「月の綺麗な夜だな」
ぼんやりとまん丸と夜空に浮かぶ満月を見る。もうすぐ月に狂った御伽噺が始まるというのに、オレの身体はどうにも騒いで仕方ない。
「境様、夜毎に月を見上げる理由は如何に?」
「兄上、決まっておろう。追悼ぞ」
「左様。悪しき妖魔の追悼なりや」
「何だ。聴こえてたのか、邪紅、清白」
学生服のボタンを外し、内側の柄鞘に見遣れば刀身の付いていない二本の刀柄に浮かぶ小さな三つの顔がオレの名前を呼び、語り始める。
黒と赤色の柄、邪紅刀。
白と青色の柄。清白刀。
二振りの刀の視線の先をオレも見据える。
妖怪。
ただし、普通の妖怪と違って、絵の具を糧に生まれた仮染めの妖怪だ。
「斯様な雑魚は我らで十分ぞ。邪紅兄上」
「左様。我らに不足なし」
「境様、此度は弟らを御使い下さりませ」
「おう。頼りにしてるぜ、清白」
左側の柄鞘に邪紅を納め、清白のハバキを右手に叩きつけ、ゆっくりと魂を研ぎ澄まし、鍛えて重ねた思念の刀身を引き抜く。
「糸色、月に仇成す血よ」
「お前は、三手だ」
牛のような下半身と頭部、人の上半身を持つ。牛頭の妖怪、ミノタウロスとも呼ばれる化け物の振るう斧を清白の刀身で往なす。
「一手」
「血よ、絶えよ!」
仰け反りながら振りかぶった斧を潜るように踏み込み、脇腹を切り裂き、オレはミノタウロスの背面を見据えるように振り返る。
「二手」
脇腹を押さえながらオレを見上げるミノタウロスの身体を身中線に添って真っ二つに切り落とす。
「こいつで、三手だ」
「お見事なりや!」
「流石は、当代に比肩なき糸色家のご当主ぞ!」
刀身の血糊を振り落とし、水に溶けた絵の具のように排水溝に流れる妖怪の残りを見る。本当、月光のヤツや他の奴らにバレずに動くのは面倒だ。
「母さん、怒ってるな。こりゃあ」
「主殿、あなた様の母君は過保護ではありますが、理由なく怒ることはありませんぞ。この清白も供に御叱りは受けまする」
「左様。我らは主殿の霊剣なりや」
「……ハハ、ありがとうな。お前ら」
そう言ってオレは思念の刀身を消す。
「さて、と。アンタはだれだ?」
ゆっくりと後ろを振り向く。
異質な存在感だ。
白い。
肌までもが、全てが白い。
白昼の月のような妖しさを纏う女だ。
────
「フフ、何者と問われて名乗るには少しばかり月の光の強すぎる夜分です。ですが、貴方の邪魔をするためにやって来たわけではありませんよ」
「……そうかい」
やっぱり、聞いたことのある声だ。
「ちょっと、
「エンゲキブ……?」
「え?あぁーーーっ!!才賀君!!」
キーンと耳鳴りがする。
清白を学生服の柄鞘に納めて、笑う。
成る程、彼女のお母さんだったわけか。