錬金術師、ブチギレる。   作:テムテムLvMAX

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6話 錬金術師、右腕で入学届を書く。

 王に謁見し、王女を連れ帰って約2週間、カマルから任された店舗は王の計らいにより最新の錬金道具と素材の提供を受けて、更には俺自身の評判が広まり、円形に広がる王都の外縁、いわゆる三等地であってもそれなりの商売ができていた。

 

 生活に問題はない、問題はないが……。

 

 

 店舗は2階建て、二階が居住空間となっている、かなり広く、二人であっても持て余すくらいだ。

 そう、二人で、あの王女殿下、もといただのファティマ、彼女は未だに心神喪失状態にあった。

 

 ファティマには一部屋与え、衰弱死しない程度に食事や身の回りを世話している、水浴びや排泄なんかは最低限してくれるから……なんだ、僅かに残った人間としてのプライドがそうさせているのだろう。

 王よ、マジでいい加減にしろ、こんなもん押し付けんな、俺が断らないのわかっててやっただろう、と日々呪詛が溢れそうになる、そして最後には俺が連れて帰ることを決めたんだと思い出し、泣いた。

 

 彼女は最近、固形物を避ける、緩やかに死のうとしている、それがわかる、俺としては死なせるつもりはないので、こっそり高栄養高カロリーになるように工夫している。その甲斐あって目に生気が残っている、あとは説得次第だろう。

 

 

 

「入るぞ」

 

 

 ドアをノックせずに開けて入る。

 ベッドと一人用のテーブルセット、それだけの部屋だ、刃物は危なくて置いてない、鈍器になりそうなものは片っ端から片付けた。

 

 壁際に寄せたベッドの上には、彼女が膝を腕に抱えて丸まっていた、この姿勢から変わった所を見たことがない、さすがに就寝時は横になっていると思うが。

 

 目元にはくまが、唇は乾燥し、膝を抱える腕には爪を突き立てたような生傷がある、人間性の崩壊がこの段階で止まってくれて良かった。

 

 

「さ、今日も話をしよう、食事はその後で」

 

 

 ベッドへ俺も腰掛けるが、まったく反応はない、いつも通りに。

 彼女を象徴する艷やかな紫紺の髪が、今は意思疎通を拒絶するカーテンのように、顔を覆い隠す。

 

 

「今日は俺について話そう、これを聞いたらお前も自分のことを話したくなるはずだ」

 

 

 自らの行為で親に見放され、姓すら名乗ることを許されない、他者は自業自得と見放すこともできるが、彼女の視点で見ればすべての行いは自らの信じる正義に則る物だった。

 

 

「さて、最初から話すと長いからできる限りまとめるつもりだ」

 

 

 17の娘が王家の第一子、長女として生まれただけにこのように苦境に立たされる世界がある、子供らしいワガママも言えなかったはずだ。

 俺を殺そうした事は事実だ、だけどそれは今となってどうでもいい、俺が生きている以上死んだ可能性を探しても無駄な話だ。

 錬金術師への侮辱は彼女の全てを奪うことで償ったことになる。

 

 なら、次は? 彼女は未来永劫家族に見放された事を悔いて心神喪失となって自分を痛め続けるのか、このまま俺に飼い殺されるのか、なんてくだらない終わり方だ。

 

 俺の理性は“死ぬくらいなら死ぬ気で生きろ、それでも死にたければここ以外で死ね”と冷たく言い放った。

 本能は“子供一人許せないで何が大人だ”と、暴れている。

 

 どちらも本心、どちらも俺だ、だから、まずは俺という人間の人生を通して、彼女は自分を振り返り、未来を見れるようになればいい、そう思うのは優しさか願望の押し付けかは、今は考えない。

 

 

「初めに、お前だけに言うが、俺はこの世界の人間ではない、魔法も、神様も、魔物もいない世界が俺の家だった」

 

 

 彼女は見向きもしない。

 

 

「でも、平和という訳でない、人同士の戦争はあったし、貧富の差は激しかった、未来を見すぎて未来が見えないやつばかりだった」

 

 

 反応はない。

 

 

「そんな世界に俺は生きていた、18までな。ある日死んだ、そして気が付いたらここへ来ていた、世界を跨いだんだ、驚いたよとても」

 

 

 腰掛けたベッドが僅かに揺れる、彼女が足を組み替えた。

 

 

「18で死んで、何もかも失った、今のお前とそっくりだな、父さん母さんに別れは言えてないから、お前の方がマシか……いや、そうでもないか……」

 

 

 反応はない。

 

 

「こっちの世界に来た時、何も分からない俺を助けてくれた人たちがいる、宿屋のジン、錬金術師のカマル、町の人々……初めは苦労した、元いた世界とこっちでは文化がまるで違う、価値観もな、だから何が悪くて何が良いのかなんて最初は分からなくてよく怒られた」

 

 

 髪が揺れる。

 

 

「そんな生活を3年していたらこんな風になった、ご存じの通り英雄サマだ、何がどう転ぶかなんて分かんないものだな、元々が物理学志望……っても分かんないか、世界の成り立ちを研究する学者を目指していたのに、死んで異世界で英雄だ、元の世界の学者たちがこれを知ったら頭を抱えて血反吐を吐きながら研究と証明を始めるだろうな」

 

 

 うつむいた顔が、やっと見えるようになってきた。

 

 

「ま、こんな感じだ、全部を無くしたと思っても俺は俺だし、生きてさえ居れば英雄にだってなれる、全く知らない異世界で俺はこうして楽しく生きている」

 

 

 俺はあえて彼女を反応を見ない。

 

 

「お前は、酷い奴だった、だがそれは過去だ、今は過ぎ去った過去、償いのために全部を奪われたんだろう? ならもう許されていい、自分で自分を痛めつけるのはやめろ、心を閉じて何も感じないようにするのもやめろ」

 

 

 何言ってんだろうな、俺。

 

 

「父親に否定されたのは堪えるだろう、気持ちは分かる、だけどファティマ、それでいいのか? 父親に否定された程度で人生が終わるような軟弱な人間だったか? 自らが異端だと言われてショックなようだが、逆じゃないか? 異端は自分以外じゃないのか?」

 

「……い」

 

 

 初めて、自発的に声を出した。

 

 

「うるさい……! 偉そうに……私の事を知った風に……!」

 

 

 その目には怒りが宿る、そう、感情が高ぶっている、心神喪失したものが何かに怒ることはあるか? ないな、ならばこれは脱皮の証だ、心の殻に閉じこもったお姫様は無事に孵化しました、そういう事だ。

 

 

「さぁな、何も知らない、俺は自分の人生と予想を述べただけだ、何を感じたかはお前しか知らない、知らないからこそ聞かせてほしいな、お前の事を」

 

 

 なぜそう思い、なぜそう決断した、俺はもう彼女を許している、ここから先は興味本位の質問だけ、あえて言い直すなら仲良くなるための自分語り。

 

 

「……今まで私がやって来たことは、分かってた、悪いことだと、でもどうしても許せなかった……錬金術師、いいえ、魔法師であるにもかかわらず庇護に甘え、名誉より意味を選んだ魔法師を嘲笑う輩を許せなかった」

 

「それがなぜ錬金術師を目の敵にするに至ったか……予想はつくが事実はどうなんだ?」

 

「錬金術師は人のため世のためとうそぶき、実際は自らの正義知的好奇心を満たすために弱者をもて遊び、強者に媚びへつらう……この国に取っての異端であり惰弱な考えは唾棄すべきものだった……っ!」

 

「そう言う錬金術師がいることは知っていた、倫理を無視した馬鹿野郎共がお前の許せない物だった……それがいつしか錬金術師全体にすり替わった、そうだな」

 

「ええ……そう……そうよ……今思えば立場に甘え、思想が暴走し、周りが見えなくなっていたのよ」

 

「それは若気の至、もしくは……思春期だな」

 

「なに、それ、ししゅ……なに?」

 

「多感な時期ってことさ、自分が世界の中心にいるのか、そうじゃないのか、ならば自分は何処にいるのか、暴走しやすい時期、そんな事を迷う時期、大人の第一歩、というより大人という領域への架け橋か、渡りきったら大人と言うわけでもないが」

 

 

 彼女にはこの概念が伝わってないようだが、それでいい、思春期なんて通り過ぎて初めて気がつく、早熟がいい、晩成がいい、なんてものは環境次第で、本人が迷いながら出した答えこそが尊重されるべきだ。

 

 彼女も、これが全てという訳では無いだろうが、言いたいこと、俺が言わせたいことは言ってくれた、ならばもう終わりにしよう、ここでお開き、心中吐露なんてシラフでやると赤面物だ。

 

 

「さて、言いたいことはそれだけか? なら終わりにしよう」

 

「……最後に一つ」

 

「なんだ?」

 

「……なぜ、私を諭すの、あのまま死なせておけば、貴方は……その、……ザマァ見ろと、そう言って見捨てるだけで良かったのに、死地へ追いやり、殺そうとした相手をどうして……許せるの?」

 

「……子供のわがままくらい、誰か許してやる大人がいていい、と、思っただけだ、流石にワガママがすぎるが……まぁ、な、大人ぶりたい子供も居るってことで」

 

「それは私? それとも……」

 

「俺だな」

 

「……ふふ」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 

「アキール、貴方は……私を右腕にする気はない?」

 

「……頭を打ったか?」

 

「そう言われても仕方ない、でも、これは本気、失った……いえ、違う……私が()()()()右腕は私が返す、いつか必ず、それまでは私は貴方の側を離れない、それが私のケジメの付け方よ、許してくれるなら……だけど」

 

「なるほど……そういう事なら、いつまでもいると良い、そして出ていきたい時に出ていけば」

 

「ありがとう、その、アキール……そして私のことも好きにしていい、なんでも、望み通りにしてあげる」

 

「はは、子供が何か言ってらぁ」

 

「大人ぶりたければふざけない方が魅力的、よ?」

 

 

 や、やるじゃないか、みみみ、見直したぞ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 季節は恐らくないが、四季で言うところの春が訪れた。

 

 カレンダー上では猪討伐からもう2ヶ月経ったことになる、春はいい、春といえば入学、入学といえば法術窮理院、法術窮理院といえば……魔法である。

 

 以前、王に謁見した際に『法術窮理院とかどう?』って言われたような気がする、法術窮理院という名前からなんかすごい学校なんだろうな、と思うが。

 

 分からない、分からないなら調べよう、調べても結果が出なかったら、諦めてもう一回最初から。

 

 という気持ちで店をやりつつ、三等地にある図書館へと足繁く通っていた、ファティマも連れて行くので周囲の目を引く、だけど図書館は抑制魔法が掛けられているのか大声出そうものなら声が封じられる、凄い賢い使い方してると感心した物だ。

 

 アレからファティマとは、完全とは言わないが、それなりに和解した、生活は今まで通りだが、俺の仕事を手伝うようになって生き生きとした表情を見せるようにもなった、不安が一つ減って俺も生き生き、そして余裕が出たから窮理院の調べ物、という順序。

 

 仲良くなった証に数十の天井まである本棚に囲まれながら、窓際にあるテーブル席で、ファティマとともに本を読んでいた。

 

 

「ファティマ、これはどういう表現なんだ?」

 

「イクリプス神の爪先? これは“世界そのものである神の体は爪先であっても我々よりはるかに偉大である”という意味ね」

 

「……圧縮し過ぎだろ」

 

「慣用句なんてあとからいくらでも意味がつけ足されるでしょ?」

 

「確かに……」

 

 

 隣にはファティマが座り、右腕がない分密着している、そういう意識をしない訳でもないが、コイツを子供扱いした手前、ボロを出すのはプライドに反するので、もう慣れることにした。

 彼女もそれを分かってくれて、弄ることはしてこない、言ったら反撃してやるからな? と言う相互確証みたいなもんだが。

 

 

「しかし、何処にもない」

 

「そういえば何を探してるの?」

 

「法術窮理院の入学方法とか」

 

「……あ〜……」

 

「あ、やっぱなんか知ってるんだな?」

 

「……知ってる、なんなら首席卒業もした」

 

「凄い」

 

「ありがとう、で、だけど」

 

 

 ファティマは俺の読んでいた本を横から手を伸ばして閉じ、後ろへ投げるが魔法で元の位置まで本がひとりでに飛んでいく。

 

 

「必要なのは入学届と、爵位ね」

 

 

 無理という言葉が頭をよぎる、よぎって迂回してまた戻ってきた。

 

 入学届は分かる、入学するんだから当然必要だ、だが爵位? 完全に貴族専用の学校だと言っているようなものだ。学びを制限するとは一体どういう教育体制なんだ、王は何処だ、俺が一言物申す。

 

 

「で、貴方はどちらも満たしてるわ」

 

「……ありゃ?」

 

「隻腕の英雄様、もっと王国広報を見なさい」

 

 

 王国広報は知っている、田舎の町にもあった、要は国が発行する新聞みたいな物だ、興味がないから見てない。

 

 

「これよ、2ヶ月前の広報、ここの部分ね」

 

 

 ファティマが図書館の一角にある王国広報を持ってきてテーブルへ広げて見せてくれる、びっちりと文字が書き込まれた紙の中に、ファティマの指が指す場所がある、俺の名前と見慣れた魔物の名前があった。

 

 

「え……“『真紅の巨魔獣(ベヒモス・スカーレッド)』討伐の功を称え、隻腕の勇者アキールに一世代に限り男爵相当の特権を与える”……聞いてないけど?」

 

 

 ファティマが首を横に振る、諦めなさいとでも言いたげに。

 

 

「お父様のやり口よ、こうやって有能なものを否応なしに囲い込む」

 

「あくどい」

 

「けど今は助かった」

 

ゼレティア8世王万歳(ふざけんな)!!」

 

「気持ちは理解(わか)る」

 

 

 共感を得られる仲間がいるのが心強い、今日ほどそう思った日はない。

 

 だが、王に反逆する前に与えられた特権を使おう、そもそも俺が王都を訪れるきっかけになったのはカマルの店を任された、ではなく俺が王都の知識を使ってさらなる錬金術の研究をしたいから。

 

 願ったり叶ったりと、今は思うことで後々厄介なことに巻き込まれるだろうな、と言うのは考えない、考えないのも人生には必要。

 

 

「ファティマ、なら早速」

 

「考えているうちに書いてあげたわ、入学届の用紙はこんな図書館あるくらいありふれたものよ……で、だけど、店はどうするの?」

 

「ファティマ」

 

「ダメよ、側を離れない約束でしょ、それとも貴方の左腕も遠隔操作出来るの? ならどうぞ」

 

「分かった分かった意地悪言うなよ、学校の休日に開ける」

 

「それで良いわ、土日休み、祝日もね、長期休暇もある、だけど長期遠征もあるから……まぁ、無理な時無理と思っておくといいわ、窮理院は良い所よ、魔法師として大成したいならあそこ以外の選択肢はないもの」

 

 

 ワクワクすることを言ってくれるファティマに俺は、止まっていた時間が動き出すような感覚を覚える。

 

 異世界で院生になるなんて、と思ったり。

 

 あの日の続きをどこかで求めていたんだ、俺は、なら楽しまなきゃ嘘だ、どんな問題も俺なら、今はファティマもいる、ばっちこいである。

 

 

「所で私も入学したほうがいい?」

 

「あ……2回目行けるのか?」

 

「無理なことはないけど、今はただのファティマよ、爵位がないわ」

 

「俺と一緒なのに?」

 

「結婚したら通用する言い分ね、そうね……確か使用人の枠があるから、貴方の使用人としてついて行くことは出来る」

 

「いいのか、その……元王族だろ? 無理しなくていいぞ」

 

「軟な覚悟だったら今の言葉に靡いた、でも貴方の右腕なので、貴方の行き先が私の行き先、違う?」

 

 

 納得と共に、入学届には2人分の名前を書いて、図書館の司書がそれを届けてくれると言うので、提出した。

 

 入学と卒業の概念がないらしく、入りたければ入り、出ていきたければ出れるらしい、一応学期の区切りは有るみたいで、それが入学式や卒業式に該当するとファティマ談。

 

 俺の人生はまだ、終わってない。

 

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