まだ見つからない。
何度か猪型の魔物に襲われることはあっても本命に出会うことはなく、しかし、作り上げた銃の完成度は猪型の魔物に通用する。
一発入れて逃げる、それで倒せた。
もし本命が同じく猪型、それか追いかけて殺すようなタイプなら1日中追いかけっこすればいい、こうして薄っすらと戦闘プランを練るのはある程度本気になれて暇つぶしになる。
弾丸の方はまだ調整できたので、木という有機物から変換出来そうな、あるいは物質として近いものを選び、それを全部ぶち込む、
「強烈過ぎたかな、幻覚効果もあるといいな」
それから更に一日、約束の期限が迫る。
今日は四日目、王都への帰りを考えるとどれだけ余裕があるのか分からない、だから早く会いたいのに、一向に姿を見せない……出会うのは猪型の魔物だ、出会い頭に胴体に一発撃ち込むと狂って死んでいく、それを土に錬成して証拠隠滅、いつか俺はアサシンになってもおかしくないほど狩りが最適化されていく感覚がある。
表情筋と倫理観が死んでいく、命の奪う罪悪感は生き延びるために捨てた。
この森は奴の縄張りのはずだ、ここまで勝手して顔の一つ見せないのは何か理由があるのか、人間には勝てないと思うなら出てこなくて正解だが……名前が与えられている以上、人に害をなしている、人の前に来ている。
どうして出会えないか。
「狙われていると分かっているのか」
だとするとかなり不味い、探知範囲は向こうが上だろう、一生出会うことなく森をさまよう羽目になる。
『真紅の巨魔獣』の名の通り、巨大な存在だとして、その正体はいかなる獣か……牛? 狼? 熊? 獅子? 羊? 何も分かってない以上悩むのは無駄だが、何か一つでも見つかれば……。
探す、と言えばなんだ……探す、探索、探知……探知か……レーダー、GPS、ソナー……。
レーダーはいい案だが、電波なんて起こせない、GPSは衛星が必要だ、ソナーは音波だし……
「…………いや、待てよ」
魔力を使えば……やれるな。
魔力は意思や記憶を乗せられる、恐らくこれ自体は他の魔法師も知っているし、意思疎通用の魔法が作られている事だろう。
だが事を長距離、超長距離へと伸ばした時、特定個人に依らない通信方法があれば便利、それどころかこの世界の常識が覆るだろう。
まぁ、これは生きて帰れたら試すとしよう、思考を本来の目的へ戻す。
「怒らせればあるいは……」
縄張りのなかで縄張りを主張をすると動物は縄張り争いを始める、そして強いものが勝ち残る、排泄物のマーキングなんて必要ない、魔物の縄張りは魔力でマーキングされている、まずこれを俺の魔力で上書きする。
これは挑発行為だ、俺を絶対無視できない位に挑発するれば奴の方から来るはずだな。
そしてその上で目につく魔物を殺せばいい、殺して殺して殺し尽くして森を血に染め上げる、こうして危機感を覚えさせ、それでも出てこない臆病者ならその時考える。
猪型の魔物を良く見る、同型のサイズ違いはあるが皆似たような姿形だ、つまり同種の群れがここにあるのだろう。
都合がいい。
「サーチ」
遠くに見つけた猪型の魔物へ向けて銃口を向ける。
「アンド」
引き金に指を掛ける。
「デストロイ」
指が引く、弾が出る、猪型の魔物はこの世のものとは思えない奇声を上げ、苦しみに狂い、幻に喜び、絶命する。
仲間を殺された猪型の魔物はそれでも立ち向かおうとしてくるが、逃げる奴もいる。
「そうだ、それでいい」
逃げるやつは放置でいい、ただ向かってくるやつを撃つ、殺す、魔物に慈悲は要らない。
人為的あるいは自然発生する濃い魔力に晒された生物が歪んだ成長を果たしたのが魔物だ。
元は真っ当な生物であれど、どれだけ惨たらしく死んだ所で魔物に心を痛める者は居ない、むしろ殺してやるのが慈悲、魔物は魔力の多い物を食う、同族であれ人間であれ本来その生物が食べられないものでさえ食おうとする。
生き方が狂っている、だから死が一番の救いだ。
百、二百、屍を積み重ね、この森は常に獣の怨嗟の声が響き渡るようになるが、まだだ、まだ俺の前へ出てこない。
弾はいくらでも用意できる、その辺に生えている木がそのまま弾丸のストックなのだから、同時にマーキングを増やしていく、いずれ奴は俺の挑発を受け取るだろう。
逃げながら撃つ、足を止めて撃つまた走りながら撃つ、そのうち千を越す屍の道が出来上がる、一発当てれば発狂即死の弾、半ばインチキじみた弾丸だが。
撃って撃って撃ちまくれば、もう俺を追いかける影はなくなっていた。
殺し尽くした? いやいや、奴らが俺の排除より優先する事態が起きた、そう考えるのが自然だ、人間一人が魔物を皆殺しに出来るわけがない。
ぞわり、と背筋に冷や汗が流れる。
「さぁ来い、縄張りバトルだ」
──ズゥ──ーン……
聞こえる、大きな足が地面を踏みしめる音が。
枝を折り、木を薙ぎ倒す、パキリパキリと、バキバキと、恐怖を煽る音が俺へと近づく。
俺は音から離れないようにしつつ距離を取る、全力で走っても音は近付いてくる、一歩がかなり大きいらしい。
その内に足に振動が伝わるようになり、距離が狭まった事を理解した瞬間、俺は後ろを振り向いた。
「デカい、な…………」
見ただけで人類の手に負えないと分かる巨大な存在が、俺を見つめ、ゆったりとした移動で追いかけてくる、動きに反して歩幅が大きく十歩で走る距離を一歩で越えてくる。
巨大な、巨大な猪。
「『
全長にして三十メートルはあるか、体高は十メートルを超えている、太く肥えているが筋肉が異常に発達しているのか前脚の付け根から背中へ掛けて盛り上がる、真紅色の毛深い体毛、白く濁った眼、三対のそり立つ白牙、巨大な猪だが、猪らしく馬鹿正直に突撃してくる単純さは見られない。
「まずは一発」
走りながら撃つ、あれだけの巨体に狙いなんて必要がない。
飛翔する弾丸は体毛に阻まれるが、二段構えの加速により肉までねじ込み、確かに毒となっていくのが魔力を通じて観測できる。
しかし歩みは止まらず、俺を一点に見つめ追いかけてくる、それ以外の反応はない。
「じゃあ遠慮なく」
走りをやめて片膝立ちになり、手持ちの弾をある限り連射する、十、二十、三十程度撃ったあたりで反応がやっと出た。
ふらつき始めた、足取りが重くなり、しきりに後ろ足で地面を蹴り直す、平衡感覚が幻覚作用によって曖昧になっているのか、致死毒が筋肉を機能不全にしているのかは分からないが。
「やれるな……!」
はっきり言って勝てるとは思っていない、思っていなかった。
だが毒弾は成果を出してくれた、アイツを殺す手段は確かに機能した、ならそれを信じて撃ち続け──
──ドン!
「チッ! あれ食らって走れるのか!」
奴が走り出した、その一歩目は小規模地震の如く俺をゆすぶり、木々をなぎ倒して俺へと全速力で駆けてくる、暴走列車、いや氷河を叩き割る大型船舶のようなものだ、障害物が障害物として機能しない。
奴の牙は木をへし折り、筋肉がへし折れた木を弾き飛ばす、弾き飛ばされた木はあちらこちらに転がり、足元へと転がり落ちた丸太は一瞬にして紙のように踏み砕かれていく。
「なんてパワーだっ!」
全身が死の警告を上げる、汗が噴き出し筋肉が不自然に動く、それを気合で押し込めて反対方向へと全力疾走で走るが、そんなモノ何のアドバンテージにもならず、更に小刻みに怒る奴由来の地震が走りを不安定にする。
まるで原付でスーパーカーを相手しているようなものだった、ついに奴の牙は俺を捕らえ、辛うじて強化していた分がダメージを軽減したが、運悪く牙の表面のささくれた部分に服が引っ掛けられ、衝撃とともに投げ飛ばされる。
一瞬の気絶、すぐさま意識を戻すがもうそこに地面がなく浮遊感が俺を支配する、そして重力は人間が空を飛ぶことを許さなかった。
幸いだったのは、針葉樹を越えてはるか上空まで飛ばされた事か、一瞬で二百メートル上空にまで投げ飛ばされたということかから、奴が、魔物が規格外な力を持っていることを体感した。
自らの愚かさをしりあ、死をゆっくり味わうには十分な高さだ。
「し……っ!?」
瞳孔が開く、アドレナリンが湧き出る、本能が脳が悲鳴を上げて助かる方法を弾き出そうとするが、理性はこの状況を達観している。
落下死。潰れてミンチになる死。どうしょうもなく死。
理性は死に屈服した、本能だけが未だ足掻く。
不意に右腕が軽くなった。
「あっ」
右腕がなかった。取れていた。
痛みはない、失血による喪失感はあるが、不意に軽くなったと感じる程度に痛覚が仕事してない、銃を握っていた右腕を奴は狙っていたとすれば、器用なことをする。
辛うじて理性を叩き起こして即座に錬成陣で対処する、と言っても肩からなくなったモノを生やすのではなく、傷を閉じて止血する程度だ。
こうしている間に地面は近くに寄ってくる、向こうから寄ってくるようでさえある。
丁度真下にはあの『
「なんだ効いてたのか」
加速した思考は死に瀕してなお好奇心から無駄な推察を始める。
奴は恐らく死なない、高い魔力耐性ではなく異常な代謝で毒素を全部無かったことにされるだろう、あれだけの巨体に収まりきらない筋肉、普通の生物が死ぬ毒で死なくて当然。
俺だけが死ぬのは嫌だ、絶対に奴を道連れにする。
八つ当たりの怒りが込み上げる、怒りが俺を諦めの海から引き上げる、生存のために暴走する本能が理性によって鎮められ、視界が広がる、一呼吸置けば足を引っ張る怖さを感じる機能が止まった。
殺し切る為の方法と同時に、不意に助かる方法も閃く、殺すには生きろと、体が訴えてくるようでもある。
「奴の背中の武器……使えるな」
奴は背中に槍や剣を無数に突き立てられていたのが上空から見て分かる、だがそれよりも大事なのがそれが金属だということ、それだけで錬金術師は戦える。
「やるか」
この土壇場で五芒星に拘る必要はない、六芒星を腹部に左手で描く、魔力が吸われる感覚とともに腹部を中心に巨大な水球が現れ俺を包んでいく、地面はもう手を伸ばせそうな距離にある。
落下を、水球をクッションに凌ぐ。
滝壺へ飛び込んだような感覚ともに重力に従い乱れ狂う水流から解放されるまでしばし耐える。
ラリったアイツはそれすら気にしてないようだ。
全身に打撲傷が出来上がるが、頭はハッキリしている、まだ怒りは冷めてない。
這いずるように立ち上がり、ふらつく足にまだ耐えろと檄を飛ばして、地面に六芒星を描く。
「普通の魔法師には、これが出来るのかっての……!」
大量にばら撒かれた水と地面を錬成し、巨大な泥沼を生成する、魔力が底を突く、だが生命力代わりに支払い血反吐吐きながでもまだ戦う。
沼は深く、根元まで沈んだ奴の足はもう動かせない、這い出るにも理性がないアイツでは泥沼は攻略不能だ。
更に動けなくなった奴の背中までの階段を生成して落ちないように登る、理性はないがそれでも身動ぎはする、揺れる奴の背中に狙いを済ませて、タイミングを見計らい、飛び降りた。
「うわっ……よし!」
毛に足を滑らせる所を突き立てられた槍を支えに何とか耐える、ここまでくればチェックメイト、俺の勝ちだ、その首貰い受ける。
「君の血を銀色にしよう」
掴んだ槍は深々と肉を裂き、突き刺している、筋肉や血管を突き破っているだろう、それでいい、ほかの武器もそのように突き破っているなら最高だ。
槍に錬成陣を描く、そして指向性を与え、生命力から絞り出した魔力を流す、穂先が変質し、俺の求める物質になる。
「水銀だ、苦しんで死ね」
ほかの武器も錬成陣を描いて突き刺さる金属部を水銀にして奴の体内に流す、最初こそ奴も暴れ出したが、そもそも狂っている、次第に動きを止めてその顔を沼へと沈めていく。
そして森に沈黙が訪れる、死んだ森の主への哀悼か、はたまた新たな主を見定めているのか、そんな事、俺にはどうでもいいがね。
「勝った……勝ったぞ……はは……! 勝ったぞ! 俺は! どうだ……! 見たか、見ただろ! 錬金術師はここまでやれる! お前がバカにした錬金術師がだ! 俺はやったんだ────っ!!!」