『大空スバルのマリン観察絵日記』   作:佐藤二時

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4話:爆発!これがあなたの未来のお嫁さん!

 

【○月×日 てんき:さいこーにはれ】

 

夏休み最終日。

 

今日でスバルの「マリンの観察日記」も終わり。

 

のはずだった。

 

だけど、いつものあじさい公園に行っても、ベンチには誰もいなかった。

 

ワンカップの空き瓶も、変なポエムが書かれたノートもない。

 

ただ、ベンチの上に、石が乗っていた。

 

その石の下に、一枚の紙きれが挟まっていた。

 

「……ん? なにこれ、チケット?」

 

そこには、今日このあと街のドームで開催される、宝鐘マリンの一大ドームライブのプラチナチケットと、

 

「スバルちゃんへ。宿題、ちゃんと出しなさいよ」

 

という殴り書きのメモが添えられていた。

 

「はぁ!? あいつ、本当にアイドルだったの!?」

 

スバルは頭が混乱したまま、自転車を猛スピードで漕いでドームへと向かった。

 

ドームの周辺は、信じられないくらいの熱気に包まれていた。

 

赤い海賊帽子をかぶったファンの人たちが、何万人も詰めかけている。

 

「マリン! マリン!」

 

って、みんながあのマダオの名前を叫んでる。

 

スバルは、人の波に流されながら、なんとかチケットに書いてある入口を探し当てた。

 

そこは、ファンの人たちが並んでいる列とは全然違う、静かで、なんかピリッとした感じの通用口だった。

 

(うわ、絶対ここ、子供が来ちゃダメなやつじゃん……)

 

首からカードを下げたスタッフのお姉さんが、スバルのチケットを受け取って、じっと見た。

 

それから、手元の紙をめくって、無線で誰かに何かを聞いた。

 

心臓がバクバクした。

 

「……あ、はい。うん、聞いてます」

 

お姉さんは無線を下ろすと、スバルの顔を見て、なぜかちょっと笑った。

 

「大空スバルさんね。船長から伺ってます。……こちらへどうぞ」

 

「え、あ、はい」

 

「走らないでね。あと、ぜったいに走らないでね」

 

二回言われた。

 

案内された先は、ステージのすぐ横の、変な角度の席だった。

 

まわりには大人しかいなくて、みんなスーツを着たり、名札を下げたりしている。

 

スバルは、自分の首から下げるものが何もないことに気づいて、なんだかものすごく落ち着かない気持ちで座った。

 

その瞬間、ドームの照明がパッと消えた。

 

ドォォォォォン!!!

 

と、地響きのような大歓声。

 

ステージを照らす真っ赤なライトの真ん中に、その人は立っていた。

 

「……っ!!」

 

スバルは息を呑んだ。

 

そこにいたのは、昼間からカップ酒を飲んで管を巻いていた大人じゃなかった。

 

泥だらけになりながら、誰もいない公園で踊っていた、あの時の目がそこにあった。

 

イントロが流れた瞬間、彼女は爆発した。

 

完璧な歌声、地を這うような激しいダンスステップ。

 

曲の途中、マリンが鋭くターンを決めた。

 

その一瞬で、スバルは分かってしまった。

 

昨日の夕方、誰もいない公園で、この人が何回も何回もやり直していたのは、ここだ。

 

濡れたアスファルトの上で、泥だらけになって、膝に手をついて、それでも最初の位置に戻っていた、あの部分だ。

 

何万人が、今、そこで悲鳴を上げている。

 

誰も知らない。

 

昨日この人が、誰にも見られていない公園で、何十回それを失敗していたか。

 

スバルだけが、知っている。

 

客席のファンは全員、涙を流して熱狂している。

 

スバルも、鳥肌が止まらなくて、言葉を失ってステージを見つめるしかなかった。

 

ライブが最高潮を迎えた、その時だった。

 

曲の合間、マリンがステージの端、スバルがいる関係者席のすぐ近くまで走ってきた。

 

そして、マイクを握りしめ、何万人もの観客の前で、スバルを指差してニヤリと笑った。

 

来る。

 

スバルは身構えた。

 

この状況で、この距離で、この顔。

 

絶対に、何か、とんでもなくロクでもないことを言う顔だ。

 

マリンは、汗まみれの前髪をかき上げて、思いっきり息を吸い込んだ。

 

そして。

 

「スバルちゃぁぁぁぁん!!! 宿題ぃぃぃ!!! ちゃんと出しなさいよぉぉぉぉーーー!!!!!」

 

ドーム中に響き渡る、大音量の、生活指導。

 

何万人ものファンが、一斉に沈黙した。

 

歓声が、ぴたりと止まった。

 

「……宿題?」

「え、今、宿題って言った?」

「船長、誰に……?」

 

ざわめきが波みたいにドーム全体に広がっていく。

 

さっきまで涙を流して熱狂していた何万人が、全員「?」の顔になっている。

 

客席のスバルは、顔から火が出るくらい真っ赤になった。

 

「何言ってんだアイツーーーーーーーー!!!!! バカじゃないのぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!? 何万人集めて言うことがそれかよ!!!!! うちのお母さんかお前は!!! ステージ降りろーーー!!!!!(号泣)」

 

スバルの全力のツッコミは、戸惑うファンのざわめきにかき消されたけれど。

 

ステージの上のマリンは、それを見て満足そうに、最高に、世界一輝く笑顔でウインクをくれた。

 

何万人の中で、たった一人にしか通じない言葉。

 

それを、世界で一番でっかい声で言うのが、あの人だった。

 

次の日、新学期が始まった。

 

公園のベンチには、もうマリンの姿はない。

 

だけどスバルの手元には、ばっちり完成した夏休みの宿題がある。

 

スバルはノートの最後の1ページに、ステージの上で誰よりも輝いていた(そして誰よりも不審者だった)海賊のイラストと一緒に、力強くこう書き込んだ。

 

◇◇◇

 

【今世紀最大の公私混同:あの人は、世界一ダメな大人で、世界一めんどくさい変質者だけど。

世界中の誰がなんと言おうと、自分を信じて、自分の愛するもの(特にお尻)を貫き通す、世界一カッコいい大海賊(トップアイドル)だ。

 

…………と、書いたばっかりなのに。

 

今日学校から帰ってきたら、家のリビングのソファで、あのマダオがうちのお母さんと楽しそうにお茶を飲みながら『お母様、スバルちゃんをうちの事務所にください❤️』って本気で所属契約書を差し出していた。

 

しかもお母さんが「あら〜、スバルがお世話になります」とか言いながら、めちゃくちゃ良い笑顔で印鑑を探しに行った。

 

先生、これがスバルの夏休みの自由研究の成果です。今すぐ警察を呼んでください。】

 

◇◇◇

 

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