先生の手伝いから教室に戻ってくる時に、やっちゃんが清水先輩から男バレのマネージャーに勧誘されてる所を見た。
でも、やっちゃんは話を聞いてなかったみたいで、清水先輩がスキップして自分の教室に戻っていく姿を見てブルブル震えてる。ま、しゃーない。助け船を出そうかな。
そんなわけで「あの先輩何の用事だったんだっけ!?」って顔青くしてるやっちゃんに話し掛ける。
「……やっちゃん?」
「ひゃぁい! すみませんすみません!!」
後ろから話し掛けたのが悪かった。思った以上にやっちゃんが反応する。でも俺だって分かったらあからさまにほっとした。
「今さー、清水先輩の話聞いてなかったでしょ」
「うぐぅっ!? そ、そそそ、そんなこと無いよ!!」
「残念ながら見てしまったのです」
「お願い! 清水先輩には言わないでぇ……!」
やっちゃんが慌てふためいてる姿を見て思わず苦笑する。
とまあ、やっちゃんをからかうのはここまで。さっそく本題に移ろうかな。
「やっちゃんってバレー嫌い?」
「え? ……ううん、体育くらいでしか関わったこと無いから良く分からない、が正解かも」
「じゃあ今は嫌いでも好きでも無いって認識でOK?」
「うん、大丈夫」
「じゃあさ、練習1回見に来てみない? Vリーグの生観戦みたいにお金かかるわけじゃ無いし。それでバレー好きになれそうに無いってことならふんぎりがつくんじゃ無いかなと」
「ううーん……」
こんな風にやっちゃんに声をかけていると、「ね~こ~!」って地獄の底から聞えるような声が後ろからして、振り返ったら清水先輩が男子からちょっかいかけられてる姿を見たときの田中先輩とノヤ先輩みたいな顔をしてる同じクラスの聡と錦がガルガルしてた。……めんどくせぇ。
「バレー部にはあの美人な先輩がいるだろ! 谷地さん勧誘すんの駄目駄目!」
「そうだそうだ! 谷地さんは野球部のマネージャーをするんだから。なぁ!?」
「えっ!?」
「いやいや、バスケ部のマネージャーだ!」
「えぇっ!?」
やっちゃんの言い分無しに聡と錦が言い争いを始める。本当こういう所だぞ。
いざ2人を諫めようと口を開きかけたら、その前に同じクラスの堀内さんと稲松さんがやっちゃんに抱きついた。ちょっとギャルっぽい2人だけど、案外相性は良いらしい。やっちゃんは目に見えて安心してた。
「ちょっとあんたら、私達の仁花虐めないでくんな~い?」
「そうそう。うるさいんだけどー?」
「っ! 堀内達には関係ないだろ!」
「あります~。そうやって女の子にがっついてるからマネージャー勧誘も失敗するし彼女も出来ないんだよ。女の子の気持ち考えろって」
「そうだそうだ~!」
「「うぐぅっ!?」」
あ、クリティカルヒット。聡と錦はその場で崩れ落ちた。まあ、自業自得でしょ。
「ごめん、助かった」
「い~え。ねこ君悪いことしてないし。さっすが姉妹と幼なじみの彼女持ち~」
「勧誘するときも断りやすいように気を配ってたよね。
仁花ー、不安なら1日くらい私達も付いてくよ? 家庭科部で男バレとは接点あるし」
「智ちゃんも多分分かってくれると思う」
「えっ? うーん、どうしよっかな。そりゃあ愛海と和音が一緒に来てくれると嬉しいけど……」
悩んでるって事は拒絶するわけでも無いって事だ。見学くらいは来てくれると思いたい。
おっと、このタイミングで予鈴が鳴った。周りも自分の教室に戻ろうとする人達が集まってきて騒々しくなって来る。俺も自分の席に戻らないと。
「やっちゃん、ちょっと考えてみて。駄目そうなら俺から清水先輩に伝えとくよ」
「うん、ちゃんと答え出すね」
「ありがと」
やっちゃんと話してると、堀内さんと稲松さんも会話してる。
「数学数学~」
「和音、本当に見かけによらないわ」
「そりゃあお互い様でしょ。こんな身なりで家庭科部よ? ウチら」
「そうだった」
「智ちゃん先生にも驚かれたしぃ~? まあしゃーなしよ」
教室に入って自分の席に向かう。……あ、聡と錦忘れてた。まあいいか。
放課後になって部活の準備をしていると、清水先輩がやっちゃんと堀内さん、稲松さんを引き連れて体育館に登場した。
やっちゃんは緊張してて、堀内さんと稲松さんは家庭科部の関係で何回か面識があるから普段通りだ。
「ねこ君おつ~」
「おつ~」
「家庭科部の堀内さんと稲松さんじゃん。どうしたの?」
「ウチら仁花の付き添い」
「なるほど! 新しいマネの人! お願いシャス!」
「お、おおお、お願いシャス!」
俺は堀内さん、翔陽は稲松さんと話していると、男バレの皆が集まってくる。
「堀内さんと稲松さんは知ってると思う。マネージャーとして仮入部予定の――」
「――5組の谷地仁花です!」
おお、やっちゃん噛まなかったな。……俺たまーにやっちゃん呼ぶのに噛むんだよな。〝や〟と〝ち〟と〝ひ〟がつづくと呼びにくいっていうか。ごめんよ。
「あと堀内さんと稲松さんは谷地さんの付き添いで来てくれました!」
「いつも家庭科部でお世話になってます堀内です。今日は友達の付き添いで来ました。
家庭科部に入ってるので男バレには入れませんがちょっとだけお手伝いさせて頂きます」
「ウチもそんな感じです。宜しくお願いします」
簡単に3人が挨拶すると、今度はキャプテンとスガ先輩が話し始めた。
「ようこそ谷地さん。キャプテンの澤村だ。
堀内さんも稲松さんもいつもありがとう。助かってます」
「副キャプテンの菅原な。3人ともいらっしゃい!」
「谷地さんは委員会の仕事の前に来て貰ったから顔見せだけね。堀内さんと稲松さんは家庭科部の方に合流するからまた今度!」
「今日も智ちゃん先生と一緒に差し入れ作ってきますねー」
「「「アザーッス!」」」
やっちゃんが少しびびって、堀内さんと稲松さんは守るように立ち塞がった。それから慌てて清水先輩から止められる。良い連携だ。
今日は顔見せだけだから、体育館を去って行く3人にお礼を言う。
「3人ともありがとね」
「私こそ委員会があって申し訳ない!」
「それはしょうがないでしょ」
「そーそー。それにただ挨拶しただけだしね。ほら男バレ練習始まるよ」
あ、本当だ。整列始めてる。手を振って3人と別れた。
やっちゃん入ってくれると嬉しいけど。
「それにしても一気に男女比変わったな~」
「ギャル! ギャルがマネにだぞ、ノヤ!」
「だな、龍!」
堀内さんと稲松さんは家庭科部でマネはしないって言ってましたよね?
やっちゃん入ってくれると嬉しいなー。
翌日、やっちゃん達3人がマネージャーの仮入部に来て、スパイク練習が終わった直後の休憩で、難しい顔をした堀内さんと稲松さんが翔陽に話し掛ける。
「ねー、日向」
「何?」
「前から思ってたんだけど、いつも目を瞑ってスパイクやってるけど危なくない?」
やっぱりそう思うよねー。ほら、変人速攻進化させるときだぞ。
「危ない? どういうこと?」
「目を瞑ってるって事は着地点が汗で濡れてたり、誰かの足を踏みそうって事が分からないって事でしょ? 目を瞑るって怪我の元だと思うんだよね」
「今のままじゃ駄目って事?」
「うん。……まあ素人目線だから好き勝手言えるけどね」
そうだそうだ! 堀内さんと稲松さんの言うとおりだ!
少なくとも打たされてる状態は翔陽が上手くなれないと思う。もちろん、あの速さで打ち分けやるのも難しいと思うけどさ。
気づけば全員3人の会話を聞いていて体育館が静まりかえってた。
「……烏養コーチ、キャプテン。ちょっとやってみても良いですか?」
「良いぞ、やってみろ」
「影山、トスくれ」
「…………分かった」
理想なのはボールが通り過ぎる瞬間に翔陽が対応できることなんだけど。見えてはいるみたいだから出来そうではあるんだよな。
「猫又」
「おー」
「1本目頼む」ってことで、影山から投げられるボールを影山に返す役割をする。
セッターからチャンスボールを投げられて1本目をレシーバーが返球、2本目をセッターがトスを上げて3本目をスパイクってバレー部おなじみの練習方法だ。
「チャンス!」
「いけっ!」
ボールに気を取られて助走すらもグズグズな翔陽に影山が苛ついていって、5本目で影山が手を止めた。
「……いつできるようになるか分からないのに続ける意味ありますか?」
「分からん。
ただジジイが言ってるテンポなり、『スパイカーが打ちやすいトスをあげられているか?』を問われたら出来てねえとは思う。日向は不満そうだしな。
最初は皆初心者なんだ。練習を続ければ出来るようになるかもしれない。……と言うか、本来は練習を重ねていって成功率を上げていくんだよ。最初っから何でも上手くいく奴なんて限られてる。影山が規格外で感覚狂ってたけどよ」
一拍おいて烏養コーチが続ける。
「そんなわけだからこれからも挑戦していこう。
俺自身も変人速攻を自分の意思で打ち分け出来るようにさせたいとは思ってたんだ。4月の時点では絶対に無理だっただろうが、多少は上手くなってる今の日向なら出来るようになるかもしれない。武器は増やしてナンボだしな。せっかく夏休みがあるんだからよ」
「……分かりました」「オス!」
その顔は分かってねえぞー? 渋々って感じじゃんかよー。影山とは反対で翔陽はヤル気でてる。
少なくともブロッカーに付かれたときにフェイントとかリバウンドで躱せるようになってくれるとブロックフォローもしやすいんだよな。
「堀内と稲松もサンキュな。俺達が慣れてたけどやっぱり目を瞑るって駄目だわ。危ねえ」
「休憩中にすみませんでした」
「いやいや、すげー助かる。外から見て気づいたことはバンバン伝えてくれると嬉しい」
「「はいっ」」
「でもどうすっかなー。ちょっと保留で頼む」
「あの速さのトスを自由自在に打ち分けすればいい」って簡単に言えるけど、「じゃあどうすれば良いんだ?」って言うのは分からない。がむしゃらにやったとしても難しいだろうし。
「休憩時間ずらすぞー」
「「「はい!」」」
ってことで休憩が伸びた。今度こそドリンク飲むぞー。
ドリンクを飲んでると、ちょっと複雑そうにしてる堀内さんと稲松さんが俺の方に近付いてくる。
「日向と影山ちょっとギスらせたかも……」
「気にしなくて大丈夫大丈夫。あの2人口悪いからいつもあんな感じだから。
翔陽と影山もそうだけど、全国制覇するためにはもっと上手くならないと駄目だし」
「今のままじゃ駄目だもんな、俺達全員」
「だと思います」
俺達の会話を聞いてた東峰先輩も乗っかってきて、キャプテンとスガ先輩から始まって全員が頷く。もっと上手くならないと全国には行けない。上達するためにやるべき事はたくさんある。
明日扇西高校との練習試合が決まったってミーティングで伝えられて今日の部活は終わった。コートやらボールの片付けをしていると、田中先輩とノヤ先輩に絡まれる。
ちなみに堀内さんと稲松さんは若林先生と一緒に家庭科室に向かっていったからいない。「着替えたら一緒に帰ろー」って堀内さんがやっちゃんに言ってたから清水先輩とも合流するんじゃ無いかな。もう1回お礼言っとこ。
「「繋護よ」」
「2人揃ってどうしたんですか?」
「「1年ガールズの誰かとは付き合っているのかい?」」
何言ってんだこの2人。
「違いますけど?」
「いやいや! あんな楽しそうに話してるではないか!」
「同じクラスですし普通では?」
「そんなことはない! 同じクラスの女子なんか『田中そこ邪魔ー』ってジャケンにしてくる生き物だ!」
田中先輩に右肩を組まれて、すかさずノヤ先輩からも左肩を組まされる。あー重い。
「水くせえなー、彼女に応援して欲しいって素直に吐けよ。『繋護くーん、頑張ってー!』って応援して欲しいんだろ? 隠さなくて良いって。な?」
何言ってんだこの2人。めんどくせ。間に合ってるっての。
「いや、本当に違いますよ」
「潔子さんから『西谷君、田中君頑張ってー!』って言われたらリミットブレイクできそうだからな。おめーもそうなんだろ? な?」
「一緒にチョーキューブシン……、何だっけよ」
「スパパーンってやるやつだろ。かっけえよな!」
「だよな!」
こういう時はめんどくせー。聡と錦と同じで言動からしてモテないんだよなー。全く。めんどくせ、ホントめんどくせ。
「繋護も彼女できるように男磨き頑張ろうぜ。な?」
「はーい」
こういう時は聞き流すに一択!
適当に「はい」って言ってたら満足そうにノヤ先輩と田中先輩は「モテない同盟にまた1人加わったぞー!」って走って行った。やっと解放された。
そして、今度はやっちゃんが俺に。
「言ってないんだ?」
「今の見て言えると思う?」
「ううん」
「まあそういうこと」
「ほへー」
ヒソヒソ話してると、田中先輩とノヤ先輩がにんまりこっちを見てきた。はいはい、清水先輩に見られてますよ。片付けちゃんとやって下さいね。
「そうだ。今日見学来てくれてありがとね」
「体育と全然違うね。迫力が全然違った。もう『ぐわー!』って」
語彙力! ……案外翔陽と相性良いんじゃない?
「じゃあ谷地さんもマネージャーやってくれる!?」
「うわっ!? 日向か、驚かせないでよー」
「なんだよー」
片付けを終わらせた翔陽が乱入。妹がいるから翔陽って同級生と年下っぽい子には平気なのか? 翔陽も清水先輩が気になってたり? ……まっさかー。
「初日じゃまだ分からないだろー。急ぎすぎるなって」
「じゃあさ! 明日の練習試合見に来てよ! 〝小さな巨人〟になるって見て貰いたいんだ!」
「う、うん。あと数回見学させて貰おうかなって思ってるよ」
「っ!! おーし、谷地さん勧誘のためにも明日勝たねえと!!」
お、案外好感触じゃん。いいねー。
翔陽の言い方が気に入らなかったのか、影山が「宮城で一番になって、全国いくんだろうが! ボゲェ!」って叫んできた。
「分かってるよ! でも、強くなって勝ち進むことが最大の恩返しだろ! 谷地さんにマネージャーやって良かったって思って貰いてえじゃん!!」
おおー、翔陽が大人になってきてる。そして、やっちゃんもちょっとドキっとしてる。これは新しい春の予感だね。
ただ、残念だけど、そういう恋愛的な意味で言ってる訳じゃ無いんだよな、翔陽って。
それはさておき。
「いずれ全国制覇した烏野のマネージャーって肩書きにするからさ、一緒に頑張ってくれると嬉しいよ。ですよね?」
「「「おう!!」」」
「っ! おす!」
入ってくれそうだな、やっちゃん。
放課後、扇西高校との練習試合の時間が近づいてくる。16時半からだからあと30分くらいか。
コートの準備をしていると、清水先輩とやっちゃんと一緒に烏養コーチに呼び出された。
「清水。谷地に試合中のマネージャーの動きを体験して貰いたいから頼んでいいか? 記録は猫又にやらせるから」
「分かりました」
「で、猫又な。今言ったとおり、清水は谷地につきっきりだからビデオとかスコアとか得点板とかやってくれ。悪いんだけど今日の試合には出すつもりは無い」
「分かりました」
仕事多すぎ。ぐえー。
やっちゃんが「私のせいでねこ君が試合で出られない!? 埋まってお詫びしますー」みたいな表情してるじゃんかよー。
「聞いてるか分かんねえけど、俺と繋護って従兄弟なんだ。だから割と雑に扱ってる。こういうのデフォルトだから気にしないでくれ。流石に部活中はコーチと部員って関係守るけどな」
「え? あっ、はい!」
親指立ててやっちゃんに返事をする。俺は問題ないよ。
「本当は一から教えてやりてえんだけどバタバタしてて申し訳ねえ。何して良いか分からなくなったら遠慮無く清水と猫又に聞いてくれ。清水は同性だし、猫又も同じクラスで接点多いって聞いてるからよ。
谷地のこと頼むぞ、2人とも。バレーって楽しいんだなって思ってもらえるように頑張るぞ」
「「はい!」」
「取り敢えず、俺が『良い』って言わない限りはコートの中に入らないようにしてくれれば大丈夫だ。ほっぽってホントに申し訳ねえ。
谷地も少しずつバレーに興味持ってくれたら嬉しい。宜しくな」
「あっ、はい!」
それだけ言って、烏養コーチは離れていった。さーて、早速準備に取りかからないと。……お?
「ごめんね、ねこ君!」
「……そこは〝ありがとう〟の方が嬉しいかも」
「お、おす! ありがとう!」
「じゃあ猫又宜しく」
「はい、分かりました」
……2階のキャットウォークでビデオセットしてスコア付けて1階で得点板? 無茶では? ……やるっきゃねーかー。あとユニフォームとタオルもか。
そうだった。いつもありがとうございます、清水先輩。
◇
扇西高校が到着して2校の部員がウォーミングアップを取っている中、谷地仁花は清水潔子からマネージャーの業務を教わっていた。
13本分のドリンクを2人で運んできて烏野高校側のベンチの脇に置く。
「これでドリンクは大丈夫。
1つの容器に1つの粉ね。烏野で使ってる容器は1L分だから丁度良いんだ。そして、冷たすぎると身体に負担掛けちゃうから、ウチでは常温で作ってる。無くなりそうなら補充していく感じかな。
あと、他校が烏野に来る場合は先生方の飲み物として麦茶も準備してる。大丈夫そう?」
「はい!」
「猫又がやってくれてるから今日は良いんだけど、タオルとかビブスも。他校との練習試合の時はユニフォームを着ることが多いかな」
「なるほど……!」
清水潔子がパイプ椅子に3着ずつ置いてある黒色のユニフォームの上とタオルを指差すと、谷地仁花も同じように見る。
「……あれ、4番だけオレンジのユニフォームですね」
「そう、西谷と猫又はリベロってポジションで、頻繁に交替するから他の選手とは違うユニフォームを着るんだ。1セットに交替は6回出来るんだけど、リベロはそこには含まれないの。ちなみに西谷は4番で猫又が13番ね」
「リベロ……、あっ!」
何か聞覚えのある単語だなと谷地仁花が自分の記憶を遡ってみると、日向翔陽と影山飛雄の勉強を見たときに2人が言っていた単語だと思い出す。
「知ってる?」
「日向と影山君の勉強見てるときにチョロッと聞きました!」
「そう? 色々言っちゃうけど、今日は『バレーボールってこんな感じなんだー』って言うのを知ってもらえればって思ってる。最初から詰め込んでもイヤになっちゃうと思うし。
せっかくだし『バレーボールって楽しい!』って思って貰えるように私も頑張るね」
「お願いします!」
そして、清水潔子と谷地仁花のやりとりを見て、特に3年生3人と田中龍之介、西谷夕の5人が奮起していた。
「声出せ声!」
「「「オォーッス!」」」
「……元気出ましたね」
「皆仁花ちゃんに入部して貰いたいんだよ。もちろん私も」
「お、おす!」
今までバレーボールの経験も無く、ただの〝村人B〟の自分を必死に勧誘してくれていることを感じて、谷地仁花の中で何か沸き立つものがあった。
「そろそろ試合始めるから私達も準備しようか。基本的にはスパイク成功率とかを計測してる。何本打って、何本決まったとか。
あとはアナリストって言って、相手チームがどういうチームなのかを分析したりね。
まあ、今日は猫又がやってくれるから、まずは体育じゃ無いバレーボールを見て貰おうかな」
「シャチ!」
「……しゃち?」
ウォーミングアップが終わって、ユニフォームに着替えるために2校の部員がそれぞれのベンチに戻ってくる。
◇
練習試合が終わって扇西高校の人達は帰っていった。ちなみに【25-15】と【25-16】で快勝。
「サーブミスとか声かけだとか自滅点多過ぎだ! もっともっと詰めていかねえと全国にはいけねえ。分かってんだろうな!」
「「「はい!」」」
「おーし、じゃあ手押し車1往復!」
「「「はい!」」」
1人が床に手をついて、もう1人が床に手をついている人の足首を持って手だけで進んでいく腕と体幹を鍛える2人でやる自重トレーニングの一つだ。腕立て伏せとプランクみたいな感じ。
身長が同じ人同士でやることが多いけどー。
「おら、いくぞ」
「はい!」
ウチは13人だから俺は烏養コーチと組むことが多い。サイドラインからサイドラインまで行って帰ってくるまでを1往復とする。
俺と烏養コーチでパパッと終わらせて、他の皆が終わるまでの時間でちょっと烏養コーチに「ちょっと聞きたいことがある」って呼び止められた。
「繋護ってイラスト書けたっけ?」
急になんだ?
「出来ないことは無いけど……って感じ」
「だよなー。美術部員にツテは?」
「無いわけじゃ無いけど……って感じ。お願いできるほど話したことは無いかも。急にどうしたのさ」
「ああ、試合の応援とか寄付の援助とか募りたくてもっと宣伝したいんだ。じいちゃんばあちゃんは学校のホームページ見ねえし。となるとポスターかなって。何か良い案出せ」
そんな無茶ぶり。……んー、んー? やっちゃんが耳をピクピクさせて俺達の会話を聞いてる。そういえばやっちゃんってイラスト上手くなかったっけ?
翔陽も同じ事を思ったのかノヤ先輩と手押し車を終わらせたらこっちに向かってきた。
「コーチ! 谷地さん絵上手ですよ! ノート綺麗でした!」
「ひょわっ!? 日向っ!?」
「マジ!? 谷地ー、ちょっと集合」
「お、おす!」
ヤンキーに絡まれる女子みたいだなー。やっちゃんがびびってるだろーがよー。まあ、それはともかく。
「絵上手いって本当か?」
「あっ、はい。母がデザイナーで、私自身も将来はデザイナーになりたいと思って勉強してます」
「っ!? マジ!?
相場とか分からねえんだけど、報酬は払うから谷地にお願いできねえかな。こう誰もが烏野男子バレー部に興味を持ってもらえるような構図でよ。通行人の目に留まって『スゲー!』って思って貰える感じで。な、頼む!」
「報酬なんてそんな……!」
「いやいや。仕事としてお願いしてるんだからそういうのはちゃんとしねえと駄目だ。相手がその技術で生活してるならなおさらな。
後日ちゃんと依頼させて貰うから谷地の母ちゃんに口添えだけでもお願いできねえかな」
「……分かりました。母に相談します!」
「かたじけねえ。宜しく頼む!」
どこが〝村人B〟だって? やっちゃんよー。どう見たって主人公じゃん。
◇
仮入部と言うことに加え、ポスターの件を母親である谷地円に相談するために谷地仁花は部活を早めに切り上げて自宅に帰宅した。
手洗いうがいを済ませて、リビングで仕事の時間まで寛いでいる母親のところにまっしぐらに向かっていく。
「お母さーん! ただいま!」
「おかえりー、騒々しいわよー」
「お仕事の相談です!」
「……仕事? 聞かせて」
仕事と聞いて、母親の顔から仕事人の顔へと切り替えた谷地円が娘の方に向き直る。
「私ね、男子バレー部のマネージャーに誘われてて、そこで寄付金の援助とか男子バレー部の活動の宣伝を目的にしたポスターを作りたいってお願いされたの。
先生達が今度正式に依頼させて欲しいって言ってて、お母さんに口添えして欲しいって」
「んーと、吹奏楽部の定期演奏会の案内みたいなものよね? スーパーとか駅のホームに貼ったりだとか」
「うん、そんな感じ」
谷地円は今までの経験から依頼人の想像しているものを即座に導き出して、具体的な内容を固めていく。
「データとして納入? 印刷して? 紙のサイズは?」
「……あ、そこまでは聞いてないや」
「そう? そうね、まあ1週間有ればできるかしら。
取り敢えず、明日先生に私の名刺渡して貰っても良い? そこに電話して貰えば大丈夫だから」
「分かった!」
谷地円はテーブルの上にある名刺入れから自分の名刺を取り出して谷地仁花に渡す。
「無くさないでよー」
「うん!」
「それはともかく、仁花男子バレー部のマネージャーやるの? 烏野の男子バレーって全国行ってたわよね?」
「うん。ベスト4だったんだって。インターハイ予選? って言うのの」
「周りが真剣な中、自分だけ適当にーなんて許されないわよ? そういう人がいると雰囲気悪くなるしさ。はっきり言って邪魔。本当に出来るの?」
その瞬間谷地仁花が押し黙る。けれども、谷地仁花はまっすぐな目で谷地円と眼を合わせた。その迫力に思わず気圧される。
「……それでも私はやりたい。あの中で熱中してみたい。〝村人B〟じゃなくて主人公になりたいから」
「…………そう? じゃあ頑張りなさい。やるって決めたらやり抜きなさいよ」
「おす!」
谷地円の名刺を大事そうに抱えて自室に行って、一人リビングに残された谷地円は娘の成長に思わず涙ぐむ。
「『主人公になりたい』って何よ、化粧落ちちゃうじゃない。仁花のバーカ」
「何か言った?」
「言ってない!」
「えぇ、いきなりどうしたのお母さん……?」
急に怒られて、谷地仁花は引く。
16日の土曜日、烏養一繋に指導を任せて武田一鉄と烏養繋心は谷地クリエイト本社に趣き、谷地円との打ち合わせの時間を迎えていた。
3人ともスーツを着ているが、中でも烏養繋心は日頃着慣れないスーツを着て居心地悪そうにしている。
「武田様、烏養様、本日はご足労頂き誠にありがとう御座います。
私、谷地クリエイトの社長をしております谷地円です。先日はお電話頂き誠にありがとう御座いました。本日はどうか宜しくお願いいたします」
「烏野高校男子バレー部顧問をしています武田一鉄です。よろしくお願いいたします」
「烏野高校男子バレー部のコーチをしています烏養繋心です。本日はお時間作って頂き誠にありがとう御座います。何卒宜しくお願いいたします」
自己紹介と名刺交換を終えて、3人は椅子に座った。早速本題に入る。
「先日のお電話で男子バレー部の寄付金援助や活動のPRを目的とするポスター作成というお話を承っておりますが、お間違いありませんでしょうか?」
「はい、間違いありません」
「なるほど。こちらが以前弊社で作成したポスターの例になります。このようなイメージでお間違いないでしょうか?」
谷地円が今までに仕事で請け負ったポスターをまとめているファイルをめくり、武田一鉄と烏養繋心に見せる。そこには【白鳥吹奏楽団 第二十回定期演奏会のお知らせ】のポスターや【東北大学大学祭の詳細】のポスターがあった。
「っ!」「そうです!」
「人目に付いて、烏野高校男子バレー部に興味関心を引かせるポスターを作成したいということで宜しいでしょうか?」
「「はい!」」
一昨日の「誰もが烏野男子バレー部に興味を持って貰える」と「通行人の目に留まって『スゲー!』と思って貰える」と抽象的なイメージがドンピシャに伝わって、烏養繋心の胸中は嬉しい反面恥ずかしさがこみ上げていた。「いくら何でももうちょっと格好いい伝え方あっただろうが」というものだ。
「では、早速見積もりといきたいのですが……、実は私からのお願いもありまして。聞いて頂いても宜しいでしょうか?」
「? はい、お願いします?」
釈然としないまま烏養繋心が返事をして、谷地円のお願いに移る。
「単刀直入に言いますと、私自身が監修させて頂きますが娘に作成させたいと思っております。
理由としては、クリエイター業では就職活動でポートフォリオというものをより重視する傾向がありまして、学生時代に全国大会に出場した男子バレー部のポスターを作成したという実績は娘の将来にかなり役立ちます。
ですので、この機会に娘に経験させたいなと。打算的な考えが入ってしまい申し訳ありません。いかがでしょうか?」
ポートフォリオと言うものがなんなのかは分からないが、ポスター作成が将来の役になると言うことは伝わった。故に教師である武田一鉄は即承諾して、烏養繋心も続く。
「私情を挟んでしまって申し訳ありません。責任を持って完成させますのでよろしくお願いいたします」
「「宜しくお願いします!」」
そして、3人の打ち合わせは続いていく。
◇
マネとして入部したやっちゃんの初のお仕事はポスター作成になるらしい。ジャージとかマネージャー用のポロシャツを発注してるから到着はもう少し先だ。
「俺が写真撮られるの!?」
「う、うん。『〝小さな巨人〟が烏野に入学したよー、また全国行くよー』ってポスターを作ろうかなって」
「ふひひ、俺がポスターかー!!」
「「「調子乗んなよ、日向ー」」」
鼻が伸びてる翔陽を皆で囲んでボッコボコに。赤点取りそうな奴が調子乗ってんじゃねえぞー、おおん?
一頻りデコピンとか髪の毛をワシャワシャして解放してやった。頭ボサボサじゃん。
「やっちゃーん! 俺もポスター作ってくれ!」
「俺も頼む!」
「お、おお……、おっす!」
「無理させるなー、西谷と田中」
「「日向だけズリイっす!」」
「ちゃんと仕事としてお願いしたんだ。欲しかったらちゃんと金払え」
「「お、おっす……!」」
烏養コーチの一言で田中先輩とノヤ先輩はダウンした。父さんも同級生の結婚式で「同級生なんだからタダで頼むよ~」とかって頼まれたらしいから芸術系の人は軽く見られるらしい。俺も気を付けよ。
そして、影山と翔陽だけが黒い方のユニフォームを着てスパイクを打って、その瞬間をやっちゃんがカメラで撮るって作業を数回繰り返したら納得いく1枚が撮れたみたいだ。
「時間取ってしまってすみませんでした!」
「大丈夫だ、頼むぞ!」
「はい!」
どんなポスターが出来るんだろ。楽しみだなー。
東京のインターハイ予選2日目が来て、音駒は井闥山に負けて都内ベスト8で終わった。猫の方の祖父ちゃんに録画したデータを受け取ってさっそく研究。
ちなみに音駒は2セットとも20点以下だ。流石井闥山。庵里の先輩も順当に強くなってた。ひえっ。
「……やべーな、流石全国優勝校」
「満遍なく上手いって感じだな」
「やっぱりサーブ、レシーブ、トス、スパイク、ブロックと全部できる奴は強いし、そういう6人が集まってるチームは当然強い。猫又曰くリベロの古森元也も前はスパイカーだったみたいだしな。身長も高えし。
全国制覇するなら最低でも井闥山とデュースになるくらいじゃないと無理だ。今の俺達なら15点取れたら良い方だろう。練習しないとな」
「「「はい!」」」
……井闥山と練習試合組めないかなー。
基本5人でたまに月島もって感じでテストに向けて勉強会をするようになった。翔陽と影山をメインに、そして時々山口とやっちゃんが苦手科目を教わるって感じだ。
そして早くも金曜日、ポスターが完成したってミーティングで伝えられる。
「それではこちらが現物になります!」
武田先生がA2かB2サイズのポスターを開いていった。……おお!
「「「すっげぇ……!」」」
【〝小さな巨人〟、再来。烏、再び全国の空へ】って書いてあって、烏野の体育館と多分東京体育館のセンターコートを背景に翔陽がスパイクを打つ直前を撮ったポスターが目に入ってくる。やべー。……いや、やべーしか言えない。皆も感動に打ち震えてる。あの月島も目を丸くしてるし。
「これやっちゃんが作ったんだよな!?」
「母に見て貰いながらですが……! これはもう母の成果物と言っても過言ではありません!」
「いやそんなことねえって! すげえよ!」
「「「ありがとな、やっちゃん!」」」
「お、おす……!」
自然と拍手をして、やっちゃんが「うへへ……」って口元がユルユルしてる。
「このポスターは烏野町内とかOBに渡して貼らせて貰う。あと、もし保護者とか家族の職場で貼らせて貰えるような場所があったらお願いするつもりだから心当たりあったら言ってくれ」
「「「はい!」」」
「このポスターに負けねえように強くなるしかねえぞ!」
「「「はい!」」」
「谷地、マジでありがとな!! ほらお前らも!」
「「「ありがとう、やっちゃん!」」」
「お、おす……!」
やっちゃんマジすげぇー!!
テスト期間になっても短縮で部活をやらせて貰って時間が過ぎていく。6月ももう終わりだ。気づけば入学して3ヶ月が過ぎようとしてた。いよいよ夏が来る。
【登場人物まとめ】
清本淳 1年5組 吹奏楽部
三崎椿姫 1年5組 吹奏楽部
空井崇 牛島若利の父親
元永聡 1年5組 野球部
相良錦 1年5組 バスケ部
堀内愛海 1年5組 谷地仁花の友達 家庭科部に所属しているギャル
稲松和音 1年5組 谷地仁花の友達 家庭科部に所属しているギャル