。私は黒瀬真琴と申します。本日はよろしくお願いします」

 

 真琴は素早く立ち上がり挨拶をする。

 相手が想定外だろうかやる事は変わらない。

 

「これを」

 

 互いに席に座ると真琴はエントリーシートを差し出す。

 そこには名前や経歴などを書く空欄が設けられている。

 

「書けばいいんですね?」

 

 紙とペンを受け取ると書き込み始める。

 

「はい、ですが誇張なしで書いてください。後で嘘がわかるとトラブルになるので」

「分かりました」

 

 そう言って改めて紙に情報を書き込んでいく。

 

「書けました」

「はい」

 

 そして十分後に相手からシートを受け取る。

 どれどれとその中身を覗く。

 

「は?」

 

 真琴はそれを見て唖然とした声を出す。

 名前、九条玲司。年齢二八歳男性。最終学歴、東京大学卒。

 

「ん?」

 

 職業、複数企業経営。年収は多くの人が想像する額を遥かに超える。

 

「んん??」

 

 保有資格、公認会計士、税理士、中小企業診断士、宅地建物取引士など多数。

 そして英語を筆頭に他の言語資格保有。

 

「んんん???」

 

 とても結婚相談所にやってくる人とは思えないステータスだった。

 真琴は目を擦ってから改めて情報を見るが冗談みたいなステータスはそのままだった。

 

「…うん」

 

 相手の顔を見るが嘘をついているとはとても思えなかった。

 

「取り敢えず確認なのですがここを何だと思っていますか?」

「結婚相談所ですよね?」

 

 この返事により相手が何かしらの認識の不具合があるわけではないと確信する。

 

「はい、そうです。ここは結婚相談所です。そうなんです、私は相談所の職員ですし、転職エージェントじゃないです」

「はい、存じ上げております」

 

 やはり認識に齟齬がないように思える。

 

「ええ、そうですよね?いや、これだけの経歴があればどこでも転職可能だと思いますけど」

「はい、自分に転職の予定はないです」

「ですよね、経営は順調そうなので転職の心配はないですよね」

 

 やはり目の前の超絶ハイスペックイケメンは婚活に来たのだと確信する。

 

「分かりました、すみません。しかし貴方が登録すれば見合いやマッチングが殺到するのは間違いありません」

「そうなんですか?」

「そうなんです。すぐにお相手が見つかります」

「……」

 

 しかし相手は真琴の言葉を聞いて難色をしめす。

 真琴は何が困るんだ?と思う。

 ここまでスペックの高い男性は相談所ではそうおらず、何なら投入するのに戸惑うくらいだった。

 こんな婚活ガチャSSRならば何も困らないだろうと。

 

「九条さん」

「はい」

「今回ご入会された理由についてお伺いしても?」

「理由…ですか?」

 

 ここまで持ってる側の人間ならば言い寄られるだろうし選び放題だろうと思い尋ねる。

 相手は少しだけ考えてから静かに答えた。

 

「実は女性に好かれなくなる方法を知りたくて」

「……」

 

 真琴はその言葉を聞いて固まってしまう。

 

「はい?」

 

 この日、結婚相談所の職員の黒瀬真琴はこの男が自分の担当になったことを後悔するのが今日だけではない事など知る由もない。

 

◎利用法が完全に逆!

 

 目の前の男が何を言ったのか脳で処理出来ずに尋ねる。

 

「今なんと?」

「女性に好かれなくなる方法について」

「聞き間違いじゃなかった…」

 

 額に手をやり押さえる。一体何が起きているのだろうかと。

 

「ここは結婚相談所なんですよ?」

「はい」

「……」

 

 相手の返事には淀みがなくハッキリとした意思がある。

 

「つまりですね、結婚したい人が来る場所なんです」

「分かってます」

「分かってるんだ…」

 

 ますます意味が分からなくなる。なのでストレートに尋ねる。

 

「『女性に好かれなくなる方法を知りたくて』の意味がよく分かりません。ここはパートナーを見つけるために利用する施設ですよ」

 

 結婚相談所は広義ならば女性に好かれたいとか気に入られたい願望が混じるべきなのだ。

 

「実は昔からとにかく色んな人に好かれすぎるんです」

「……」

 

 とってもド派手なモテ自慢が始まる。

 色々と考えるがやはり困りごとへの相談よりも自慢に聞こえてしまう。

 

「…贅沢な悩みですね」

 

 彼女がなんとか絞り出せたのはその一言だけだった。

 モテ過ぎて困るなど創作の中の世界だ。

 

「よく言われるんですが本人としては困ってまして…」

「はぁ…」

 

 相手の表情から少なくとも演技ではないと察する。

 モテ過ぎるが故の弊害なと想像しようのない世界だが取り敢えず相槌を打つ。

 

「だからこそ婚活のアドバイザーなら逆に女性にモテない男性について知っているかと思いまして」

「は?」

 

 その提案に何を言われているのか頭が追いつかなくなる。

 

「だからそれを教えてもらおうと思って入会しました」

 

 なんの恥ずかしげもなく堂々と言い切った。

 つまり正解を知っているのならば不正解も知っているのでは?という発想だった。

 

「なんじゃそりゃ!?」

 

 つい声が出てしまう。

 

「結婚相談所をなんだと思ってるんですか!」

 

 バン!と机を叩いて抗議する。

 しかし相手はその剣幕にも動じる様子がない。

 

「男性と女性の双方の希望とステータスを確認して双方の同意を得られる組み合わせを仲介、そして成立後のサポートを行うプランナーを擁する施設です」

「分かっとるんかいぃぃ」

 

 ぐぬぬと歯噛みしながら相手を睨む。

 どうやら目の前の相手はしっかりと認識している。

 

「普通は異性にどうやったらモテるかとかウケが良くなるとかを聞くんですよ!」

「当然ですね」

「異性から嫌われたいと相談に来る人なんて初めてですよ!」

「やっぱり珍しいですか?」

「前代未聞だよ!!」

 

 そのやり取りをしながらも改めて相手のステータス確認をする。

 二八歳の若さで複数の会社を立ち上げた高収入の成功者で、おまけに容姿端麗のイケメンと来た。

 

「…そりゃモテますよね」

「はい」

「認めた…」

 

 自信家というよりは長年の経験から来るものなのだろう。

 頭を抱える。こんな相談などどうすればいいのだと。

 しかし相手を見てみると本気で困っているように見える。

 

「分かりました」

 

 顔を上げて宣言する。

 

「料金は貰っているのでその範囲でだけ付き合います」

 

 真琴はこの厄介な仕事をやりきることにする。

 それを聞いた相手は嬉しそうに笑う。

 そしてそれを見た真琴はその笑顔の眩しさにこりゃ無理だと思ってしまう。

 

◎ぶちゃいく作戦

 

「具体的に異性に好かれない人間像ってありますか?」

「……」

 

 おおよそ結婚相談所で出てくるとは思えない質問が飛び出してきて真琴はつい絶句する。

 

(頑張れ私、気持ちが切れちゃダメ、ダメったらダメ)

 

 なんとか気持ちを整える。

 

「と、取り敢えず服装からダサくしましょう」

「服ですか?」

 

 この男、スーツ姿がサマになり過ぎてモデルのようだった。間違いなくこのまま街に送り出しても女性を引っ掛けられるだろう。

 

「おもクソダサくしましょう、取り敢えず丸メガネにアニメキャラをプリントしたシャツ」

「ふむふむ」

 

 玲司は真面目にメモを取り出す。

 その光景を見て真琴は目眩がするがなんとか耐える。

 

「バンダナにジーパンにリュックサックです」

 

 なんとか続きを口にする。

 

「それがダサい服なんですか?」

「少なくとも話しかけたいとは思われない服装です」

「なるほど、姿から入るというわけですね。分かりました」

 

 メモをとりながらうんうんと頷く。

 何が分かったのだろう?と思う。

 

「後は相手が会話を振っても全部フル無視して、その逆に自分から一方的に好き勝手に語るんです」

「その心は?」

「そんな大した理由じゃないです。相手を無視して好きな事を好きなだけ語るなんて相手に好かれるわけが無いですから」

「それもそうですね」

 

 またまた熱心にメモをとり始める。

 こんなテキトーなアドバイスになんでこんなに食いつくんだろう?と思う。

 

「取り敢えず話題は野球かアニメでいいです、その内容なら大体女性の食い付きがいいわけないですから」

「そうなんですか?」

「相場で決まってます」

 

 真琴は大概適当かつ偏見まみれな事を言ってるなと思いながらアドバイスをする。

 そもそもこんなものはアドバイスにすらなっていないが。

 

「あ、時間」

 

 そんな不毛としか思えないやり取りをしていると面談の時間が過ぎてしまう。

 

「今日はありがとうございました。真琴さんのアドバイス参考にしまう」

「あっ、ハイ」

 

 参考にしてどうすんだ?と思いながら返事をする。

 

「なんだったんだ?コレは?」

 

 去っていく相手を見た真琴はボソリと呟いた。

 

◎結果発表

 

「はぁ…」

 

 あの日から一週間が経った。

 先方の玲司から連絡が入りもう一度真琴の予約を取りたいと連絡が入り面談することになる。

 正直言って気が重いが、指名が入りお金を払って会員になった以上は仕事なのでやるしか無い。

 

「よし!」

 

 ぱちん!と頬を叩いて気合を入れる。

 ここから先何が起きたとしても動揺などせずに仕事を全うして見せると。

 

「!」

 

 コンコンとノックの音がする。どうやら玲司が扉の先にいる。

 

「はいどうぞ」

「失礼します」

 

 真琴はどんな事があって動じる事なくこの面談を乗り越えて見せると気合を入れる。

 しかし。

 

「は?」

 

 玲司の服装を見て唖然とする。

 丸メガネにバンダナ、そして萌えキャラらしきプリントをあしらったシャツにジーパン、そしてリュックサックを背負って面談室に入ってきた。

 

「なんでだあああぁぁ!!!」

 

 先程までの覚悟など忘れてつい叫んでしまう。

 

「え?どうされました?」

 

 自分がどれだけトンチキな事をしているのか気がついていないのか相手は驚いている。

 顔が「え?何かありましたか?」と語っている。

 

「どうしたじゃないよ!なんだその格好は!?」

「真琴さんにおすすめされた服なんですけど…」

 

 心のどこかで舐めていた。そんな話などあり得ないと。

 

「マジか!お前マジなんだな!そうなんだな!?」

 

 認識を間違えていた。この男のは本気でモテまいと心血注いでいた。

 

「ふぅ…」

 

 しかし真琴はこれ以上ヒートアップしても仕方ないとなんとか抑える。

 相手は必要だと思えば容赦なく実行するのだと確信する。

 

「あ、そう言えば女性と会ってきました」

 

 椅子に腰掛けながら玲司は口を開く。

 つまりデートをしてから相談室にやって来たという事。

 

「会って来た?つまりデート的な?」

「はいそうです」

「その格好で?」

「勿論です」

「勿論なんだ…」

 

 真琴は偏頭痛を堪えながら会話をする。

 

「そう、もうそのままここに来たのは何も言わない。それでどうだったの?」

 

 ここで気になるのは結果だった。女性から遠ざけられるコーディネートというとんでもない提案をした結果どうなったのか知りたいのは当然だ。

 

「はい、服を見て意外としっくりくるって言われました」

「は?」

 

 しっくりという単語に意味が分からなくなる。

 

「しっくり?何が?」

「ですからこの服を見て意外と似合うと」

「はぁ!!?」

 

 ドン!とテーブルを叩いて声を荒げる。そんな筈などあり得ないと。

 

「その女は裸族の集落出身なのか!?」

「いえ、ただの大学時代の友人です」

「どうなってしまったんだ日本は!?」

 

 ガシガシと髪を掻いて錯乱してしまう。

 

「じゃあ冷たくあしらったり、矢継ぎ早に喋るやつは!?」

 

 彼女は相手に次のアドバイスについての結果も求める。

 

「クールでミステリアスでカッコいいと」

「冷たいのに!?」

「取り敢えず流行りのアニメを一時間話したのですが面白そうと向こうも食いつきまして」

「会話のドッジボールを楽しむなぁぁぁ!!!」

 

 もはや相談室である事を忘れて声を荒げてしまう。

 

「あー無理、もー無理だわ」

 

 真琴はバサッ!と手に取っていた資料を机にぶちまけて降参する。

 

「え?」

 

 当然玲司は何が起きたのか理解出来ない。人生でここまでの悪態をつかれた経験などないのだろう。

 

「無理無理、無理だっつの。そこまでやってモテちゃうなら無理だわ。もうアフリカの奥地やサバンナにでも行ってゴリラかチンパンジーの社会に行くしかないって。お手上げです!私の手には負えません!!」

 

 真琴は矢継ぎ早に喋る。

 

「ここは結婚相談所なんで結婚や婚活の意思が無いならお帰りください!」

 

 玲司の手を取ると立ち上がらせてグイグイと背中を押して部屋から追い出そうとする。

 二度のカウンセリングでの鬱憤を晴らすように真琴は玲司に向けて吐き捨てる。

 

「でもまだ方法は…」

「無いから、無理だから、私には無理。てかそもそもそんなもののために相談なんて来ないでください」

 

 相手は体幹が強いのか女性の力では中々動かせない。

 

「黒瀬さん」

 

 相手に背中をされていた玲司はここで真琴に向かい合う。

 

「冷たいですね」

「当たり前でしょ」

 

 相手からの追及に対して臆する事なく切り返す。

 

「私だって暇じゃないんだから貴方のモテたくないなんて相談に付き合ってやれない」

 

 仕事とはいえ婚活と関係ない話に付き合う事自体が問題だったのだ。

 

「はい、もう終わり」

 

 相手を突っぱねる様に言い放つ。

 相手はそれを聞いて俯いていた。何を考えているのかその真意は窺い知れない。

 

「黒瀬さんってこんな対応するんですね」

 

 彼を顔を上げて口を開く。

 

「こんな対応って何よ?」

「こんなふうに雑に扱われたりした事あまりなくて」

「でしょうね」

 

 若くて顔が良くて将来性抜群で金持ちの経営者など普通は誰もが好意的に捉えて当たり前だろうと考える。

 

「黒瀬さんは仕事というか淡々としているというか」

「仕事は仕事ですから、でもモテなくするのはもう無理です。当然結婚や婚活ならば私も全力でやらせていただきます」

「……」

 

 真琴は取り付く島もなく言い放つ。

 それを聞いた相手は黙り込む。

 

(さすがに言いすぎたかな?)

 

 ここに来て感情のままに口走った事を後悔していた。

 しかし相手は怒ったり気落ちする様子はなかった。

 

「黒瀬さん」

「はい」

 

 玲司は改めて相手を見やる。

 

「つまり恋愛相談ならば通っても問題ないんですよね?」

「え?あぁ、まぁそうですね。その手の相談なら勿論」

「なるほど」

 

 相手は確認を取ると何やら考え込む。

 

「え?何を…」

 

 何やら嫌な予感がして身構える。

 相手の顔は晴れやかだが真琴にはそれが不穏な雷雲にしか見えない。

 

「こんなふうに身構えずにズケズケと言ってくれる人が本当に新鮮で」

 

 何やら噛み締める様に語り出す。

 

「怒るし、呆れるし、帰れとすら言う」

 

 真琴の対応は褒められるものでは当然無いがそれでもあまり気を悪くする素振りがない。

 

「俺…黒瀬さんの事が気になるというか…好きになりそう…かもしれません。だから婚活でここに来ます、黒瀬さんと仲良くなる為に」

 

 その告白に相談室の空気は凍りつき、真琴は思考停止する。

 いったい今自分は何を言われたのか脳が少しずつ処理をして行く。

 そして目の前の男はこれから真琴目的でこの結婚相談室に会員として堂々通いに来ると宣言した。

 

「なぁんでよおおおおぉっっ!!!」

 

 黒瀬真琴の哀しい叫び声が響き渡る。

 

◎私と彼の物語

 

女性にモテすぎて困っている男の九条玲司。

そんな男をモテなくしようとして初動で失敗した女の黒瀬真琴。

これはそんな二人の奇妙な関係の物語である。

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