扉の先は闇があった。
「来たわね」
ぽぅ、と指先に光を集めたファティマの姿だけがそこへ浮かび上がる、よく見れば部屋全体が分厚いカーテンで閉じられている、更に先生たちが身につけるローブのような魔力の込められた布である。
「外から中から漏れ出ない部屋か……」
「そう、この部屋は貴族の密会用の部屋よ」
「この部屋はゲルズ先生が一から練られた設計の部屋、魔法の一つも外へ漏れ出ないと言う」
カエリエの補足で俺の理解が深まったが、同時に密会用にしては厳重すぎやしないかとツッコミを入れたくもなった。
「いいわ、そこへ座って、扉はちゃんと閉めるのよ」
カエリエが先に座り、俺は扉を閉めると、僅かに揺れを生じた、部屋そのものが揺れたように感じる、地震ではないだろう、ファティマを見れば説明の準備が整っていた。
「何かしたか?」
「この部屋は移動するのよ、ゲルズ先生謹製の部屋だもの、転移魔法くらい備わってるわ」
「……ワープか……とんでもねぇ人だな」
魔大公ゲルズ、一度何をした人間か調べてみよう。
それはそれとしてファティマから話があるのだから、俺はそちらへ意識を向ける、ソファへと腰を下ろしてリラックスした姿勢で聞かせてもらうことにした。
「それで話って?」
「おい、私の前で姉様にあまり尊大な態度は取るな」
「カエリエ、良いのよ」
「む……むぅ」
「膨れてるぅ」
中々弄りがいがありそうな、しかしそれは本題ではない。
カエリエから滲み出る許さないオーラを受けつつ話を促していく。
「それじゃ改めて、話って何?」
「王家にまつわる話よ、そうね、初代王が錬金術師だったのはもう知ってるわよね」
もちろんだ、最初の授業で習ってから自分でも調べている人物だ、古い人物なだけに正確性に欠ける情報ばかりで、信憑性ある情報はまだ手に入ってないが。
「昔話は好きかしら?」
「君のなら聞いてもいい、どうせそれが本題だろうし」
「嫌味な言い方ね」
「姉様の昔話……まさか」
一人だけ察したようだが、何も知らない俺はファティマの言葉を待つ。
彼女の口から語られたのは、とある恋物語。
「遥か昔、人間と精霊と神が共に暮らした時代……三者はお互いに干渉し過ぎす、また手を貸しつつ、程よく関係を保っていました……ある日一人の人間が神様に恋を抱きました、しかし、人間と神とでは住む世界が違います、その人間はその世界の壁を乗り越えて、叶わずとも想いを届けようとしました」
神に恋する人間と言うのはこの世界ではどう見られていたのか、単なる身分違いの恋ではない、もっと遠い関係だろうに。
「造物主と被造物、その恋は叶うはずがない、誰もがそう言います、しかし、その人間は諦めません、いつか叶う事を信じ続け、あらゆる方法に手を出して、遂に彼は言葉を伝える事に成功したのです」
ほう、成功したのか、意外と聞く耳を持つ神様なんだな。
「人間の声を聞き届けた神は、ずっとその人間の努力を見ていた事を明かし、その想いに応えました。ですが精霊はそれを許しません、人間と精霊と神が互いに干渉し過ぎないのは世界のバランスを保つため、世界のバランスとは魔力のバランス、人間は精霊と神の間で魔力の釣り合いを取ることが定め、どちらかに傾けば、神か精霊、どちらかが滅びてしまうのです」
精霊と言う存在、最近知ったが、魔力を食べて生きる隣人的存在だとか、精霊と契約すれば魔力をより身近に感じられ魔法の強さが変わるのだと言う。
対して神は信仰から魔力を受け取る、つまりどちらか独占すれば片方は滅びるって事を言いたいのだろう。
「互いの想いは伝わった、だが、何かを失ってまで結ぶ恋は無いだろうと、お互いが、お互いを思いあったまま、一人と一柱は離れ離れになりましたとさ」
「え? 終わりか?」
「世界のための超えてはならない一線を伝えるための話よ、オチの綺麗さより印象重視なの」
昔話だしこんなものか、カエリエは目を潤ませているのがちょっぴりの気になるポイントだが、そこまで感動する要素あったか。
「精霊の横槍さえなければ……うぅ……滅ぼすぅ……」
「過激派っ!」
「カエリエ、貴方、契約精霊に絞め殺されるわよ……」
怖い。
「……気をつける」
「で、ファティマ、昔話がしたかったのか? 大方その恋をした人間が初代王だとでも言うんだろ」
「あら、違うわよ」
「違うのか」
「王なのは神の方」
「へぇ神が王様ね…………え?」
今サラリと言われた言葉が受け入れていいものが悩ましい、いい加減な冗句と切り捨てるにはファティマが真剣すぎる。
となると、本当に? 何で王になったんだよ神様が。
「知りたいわよね?」
「心読むなよ、まぁ、知りたいが」
「カエリエ、ここから貴方にも知らされていない事を言うわ」
「はい、どんな事も受け止めます……例えそれがどのようなものであっても」
「俺はどの道あるがまま受け入れるつもりだ、なんせ初めて聞く話だからな」
「頼もしい返事で助かるわ」
改めて姿勢を正し真剣な面持ちの彼女の姿は、今から話す一言一句が世界を揺るがしかねない、常識を覆しかねないものであることを言葉にせずとも伝えてくる。
自然と俺とカエリエも姿勢が真っ直ぐになる、どのようなことが、今から起きるのか。
「初代王は今も生きている、そして世界を使った大錬成陣を構築しようとしているの、神と人間と精霊の住む世界を一つにするために、いつか恋した人間と一つになるために……」
なる……ほど……ああ、合点がいった。
ファティマが言い切るその瞬間、俺の脳内に溜め込まれたこれまでの錬金術師の知恵、体験、知識が一つに繋がったいくような感覚がある。
カエリエも、ひどく驚くことはないが、これ以上なく深く、深く息を吐いて、冷静になろうとしている。
「ファティマ」
「いいわよ、どんな質問も答えるわ」
「錬金術師、ひいては錬金術が嫌われているのは、つまりそれを知る精霊のせいか?」
「イエスね、精霊だけでなく、かつての人間もそうだった……今は習慣的に錬金術を見下すだけで、その本質を知るものはわずかよ」
こんなもの嫌われて当然だ、錬金術を使う事で何が起きるか分からないことへ加担しようとしているんだから。
「錬金術を広めたのは」
「錬金術師は、錬金術にとって最高の触媒になるの」
「神の石」
「錬金術を人間に広める為の広告よ、万能の物質なんて魔力の本質を知る者にとっておもちゃみたいなもの」
「昔話の神とはイクリプス神か?」
「そうよ、人間を、被造物を愛してしまった異常愛の持ち主ね」
イクリプス、その意味は日食、月食と言われる食、またな蝕、なるほど蝕む者だ、
自らを落としても世界を蝕み、破壊する。神らしい無茶苦茶さだな。
「そうだファティマ、初めて出会った時からこの事を知っていたのか」
「そうよ」
「……じゃああの時語ったことは「アレは嘘、一部は本音だけど」そうなんだな……片腕損したなぁ」
「あの時は今より短絡的で、直接錬金術師を排斥すればいいと思っていたのよ」
「本当は何人やったんだ」
「やってないわよ、二度と錬金術を使わないように
「うわお前うわ」
こんな事、いつからか、いつからこんな事になった。ふざけてる、馬鹿げてる、俺は大馬鹿野郎だ、錬金術の広めることが世界を終わらせることに繋がるなんて知りもしなかった。
「アキール」
「……俺の、目標……錬金術を見直させることだったんだ、だけどこれじゃ、これじゃ……馬鹿じゃないか、知らないうちに世界を滅ぼす協力をしているようなものだ」
「アキール、この話の貴方に聞かせたのは絶望させるためじゃない……貴方が『エーテルキャスター』だからこそよ」
「……また新しい単語だな、なんだそれ」
エーテル理論の話……ではなく、ファンタジーの文脈で現れるエーテルなのだろう。
「魔力は世界を循環する血のようなモノなの、血は体を動かし肉を作る、星を作り命を育む、本質は魔法のための力じゃない、万物の源なの、だからこそあるべき名前は『エーテル』、使う者は『エーテルキャスター』貴方はエーテルの本質にたどり着いた、違う?」
魔力、エーテルの本質、確かにたどり着いただろう、あの時に。
「最近知ったよ、魔力を何でもありの『モノ』としてとらえた、この世界の万物は魔力が必ず関わっているだろうとも……カエリエのおかげだ」
「私の……ああ、今の話すらついて行けなかったが、アレの事を言ってるのは分かる、あの腕、エーテルとやらが見えたから完成したのか」
「そうだ、我ながら傑作だったのに」
「自分で投げ捨てたのだろう」
エーテル、そしてエーテルキャスター、いつの間にか錬金術師を辞めていたようだ、何でも合わせられる、から、何でも作れるにジョブチェンジだ。
「錬金術はそんなエーテルを直接操作する魔法なの、本当の名前は『エルトアクタ』、唯一の神の魔法、エーテルを認識して初めてこの魔法は本来の力を見せる」
「そして、その魔法が十全に使える俺は何をやらされるんだ、神殺しか?」
神様に錬成が効くのか知らないが、ぐちゃぐちゃミンチになるのかね、まぁしないが。
「そんなことすれば人間が居なくなるわよ」
「……人間もその魔法の産物だから?」
「そう、被造物は造物主がいてこそ」
「じゃあ俺に何をやらせたいんだ」
話のスケールの大きさに若干苛立ち、怒り混じりに問いを投げると彼女は、あの時、俺に深紅の巨魔獣を倒してこいと言った時に見せた、祈るような目で、希望に縋るような目で見る。
弱みを見せたがらない彼女が、ここまでやるのだから、俺としては、叶えてやりたいが。
「今のイクリプス神は自らを錬成して半人間となった、だからこそ貴方の手で、完全で完璧な神として、再錬成して欲しいの」
「神を……その、神の器にまた押し込んで、世界を動かす生きた機械にしろと」
「……そうよ、これはお父様、そして私の心の底からの願い、初代王は、精神を乗っ取ることで歴代の王を操作してきたわ、お父様は、ほんの僅かな時その精神制御を脱して、私に言ったの、そうしろと……なら、私は、やるしかない、本当の父と交わした唯一の約束だから」
ファティマの抱えた思いが、俺を推す、行き先は分からないが、強く、強く俺を推す、この話が全て本当だとも嘘だとも、俺には分からない、そもそも神を作り直せなんて人間に頼むことではない。
でもだ、彼女の訴えは、聞いてやる、子供のワガママくらい聞いてやれる大人がいていい、俺はそう考えてる。
神が世界を混ぜ合わせ、それがより良い世界になるなら止めない、なんて話ではない、彼女が止めろと言うのだから、俺はやる。
神殺しならぬ神創り……錬金術師ができるところまでお手伝いしますよ。
「どうか頼む、この通り」
「よお……妹だからって頭まで下げる必要あるか?」
「これは、今まで姉様が抱えてきた、一人で抱えるには重すぎるものだ、兄弟である私たちに背負わせずに、ここまでのことを一人で調べて抱きかかえてきたのだ……なら妹として、頭程度何度だって下げる」
立派な奴だ、初対面の印象が塗り変わるくらいには、このカエリエと言う人間の考え方が気に入った。
「わがまま娘二人のお願いだ、俺はもう、やるしかないな」
「わ、わがまま……? これは貴様自身死ぬ可能性だって」
「あるだろうが、まぁ、2回目だしな」
「なに?」
「その話、秘密にしておいてね」
「お……なら、そうしよう、カエリエ、お前がもし、どうしょうもないくらい世界が憎い時、聞かせてやるよ」
「なんだそれは……私は姉様のいる世界を憎むものか」
強がりだな、だが強い奴だ、俺の出る幕はないだろう。
さて、神を再錬成しようというのだ、それにふさわしい計画というのがあるだろう、ファティマなら用意しているはずだ。
「計画はあるのか?」
「あるわ、何年も温めてきたのが……けど、まだ確実性に欠ける」
「私も手伝うぞ、何を言われようともな」
「当たり前だ、手伝ってけ」
「けど、今日はもう解散しましょう、部屋の時間が切れるわ……最後にひとつ、1年後の春、それが決戦の日となると思っておいて、恐らくそこが最大のチャンスになるから」
ファティマがそう言うと部屋がズルリと回転し、大きく動きがしたと思えば、静かになる。
ひとりでに扉が開き、俺たちは吸い出されるように外へと連れて行かれた。
外は、寮の俺の部屋だった、辺りを見ても俺だけで、一緒に吸われたカエリエ、ファティマは見当たらない。
なるほど密会用だ、入ってから出てこずに自分の部屋に帰れるんだからな。
「取り敢えず、寝よう…………」
備えること、覚えること、やることが押し寄せてくる、今は静かに眠りたい。