人生には二度、いや三度、大きな問題が振りかかる。
今世、錬金術師である俺はもう二度経験している。
まず前世だ、高校生だった、卒業を控えていたはずの俺は大学への進学を決め、理系に進もうとしていたのだ。
宇宙の神秘、物質の最小単位、未だ解けない深淵の謎、魔法のように振る舞い常識が通じない量子の世界を、この目で見たかった。
だけどそれはもう叶わない、事故により死んでしまったからだ。
これが一度目。
次に、俺が目を開けたときには記憶喪失の病人として見知らぬ人々に囲まれていた。
それも今となって見慣れた、藁にシーツ被せただけのベッドに、うまのふんがこびり付いた土の床、見慣れない金髪碧眼の人々……俺はまだ混乱の最中、これが走馬灯か、脳の異常かと思っていた、異臭は酷かったが。
事実は、全く知らない世界へと転移していたのだ。
これが二度目。
言葉は通じる、暗喩、隠喩、比喩、直喩、文法、語彙、全く気にならない、ということはここが日本なのかと思えば文化だけ丸ごと違う。
今となっては当たり前な、魔法のある世界、受け入れて前へ進むまで時間はかかった。
なんさ俺は物理学者の仲間になろうとしていたんだ、魔法などと夢のある話とはまた別の世界だ。
しばらくして、俺は3つ目の問題にぶつかる。
それは、そこに至るまでの話を語ってから。
◆
「食うにも寝るにも金はいるよ、仕事探さないのかい?」
転移してから3日ほど面倒をみてくれた親切な方、名前はジンと言う宿屋の店主、蓄えられたヒゲが立派な初老の男性、記憶喪失だと思われていたからかこの世界の常識や一般的な知識を余すことなく教えてもらった、とてもありがたい人だ。
彼は俺を馬小屋に置いてくれて、服も、食も、彼が好意で用意してくれた。
その彼が言うのだからなにかしたかった、どの道生きていくには、否応無しだとしても異世界に来てしまった以上、生きるための仕事をしなければならない。
そこで俺は敢えて、魔法を使った仕事をやりたいと思った、魔法とは科学の対極にあるものだ、そう思ってるし、そうだと信じている。
だからこそその対極にあるものを知りたいと、生まれついた好奇心は強く魔法に惹かれていた。
「今からか……見た所18くらいだろ? じゃあ遅いんじゃないかな……魔法は才能もんだ、どれだけ小さい頃からいい先生に教えらてるか、魔力を伸ばせるかってのがな……無理とは言わねぇが、出来て……錬金術師くらいだろう、錬金術師なら知り合いに何人かいる、紹介してやろう」
それでもありがたいと俺はその申し出を頼った。
それからしばらくしてジンの知り合いの錬金術師カマルと言う男を紹介された。
カマルはジンの弟で、宿屋を兄に任せ自分はのんびり錬金術師をやっている、などと笑って自己紹介をしてくれた。
ジンよりものびのびとしたヒゲがその証拠だろう。
「兄貴の頼みならどんな奴の面倒も見てやらァよ、で? 兄さん何もんだ?」
「カマル、この人は記憶喪失だって手紙に書いたろ?」
「おっといけね、忘れてたや……名前はどうするんだ? 覚えてるのか?」
記憶喪失、という話が広まっているならそれを使う事に越したことはない、異世界から来ましたと言えば連れて行かれるのは病院か教会だ、彼らの信じる神の身元でその潔白を証明させられるだろう。
「名前は適当に付けて下さい」
これが俺の本意だとばかりに伝える、カマルもそれを汲んでくれる。
「そういう事なら……アキールだ、ファミリーネームまでは要らんだろ」
「ええ、ありがとうございます」
こうして俺は錬金術師カマルの元で、アキールと合う新しい生を受け、見習いとして働くことになった。
カマルは言動とは裏腹によく働きよく物を観察する男だった、一人で切り盛りする商店に俺が無理やり追加されたせいで手持ち無沙汰になる場面もしばしばあったが、それも午前中だけ、午後には二人分の仕事になるように調整されていた。
仕事をやりつつ錬金術を教わる、そのサイクルは初日には出来上がっていた。
カマルは俺を錬金術師見習い、ではなく無垢な赤子を相手するように懇切丁寧に教えてくれる。
「いいかアキール、まず魔力だ、1にも2にも魔力を自分で操作できなきゃ話にならねぇ」
「どの様に操作するのでしょうか」
「あー……普通は成長してけば自然と使える、それこそ
息をするようにだ……まぁ実際呼吸より意識するし、記憶喪失で使えなくなるくらいのもんだが」
俺が元々魔力に馴染んでないとは思われなかったのが幸いだ、異物だと思われたその日に教会へ突き出されるだろう、この世界での宗教観はそういうものだ。
カマルは俺へ手を差しさ出す、俺は手を取る、握ると温かいものが血のように全身を巡っているような感覚に包まれる。
「試しに流して見たんだ、魔力、どうだ? なにか掴めたか?」
「……そうですね、もう一度手を」
「おう、あまり男と手を握る趣味はねぇけど」
一言余計だと思いつつ、あの感覚を思い返しながら今度は俺からカマルへ流す、ピクリと手が跳ねて、手を引っ込められた、うまく言ったとは言えないが出来たみたいだ。
「危ねえっ……! ふぅ……潜在魔力は高いみたいで安心だ、喜べアキール、魔力量は並の魔法使いの何倍もあるぞ!」
「そうなんですか? どれだけすごいんでしょうそれ」
「そうだな……並の、一番多い三等魔法師の全力で家くらいの大きさの岩を砕けるって言えばどうだ?」
「すごいかも?」
「まぁ、詠唱やらなんやら覚える手間があるから魔力量の多さだけで凄さは分からんかもな」
ともかく俺には錬金術を使うのに必要以上の魔力量があるというのがわかったので、満足だ。
そしてその錬金術とは、俺のイメージする科学の走り、学問として科学が成立する前段階というイメージを超えてきた。
「じゃあ本題だ、錬金術は『モノに対する魔法』が基本になる」
「と言うと?」
「1足す1が2、とかそんなんも含めて変化させるのが錬金術、時には1引く1や、掛けたり割ったり、な?」
「引き算は意味ないんじゃ……?」
「そうでもねぇ、毒のある植物から毒を抜く、ってのは?」
「引き算……ですね」
「その通り、単純なやつな単純だが、複雑になるほど魔法師に負けず劣らずの鍛錬と知識、センスが必要になる」
簡単な理解はカマルの言葉通りで、錬金術はモノに対する魔法と言ったイメージだ、魔力が媒体になるだけで物質を千差万別に出来ると言うのは信じがたい、分子をいとも簡単に操っているようなものだ。
だが、これでも錬金術自体はそこまで難しくないのだとカマルは言う、錬金術自体より大変なのは目利きだと。
「目利きが出来なきゃ錬金術は失敗する、と言うか望む結果を引き出すことが出来ない、何故か分かるか?」
「……さっきの例を使うと、1が1である証明をしなければいけない、とか?」
「……おぉ……センスいいな、大事にしろそのセンス。その通り、使うモノが本当に自分の考えているものと同じか? を確かめる必要がある、例えば薬だ、品質を揃いたいのに薬草次第で薬効が決まる、だからちゃんと見る」
なるほど確かに難しい、それを見抜く情報、見定める感覚を養わないといけない、失敗が最悪自分に害になるなども考えられる、学びは大事だ、その点ではカマルはとてもよい先生だ、これで飯が食えると俺は思うが。
「最後に一つ、錬金術は詠唱を使わない、その代わりに錬成陣を使う、錬成陣こそが俺たち錬金術師の詠唱だ、キレイに、素早く、そして複雑であるほど制作物は良いものになる」
「分かりました、肝に銘じます」
「あと言いたいことはいろいろあるが、アキールのセンスはなかなかいいぞ、飲み込みも早い、実践したほうが早いだろう、俺が見ててやるから好きにやってみろ」
カマル監督のもと、俺は好きに錬金術をやってみる。
失敗が続いた、一度目の成功まで百回以上の試行錯誤を要した。
カマルに言わせればセンスや目利きは良いが、錬成術が歪で失敗していると言われた、五芒星の頂点を円で繋ぐだけだろと、そう思っていた俺の心を見抜いているようだった。
五芒星が難しいなら三角形を二つ描けばいい、そう思っていたらカマルに止められた。
「やいやいやい、教えたこと以外してもいいけど相談くらいしろ」
「六芒星、そんなに珍しいものなんですか?」
「六芒星? なんだそりゃ、錬成陣は五芒星以外使わないぞ?」
まぁいいや六芒星でもやってみようと、カマルの目の前で俺は張り切った。
ただ単に六芒星の上に石を置いてこれを丸い形に成形しようとしただけだった。なのに。
「真球……か」
「やるなアキール、たった1週間で物体の成形に成功するなんてな! すごい……まるいっ!」
カマルの評価はそこまでだ、だが違う、俺はそれ以上の物を感じている、六芒星は五芒星より安定感も魔力の燃費も桁違いだ、コストは軽く操作は簡易で、更によい成果を出す。
なぜ六芒星が使われないのか、一般に普及してないのか、それは不思議だが、意図的に封殺しているのではないか、そこまでいらない考えが及んだ。
いらない心配だとは思う、思ったが、神の名の下に異端に厳しい世界だということを思い出し、六芒星は使わず五芒星で練習を重ねた。
それから数年後、正確に年数をカウントする方法がなく、大まかなカレンダーしかないが、この世界基準の3年経過したろうか。
「アキール、お前すごい、お前最高」
「カマル、語彙が死んでますよ」
「3年でお前は俺の教えてたこと全てを覚え、店を切り盛りして、なおかつ評判が上がった、おますご」
「ありがとうございます、カマル」
「いやいやそんな流すなって、マジで評判良いんだ、近頃は王都からわざわざ出向くお客もいた」
それは俺のおかげか? カマルの指導と商売センスあってのモノ、俺は言われた通りに制作物を作るのみで、そのついでに接客をしているだけに過ぎない。
3年前と比べて圧倒的に作れるものが増えたとは言え、出来ることはカマルの半分、単なる五芒星錬成陣ではクオリティで勝てない、六芒星の方は隠れて練習しているが、あれで失敗した事が一度もない、やはり広まってないのが怪し過ぎる、広まらない理由がなんなのか考える必要があるだろう。
「俺も、21か……」
まさか異世界で成人を迎えるなんて思って見なかったが、これが日常だと思うと、もう慣れた。
ずっとここで生きていくんだろうか、それとも何処かへ行きたくなるのだろうか、自分のことが分からない、今まで目標のために努力を惜しまなかったが、その目標を取り上げられた今、少し、抜け殻だ。
一応、錬金術師として誇りがある、錬金術を知っているものは等しく『神の石』と呼ばれる超物質を目指すのだ、あらゆるモノの原形であり素材であり、万能だという。
惰性で過ごすより、そう言う物を目指した方がよいのだろうか。
「どうしたアキール」
「……何でもありません」
「そうか、なぁ……そうだな、うん、今言うか」
何を言いたいのかさっぱりだが、カマルはあれだこれだと何か書類を纏めて、一筆書いたスクロールを俺へと手渡す。
「これ、王都に出す予定の店の計画書なんだが……お前にやる」
「……錬成します?」
「店を作る気か! 違うわ! ……おほん、お前は良くやってる、正直びっくりするくらいに……だから、店を任せる、そんでもって華の王都暮らしもついでに楽しんでこい」
王都、この国の首都、度々カマルが褒め称える富と叡智と権力の集まる場所……そんな所で俺一人で店を、か……不安にはなる、頼れるカマルが居なくなるのは寂しい。
「なーに、心配するな、むしろ王都はお前にとって素晴らしい体験をくれるだろう……ふふ、知ってるんだぜ? お前が夜な夜な錬金術の練習と探求してるのをよ、王都の叡智で存分に練習してこい!」
「まぁ、バレているとは思ってましたが……」
「冷えてんなぁ、わーっと喜ぶんだぜ? 普通」
「わー」
「ねずみの出産のほうがまだ盛り上がるわ」
それは酷くないかカマル。
何と言うか、まぁ、ここまで俺のためにお膳立てしてくれているんだと分かった以上断ることはない、カマルには3年分の恩がある、その上で行ってこいと言われたら……行く。いきたい。
スクロールを懐へ仕舞い込み、膝をついてカマルへ頭を下げ、両手を地面へ軽く触れる。この国、この文化における最敬礼を捧げた。
「今までありがとうございました、そして、こんな機会を与えてくれたカマル・アーデアルに感謝を」
「硬すぎだ、それ最敬礼だけど王都ですんなよ? 神様とか王族に向ける挨拶だからな?」
彼が手を伸ばしてくれたのでそれを取る、力を込められ引き上げれる、俺は少しやり過ぎたようだ。
「まぁ、なんだ、そこまで恩に感じてくれるってだけでいい気分だよ」
笑うカマルにつられて俺も笑った。
そして、翌々日。今生の別れじゃないなら挨拶はいらないな、と、カマルが言うのだから俺も軽い挨拶に留めて、ジンにも挨拶をしてから貯めておいた硬貨を渡す、断られても断り返して、それから王都行きの馬車に乗りこんだ。
王都はどんな所だろうかと、揺られる馬車の中で微睡む。
◆
人生の3度目の問題があると言えば、今日この日だ。
「錬金術師? はぁ……魔法師のなり損ない、無能の手慰みにわざわざ役職をつけるのね? この王都ゼレディアに、お前のような者の居場所は、ない」
「いい加減にしろ高飛車女、貴族だか商人だか知らないが、それ以上侮辱するなら手段があるぞ」
「やれるものなら、どうぞ? 私が
頭のてっぺんから爪先まで権力が詰まったクソ女が俺の、カマルの店をめちゃくちゃにした日だ。
はい、反逆罪。